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その香り、幽世へと誘う

Fate Grand Order インドラ&女夢主 — www.pixiv.net · All chapters

その香り、幽世へと誘う

プシューッ

「マスター!出来ましたよ!」

「あれ、フローラ?」

マイルームのドアが開いて顔を覗かせたのは、花の女神フローラだった。

その声は軽やかに弾み、相変わらず花が開くような愛らしい笑顔を浮かべている。

「はい、こちら!金木犀の香水です!」

「もう出来たの!?」

「もちろんです!何しろ今が旬のお花ですから!」

そう言って、瓶を私に渡す。

実は以前、フローラとこんな話をしていたのだ。

〜回想〜

『まあ!マスターも金木犀がお好きなんですね!』

『うん。秋になって外を歩いてたら、どこに咲いてるのか見つけられないのに香りだけは必ず漂ってきてたからね。あの香りで秋がきたんだって実感してたよ』

『ええ、ええ!とってもいい香りですし、お花は小さくてとっても可愛らしいですからね!』

『現代のお店だと、秋限定で金木犀の香りの香水とかが売られてたりもしたし…』

『金木犀の香水!?それは…』

『あっ…(マズい…花の香水って、フローラ的にはアウトだったりするk…)』

『とーっても素敵なアイテムですね!』

『大丈夫だったわ…』

『なら!この花の女神フローラが、丹精込めた金木犀の香水を作ってみせます!そうと決まれば早速取り掛かりますので、出来上がりを楽しみにしててくださいね、マスター!』

『うーん…この力の振り方は紛れもなく神霊』

〜回想終わり〜

要するに、熱が入ったフローラが自分の育てた金木犀から上質な香水を作って私のところへ持ってきてくれたというわけだ。

欲しいとはひと言も言ってないのだが…。

「…綺麗なオレンジだね」

とりあえず、受け取った香水の瓶を見てみる。

まだ蓋を開けていないのに、すでに金木犀の甘い香りが漂ってくる。

「はい。お花を磨り潰して作りましたから。ただ…私の手でお花を磨り潰すのはどうしても気が引けてしまって…その工程だけは、あの緑の狩人さんにお願いしました…」

「ロビンお疲れ…」

『このお花たちを、私の代わりに磨り潰してくださいませんか!?』って言われたのかな?

しかも花の女神直々に…。

…

…

うん、ロビンお疲れ様…。

そしてありがとう…。

「ありがとう、フローラ。早速使わせてもらうね」

「ありがとうございます!でも、あの…マスター…」

「ん?」

何故かフローラが口ごもる。

私が持つ香水の瓶を見つめているが、その視線もどこか心配そうな眼差しだ。

「インドラ様には…事前に説明してから使うようにした方がいいかもしれません」

「え?」

インドラ様に?

何かあるのだろうか?

「あ、あまり心配しなくても大丈夫だとは思いますよ!ただ念のため…念のためインドラ様には、金木犀の香水だと説明をした上でお使いになった方が安心かもしれません」

「?うん、わかった…」

「では、私はこれで失礼しますね」

「うん…改めてありがとね、フローラ」

私のお礼を聞いて表情を和らげたフローラは、訪ねて来た時とはうって変わり、静かにマイルームから出ていった。

フローラが出ていった後、私は香水の瓶をまじまじと見つめる。

金木犀って、何か謂れがあるのかな?

その日の夜。

シャワーを浴びて後は寝るだけとなった私は、昼間にフローラからもらった金木犀の香水を手に取る。

せっかくなら、ナイトコロンとして使ってみようと思ったのだが…

『インドラ様には…事前に説明してから使うようにした方がいいかもしれません』

フローラの忠告が頭を過る。

歴とした神霊からの忠告なので、守っておいて損はない気がするのだ。

「インドラ様…今夜はいらっしゃるのかな?」

ふと口をついて出た独り言。

インドラ様は毎日顔を出すわけではないし、いつも決まった時間に訪れるわけではない。

かなりの高頻度であることに変わりはないのだが。

いっそ、これを持って私から訪ねてみようかな?

もしかしたら酒宴で部屋にはいないかもしれないのだが、以前『たまにはお前からも神の部屋に顔を出せ』と言われたことがあるので、今回は私から赴いてみることにした。

部屋着の上からカーディガンを羽織り、香水を持って部屋のドアを開けた…。

プシューッ

「ん?」

「あっ…」

開いたドアのすぐ目の前に、見慣れた黒い衣装。

そして、顔を上げると…

「どこへ行くつもりだ」

今まさに向かおうと思っていた部屋の主…インドラ様の姿がそこにあった。

「夜はもう更けていますが」

「どこに行くつもりー?」

何かインドラ様たちに盛大な勘違いをされているような気がした私は、慌てて返事をする。

「インドラ様のお部屋に、お邪魔しようと…」

「何だ、神に用向きであったか」

私の返事を聞いたインドラ様は、訝しげな表情から一変…即座にご機嫌になった。

「して、どのような用向きであった?」

「…実はこれ」

今の時点でどう転ぶかはわからなかったが、香水の瓶をインドラ様に見せる。

「これは…香か?」

「フローラが育てた花から作ってくれたんです」

「あの花の女神がか…さぞ良質な香であろうな」

「そうだと思いますが…」

「何だ、その煮え切らん返事は」

私が何か言いたげなのが、どうやらインドラ様にも伝わったらしい。

事情を知らない私は、フローラの言いつけ通りに香水の説明をする。

「実はこれ…フローラから、使う前にインドラ様に説明をしておいた方がいいと言われているんです」

「説明だと?何をだ?」

私のどこか不穏な発言を受けて、また訝しげな表情に戻るインドラ様。

「これ、金木犀から作られた香水なんです」

「金木犀…」

「私は詳しいことは何も聞いていないんです。でもフローラから、インドラ様には事前に伝えておいた方がいいかもしれないと言われたんです」

「…」

「インドラ様?」

何かを考えている様子のインドラ様。

インドラ様には、今の説明が何を意味するのかが理解出来たのだろうか?

「………それで?お前はいつまで、そこに突っ立っているつもりだ?」

「えっ…あっ…」

部屋の入り口で鉢合わせて、そこから立ち話に発展していたことを思い出す私。

慌てて部屋に戻ってベッドに腰掛けると、インドラ様も後を追うように、ゆっくりと歩いてきた。

そして私の隣に腰掛け、口を開いた。

「…お前は」

「…!」

「どういった経緯で、その香を受け取った?」

「あ、これは…」

私は以前のフローラとのやりとりを説明する。

カルデアに来る前は、金木犀の香りで季節の移り変わりを感じ取っていたこと。

それを聞いたフローラが、張り切って香水を作り出して私にくれたこと。

すべてを話すと、表情ひとつ変えずに話を聞いていたインドラ様がふっと小さな笑みを零した。

「…なるほど。要は郷愁に浸っていただけか」

「そう…ですね。まさかフローラが、勢いで香水を作り出すなんて思いもしませんでしたが…」

「そこは大目に見てやれ。どのような神とて、気分が良い時は己の力を誇示したくなるというものだ」

「まあ…はい」

「ちなみに、その香についてだが…」

「!…はい」

「構わん。使うがよい」

「えっ?あ、ありがとうございます…」

あっさり許可は下りた。

下りた…はいいのだが…。

「でも、フローラはどうして…」

念のためとはいえ、インドラ様に説明した方がいいって言ったんだろう?

ぽつりと零れた独り言に、インドラ様の眉がピクッ…と反応した。

「………知りたいか?」

「え?」

こちらを流し目気味に見るインドラ様。

その目には、妖しげな…艶っぽい光が灯っている。

「…知りたい、です」

「ほう…」

私の素直な返事にも、含みのある表情で私を見つめるばかりだ。

「よかろう。ならば、教えてやる」

「…!」

もともと近かった距離を詰め、私の目の奥を見透かすようにじっと見つめるインドラ様。

「…が、趣向を変えるのも悪くない。その香…まずはこの空間に振りかけてみよ」

「えっ?あ、はい…」

私は手に持った香水の蓋を開けて、何もない空間に向けてシュッ…と振りかける。

「…!」

その瞬間、懐かしくて甘い香りが部屋中に漂う。

秋を迎えた外で、よく嗅いだ香りだ。

いい香り…。

懐かしい思い出に浸っていると、急に視界が反転し出した。

そして気がつくと…

「雰囲気としては、まあまあといったところだな」

「…ッ!?」

目の前には、私を見下ろすインドラ様…。

その奥には見慣れた天井…。

いつの間にか組み敷かれた私を見下ろし、満足そうに口元を緩めた。

「さて、約束だ。花の女神が何故お前に忠告をしたのか、教えてやる」

「んっ…」

言い終えるや否や、私の唇を塞いだ。

そしてすぐに離れた唇が、事の真相を紡ぎ出す。

「恐らく、花言葉にまつわるものであろう」

「花言葉…『謙虚』『気高い人』『真実』『陶酔』って言葉があるって…」

「ほう、調べていたか。だが、その様子では…それ以外の意味は知らんようだな」

「それ以外…」

「少々変わり種だ。知らずともおかしくはない」

何故インドラ様が詳しいのかはさておき、フローラが直接私に教えるのが憚られた理由なのだろうか?

インドラ様は続ける。

「金木犀は、お前には馴染みのある神社に植えられることが多い木だそうだ」

「神社に?……ああ、言われてみれば」

「覚えがあったようだな。神の住む社…まさしく神域だ。金木犀は邪気を払う名目で植えられた木だ。それ故か…このような隠れた意味を持つ」

決して逃がすまいと言わんばかりに私の目を見据えたインドラ様が、先程よりも一層低い声で囁く…。

「『幽世』と…」

「かくり…よ…」

幽世。それは、あの世や隠された世界を意味する。

つまり、神様からすれば…それは…

「お前たち人間も口にするであろう?『神隠し』という言葉を」

「あ…」

「だからこそ、花の女神がお前に忠告をしたのであろうよ。お前を己が世へ隠す気はないと伝えるためにな」

「…ッ」

己が世へ隠す…つまり、自分の神域に取り込む…ということなのだろう。

幽世を意味する金木犀だからこそ、フローラはインドラ様に対して細心の注意を払ったのだろう。

『私をどうこうする気はない』と伝えるために。

「…と、いうわけだ」

私の額にコツンッ…と自分の額をくっつけ、至近距離で私の目を見つめるインドラ様。

「わかったな?」

「…ッ!…はい…わかっています…」

「フッ…ならばよい」

神様は、いつ機嫌を損ねるのかわからない。

いくら理解出来た気になっていたとしても…

やはり私のような人間には、事前に対策も出来ない程の地雷がある…。

「ま、なかなか悪くない香りではあるがな」

漂う甘い香りを堪能したのか、一瞬だけ目を伏せたインドラ様が、再び私の唇を塞ぐ。

熱い唇と舌が触れ合い、その心地良い息苦しさで吸い込んだ空気から、芳しい金木犀の香りが鼻を通り抜けていく…。

私にとって金木犀の香りは、懐かしい思い出の香りという認識でしかなかった。

でも今の私にとっては『この神様の神域から出られない』という、独占欲の果ての未来を示唆するものなのかもしれない…。

〜おまけ〜

「待たせたな」

食堂の席に着くアルジュナの目の前に、ティーセットを置くエミヤ。

「ありがとうございます。しかし、これが…」

「ああ。金木犀を使った茶だ」

エミヤが淹れたのは、乾燥させた金木犀の花をブレンドした紅茶。

季節限定メニューとしてメニュー表に書かれていたのを見つけ、試しに注文してみたのだ。

「甘くていい香りがしますね」

「そうだろう?ちなみにこの紅茶には砂糖を入れてもいいのだが、これを入れてみてもいけるぞ」

そう言ってエミヤがテーブルに置いたもの。

それは硝子の器に入った金色の液体だった。

いや、液体のようなもの…というべきか。

「蜂蜜…でしょうか?」

「正解だ。だが正確には、蜂蜜と砂糖を加えて作った金木犀のシロップだ」

「シロップにまで出来るのですか!?」

「ああ。用途は意外に多い。金木犀のポテンシャルはなかなかのものだろう?」

「確かに…よく見ると、この粒のようなものは金木犀の花に見えますね」

金木犀をブレンドした紅茶に、金木犀のシロップ。

季節の花を随分と贅沢に使っているのだな…と関心するアルジュナ。

「では、早速…」

シロップを混ぜ、紅茶をひと口…。

「!これは、何とも濃厚な香り…しかし、紅茶自体は優しい味がしますね」

「ならよかった」

香りの強い金木犀と紅茶の茶葉が一切喧嘩することなく、濃厚で上品な香りの紅茶に仕上がっている。

シロップの甘みはふんわりと柔らかく、混ぜられた金木犀の花が芳しい香りを放ちながら鼻を通り抜けていく。

「金木犀のシロップは胃腸にも優しいからな」

「そうなんですね…」

胃腸にも。

その言葉を聞いて、今自分が抱えている数々の悩みを思い出しかけるアルジュナ。

反射的に首を振って、それらを振り払う。

「どうかしたか?」

「いえ、お気になさらず」

「そうか?ちなみに茶請けは、胡桃のクッキーだ。おかわりも出来るから、ゆっくりしていってくれたまえ」

「ありがとうございます」

説明を終えたエミヤは、厨房へと戻っていく。

アルジュナは、飲みかけの紅茶を再び口に含む。

自分が飲み慣れているのは、砂糖をどっさり使った甘い紅茶ではあるが、こういった優しい甘みの紅茶も悪くない。

体に優しいもの…とわかれば、尚の事自分の体を労ってやりたくなる。

いや、今の自分はサーヴァントではあるし、だとしても普段から十分気を遣ってはいるのだが…。

(…疲れた私の胃を癒してくれないだろうか?)

もちろんこの紅茶やシロップは薬ではないので、そんな即効性は期待出来ない。

アスクレピオスから処方された薬で対処療法をした上で、気を休めるしかない。

「はぁ…」

ポットから二杯目の紅茶を注ぎながら、ため息をつくアルジュナ。

「…大英雄も大変なものだな」

そして少し離れた厨房から、そんなアルジュナの杞憂を察してため息をつくエミヤなのであった…。

END