神は理解したい
神は理解したい
さて何にしようかな。
今日はこの後、素材集めの周回を予定している。
それに着ていく魔術礼装をどれにしようか…私は悩んでいた。
いつも着ている礼装でもいいんだけど、たまには他の礼装で周回しようと思ったのだ。
礼装が変わるだけでいくらか気分も変わるから。
いくつかの礼装を並べ、腕組みをする。
一応パーティーに入れる英霊は決まっている。
ここ最近、動き足りないからパーティーに入れてほしいと申告してきた英霊がいるので、彼女をメインアタッカーにしたパーティーにするつもりだ。
アーキタイプ・アース…姫様と呼んでいる。
ならば、とバスター支援ができる礼装を選んで並べて頭を悩ませている。
まあでも姫様が一緒なら…。
ハロウィン・ロイヤリティの礼装を手に取る。
ワンピース状だけど、一応皇子をモチーフとした格調高いデザインだ。
姫様の宝具支援もできるし、見た目も悪くない。
よし、今日はこれにしよう。
そう思い礼装に袖を通す…。
「……あれ…?」
礼装を着終わり、ウエストのベルトを締めようとした私は思わず固まる。
「………締まらない…?」
ベルトが…締まらない…。
いや、穴をいくつかずらせば閉めることはできる。
ただ以前着たときに締めた穴の箇所では、きつくてベルトが締まらないのだ。
この礼装を着たのは…わりと前になる。
つまり…
認めたくないけど…
明らかに以前より太った…ということ…。
「………」
顔から血の気がサァーッと引いていく。
確かに最近…おやつをうっかり食べ過ぎていたかもしれない。
あと、ここ最近着ていた礼装はベルトを締めるものがあまりなかったから気づかなかった…。
前まで普通に着れていた服が着れなくなる恐怖…。
まさかこんなときにも、その恐怖が襲ってこようとは思いもよらなかった。
これはまずい…。
申告すれば礼装のサイズは上げてもらえるけど、太ったからだなんて、たとえ同性相手でも知られたくない。
とりあえずこの礼装のベルトは、苦しくない程度に締められる箇所で締めて…。
深呼吸を…ひとつ。
「…痩せよう」
私は体を絞ることを決心した…。
とは言っても、私は動き回ることが多い。
いきなり食事制限なんかしたら、体を壊すこと間違いなしだ。
そうなればいろんな人たちに迷惑をかける上、医務室の婦長さんやピオ先生に鬼のように叱られる。
なのでまずは、おやつを制限することにした。
〜食堂にて〜
「待たせたなマスター」
エミヤが定食のお盆を手渡してくる。
そしてそのお盆には…小さなタルトが乗っていた。
「…あの、エミヤ」
「ん?何だね?」
「…これ…なしにしてもらっていい?」
「このタルトか?確かマスターの好物では?」
「そうなんだけど…最近…ちょっと…ね」
「!あぁ…なるほど。了解した」
このタルト、すごく美味しいから密かに楽しみにしてたけど。
背に腹は代えられない…。
エミヤにお願いし、泣く泣くお盆から外してもらうことに。
でも、流石はエミヤ。
私が何を言いたいのか、瞬時に理解した様子。
「まあ…無理はしないようにな。たまには自分に優しくすることも忘れてはいかんぞ」
「…うん、ありがとう」
今まで甘くしすぎてこうなっちゃった、とも言えるのがまた泣きたくなる。
ちょっと落ち込みながら、お盆を持って席につく。
あぁ…そうだ。
早食いもよくないんだっけ…。
カルデアに来てから、食事中に呼び出されることもちょくちょくあったから、前より食べるスピードが早くなったんだよな。
早食いって、つまりはよく噛まずに食べているってことだから脳が満腹を感じにくくなるんだっけ。
ただ、それに気づいたときにはもう食べ終わっちゃってるってことが多いんだよね。
「マスター」
「ん?エミヤ?」
上から聞こえた声に反応し見上げると、厨房にいたエミヤがいつの間にか自分の横に立っていた。
「代わりと言ってはなんだが、デザートはあったほうがいいだろう?」
そう言って目の前に小さな深皿を置く。
それは、ヨーグルトだった。
しかもよく見ると、中にはカットされた林檎やバナナなどの果物が入っている。
「えっ…ありがとうエミヤ…」
私が甘い物を控えようとしていると察してすぐこの対応。
ありがとうエミヤおかん…。
「どうということはない。果物ならば必要な栄養素もとれる。体を壊さないようにな」
パチンとウィンクをし、厨房に戻っていくエミヤ。
罪な男だな…。
でも、これはありがたい。
私はいつもより時間をかけて食事を終わらせ、エミヤから貰ったヨーグルトを堪能した。
「ごちそうさまでした」
「ああ、お粗末様」
食べ終わった食器を返却口に置き、エミヤに声をかけたときだった…。
「ん?ここにいたのか、人間」
「あ、インドラ様」
食堂から出ようと体を向けた瞬間、目の前によく見慣れた長身。
インドラ様が食堂に入ってきたところだった。
「ちょうどよい…これから酒宴だ。同席せよ」
「えっ…」
私今食事を終えたばかりなんですが…。
「どうした」
「あ、いえ…何でもありません」
「…」
私の返事を聞くと、無言で席に向かうインドラ様。
その席にはいつもの宴のメンバー…酒吞ちゃん荊軻さん以蔵さん景虎さんがすでに揃っていた。
まあ…私は食べなきゃいいか。
「マスター!この料理頼んでいいか?」
酒宴用の料理を作っていたビーマから声がかかる。
「はーい」
同席しろ、と言われてもやることはいつも同じ。
料理やお酒を運んだり、空いた食器を片付けたり…。
厨房組の仕事をなるべく減らすように動くだけだ。
〜しばらくして〜
「ビーマ、この大皿も空いたからお願い」
「おう、助かるぜマスター」
お酒が進むにつれて料理もどんどん減っていく。
テーブルが塞がらないように、お酒や料理の皿が空になる度に運んで行く私。
いつもは何かしら摘むのだが、さっき食事を終えたばかりなのと、食べ過ぎて太りたくない気持ちでほとんど動きっぱなしだった。
「はいよ、こいつは甘味だ。マスターもよかったら摘んでくれ」
「え…」
ビーマが差し出してきた皿には、いかにもお酒に合いそうなチョコ菓子。
いつもの私なら喜んで摘むのだが…。
「………」
欲望を振り払うように口元を締め、何も言わずにその皿を席まで運ぶ。
そして席に着く。
「おい、人間」
「えっ?はい?」
急に、隣にいるインドラ様に声をかけられた。
アイラーヴァタに座っているインドラ様を見上げて返事をする。
「お前…先程から何も口にしていないではないか。何を遠慮している」
「え…」
どうやらこの神様には気づかれていたらしい。
「…すみません、先程食事を終えたばかりなのでお腹が空いていないんです」
胃袋の状況的に食べようと思えば食べれる。
でもどう見てもお酒に合うように、塩分多めに作られた食事を摘む気になれなかった。
流石に…痩せようと決めた先に、これを食べたいとは思えない。
「ならばその甘味くらいは摘め。確かそれはお前の好物であろう?」
何でこんなときに限って、そんな悪魔のような誘惑をしてくるんだこの神様は。
そして何でちゃっかり私の好物を知ってるんだ。
「………いえ、結構です」
流石にチョコはいただけない。
確実に太るから…。
「何故だ?いつもなら摘んでおろう?」
何故って…
いくらインドラ様でも言いづらいです…。
最近太ってきたから甘いものは控えてますって…。
正直知られたくないです…。
いや正確にはインドラ様だからこそ知られたくないとも言えます…。
「すみません…食べる気になれなくて」
「…調子が悪いのか?」
「…そうではないんですが」
「ならば何故だ?」
「大した理由では…ありませんので」
「大した理由でないのなら隠す必要もなかろう」
「…」
「おい、何故黙る?」
いや、しつこい!!
何でこんなにしつこいの!?
「マスター」
と、私とインドラ様の会話に入ってきたのは…
「手が空いたので私が配膳しよう。それに君は…確かこの後トレーニングルームに行く予定があると言っていなかったか?」
「!!」
先程からやりとりを見ていた、エミヤだった。
「………お願いできる?エミヤ」
「任せたまえ」
「おい待て…」
「すみませんインドラ様!失礼します!」
インドラ様にお詫びの言葉を伝えると、私は一目散に食堂を後にした。
すみませんインドラ様…
本当はそんな予定ないんです。
でも私だって…
答えたくないことのひとつやふたつあるんです!!
心の中で必死に弁明と謝罪を繰り返しながら、逃げ場を作ってくれたエミヤにも感謝する。
エミヤありがとう…。
でももしインドラ様を怒らせていたらごめん…。
本来予定にはなかったけど…
部屋に戻りトレーニングウェアに着替えた私は、エミヤの口実に従うためにトレーニングルームへと向かった。
「………はぁ」
トレーニングを終え、部屋に戻った私。
シャワーを浴びて汗を流し、部屋でしばしぼんやりとする。
結局あの後、宴を放り出したまま戻れなかった。
エミヤ…大丈夫だったかな?
それにインドラ様…何も説明せずに飛び出したままだから怒ってるかな?
そんなもやもやを振り払うようにトレーニングをしたせいか…
じわじわと疲れの波が押し寄せてくる…。
ダメだ眠気も出てきた…。
少し寝よう…。
布団をかぶり、睡魔に身を委ねた…。
ん…何か…
息苦しい…ような…。
「…ん……あれ…」
「起きたか」
「…えっ?インドラ様!?」
息苦しさを感じて目を開けると、私のすぐ隣にインドラ様が寝そべっていた。
抱き枕のように抱きつかれている。
あまりの衝撃に、眠気が一気に吹き飛んだ。
「お前…神に何か言うことがあるのではないか?」
「ッ…!…抜け出してしまい、すみませんでした…」
抱きつかれているので身動きがとれないが、まずは勝手に宴を抜け出したことへの謝罪をする。
「それから?」
「…それから?」
「何か神に隠しているであろう」
「それは…言いたくありません」
またこの質問…。
「…先程の弓兵も言っていたな。人には言いたくないことのひとつやふたつあって当然だと」
「…その通りです」
エミヤの安否が気になるところだが、今のインドラ様からは聞き出せそうにない。
「ならん」
「…どうしてですか」
「どうして…と神に聞くか」
そう言うとインドラ様は、私の体に覆い被さるように体を起こした。
妖しげな光を放つ瞳が、じっと私を見つめる。
「神に隠し事をする気か?」
いつもより低く、私を脅すような声…。
私は震えを隠しながら、インドラ様に返す。
「…インドラ様だけでなく、他の人にもあまり知られたくないことです」
「知られたくない…か。お前…神の懸念を無下にする気か?お前は先程、宴で一切の料理に手をつけぬどころか、好物の甘味すら口にしなかった。ならば何かあったのではと疑うのが道理であろう」
「…ですから…あのときはッ…」
「食事をとったばかりだった…とでも言いたいのか?お前が食事の後に神の酒宴に同席するのは今に始まった話ではない。その際お前はいつも、あの甘味を口にしていたであろう」
「!?」
インドラ様…
私の行動…いつもそこまで見てたの?
「神の命だ…理由を話せ」
「…ッ」
何でわざわざ神として命令なんて…。
「話せ」
「ッ…!!」
インドラ様の瞳の奥に、一筋の雷が走った。
肩に添えられていただけの手に、力が加わる。
「神には隠し事をするな…人間」
「!?」
先程までの威圧するような声から一変して、弱々しい声で言葉を紡ぐインドラ様。
私を見つめる瞳にも…
どこか陰が差しているように見える…。
何だ?急にどうしたんだこの神様は…。
「…神には人間の機微がよくわからん」
「え?」
「お前のすべてを知るには、お前が言葉にしたものを噛み砕き理解する他にない。お前を理解していないと、いずれ神は何かを取りこぼすことになりかねん。故に…隠し事はするな」
「…ッ」
インドラ様は、純正の神様にしては人間についての理解は十分深いと思うけど…。
そこまでして知りたいのは…
私を…理解したいから?
「…くだらないことですよ?」
「…何がだ?」
「私が隠していること…インドラ様からしたらくだらないことなんですよ?」
「構わん」
「インドラ様からくだらないって切り捨てられたくなかったから…話したくなかったんです」
「…ものによる」
「ほら…だから嫌だったんです」
「いいから話せ。ここにきて口を噤むつもりではなかろうな?」
もはや隠しても意味はない。
私は若干開き直って、口を開く。
「………ここ最近、太ってきたんです」
「…誰がだ」
「私ですよ!ちょっと前まで着れた服がきつくなってて…だから体絞るために食べ過ぎや甘い物は控えようとしてたんです!宴で何も食べなかったのは、そのせいです…」
「………はぁ」
「ほら、やっぱり呆れてる…だからインドラ様に話したくなかったんですよ!インドラ様からしたら大したことないかもしれませんけど、私からしたら死活問題なんですよ!」
「あぁ…確かに神からしたら大したことではないな」
「…もう結構です、理解していただけなくて」
もうこの際不敬の極みだろうが…
どうでもよくなってきた…。
「お前の価値が下がるものでもなし…神にとっては大した問題でもない」
「………え?」
「ん?聞こえなかったのか?ならばもう一度聞かせてやる。たかがそれだけで神が見込んだ女の価値は下がらんと言ったのだ」
「ーーーーー」
あれ…おかしいな…。
ちゃんと聞こえたはずなのに…。
頭が…上手く働いてないのかなぁ?
「何を呆けている」
「………」
バサッ
「おい、無言で布団に潜るな」
「すみません頭が働いてないみたいなので寝ますねおやすみなさい」
「唐突に寝るな。そして布団から出ろ」
布団を取り上げないでください…。
こんな顔貴方に見せられないですから…!!
〜おまけ〜
「おや…授かりの英雄か」
「どうも」
食堂に来たアルジュナは、厨房にいたエミヤに声をかけられる。
普段この男から声をかけられることはないのだが…。
「奥の席…気をつけるといい」
「奥の席?」
エミヤが視線を向けたその先にいたのは…
「お前…そこまで遅かったか?」
「あえてゆっくり食べてるんです」
自身の父…インドラ。
そしてインドラの隣に座り食事をしているマスターの姿だった。
「ぅ…」
インドラとマスター…揃って姿を見たのは今日が初めてかもしれない。
早速痛み出す、アルジュナの胃。
「あの席…インドラ神からは見えないが、どうする」
「…感謝します」
エミヤが気を利かせて、2人の様子こそ見えるが向こうからは死角になっている席に案内してくれた。
エミヤから料理を受け取り、手をつけ始める。
インドラとマスターの様子を窺いながら…。
「食べ方に順番をつけているのか?」
「はい。副菜、主菜、主食の順番で交互に食べるのを三角食べって言うんです。栄養が偏らずに摂取できますし、早食いも防げますから」
「あまり聞かない話だが…」
「多分三角食べをしているのは日本人くらいだと思います。でも体にいいのは本当ですよ」
見たところ、マスターの食事の仕方について質問している様子。
インドラはただマスターの食事に付き合っているだけのようだ。
アルジュナはさらに注意深く様子を窺いながら、料理を口に運ぶ。
「マスター。デザートだ」
「あ、ありがとうエミヤ」
「甘い物は控えているのではなかったのか?」
「これはヨーグルトで、中に果物が入ってます。お菓子は太りやすいですが、果物は必要な栄養素が入ってて太りにくいんです」
「…果物ならば、よいのか」
「糖質の塊ですから食べ過ぎはダメですが、お菓子を果物に置き換えるだけでもだいぶ違うものなんですよ」
ふむ…。
今のとこは至って平和な会話をしている。
いや、マスターの口から穏やかではない会話はあまり聞くこともないのだが。
それにしても…。
食事を口に運びながら、ふと思う。
インドラ神が自身の隣に座ることを許すとは…。
よほどインドラ神に気に入られている様子。
インドラ神があえてマスターの隣を陣取った可能性もあるが、だとしても気に入られていることには変わりはないのだろう。
この男…自身がインドラの隣に座ったとてあっさり許可は下りるであろうに、自覚がないのである…。
しかし未だに気づかない…。
それがアルジュナという男なのだろう。
それに…。
アルジュナは自身のマスターを見つめる。
マスターのインドラへの接し方についても、目を見張るものがある。
神に対する敬意や気遣いはある。
だが恐れるわけでもなく、自身の思いを誠実にはっきりとインドラに伝えている。
神は何を良しとし、何を悪しとするのか…それは人間の視座では完全に理解できるものではない。
故にアルジュナは、神を完全に信頼しきってしまうのは危険なことだと思っている。
しかしマスターは…
心を寄せている…とはまさにあのことを言うのだろう。
決して目に見えるものではないが、インドラもマスターも互いに心を寄せているように思う。
今、視界に映るのは一柱の神とひとりの人間。
しかし隣に座り言葉を交わすその姿は、どこにでもいる恋人同士と変わりないものだ。
見る者は微笑ましい視線を送るはずだ。
それが自身の父でなければ、アルジュナも同じように温かい目で見れたかもしれないのに…。
「はぁ…」
思わずため息が漏れる。
この妙な理不尽な感情は何なのだろう。
相手が自分の父というだけで、ここまで胃が痛くなるものなのだろうか。
「!」
「…」
ふと気がつくと、エミヤがアルジュナに視線を向けていた。
何やら…同情の眼差しを感じる。
エミヤに対し軽く会釈し、まだ半分ほど残っている食事をそっと口に運ぶアルジュナであった。
END