穏やかに、美しく
穏やかに、美しく
プシューッ
「はんなまー!マスター!」
「太歳星君?」
マイルームを訪ねて来たのは太歳星君。
「あれ?ひとり?」
彼がひとりで来るのは珍しい。
「今からシミュレーターで、ナーサリーとジャックと遊ぶからマスターも誘おうと思ったのだ!」
「遊ぶのだー!」
「のだー!」
コンたちも次々と姿を現す。
思わず笑みが溢れる。
「いいよ。何して遊ぶの?」
「これなのだ!」
「…ストロー?」
眩しい笑顔の太歳星君が差し出したのは、一本の太めのストローだった。
先端に切り込みが入れてあり、花の形のように外側に向かって開いている。
「はい、これはマスターの分だぞ!」
「…ありがとう?」
手渡されたストローを眺める。
何に使うんだ?
「ナーサリーとジャックがシミュレーターで待ってるぞ!急ぐのだマスター!」
「あ、うん」
ストローを何に使うか知らされないまま、太歳星君に手を引かれマイルームを出た。
〜シミュレーター〜
「あ、おかあさん!」
「あらマスター!いらっしゃい」
「こんにちはジャック、ナーサリー」
シミュレーターに着くと、柔らかな風が吹く草原でジャックとナーサリーが待っていた。
2人とも、さっき太歳星君が手渡してきたものと同じストローを持っている。
「はい、これはマスターの分ね」
ナーサリーが小さな容器を渡してきた。
「これは?」
小さい頃によく見たようなカラフルな容器…中に入っているのは透明な液体。
「シャボン玉?」
「せいかーい!」
「赤い弓兵さんが作ってくれたの!マスターはシャボン玉で遊んだことはあるかしら?」
「もちろんあるよ」
懐かしい…。
最後に遊んだのは小学生の時だったかな?
「おかあさんおかあさん!早く遊ぼう!」
「そうだね…じゃあ」
ジャックに急かされた私は、ストローの先をシャボン液につけ…
ストローを咥え、ふーっと吹く。
すると小さなシャボン玉がたくさん飛び出し、辺りに舞う。
透き通っていて、とても綺麗だ。
「わぁー!綺麗なのだ!」
「よーし、わたしたちも…」
ジャックもシャボン液をつけ、ふーっと吹く。
小さな、たくさんのシャボン玉が飛び出した。
「まあ、可愛いシャボン玉ね!」
「じゃあワガハイは…」
ストローを咥えた太歳星君。
ストローの先のシャボン玉が少しずつ大きく膨らみ始めた。
「大きいシャボン玉だ」
「頑張って、太歳星君」
「凄い凄い!」
太歳星君は顔を真っ赤にしながら、少しずつ息を吹き込んで膨らませていく。
いや…でっかいなぁ…。
普通の人が大きいシャボン玉を息だけで作ろうとしてもここまでいかないのでは?
ちびっ子とはいえサーヴァントの肺活量…馬鹿にできない…。
「ぷはー!もう限界なのだぁ…」
「でも凄いよ太歳星君…こんな大きなシャボン玉作れるなんて!」
「ええ、凄いのだわ!」
「大きいからゆっくり飛んでるね」
太歳星君が作った特大のシャボン玉は、ゆらゆらと揺れながら空中を漂う。
「あっ」
と、見上げた先でパチンッと弾けて消えてしまった。
「あ、消えちゃった…」
寂しそうに呟くジャック。
「綺麗だけどすぐに消えてしまう…儚いものね」
「大丈夫、また作ればいいのだ」
そういうと太歳星君はまたストローを咥える。
今度は先程のシャボン玉より小さいが、大きめのものをいくつか作って飛ばしていく。
「ほら、今度は大きいのを何個か作ってみたぞ!」
「あら、それなら私にもできそう」
「わたしたちも大きいの作ってみる!」
ナーサリーやジャックも、再びストローを咥えてシャボン玉を作っていく。
「見つけた…ってうわぁ!何これ!?」
「泡がこんなにたくさん…」
「あれ、ヴァジュラ」
シミュレーターの空間に音もなくヴァジュラが現れたが、たくさんのシャボン玉に囲まれてびっくりしている様子。
「こんにちは召使いさんたち!」
「何をしているのですか?」
「シャボン玉なのだ!」
「シャボン玉ー?」
流石のヴァジュラたちも、シャボン玉は初めて見たらしい。
「見てて?いくよ?」
ジャックがストローを咥え…
ふーっと息を吹き、たくさんのシャボン玉が飛び出して宙を舞う。
「うわぁ!泡がたくさん!」
「これは…美しいですね」
感嘆の声を上げるヴァジュラたち。
ヴァジュラたちもこんな小さい子みたいにキラキラした顔するんだな…。
「やってみる?」
私は自分の持っているストローとシャボン液をヴァジュラに差し出す。
「いいのですか?」
「もちろん」
「ずるい!ぼくもやりたい!」
「なら私のをどうぞ?」
ナーサリーが自分のストローとシャボン液を少女体のヴァジュラに差し出す。
「やったー!」
「どうやったら泡が出てくるのですか?」
「先端にシャボン液をつけて優しく吹いてみて」
私が説明するとヴァジュラたちはシャボン液をつけてストローを咥え、息を吹く。
すると、ふわっとたくさんの小さめのシャボン玉がストローから飛び出す。
辺りにたくさんのシャボン玉が舞う。
「できたー!」
「透き通っていて綺麗ですね」
「ゆっくり息を吹いていくと、大きいシャボン玉も作れるぞー!」
「ゆっくり?」
太歳星君のアドバイスで、今度は二体ともゆっくりと息を吹く。
するとストローの先端から、シャボン玉が少しずつ膨らんできた。
「「!!」」
「わあ!召使いさんたちのシャボン玉、凄く大きくなってるわね!」
「ヴァジュラたち頑張って」
「頑張るのだ!」
このまま息を吹き込み続ければより大きなシャボン玉になる、と二体とも察したのだろう。
お互いを少し睨みながら、少しずつシャボン玉を膨らませていくヴァジュラたち。
インドラ様の神性が入ってるから、どっちも負けず嫌いなのかも…。
「ぷはー!」
「はぁ…」
ほぼ同時に離したヴァジュラたち。
二体が作ったのは、それはそれは大きなシャボン玉だった。
「ワガハイがさっき作ったのよりもずっと大きいのだ!」
「あっ…でも大きすぎてぶつかりそう」
「あ!くっついた!」
シャボン玉たちがくっつくと、パチンッと弾けて消えてしまった。
「あー!消えちゃった…」
「ぶつかったら仕方ないですね」
今思ったんだけど…。
ここまで大きく膨らむシャボン液って…これ絶対ただのシャボン液じゃないよね?
エミヤさん、魔力込めました?
「みんなー!」
と、シミュレーター室のドアが開くとブーディカさんが顔を出した。
「おやつが出来たよ!手を洗って食堂に来てね」
「わぁい!おやつおやつ!」
「マスターも行きましょう」
「じゃあシャボン液とシミュレーター室の片付けをしておくから、先に行ってていいよ」
「ありがとうなのだマスター!」
シミュレーター室を飛び出していくお子様サーヴァントたち。
私はジャックと太歳星君が持っていたシャボン液とストローを預かったのだが…。
「さっきよりも大きいの!もっかい作ってやる!」
「小さくてもたくさんある方が綺麗でいいです」
今度はヴァジュラたちがシャボン玉に夢中になってしまった。
久しぶりにもう少し楽しもう…。
シャボン液のついたストローを持ち、口に咥えて優しく息を吹いていく。
綺麗だなぁ…。
透き通っていて、日の光で虹色に光るシャボン玉たちを眺める。
が、パチンッ…パチンッ…とひとつずつ弾けて消えていってしまう。
「綺麗ですが、すぐに消えてしまいますね」
「うん…そうだね」
シャボン玉を吹く少年体のヴァジュラが、珍しく寂しそうな声で呟く。
「だからこそ綺麗なんだろうね」
空の青と雲の白、そして草原の緑が透き通るシャボン玉たちは辺り一面に漂い、舞う。
子どもの頃も、この綺麗なシャボン玉がどうしても見たくて買ってもらってたっけ…。
「お前たち、何をしている」
と、そんな静かな空間に響いてきたのは聞き覚えのある低い声。
「「「あ」」」
私とヴァジュラたちは、その声を聞き反射的に後ろを振り返る。
「これは…泡か?やけにたくさん飛んでいるな」
「インドラ様…」
と、私はヴァジュラたちの様子がおかしいことに気づく。
二体とも…固まっている。
「ああああ!忘れてたー!インドラさまごめんなさーい!」
「マスターを呼びに行ったつもりがすっかり失念していました!申し訳ありません!」
インドラ様の目の前まで飛んで行き、揃って頭を下げるヴァジュラたち。
「そういえばヴァジュラたちがここに来たのって…」
いつもみたくインドラ様から、私を捜してくるように言われたんだな。
で、シャボン玉に気を取られてすっかり忘れて遊び呆けてしまったと。
まるで子どもみたいな忘れ方に、思わず口元が緩んでしまう。
「お前たちにしては珍しく、いつまでたっても戻って来ないと思えば…何をしていた?」
インドラ様に、怒っている様子はない。
ただ何があったのか純粋に疑問に思っているだけのようだ。
今回、ヴァジュラたちを引き止めた責任は私にもありそうだな。
そう思い私はストローを咥えて、ふーっと優しく息を吹いた。
ストローの先から、たくさんのシャボン玉が飛び出して宙に舞う。
飛び出したシャボン玉に目をやるインドラ様。
「それは?」
「さっきまでお子様サーヴァントたちと遊んでいたものです。私がヴァジュラたちにもやってみないかと声をかけたんです」
ヴァジュラたちだって、いくら小間使い(正確には神具)とはいえ、たまには遊んでもいいと思う。
確かに今回はお使いをすっぽかして遊び呆けてしまったけど、誘ったのは私。
怒りが向くなら、私にしてくださいインドラ様。
私はまたストローを咥え、たくさんのシャボン玉を作り出して辺りに舞わせた。
「泡…か」
インドラ様は草原に座ったままの私のもとに近づいてきた。
「ヴァジュラたち、これを見て綺麗だって…楽しそうに遊んでましたよ」
「それは…」
「誘いに乗らなきゃよかった…」
「もうよい。お前たちを咎めるつもりはない」
「「!」」
「この泡が舞う光景を美しく思った…ただそれだけであろう?」
「…うん」
「…はい」
「それでよい。お前たち…神がかの邪竜を倒す際に何を使ったのか…知らんはずがあるまい?」
「「あ」」
「泡…」
「そうだ。正確には海の泡だがな」
そう言うとインドラ様は私の隣に腰を下ろした。
「もう終いか?」
「…まだ少しだけ残ってます」
「残っています」
「まだ残ってるよー」
「ならばよい。お前たち…舞わせろ」
「「「了解」」」
返事を揃える私とヴァジュラたち。
シャボン液をつけ、ストローを吹く。
ふわふわと…3人分のシャボン玉が辺りを包む。
あ、今のでシャボン液が尽きた…。
ちょっと物足りないけど、これで最後か。
ヴァジュラたちを見ると、まだシャボン玉を吹き続けていた。
ヴァジュラたちがちょうどインドラ様の後ろにいるからか、私とインドラ様がシャボン玉に包まれるような状態になった。
空に舞う、たくさんのシャボン玉たち。
日の光で透き通り風に乗り…消えていく。
そのシャボン玉を見つめ、インドラ様が呟く。
「泡というものは大層不思議なものに見えるのであろうな」
「それはそうですよ。時間が経てば消えてしまいますし、何より綺麗ですから」
「神からすれば、人の命も似たようなものだがな」
「まあ…100年生きれば長生きですからね」
「そうではない。お前たち人間は、命が短いと知りながらどこまでも進みたがる。ただその場で漂うだけで命がすり減っていくというのに、自ら命を手放すような真似をする者ばかりであった。挙句…己が生きる世界を壊してまで力を欲した愚か者まで出る始末であった」
漂うシャボン玉を眺めながら、苦虫をかみ潰したような顔で語る。
インドラ様が見てきた苦行者たちのことを言ってるんだろうな。
「何故苦行までして己が生に強さを求める?美しさを求める?たとえその身が弱い人間であれ、最期のひとときまでその灯火を燃やし、生き抜くこと以上に美しいものがどこにある?」
「、…」
「限りある命を持つというのは、そういうことだ。僅かでも生きる時間を増やそうとする人間の努力が無駄とは言わん。だが、容易く命を散らそうとする愚行なぞ見るに堪えん」
そこまで言うと、私の方を向くインドラ様。
「お前は…そうあってくれるなよ?お前は生まれ持ったそのままのお前でよい。その灯火は穏やかに燃やし尽くせ。そんなお前の生が最も美しいものだと…この神が保証してやる」
私の体に腕を回し、抱きしめた。
力が、強い。
今まで命を散らしてきた人間たちを見続けた、神様ならではの考えなのだろうか。
この神様は人間には穏やかに生を全うしてほしいんだろうな…。
「…はい。ありがとうございます」
そっとインドラ様を抱きしめ返す。
青かった空が夕焼けに染まる頃…。
透き通ったシャボン玉が空に舞い、ひとつふたつと消えながらも私たちを見守るように漂っていた…。
〜おまけ〜
「おや?ラーマ」
「ん?アルジュナか」
シミュレーター室に入ろうとしたラーマは、アルジュナに声をかけられた。
アルジュナもシミュレーターで鍛錬をしようとしたのだろうか。
「お前も鍛錬か?」
「はい。差し支えなければご一緒してもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ」
断る理由などない。
アルジュナと共にシミュレーター室のドアを開けようとしたときだった…。
プシューッ
「わっ!?」
「おっと…」
シミュレーター室から、誰かが飛び出してきた。
「あら、ごめんなさい」
「おや?ナーサリー」
「あ、ジュナジュナ!」
「太歳星君まで」
「廊下に急に飛び出すのはよくないぞ?危うくぶつかってしまうところだったからな」
「ごめんなさい…」
「ごめんなさいなのだ…」
ナーサリー、ジャック、太歳星君の3人だった。
よく見ると、手に何か持っている。
「ん?それは何だ?」
「これ?シャボン玉だよ」
「あぁ…シミュレーターで遊んでいたのだな?」
「そうだぞ!」
「でもシミュレーターは空いたから安心して」
「そうですか…では有り難く」
今度こそシミュレーター室に入ろうとしたアルジュナとラーマだったが…。
「マスター!マスターはどこじゃ!?」
「ん?この声…」
廊下の向こうから近づいて来たのは、アルジュナの父の宿敵にして干魃の邪竜…ヴリトラだった。
何事かと若干身構えるアルジュナとラーマ。
「ん?インドラの息子にラーマ…貴様らマスターを見ておらんか?」
「…今日は見ていませんが、マスターにどんな御用でしょうか?」
「余も今日は会っておらん」
一体マスターに何の用だ?
あまり穏やかな雰囲気ではなさそうだ。
するとヴリトラは忌々しそうに吐き捨てる。
「インドラのヴァジュラたちに大量の泡を浴びせられたのじゃ」
「は?」
「はい?」
「廊下で出くわしたときに急に、じゃ!おかげで暫く弱体化するわ何か妙に体がベタベタするわでたまらん!マスターを呼びつけてインドラに仕返しせねば、わえの気が済まん!」
ヴァジュラたち…一体何をしているのだ…。
「何やら吹き矢?のように、吹いただけで大量の泡が飛び出す奇妙なものじゃった…聞けば元々は童の玩具だったと言う。インドラの奴め…玩具からよくもそんな恐ろしい武器を編み出したものじゃ」
「…」
「…」
子どもの玩具…そして吹いただけで大量の泡が飛び出す…。
アルジュナとラーマは、そばで立ち尽くしているナーサリーたちが手に持つものをチラッと見た。
絶対シャボン玉のことだろう…。
「ん?何じゃ…って!?おい、童ども…その手に持っておるもの…先程ヴァジュラたちが持っていたものと同じではないか!?」
「これ?シャボン玉だよ?」
「シャボン玉…じゃと?」
「ほらこうして…ふーっ」
ナーサリーがストローを咥えて息を吹くと、ストローの先端からたくさんのシャボン玉が飛び出す。
「「あ」」
思わず声が漏れるアルジュナとラーマ。
その途端焦り出すヴリトラ。
「なっ!?こらやめんか童ども!まさか貴様らもインドラの差し金か!?」
「ワガハイたちはただシャボン玉で遊んでただけなのだ」
「忌々しいもので遊ぶな!マスター!マスター!」
漂うシャボン玉を鬱陶しそうに避けながら、ヴリトラは去っていく。
仮にマスターを見つけたとて、今は件のインドラと一緒にいる可能性が高いのだが…。
「ラーマ…どうしましょう?」
「いや…放っておいても問題ない気がするぞ?」
「マスターのことは気がかりではありますが」
「インドラ神と一緒なら、却って安全であろう」
「確かに…もしマスターを盾に使われたらと考えましたが、一緒にいるのならその心配はありませんね」
「そうであろう?それにしてもヴァジュラたち…それぞれがシャボン玉を装備しているのだろうか」
「シャボン玉を…」
ヴァジュラたちにシャボン玉を浴びせかけられるヴリトラを想像する二人。
「…ふふっ」
「おいアルジュナ、あまり笑うのは…ふふっ」
「ラーマこそ笑っているではありませんか」
いつもはインドラのことで頭を抱えることの多い2人だが、今回はヴァジュラのファインプレーに思わず笑みを溢すのであった。
END