隠さずともお前は
隠さずともお前は
「あ」
「ん?マスターではないか」
シミュレーターの訓練の帰り道、私はヴリトラと遭遇した。
「何じゃ何じゃ?インドラと逢瀬か?」
「…部屋に戻るだけだよ」
絡んでくるヴリトラに、私は呆れながら答える。
部屋に戻るのは本当だからね。
戻ったらインドラ様がいる、訪ねて来る可能性はかなり高いけど。
というか、とうとうこの邪竜にまで冷やかされる日がくるとは思わなかった…。
いや嘘です…何となく察してはいました。
だって…
お気に入りの玩具が新しい玩具とくっついたらとりあえず遊んでみたくなるものじゃん?
「きひひ…情が湧いた人間の女に手を出して骨抜きにされるとは相変わらずじゃのう、インドラの奴め」
「…インドラ様は人間の女性より女神様のほうがいいんじゃないの?」
「知らん。わえはただ奴に嫌がらせができればよいだけじゃ。それ故この姿をとったまでよ」
確かにガワだけなら美女だからな、この邪竜。
ガワか…。
「………」
「ん?何じゃ?そんなにじっと見つめおって」
「ヴリトラってさ」
「ん?」
「第一再臨で顔隠してるよね」
「ん?フェイスベールのことか?」
実はちょっと気になってた、ヴリトラのあのベールを被った姿。
前にシェヘラザードさんから聞いたけど、フェイスベールは中東の女性が身につけるもので、日差しや塵から顔を守るためのものらしい。
確かに砂漠もある地域だと砂塵を鼻や口から吸い込んじゃったりしそう…。
ベリーダンスの踊り子さんがつけてるのを見たことがあったから、それを聞くまで私の中では踊り子さんの衣装なんだと思ってた。
それをヴリトラやヴィシュヴァルーパさんがつけていたものだから、余計に混乱した。
美女のガワを被った邪竜とはいえ、あの姿は神秘的でミステリアスな魅力を感じたから。
美女だからこそ…っていうのもあると思うけど。
「空の特異点にいたヴィシュヴァルーパさんも確かフェイスベールしてたよね?」
「そうじゃが、それがどうした」
「あれって何か意味あるの?」
「わえが知ったことか。先程も言ったが、わえはインドラへの嫌がらせ、ヴィシュヴァルーパはインドラに警戒されぬようあのような清楚な女の姿をとった…ただそれだけじゃ」
「そう…」
確かにベールに身を包むと上品な女性の雰囲気は醸し出せる。
ヴィシュヴァルーパさんもガワこそ清楚な美女だったけど、その分中身が際立ってたなぁ…。
「何じゃマスター?さてはインドラの女の好みを知りたいのか?」
「え!?いや…そういうわけじゃないけど」
まったく意識しなかったのかと言われると正直ちょっとは意識したよ?
したけど、流石にヴリトラからそんなこと聞き出すつもりはなかったよ。
「なに、遠慮するでない。奴の女に情けない話はわえもよく知っておるからな。それで?何から聞きたいんじゃ?」
「だから聞きたくないって!」
「あらあらヴリトラ…マスターをあまり困らせちゃダメじゃない」
「あ、マタ・ハリさん」
ヴリトラの誘惑に困っていると、通りすがりのマタ・ハリさんが声をかけてきた。
「おぉ、マタ・ハリ…今日は踊らんのか?」
「うふふ。私の踊りをそこまで気に入ってもらえたなんて何よりだわ。でも残念、今日はお休み」
「ちぇー」
「そんなことよりマスター…会話が少し聞こえてきたのだけれど、あの雷神様の好みの女性になりたいって本当?それなら私が教えてあげられることは沢山あるわよー?」
「いや、そうは言ってないです!」
「おぉ、そうしてくれマタ・ハリ!わえとしてもマスターを奴の好みに仕立て上げれば、奴のいい餌に使えるかもしれんからな!」
「なら尚更お断りだよ!あとマタ・ハリさんとりあえず今まで話してたのは…!」
私はマタ・ハリさんに話の流れを説明する。
「なあんだ、フェイスベールの話だったのね」
「何でちょっとがっかりしてるんです?」
「うふふ」
意味深な笑みではぐらかしたよこのお方…。
それに仮にマタ・ハリさんから色々と仕込まれたとしても、あの神様手練れだから堕ちないのでは…。
なんて思ってしまう。
「ところでフェイスベールって、何であんなに魅力があるんですかね?」
「うーん…あくまで私の想像だけど『隠しているから』じゃないかしら?」
「『隠しているから』?」
「ええ。人間って不思議なものでね…完成されたものよりもどこか欠けているもののほうが気になってしまうの」
「欠けているもの…」
「フェイスベールをつけると目から上しか顔が見えないでしょう?隠された部分があると、想像の中で無意識に美化してしまうのよ。ミロのビーナス像を見て、腕がないからこそ美しいと言う人たちと似たようなものじゃないかしら」
隠された部分があると無意識に美化する…か。
…
…
《そうだともそうだとも!隠しているからこそ美しさが際立つ!つまりメカクレこそ至高…》
あ、今真面目な話してるから出てこないでね?
《…お呼びで…ない…?》
咄嗟に頭の中に涌いた妖怪メカクレスキーを追い出したが、まあ確かに…見えないからこそ想像を掻き立てられるものはあるかもしれない。
仮面で顔を隠しているのもそうだよな。
「奇襲開始」
「ヴァジュラスプレー!!」
シューッ
「な…うぎゃああぁぁっ!?」
「は……えっ!?」
聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら、何かが噴き出るような音と悲鳴を上げるヴリトラ。
「あらあらこれは…」
「よーし!弱体化成功ー!キシシッ」
「こんなところで何をしているのですか?」
「ヴァジュラこそ何したの?」
急に起こった出来事に、マタ・ハリさんは目をぱちくり。
私は目の前に浮かんだヴァジュラたちを見上げる。
「ノズルタイプの中性洗剤です」
「凄いだろー?これ引き続けてると泡がずっと出てくるんだぞー?」
「なるほど、それで…」
私は目線を下に向ける。
それでヴリトラが大量の泡を体につけながら蹲ってるってことですね…。
「お…のれヴァジュラども…またしても…インドラの差し金か?」
「何度も言うが、インドラさまはお前のような邪竜の趣味に付き合うことなど望んでいない」
「インドラさまのためにぼくたちの考えでお前を弱らせただけ。勘違いするなよー?」
「ぐぅ…小賢しい…小間使いどもめ…」
「そんなことよりインドラさまがお待ちです」
「ほらほら行くぞー?」
「ちょっ…あ、マタ・ハリさんごめんね私はこれで失礼しますってうわぁ…ッ!?」
二体がかりでヴァジュラに持ち上げられたため、急いでマタ・ハリさんに挨拶をすると、相変わらずのスピードで運ばれて行く私。
「はいはいまたねー」
「おのれ…待たんか、貴様ら…」
「まあまあヴリトラ。とりあえずその泡、水浴びで落としたほうがいいんじゃない?お風呂なら付き合うわよ。もちろん貴女に石鹸は使わないから」
弱体化しながらもヴァジュラたちを追おうとするヴリトラに優しく声をかけるマタ・ハリ。
ヴリトラがこのまま追ったら、マスターと雷神様のお邪魔になっちゃうものね?
「むぅ…仕方ない…覚えておれヴァジュラども…」
「あらあら、これ食器用の洗剤かしら?」
プシューッ
「お連れしました、インドラさま」
「邪竜と一緒にいたよインドラさま!」
「お待たせしましたインドラ様…あと正確にはマタ・ハリさんもいたからねヴァジュラ?」
ヴァジュラたちに抱えられながら部屋に戻った私。
いつものようにベッドでくつろいでいるインドラ様に声をかけた。
「…邪竜と?」
ヴァジュラの報告のせいで、僅かに表情が険しくなるインドラ様。
ヴリトラと二人でいたわけじゃないけど、やっぱりいい顔はしないか…。
「…何か申し開きはあるか?」
「…ッ」
声がいつもより低くて重い…。
「…部屋に戻る途中でヴリトラと、マタ・ハリさんに出会ったので立ち話をしていました」
「…立ち話、か」
「…はい」
「インドラさまインドラさま!ぼくたちヴリトラにこれ噴きかけてやったよ!」
「ん?何だそれは?」
「我々が自作した、泡が吹き出す装置です。ちなみにマスターがヴリトラとマタ・ハリと会話していたのを確認しました。それは間違いありません」
「これ噴きかけたらヴリトラのやつ、蹲って弱体化してたよ!やっぱりシャボン玉よりこっちのほうがたくさん泡出るし効果あるみたーい!キシシッ」
「待って、何?シャボン玉って…」
「…」
「あっ…」
インドラ様に詰問されそうになっているのを忘れて思わず突っ込んでしまった。
「ふっ……ははははは…ッ!!」
突然インドラ様が笑い出した。
「なるほど、泡が出る装置か。そいつは随分と滑稽な邪竜の姿が見れたであろうな」
「ホントホントー!」
「流石に次も同じ手にかかるか怪しいですが」
「構わん…奴の弱点に変わりはない」
確かにヴァジュラたちに泡ぶっかけられるヴリトラを見たら爆笑するだろうな、インドラ様。
「…ま、邪竜以外に英霊が一緒だったのならよい。今回のお前の件は不問とする、光栄に思え」
「!…あ、ありがとうございます」
よかった…。
マタ・ハリさんがいてくれて、そしてヴァジュラがそれを証言してくれて助かった。
じゃないと今頃…。
「だが…邪竜を交えて一体何の話をしていた?」
「えっと…」
聞かれると思った。
ちょっと話すのは恥ずかしいけど…。
話さないとせっかく不問にしてもらえたのにまた再燃しかねない…。
「隠している、美しい、などの単語が聞こえてきましたが」
「ヴァジュラ!?」
あのヴァジュラ…さっき証言してくれたのはお礼言いたいくらいだけど…。
そこまで聞こえてたの!?
あとあっさりバラさないで!?
「意味がわからん…説明せよ」
「はい…」
そして結局一から説明することになるんですね、ええわかってましたとも。
私はインドラ様に、さっきまで二人と話していたフェイスベールの話をした。
「…というわけです」
「…」
説明は終わったが、インドラ様は黙ったままだ。
ヴリトラが言ってたインドラ様の情けない話云々は全カットして話したけど…。
何か気分悪くしたかな?
「で、お前はいつまでそこに突っ立っている」
「あ…」
インドラ様に指摘され、慌ててインドラ様のそばに寄りベッドに腰掛ける。
その途端体を引き寄せられ、ベッドに体が沈む。
ドサッ
そのまま倒れた体を仰向けにされる。
インドラ様は私を見下ろしながら、私の頬を包むように片手を添える。
長い指が私の目を覆う…。
「…ッ」
反射で目を瞑ってしまう。
が、目を覆った指はすぐに私の頬を滑り、今度は口元に移動する。
そして五本の指が、私の唇をなぞるようにゆっくりと触れていく…。
何をしたいのかわからず、目を開ける私。
「…やはり意味がわからん」
「え?」
私を見つめて独り言のように呟くインドラ様。
意味がわからんって?
「お前の目や唇を隠してみたが、一体これで何が変わったのか…神にはさっぱりわからん」
「え…」
「何も隠さずとも…お前は変わらずお前であろう?この神がそばに置くにふさわしい女だ」
「…ッ!!」
そんな…
そんなさっぱりわからないとか言いながらさらっと爆弾発言しないでもらいたい…。
「ん?おい、枕で顔を隠すな」
「無理ですお願いです今だけは隠させてくださいお願いします!!」
「だから隠すなと言っておろう」
「無理ですぅ…!!」
〜おまけ〜
コンコンッ
とある英霊の部屋の前で扉をノックする。
「はーい?」
中から聞こえてきた声。
「私…マタ・ハリよ」
「どうぞー?鍵は開いてるよ」
プシューッ
自動ドアを開けると、部屋の中に縫い物をしているハベトロットがいた。
チクチクと針を動かしながら大きな布をすいすいと縫っていく。
その小さな体に似合わず、かなりのスピードだ。
「ごめんなさいねハベトロット。もしかしてお邪魔だったかしら?」
「ううん、大丈夫!」
作業の手を止めて、ハベトロットが振り返る。
「それよりマタ・ハリ、どうしたのさ?あ、もしかしてボクに新しい踊りの衣装の依頼とか!?」
キラキラと目を輝かせるハベトロットに、苦笑いで返すマタ・ハリ。
「ううん、そうじゃないの」
「えー?違うのかぁ…」
しょぼんとするハベトロット。
マタ・ハリは部屋の奥に置かれている、あるものに目をやる。
花嫁が被る、ベール。
純白のレースの生地に、細やかな刺繍が施されている美しいベールだった。
以前この部屋を訪れたときに見かけていたが、マスターとフェイスベールの話をした際、ふと思い出してもう一度見たくなったのだ。
「ん?そのベールがどうかした?」
「ねえハベトロット。花嫁さんが被るベールって確か何か意味があったはずよね?」
「え?うん…ほら、花嫁のベールを花嫁のお母さんが下ろす『ベールダウン』ってあるだろ?あれ、お母さんが娘に行う最後の身支度って意味があるんだ。あと…花嫁の顔からは魔力が発せられていて、その魔力に吸い寄せられて悪霊が寄ってくるって言われてるんだ。だから顔をベールで隠して悪霊を寄せ付けないようにしていたって言い伝えもあるらしいよ」
「悪霊を…」
「うん…まあでも、ボクの花嫁に寄ってくる悪霊なんてボクがまとめてぶっ飛ばしてやるんだけどな!」
そこまで言うと、ハベトロットは拳をシュシュッと前に突き出してニヤリと笑う。
あらあら…可愛らしくも勇敢な妖精さんね。
マタ・ハリは思わず笑みを溢す。
「ええ、そうね。私が知るベールは女性を美しく着飾るものだから。花嫁さんを引き立てるもので十分なんじゃないかしら」
「もちろん!たとえ役目がなくたって、ベールはとても綺麗だからな!花嫁の大事なアイテムだ!」
ハベトロットも眩しい笑顔で返す。
悪霊を寄せ付けないように…か。
マタ・ハリはふと、マスターのことを思い出す。
うーん…困ったことにうちのマスターは、たとえ魔力を隠したとしても悪霊にも好かれてしまいそうなお人好しではあるわね。
まあでも…。
今のマスターにはあの雷神様がついているから問題ないかもしれない。
あの雷神様、魔性殺しの神様だし。
綺麗な花嫁さんになったマスターに、そんなもの寄り付かせるわけないわよね。
だって普段から…わざわざヴァジュラたちに迎えに行かせるくらい気にかけているしね。
そこまで考えたマタ・ハリは、今度はそのヴァジュラたちに泡をかけられていたヴリトラのことを思い出した。
まあ…あれはちょっと気の毒だったような…。
あの後一緒にお風呂に入ったけど、やっぱり食器用洗剤だったみたい。
そのうちカビ取り用の洗剤にならないか心配…。
ヴァジュラたち…どうせなら泡立てたボディーソープにしてあげてほしいのだけど…無理ね。
でも…ヴリトラがマスターに、ちょっかいをかけるのを見過ごしてしまったら、洒落にはならないわね。
多分このカルデア…更地になるだろうから。
幸い私の踊りは気に入ってもらえたみたいだし、ほんの少しでもあの邪竜さんの気を逸らすくらいだったら、戦闘が苦手な私にもできそう。
なら…近々踊りを見せてあげるとしましょうか。
「ねえハベトロット」
「んー?」
「忙しいところ申し訳ないんだけど、やっぱり踊りの衣装…新しく依頼してもいいかしら?」
「えっ!?全然いいよ!むしろ大歓迎だ!」
さっきみたいに目をキラキラさせるハベトロット。
ああ…やっぱりこの妖精さん可愛い…。
「じゃあとりあえず採寸からねー!」
「うふふ、ちょっと恥ずかしいわね。前より太ってないといいけど」
「何言ってんだよ!健康的な肉付きがあってこそマタ・ハリの色気じゃないかー!」
「あらまあ…嬉しいこと言ってくれるわね」
メジャーを手に、おしゃべりしながら採寸してくれるハベトロットに、マタ・ハリは若干恥ずかしそうに笑うのであった。
END