真実は書かその光景か
真実は書かその光景か
「おや、マスターではありませんか」
図書館にて…ずらりと並んだ本を眺めながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あ、太公望」
図書館常連サーヴァントのひとり…太公望だった。
「ここでお会いするのは、何だか久しぶりな気がしますね」
「あぁ…そうかもね」
私は本が好きなので、図書館にはよく足を運んでいたのだ。
しかしここ最近は、とある事情であまり来れなくなったため何だかんだ数ヶ月ぶりの図書館だった。
「ふむ…その様子ですと、何やら事情があってこれなかったようですね。マスターはお忙しい身ですから仕方ないとは思いますが」
「まあ、ちょっとね…」
「ただ…」
ずいっと私に一歩近づく太公望。
え…何?
思わず身構える私。
「ここで貴女にお会いできること…何気に楽しみにしているんですよ?僕は」
「…」
「もちろん同じ本好きの仲間として、ね?」
切れ長の目を僅かに開いて、私を見下ろす。
「…相変わらず口が上手いんだから」
「あはは。本当のことでもあるんですがね」
また目を細めて小さく笑う太公望。
この思わせぶりに振り回される前にさっさと本を探すとしますか…。
カルデアに来てから、よく知らない英霊たちについて調べるために、縁のある書物に目を通すことはある。
でもそれ以外だと、私が読むのは小説が多い。
ジャンルでいうならホラー、ミステリーといったところかな?
「マスター、こちらはどうでしょう?」
「ん?」
太公望が差し出してきた、3冊の本。
受け取ってあらすじを見る。
おお…これは確かに面白そうだな。
「ありがとう太公望。読んでみる」
「いえいえ。お安い御用ですよ」
本を受け取り席に着く。
いや、それにしてもこの男…。
すでに自分の隣に座り、本を読んでいる太公望を横目に見る。
この短時間で3冊もの本を探したとは到底思えない。
もしかして、以前から目をつけていて私が来たときにおすすめしようとしてくれてたんだろうか…。
『何気に楽しみにしているんですよ?僕は』
太公望の言葉が頭をよぎる。
もしかしてあの言葉ってリップサービスじゃなくて本当に…。
『本当のことでもあるんですがね』
いやいや、あまり本気にするな。
せめて厚意として有り難く受け取っておくだけにしておこう。
頭にこびりついた言葉を振り払い、1冊目の本の表紙を開いた…。
〜30分後〜
パタンと1冊目の本を閉じる。
休憩を入れながら読むつもりが、先の展開が気になり出してついつい読み進めてしまい…読了してしまった。
「おやおや…相変わらずの読了スピードですね。かなり厚みはありましたが、もう読み終わってしまったのですね」
隣の太公望から声がかかる。
「いやぁ…面白かったからつい」
「ですが、2冊目に行く前に休憩を挟むことをおすすめしますよ?物語を楽しんだとはいえ、頭は疲れているはずですから」
「…うん、そうする」
アドバイスを受け、すでに2冊目を開こうとしていた手を引っ込めた。
静かな図書館の中、あまり物音を立てないように椅子から立ち上がる。
30分ほどだったとはいえ、下を向きっぱなしだったせいか、少し肩が凝っている。
私は腕を上げ、軽く伸びをする。
「ふぅ…」
いくらか体が楽になった。
そうだ…どうせ片付けるから、読み終わった本は今のうちに片付けてしまおう。
本を手に取り、元の位置を探して本棚の迷路を歩いて行く。
「あった」
わかりやすい目印のせいか、わりとあっさり見つけた小説の置き場所。
本を元の位置に戻し、先程の席に戻ろうと踵を返して歩こうとしたとき…。
「!」
ふと、目に入った案内のプレート。
そこには『インド神話』と書かれている。
以前インド神話の神様についての書物や、マハーバーラタを読もうと思ったときに立ち寄ったので、初めて訪れる場所ではない。
普段一緒にいる神様が頭に浮かぶ…。
「…」
気づくと私は、インド神話のスペースに吸い寄せられるように入って行った。
そこでとある本を見つけ、立ち止まる。
『リグ・ヴェーダ』
先程頭に浮かんだ神様についての讃歌が、最も多く記されている本だ。
この本は以前読もうとしたことがある。
だがいざ開いてみると、翻訳こそされているものの内容が難しく、頓挫してしまった。
海外の書物は、訳し方ひとつで内容が頭に入ってきやすかったり、逆にまったく頭に入ってこなかったりするから難しく感じてしまう。
現地ならではの表現方法とか、宗教観が当たり前に書かれていても、海を越えただけでその常識はいとも容易く覆されてしまうものだから。
何ならこの前、ダンテの『神曲』も読んでみた。
翻訳されたものだったが、天国編に入った瞬間に急に哲学の話に入ったものだから、地獄、煉獄編はまだわかりやすかったが、天国編については一切内容が頭に入らないまま読み終えてしまった。
(※個人の感想です)
感想はダンテには言いづらかった。
私の頭が足りないばっかりに…。
今回はちゃんと読んでみようかな…。
本を手に取り、元の席へと戻る。
「おや?気になるものがあったようですね」
席に戻ると、太公望に声をかけられる。
「うん」
「それは…天竺の讃歌集…ですか?」
「そう。前に読もうとして挫折した本。今度こそちゃんと読んでみようかなって」
ん?どうしたんだろう?
何故か目を開いて『リグ・ヴェーダ』を見つめる太公望。
「ふむ…そうですか…」
「どうかした?」
「ああ…いえいえ。お気になさらず」
気になった私が声をかけるも、上手くはぐらかされてしまう。
インドの書物に思うところでもあったのかな?
少し考えを巡らせてみる…。
いやダメだ…太公望の時代、登場人物が多すぎてまったくわからない。
封神演義もちゃんと履修しておくべきだろうか?
覚えられる自信がないなぁ…。
ごめん太公望、前向きに検討は…しておくね?
心の中で太公望に謝罪しながら、再び席に着き2冊目の本の表紙を開いた…。
「あ!やっと見つけた!」
「インドラさまがお呼びです」
「え…ヴァジュラ!?」
突然静かな空間に響き渡る、高い声。
私も思わず声を上げてしまう。
はっとして隣を見ると、太公望が苦笑いをしながら口元に人差し指を立てている。
「ヴァジュラ…図書館では静かにね?」
「そんなことよりインドラさまが呼んでるー!」
「しーっ!わかったからここでは静かに、ね?」
「…声は抑えるように」
「えー」
呼ばれてしまったか。
実は私が図書館に来なくなった理由…これなんだな。
インドラ様の命令で、ヴァジュラたちが私を捜し回ることが日常になりつつある。
だから図書館のような静かな空間にヴァジュラたちが来ると、だいぶにぎやかになってしまう。
以前ヴァジュラのよく響く声に、読書をしていたメドゥーサさんが冷たい眼差しを向けていて、申し訳なかった…。
「貴女のお部屋でお待ちです。お急ぎを」
「わかった。でも本の片付けはさせて?」
「あんまり待たせるなよー?」
「ですので、静かに」
少年体のヴァジュラは図書館では声を抑えてくれている。
いや、普段から十分静かなんだけど。
ただ少女体のヴァジュラは我関せずといった感じであまり改善されない。
インドラ様からの命令なら、聞くんだろうけど。
なので自然と図書館から足が遠のいてしまっていたのだ。
「マスター」
と、太公望から声がかかる。
「それ、借りていかれては?」
「え?」
「この様子では、しばらくここで読書を楽しむことも難しいでしょう?ならば借りてお部屋で読まれてはどうです?それは僕のおすすめですから、ぜひ読んでいただきたいですしね」
「…そうしようかな」
確かに、読み終わった本を返しに来るだけならそんなに時間とらないしね。
アドバイス通り、借りていこう。
「じゃあ、またね太公望」
「はい、また」
太公望に声をかけて貸し出し手続きをとり、本を抱えながらヴァジュラたちと共に図書館を後にした。
プシューッ
「お待たせしましたインドラ様」
「お連れしました、インドラさま」
「ただいまー!インドラさまー!」
開いた自動ドアに滑り込むようにして、部屋に入る私とヴァジュラ。
「…その手に持っているのは何だ?」
くつろいでいたインドラ様は私の持っている本を見つめる。
「図書館にいたので、読みきれなかったものを借りてきたんです」
私は抱えた本をデスクに置いた。
「どんな書物だ?」
「え?」
「見せろ」
何故か手を差し出し、寄越せとばかりにこちらを見るインドラ様。
他2冊はともかく、この神様の讃歌が書かれた本があるから何か気恥ずかしい。
「早くしろ」
「…わかりました」
もう仕方ない。
私はデスクに置いた本を再び抱え、インドラ様に差し出した。
「ん?こいつは…讃歌集か?」
「『リグ・ヴェーダ』です。インドラ様もご存じかと思いますが」
タイトルを口にすると、表情が緩むインドラ様。
「ほう、神への讃歌が書かれたものではないか。わざわざ探して読もうとするその意気には感心する」
『リグ・ヴェーダ』の表紙を見て、満足そうに言うインドラ様。
「で、お前はどこまで読んだ?」
「…」
「おい、何故黙る」
「言いにくいのですが…」
「まさか、読んでいないとは言うまいな?」
「正確には読んだのですが…」
「が?何だ?はっきり言え」
怒らないかなぁ?
翻訳が難しくて途中で挫折しちゃったって。
ただ黙ってても絶対怒られるだろうから言うしかないよなぁ…。
意を決して、重い口を開く。
「実は以前読んでみようとしたのですが…翻訳が難しくて内容がわからなくて、結果途中で挫折してしまったんです」
「…ほう」
「えー?なにそれ不敬ー!」
「諦める選択肢はないと思いますが」
「お前たちは黙っていろ。それで?それを今この場に持ってきたのは何故だ?」
「…もう一度読んでみようと思ったからです」
「ちなみに聞くが、一体どこが理解できなかったという?」
「…何と言いますか、独特の宗教観やたくさんの神様の名前を覚えきれなかったからでしょうか?インドラ様含め主要な神様の名前は覚えられましたが」
「…なるほどな」
以前ヴェーダを読んだとき、流石にインドラ様のことは知っていたし、讃歌の数が多いから理解はできた。
ヴァーユやスーリヤといった神様も、ビーマやカルナさんのお父さんということもあって、名前自体は前々から知っていた。
ただ宗教観が強めで、翻訳を読んでも文章が頭の中で繋がらなかった。
正直、今読んでもかなり苦戦すると思う。
でも今目の前にいる神様のことなら、少しでも頭に入れておいたほうがいいのでは…。
そう思ったら、気づいたらこの本に手が伸びていたのだ。
時間をかければ理解はできるはずだから。
「お前は…」
「!」
「神を英霊として喚び、神が戦う様を特等席で見ている…と言っても過言ではない」
「まあ…はい」
「その書物は、要は古代の人間どもが神々の王であるこの神をどのように敬い讃えたか…そのすべてを記したものだ。他の神々への讃歌もあるがな」
「…はい」
「かつての人間どもの思想を理解しようと努力するその姿勢は認める。だが、お前はすでに神がどのような神であるのか、知っているはずだ」
「!」
「お前という人間を初めて見たあの空で…お前は神の姿に何を見た?英霊として喚んだ神を見て何を感じた?かの邪竜を倒す様を見て何を思った?」
「…それは」
「言わずともよい。神という神を見てお前が何を思ったのか…すべてはそこにある。…まあ強いていうならば神の『あの姿』は口外だけはするなよ?記憶に留めることは許すがな」
「…」
「おい、聞いているのか」
「…はい、もちろん」
私がインドラ様を見て何を思ったのか…。
それは言葉にするのはちょっと気恥ずかしい。
あの空の特異点で私が、この目で見た光景。
それはきっと、一生忘れられない神様の姿だ。
「…ま、お前からしたら馴染みのない文化だ。想像し難いのも無理はない」
「インドラさまから寛大なお許しを貰えるのは、有り難いことです」
「感謝しろよー?」
「…はい、ありがとうございます」
「それで?お前は神が部屋にいるというのに続きの書物を読み耽るつもりか?」
「え?」
インドラ様は手に持った本をベッド脇のテーブルに放り投げ、チラリと私に視線を寄越す。
あ、本読んでないで構えってことね…。
元々そばにはいたけど、言いたいことを何となく察してベッドに腰掛ける。
すると体に腕が回され、そのままインドラ様の胸の中に包まれる。
この神様がどんな神様なのか、か…。
自信家で寛大。自由でプライドが高い。
酒癖女癖が悪い。そのくせヤキモチ妬き。
面倒見がよくて苦行が嫌い。人間が好き。
挙げたらきりがないけど、なんやかんやでみんなに愛される神様。
そんなところかな。
〜おまけ〜
「ここが図書館か…」
カルデアに来てから初めて訪れる図書館。
静かで厳粛な雰囲気に、どこかワクワクする。
「おや、ダンテ殿」
ふと声の聞こえた方を見ると、切れ長の目に穏やかな表情をした、細身の男がいた。
「やあ…太公望殿」
「図書館は初めてですか?」
「フフ…お恥ずかしながら」
「よろしければ案内を…と思いましたが、貴方には必要なさそうですね」
「フフ…気持ちだけいただくとするよ」
早速本棚を見ようとしたダンテだったが、ふとテーブルの上に積み重なっている本が目に入る。
「このたくさんの本…今から読むのかい?」
「え?ああ、これですか」
本の山に目をやる太公望。
その一番上に積まれた1冊を手に取り、表紙を黙って見つめる。
「ミステリー小説?」
「ええ、まあ」
「そうか。君はミステリーが好きなのかな?」
「ああいえ、僕が好きなんじゃないんです」
「え?」
僕が好きなんじゃない?
なら他の誰かが好きなもの?
ダンテが考えを巡らせていると、静かな声で太公望が話し出した。
「こういうのが好きな方がいましてね。ここに来るといつも、彼女の好きそうな本を探し出して勧めていたんです。ただ最近は…遠慮しているのでしょう。あまり来なくなってしまったんです。今日もいらっしゃるかは分かりませんが、本を探すのが習慣になってしまいましてね」
「…!」
「…何だか寂しいものですよ。あの方が好みそうな本はだいたい把握していたつもりだったんですが、この前なんて僕が予想だにしない本を持って来てましたしね」
細めていた目を開け、どこか寂しげな表情で遠くを見つめる太公望。
本が好きで、ここ最近とある事情から図書館に来れなくなっている女性?
思い当たる存在が、ひとり。
「それは…もしかして…」
はっとしたように顔を上げる太公望。
「おっと、すみません…感傷的になってしまいましたね。どうか今の話は、内密にお願いしますね?」
「…それはまあ、いいけど」
「さて…探すのもいいですが、自分で読むのも悪くないかもしれませんね」
自分に言い聞かせるように席に着き、手に持っていた本を開く太公望。
その様子を黙って見つめるダンテ。
一緒に本を読んでいた『彼女』が来なくなった。
その上『彼女』が好む本の内容すら、把握していたつもりだったのに、急に今まで知らなかったものに手を付けだした。
『彼女』をとられたような気分になってしまったのだろう。
たとえその『彼女』が単なる読書仲間だったとしてもそうじゃないとしても…
寂しいことには変わりないだろう。
そう思ったダンテは、積み重ねた本の1冊を手に取った。
気づいた太公望が顔を上げる。
「ダンテ殿?」
「…私が読んでも構わないかい?」
「!ええ、もちろん」
少し驚いた後、笑みを浮かべる太公望。
流石に『彼女』の代わりとはいかないが、読書仲間が増えること自体は構わないだろう。
ただ…そうだなぁ…。
心の中で呟くダンテ。
(君も忙しいとは思うけれど、たまにはここに来てあげてほしいかな…マスター)
END