信仰と恋情
信仰と恋情
※注意書き※
投稿者の宗教に関する個人的意見が入ります。
特定の宗教を信仰している方、宗教の個人的意見をスルーしたい方はご注意ください。
(実家は神道ですが特別信仰する宗教はなし、神社仏閣は初詣で参拝する程度、意見といってもふんわりとした独断と偏見です。)
OKな方のみお進みください。
「そういえば、お前にしたいつだったかの問いの答えを聞いていなかったな」
「答え?何のですか?」
マイルームのベッドに寝転びくつろいでいたインドラ様が、何やら思い出したように口を開いた。
私はというと、溜まったレポートに追われていたため、デスクに向かいペンを走らせている。
インドラ様からの唐突な言葉にも、書く手を止めないまま返事を返す。
それが少々不服だったらしい…。
「というよりも…神が部屋に来ているというのに、いつまで書き物をしている?」
「あと1枚…このレポートだけは明日提出しなくてはいけないので、今日中に仕上げたくて」
「インドラさまを後回しにするとか不敬すぎー!」
「何が優先かは一目瞭然かと思いますが」
「今までインドラ様を優先し続けてレポートが溜まる結果になったので、今日はこれを仕上げるのが最優先です。あと少しで終わりますから」
ヴァジュラたちからも抗議の声が上がったが、こうなったのはほとんどインドラ様が原因だ。
私の部屋に遊びに来るのはいいのだが、来たら来たで、いつもの定位置にしているベッドに連れ込まれる。
そうなったら、たとえ作業中でもこの神が満足するまで解放されない。
だから締め切りが迫っている今は、心を鬼にして最低限を片付けることにしたのだ。
と言ってもそれもあと3行ほどの文章で終わる。
報告完了…っと。
「…よし、終わった」
「やっとか…待ちくたびれたぞ」
「インドラさまを待たせるとか不敬だぞー?」
「終わったのなら、速やかにインドラさまのお相手をするべきです」
「もちろんわかってるって。それでインドラ様…前に私にした質問というのは?」
するとインドラ様は足を組み直し、自分が寝そべっていたベッド(もとい私のベッド)の自分の隣のスペースをトントンッと指先で叩いた。
「いつまでそんなに離れた場所に座っている。神の隣に来い」
「…わかりました」
要望通り、インドラ様の隣のスペースに腰掛ける。
すると長い双腕が伸びてきて、私の上半身を包み込むように巻きつく。
ちょうど、後ろから抱きしめられている状態だ。
この神様はやっぱりでかい…。
「その様子では記憶になさそうだな。まあ、答えを聞く前に邪魔が入ったからな…無理もないか」
「邪魔が入った…」
どうしよう…本当に何の話だろう?
「なら改めて問うぞ…」
「今までお前が出会った神の中で最も強く、輝いている神といえば…誰だ?」
「!」
あぁ…思い出した…。
そういえば聞かれたな、そんなこと…。
そうそう、確かそんな質問が来て何て答えるべきか悩んでたら、ちょうど微小特異点の発生で管制室に呼ばれたんだっけ…。
確かに答えてはなかったな…。
戯れにそんな戦争の火種になるようなこと聞かないでほしいんだけどね!?
「それで?お前の答えはどうした?」
お願いですからそんな圧をかけないでください…。
お願いですから腕の力強めないでください…。
お願いですからぴったりくっついた状態で耳元でいい声で囁かないでください…。
最近になって、この神寛大だけど意外とヤキモチ妬きなんだなってわかったところだったから、答え方に困るんだよな。
この神の名前を挙げたほうが平和かもしれない。
インドラ様に惚れているのは間違いないから。
ただ神様に対する信仰とかの話だと、それとは少し話が違ってしまうような気がして…。
いや…多少機嫌を損ねるかもしれないけど、ここはありのまま思っていることを話そう。
「…インドラ様」
「何だ」
「正直に答えますが…よろしいでしょうか?」
「構わん。早く答えろ」
この声のトーンからして、自分の名が挙がることを疑っていない様子…。
深呼吸をひとつ…意を決して言葉を口にする。
「どの神様が一番か…私はよくわかりません」
ピクッ…と後ろから僅かに動く気配があった。
早速気に障ってしまったか?
「私には…特別に信仰している神様はいませんし、信仰している宗教もありません」
「…」
「というよりも…信仰というものに縁がないのでよくわからないのかもしれません」
「…縁がない、だと?」
「!」
思ったよりも、インドラ様からの反応は早かった。
ただ怒ってる様子は…なさそう?
「お前の国にも神はいるだろう。なのに信仰と縁がないとはどういう意味だ?」
どうやら、私の答えに疑問のほうが勝ってくれたようだ。
「…インドラ様は『八百万の神』という言葉を聞いたことがありますか?」
「八百万?お前の国にはそこまで多くの神がいるということか?」
「『万物に神が宿る』。山、海、川、湖のような自然だけではなく、人が作ったものや人が長年使い続けたものにも神が宿る…という意味です」
「…」
「神様は身近にいるもの、そして敬意を払うお相手でいつも私たちを見守ってくれているもの。小さい頃、家族からそう教わった覚えがあります」
まさか、本物の神様相手にここまで話す日が来ようとは…。
でもこれは、伝えなければいけないことなのかもしれない。
たとえ異国の神様でも。
「たくさんの神様に囲まれて育ったようなものですから、私は恐らく…神様に優劣はつけられません。神話や叙事詩に名高い神様でも、名もなき神様でも」
「…」
「…もしかしたら、インドラ様が望んだ答えとは違ったかもしれません。それでも…今まで訪れた神社の御祭神もお寺の御本尊も…ここに来てから出会った神霊たちも…私からしたら、私を見守ってくれている存在です。誰が一番強くて誰が一番美しいのかは…すみません、私には…わかりません」
思っていることは、言えた。
ただ、この神様がそれをどう思うかはわからない。
言ったはいいけど、やっぱり少し怖いな…。
汗ばんできた自分の手をギュッと握る。
「…まあ、よい」
「!」
「お前の神々に対する敬意は、理解した」
「え…」
「だが…他の神がそれを聞いたらどうであろうな。己が一番でないとわかった途端、癇癪を起こして暴れる神も多かろうな」
「…やっぱり…そうですよね」
「神はそこまで狭量ではない。確かに神の望む答えとは違うが、神もお前が敬意を払う対象に含まれているのなら許すとしよう」
「あ…ありがとうございます」
ゆ、許して…もらえた?
私の後ろにいるせいで表情は窺えないが、その穏やかな声からマイナスな感情は一切伝わってこない。
気分を良くしたというより『仕方ない、こいつはこういう人間か』って納得してもらえたような若干呆れられたような…そんな感じだろうか?
全然いい。
怒らせるよりは呆れられるくらいが全然いい。
「だが」
と、私の体に巻き付く腕の力が先程より強まった。
「お前の神に対する考えは理解したが、堕とすと決めた女が神を一番に選ばないのは…納得できるはずがあるまい?」
「ぇ…ちょっ……わッ!?」
ドサッ
そのまま体を横に倒される。
そして私の上に覆い被さるインドラ様。
「…ッ!?インドラ様…?やっぱり怒って…」
「ん?怒ってはおらんぞ?お前が察したとおり、お前の口から神の名が出なかったことに、ただ納得がいかんだけだ」
えっと?
怒ってはないけど…拗ねてる?
「八百万か…随分とまた相手が多いものだ」
「あの…インドラ様?」
「まあよい…お前の謙虚さに免じて神への信仰を強要することはせん。ただ…お前自身が神の閃光に目を焼かれ、他の神が目に入らなくなったとなれば…致し方あるまい?」
「目を…焼かれる?」
「つまりは、だ…」
「いつかは完全に神に堕としてやる。他の神なぞ一切目に入らん程に、な?」
「…ッ」
あの誰か…。
誰かこの神に、信仰と恋情は違うってことを教えてあげてくださいませんか!?
確かに自分にとって一番の神様はいないと言いましたけど…。
言いましたけど!!
「…理屈なしに惚れた相手が一番だって…何でわからないかなぁ…」
「!…今のはどういう意味だ」
「えっ…声に…出てた!?な、何でも…何でもありませんのでお気になさらず!」
「ほう…理屈なしに惚れた、か」
「わ…忘れてください…ッ!」
「神に命ずるな。ならば話は早い…続きはゆっくりと聞かせてもらうとするか」
「え…インドラさまッ……ん…ッ」
自分の爆弾発言に混乱している中、何やらご機嫌になったインドラ様によって唇を塞がれる。
「神を待たせた分も、付き合ってもらうぞ?」
そっと唇を離すインドラ様。
ペロリと自身の唇を舐め、艶めかしい視線で私を見下ろす。
「インドラ様ッ…待って…」
「待たん」
「か、鍵…せめて部屋の鍵を掛けさせt…」
「ヴァジュラ」
「「施錠完了!」」
「仕事が早ぁい…」
「これで文句はあるまい」
「………ありません」
「ならよい」
いつの間にか手袋が外れ、素手になっている手が私の頬を優しく撫でる。
ほんのり感じる温かさ。
インドラ様が私に触れるようになってから、よく知るようになった、どこか心が落ち着く匂い。
「さて…何から聞かせてもらおうか」
身も心もとろけるような心地よい声。
逃さんとばかりに体に巻き付く腕。
目を逸らすことも許さない…熱を帯びた瞳。
それが信仰かはともかく…私はこの神に十分過ぎるほど溺れてしまっているようだ。
〜おまけ〜
「…失礼します」
「お前か」
覇気のない声。
医務室に入ってきたのは、アルジュナだった。
「薬があと2回でなくなりそうで…」
「愚かな神がまた何かやらかしたか?」
よろよろと椅子に腰掛けるアルジュナに、思わずため息が出るアスクレピオス。
「…父のことは尊敬はしています。ただ…」
「ここは神に気を遣う場所ではない。お前のその胃痛の原因を作っているのなら、僕からすれば病原体として扱いたいくらいだ。それで?今度は一体何があった?」
この男も、神を父親に持つ者だ。
多少の愚痴くらい聞いてやるのも医者の務めだろうし、ある意味個人としての支えにもなるだろう。
「父が…マスターと恋仲になっていた…」
「は?」
大抵のことでは動じない自信があったが、思わず声が漏れてしまった。
正直驚いた。
マスターが神と…?
「はぁ…災難だな。神に目をつけられるとは」
「それが…先に惚れたのはマスターらしい」
「ーーー」
あれ程口酸っぱく忠告したというのに。
神と結ばれても、碌な目に遭わないからやめておけと散々言ったのに…。
「はぁ…あいつは男を見る目がないのか。神に…それもよりによって雷霆神に…あぁ忌々しい…」
「…」
口調に苛立ちが混じりだすアスクレピオス。
貴方の父は太陽神では?と口に出しかけたが、この医神の死の原因は雷霆神だったと思い出すアルジュナ。
父の話題はあまり出さないほうがいいだろうか…。
「あの…申し訳ないアスクレピオス…気分を悪くさせてしまいましたか?」
「お前は何も悪くない。忌々しいのは僕自身も含めてだ。愚かな神々のあの愚かさだけは、僕にも治しようがない。まあとりあえず、同じものは処方しておくからな」
「…助かります」
「はぁ…今日は特別ため息が増えて仕方ない。マスターにはあれ程、神と深く関わるなと釘を刺していたのだがな」
「…もし記憶違いなら申し訳ありませんが、アスクレピオス」
「何だ?」
「貴方の生前の妻は確か女g…」
「おまけに手癖の悪い神ときた。気まぐれで傷つけられてこちらに泣きついてくるのがオチだろう」
「…」
遮られた。
まあ…この医神が選んだ女神なのだから、余程素晴らしい方だったのだろう。と思うことにしよう。
「ん?いや待て…」
「どうしました?」
「そうか、マスターが神と親しくなったのなら…」
「親しくなったのなら?」
「僕の目指す蘇生薬に使う神の祝福を、マスターからお前の父親に頼み込むことができる…ともとれるのか!?」
「え…」
「お前の父親は確か、不死の加護を与えることもできたはずだ…どうだ!?」
「た、確かに…父が加護を与えて不死になった者はいますが…」
「ならば善は急げだ!クックックッ…そうか…神が増えたと聞いたときには忌々しさしか感じなかったが、国は違えど…あの神ならば純度の高い祝福が手に入りそうだ」
「…」
そもそも、不死の加護という大層なものを、父が承諾してくれるとは限らないのだが…。
そう言おうとしたが、やめた。
この状態のアスクレピオスには、何を言っても効かない。
「…ありがとうございました」
「あぁ、お大事に」
「はぁぁ…」
医務室から出たアルジュナは、魂が抜けそうなほど大きなため息をつく。
話を聞いてもらって心が軽く…なるはずだったのにまた別の心配事が増えてしまった。
「うっ…」
またキリキリと痛み出す胃。
たった今もらったばかりではあるが、薬を飲んだほうがよさそうだ。
もう何度目かになるかわからないため息をつきながら、水をもらうために食堂へと向かうのであった。
END