神の持つ一面
神の持つ一面
早朝、私は尋常ではない頭痛で目が覚めた。
頭が重くて痛みも強い。寒気もひどい。
肩や背中に張っているような痛みもある。
枕元に置いてある体温計を取り、舌の裏に挟む。
ピピピピッ
38.9℃…。
あぁ…これは…。
「…どうした」
隣で寝ていたインドラ様が起きた。
私の顔をじっと見つめ、額にそっと手を当てるインドラ様。
そしてすぐに体を起こし、そばにあったブランケットで私の体を包み、抱き上げた。
そのままマイルームを出て、無言のまま医務室の方向へ歩いて行く…。
〜医務室〜
「起床時の体温38.9℃…悪寒に頭痛、関節痛、少量の鼻汁と鼻の粘膜に炎症あり、喉には炎症なし、咳はなし…疑いとしては風邪か副鼻腔炎…といったところか」
ピオ先生は触診を済ませ、所見を述べながらカルテに記載していく。
「とりあえず解熱剤、炎症止め、鼻汁と痰を切れやすくする薬を5日分出しておくか。解熱剤は頓服だが、それ以外は必ず飲み切れ。飲み切ったら体調に関わらず、必ず経過観察に来ること。ただし、もし新たな症状が出てきた場合は日を待たずにすぐに来い。いいな?」
「…うん…ありがと先生…」
「そら、これは処方薬だ。今日の朝食後から必ず飲み始めろ。飲み忘れは許さん。…お大事に」
薬を渡したピオ先生は、医務室の扉の前で待機しているインドラ様を一瞥し、すぐに体を端末に向けてカルテの記載を続ける。
「終わったか」
「はい…」
「戻るぞ」
私の体を抱き上げ、医務室を出るインドラ様。
「…的確な判断力を持っているようで、何よりだ」
動けないマスターを迅速に医務室に運び、自分の診察に一切口出ししなかった雷霆神に感心した様子のアスクレピオス。
医務室の扉が閉まった直後、思わず独り言が溢れていた。
〜マイルーム〜
プシューッ
「具合はどうだ?マスター」
「…エミヤ?」
エミヤが、何かが乗ったお盆を持ちながら部屋に入ってきた。
「そのままでいい。朝食の粥と、水分補給用に甘酒を持って来たからここに置かせてもらう。まだ熱いからゆっくり食べるといい」
「ありがとう…」
「頃合いを見て片付けに来る。間違っても、君は治るまで出歩かないようにな?」
「はい…」
「案ずるな。下手に出歩かんよう見張っている」
「それは何よりだ。では私はこれで…ゆっくり休みたまえよ?マスター」
そう言うと、エミヤは部屋から出ていった。
「インドラ様も…医務室に連れて行ってくださりありがとうございます」
「下手に出歩いて倒れられたらかなわん。今日一日英気を養うのがお前の務めだ」
「…はい」
ピオ先生にエミヤにインドラ様…釘を刺され続けている私は、字面だけでは藁人形と変わらない…。
ただ、それは私を思っての言葉だ。
みんなの厚意を噛み締め、私はお粥の入った小さな土鍋の蓋を開けた…。
プシューッ
「失礼しますマスター!朝から申し訳…おや?」
「…アルジュナ?」
自動ドアが開き、アルジュナが血相を変えて飛び込んで来た…のだが私の姿を見て目を丸くする。
「もしや体調が優れないのですか?」
「…うん」
「我が息子よ…そのように慌てて一体何があった?」
「あ、インドラ神…いえ…」
言い淀むアルジュナ。
「どうした?」
「それが…シミュレーター室で、ビーマ兄様とドゥリーヨダナが鉢合わせてしまいまして…最初は空気が険悪なだけで済んだのですが、とうとう本気の大喧嘩に発展してしまいました。今は宝具を使わせぬように、カルナやアシュヴァッターマン、ラーマやオルタの私が止めていますが治まる気配がなく…やむを得ずマスターのお力を借りようと思ったのですが…」
「そ…れは…」
シミュレーターが壊れるどころの話じゃない。
ビーマとわし様は、アルジュナとカルナのような共闘経験がほぼないため、ただでさえ空気が険悪になる宿敵同士だ。
インドの英霊たちが止めても治まらないのなら、マスターである自分が動かなければ…。
「見ての通り病床に伏せている。こいつを動かすわけにはいかん」
「でも…二人を止めないと…」
「マスター、無理をなさっては…」
「案ずるな。神が行く」
「インドラ神が…ですか!?」
「アルジュナ…お前は念のためパールヴァティも呼び寄せろ」
「は、はい!承知しました!」
インドラ様から指示を受け、アルジュナは部屋を飛び出していく。
「ヴァジュラ、こいつが動かぬよう見張っていろ」
「「了解!」」
「…インドラ様」
「お前はおとなしくしていろ。若造どもの喧嘩を諌めてくるだけだ」
「そーそー。病人はお呼びじゃないぞー?」
「インドラさまを信じて、休むように」
「……お願い、します」
私の返事を聞き届けると、インドラ様は部屋から出ていった。
〜1時間後〜
プシューッ
「あ!インドラさま!」
「おかえりなさいませ」
まどろむ意識の中、ヴァジュラたちの声でインドラ様が帰って来たことを察する。
「…インドラ様?」
コツコツと足音が近づいてくる。
そして、大きな手が私の頭を撫でる。
「案ずるな。喧嘩は治まった」
「!」
そこには、いつものインドラ様の姿があった。
怪我をしている様子もなく、部屋を出る前のインドラ様と何ら変わりない。
「神にしては時間を使い過ぎたか?ともかく、両者共に落ち着きはした。後はパールヴァティに任せたがな」
「…よかった…ありがとうございます」
「しかし、あれは本当にお前の務めなのか?因縁のある英霊など、ここには山ほどいるであろう。殺し合いに発展しそうになれば命を懸けてでも止めに入る…お前の身ひとつで足りるものではあるまい」
「…私は…彼らに力を借りている身です。それに…私はマスターですから」
「マスターか…その肩書きがある限り、お前の務めは続くのであろうな…まったく」
インドラ様はため息混じりにそう言うと、ベッドの空きスペースに腰掛ける。
「ところで…薬は飲んだのであろうな?」
「はい…ヴァジュラたちに、薬の水を運んでもらえましたので」
「自分で水汲もうと起きようとしてたよー」
「見張っていて正解でした」
「ちょっ…ヴァジュラ…」
「…寝床に縛り付けねばわからんようだな?」
「…縛り付けるのは…どうか…」
インドラ様とヴァジュラたちの視線が痛い。
身を隠すように布団を深く被った。
と、そのとき…。
ピピーッ
『先輩!ダヴィンチちゃんから連絡です!微小特異点発生の模様!緊急のブリーフィングを行いますので至急管制室にお願いします!』
「えっ」
通信機からマシュの声が…。
微小特異点の発生?
なら起きないと…。
そう思い、返答をするために通信機に手を伸ばそうとする。
すると…
ブツッ
「!?」
通信機を手に取ったインドラ様が、返答もせず通信を切ってしまった。
「インドラ様…何を…」
「その体で管制室へ向かうつもりか?」
「…緊急事態、ですから…」
「その熱で浮かされた頭で、命に関わるかもしれん特異点について判断を下す気か?そしてろくに動けん体で現地へ赴く気か?」
「ッ…」
インドラ様から正論を叩きつけられ、何も言い返すことができない。
「もう忘れたのか?ならばもう一度言う。お前の今日の務めは、英気を養うことだ」
「ッ…」
インドラ様がギラリとした鋭い眼差しで私を睨む。
「管制室の奴らに話をつけてくる。ヴァジュラ、見張っていろ」
「「了解!」」
ヴァジュラに命じ、インドラ様は出ていった。
私が通話をかけられないように、ご丁寧に通信機も持って行かれてしまった。
何で体調を崩した日に限って、こんな…。
私は罪悪感に苛まれ、枕に顔を埋めた…。
プシューッ
「あ、おかえりなさいインドラさま!」
「随分と早かったですね」
「事はそう急がん。まず様子見をするらしい。奴らには、お前が完全に復帰するまで、決して任務の話をするなと釘を刺しておいた」
「…」
「それから…見舞いだ何だと言いながら部屋に立ち入らんように、とも言いつけておいた」
「さっすがインドラさま!」
「賢明なご判断です」
「………」
念入りな根回しに言葉が見つからない。
「…言い訳は尽きたか?」
「…ご迷惑をおかけしました」
「体が回復してから取り掛かればよい。今無理をして、後々支障が出るよりも遥かにマシであると、お前もわかっているのであろう?」
「…わかってはいます。でも…」
私が体調を崩さなければ、こんなことには…。
「お前は人間だ。いくら気を遣っていようと、体の不調なぞいつ何時であろうと起こるものであろう」
「…」
「現に管制室の奴らは、誰もお前を責めてはおらんかったぞ。まあ…仮に責めようものなら、神が制裁を下していたところだ。不調を起こし得る人間が、同じ人間の不調を咎めるとは愚かの極みだ。ただ気を遣うだけで生涯において一切の不調がなくなるのであれば、人間は病なぞとうに克服している」
「…」
「お前は先程『迷惑をかけた』と神に言ったな?不完全な人間という生き物が、迷惑をかけずしてどう生きていくつもりだ?事の大小は問わず、誰かしらの厄介にならねばあっという間に野垂れ死ぬ…それがお前たち人間というものだ。契約した英霊どもから力を借りている自覚があるお前なら、それがわからんはずもあるまい?」
「!」
「…理解したのなら、今自分が成すべきことを成せ」
「…はい」
インドラ様から静かに諭され、目から涙が滲む。
あれ、何で涙が…。
体調悪いからいつもよりメンタルが弱っちゃってるのかなぁ?
頬を伝う涙を拭おうとすると、インドラ様の手が伸びてきて、長い指が私の目元の涙を拭う。
「まったく…不完全なまま、己の生を全うしようと生きているだけの人間が…何が悪いと言う」
ため息混じりだが、その声はとても優しい。
あんまり優しくしないでください…。
涙が止まらないじゃないですか…。
「神はここにいる。何かあれば申し付けよ。ま、動くのはヴァジュラたちだがな」
「『何かあればヴァジュラに申し付けよ』と言えばよかったのでは?」
「黙っていろヴァジュラ」
鬱陶しそうに返すインドラ様を見て、私は思わずふっと笑みを溢してしまった。
〜インドラの説教inシミュレーター室〜
「で?お前たちは一体何を揉めていた?」
「「それは…」」
先程まで大喧嘩していた二人の英霊、ビーマとドゥリーヨダナ。
駆けつけたインドラに雷を落とされたせいで若干焦げ付き、なおも噛み付き合おうとしたためインドラから鉄拳制裁まで食らい、頭にタンコブを作った状態で並んで正座している。
そして、二人を見下ろすインドラ。
「その…こいつとはなるべく顔を合わせないようにはしていたんですが…」
「はぁ!?なーにを優等生ぶっておる!?わし様が鍛錬しているところへやってきて、わざわざこちら側まで侵略してきたのであろう!?」
「何言ってやがる!俺が後から来たのは間違いねえが、ちとばかし力加減間違えちまって、そっち側の木が一本倒れただけだろうが!?」
「貴様こそ何を言う!?その木がわし様のすぐそばまで倒れて来たのだぞ!?こんなもの、わざとに決まっておろう!?」
「わざとじゃねえ!」
「いいや!わざとだ!」
「…やかましい…ッ!!!!」
ズシャアッ
「ぬおぉぉ!?」
「ぐあぁぁ!?」
インドラの怒声と共に放たれた雷が、二人に直撃。
これでも加減中の加減なのである…。
「口を開けばすぐ口論…お前たちは喧嘩をせねば死ぬのか小僧どもが!おいカリの化身!」
「は、はい…!?」
「お前はヴァイカルタナやアシュヴァッターマンといった理解のある仲間に恵まれておきながら、そいつらの言葉に耳も傾けられんのか!?それでよく王が名乗れるものであるな…そいつらは我を忘れたお前にずっと語りかけておったのだぞ!」
「そ、それは…」
狼狽えたドゥリーヨダナは、少し離れたところにいるカルナとアシュヴァッターマンに目をやる。
ため息をつきながら、首を振る二人…。
「お前もだぞヴァーユの息子!」
「…はい」
「生前の因縁を忘れろとは言わん…だが怒りに呑まれて暴れ回るのは獣と変わらん!お前ほどの英霊ならば受け流す度量とて持ち合わせておれ!それにだ…『お前がついていながら息子の英霊としての風評を下げたのか?』と神がヴァーユに抗議されかねんのだぞ!」
「あ…それは…はい…」
「雷親父とはよく言ったものだな」
「オレの父スーリヤならばどう叱るのだろうか?」
「やめろカルナ。怒れるスーリヤ神なんざ想像すらしたかねえよ…」
説教の待ち時間が暇になり、雑談をするラーマとカルナとアシュヴァッターマン。
そして自分の出番は終わったと察し、静かに去っていったアルジュナ・オルタ。
プシューッ
「あらあら…随分雷が落ちましたね」
「「パ、パールヴァティ様!?」」
駆けつけたパールヴァティ、そして女神の来訪に驚くアシュヴァッターマンとラーマ。
「…来たか。後は任せる」
「はいはい。反省しましたか二人とも?」
「パールヴァティ女神!?」
「パールヴァティ様!?」
インドラとバトンタッチする形で、パールヴァティが二人の前に立つ。
そして説教を終えたインドラは、シミュレーター室から出ていった。
「なるほど…鞭の後の飴ってわけだな!流石はパールヴァティ様だ!」
感心するアシュヴァッターマンに対し、ラーマは冷や汗をかきながら呟く。
「いや…雷が地震に変わっただけでは?」
「は?」
その言葉に視線を移すと…。
「私は今、ビーマさんに話を聞いているのです。貴方の言い分は後ほど聞きますから。ね?」
「は、はい…すみません…」
笑顔のまま空間を揺るがす重力…いや、圧をかけているパールヴァティの姿があった…。
〜インドラの説教in管制室〜
「あれ?インドラ神じゃないか」
「あ、インドラ神…先程先輩との通信が切れてしまったのですが、何かご存じでしょうか?」
突然現れたインドラを、怪訝そうな表情で見るダヴィンチ。
マシュは、マスターの通信が切れたことが気がかりの様子だ。
「熱で寝込んでいる」
「えっ!?先輩が!?」
「容態は!?医務室には行ったのかい!?」
「行かせた。今は部屋で寝ている」
それを聞いたダヴィンチとマシュは、ほっと胸を撫で下ろす。
「よかったです…。でしたら、後で先輩のお見舞いに行こうと思います」
「ならん」
マシュの言葉を切り捨てるインドラ。
「な、何故ですか!?」
「盾の娘よ。お前が部屋を訪ねれば、あいつは不調にも関わらず『先輩』として無理をしてお前を迎え入れようとする」
「あ」
「回復したら労いの言葉をかけてやれ。それまで任務のことは忘れさせろ」
「そう…ですね。わかりました。先輩が復帰されるまで待つことにします」
インドラの言葉を受け、納得したマシュ。
「そうなると…微小特異点の調査は見送りかな?マスターの復帰を待って…」
ダヴィンチが何気なく呟いたその言葉を聞き、インドラの中で何かが切れた…。
「あいつがいなければ何もできんのか!!!!?」
「!?」
その場にいたスタッフたちは一斉に静まり返る。
「見送らずとも、貴様らだけでも調査程度はできるはずであろう!?特に、今を生きる人間でありながら英霊として召喚された者!マスターの経験がある英霊!魔力消費を抑える単独行動のスキルを持つ者や、特異点の性質の探知が可能な神代の術を扱う術者もだ!リソースは限界まで割け!マスターが現地に赴くまでできる限りの情報を集めよ!それが貴様らにとって困難であるはずがなかろう!?」
インドラの言葉にダヴィンチ、マシュ含む全員が呆気にとられていた。
が、すぐに表情を引き締め直す。
「うん、確かにそうだね。様子見も兼ねるけど、先行班として何騎かのサーヴァントをレイシフトさせてみよう。エルメロイ二世やライネス…斥候はアーチャーたちに任せてみようか」
「はい!私もシールダーとしての霊基調整が終わるまでは、サポートに徹します!」
空気が変わった現場を目にしたインドラは、何も言わずに去っていった。
「いやぁ…随分とお説教されちゃったなぁ」
苦笑いするダヴィンチ。
「はい…でもインドラ神のおっしゃる通りです。確かに私たちは、先輩に頼り過ぎていました」
「確かに特異点解決にはマスターが必要だ。でもいつも真っ先に、マスターである彼女を現地へ送り出していたことは事実ではある。だからこそ今のうちにできることは片付けてしまおう」
「…はい!」
一瞬暗い顔をしたマシュだが、すぐに表情を変えてモニターに目を通す。
その様子を見て自分も手を動かしながら、ふとインドラについて思い出すダヴィンチ。
そういえばインドラ神は、神々の王、雷霆神、空の解放者…それに軍神としての一面もあったんだっけ。
彼…あまり自分から動きたがらないけど、現場の指揮も広い視点でできそうだ。
マスターの一大事だったから重い腰を上げてくれたってとこかな?
今度…ダメ元で頼んでみるのもありかもしれない…。
END