悪く思うなよ?
悪く思うなよ?
「おかえりなさい先輩。お疲れ様でした」
「ただいま、マシュ」
レイシフトから帰って来た私を、マシュが出迎えてくれる。
微小特異点の調査だったが、大した危険もないまま聖杯を回収し、解決した。
「では、簡易メディカルチェックを…おや?先輩?こちらは?」
「あ、これ?」
私に近づいたマシュは、私の胸元にあるものに気がついた。
「とても綺麗なペンダントですね!どうされたのですか?」
私がつけているもの。
それは宝石がついたペンダントだった。
5cmほどの大粒の石がひとつ、チェーンに通っているとても綺麗なペンダント。
「特異点にいた現地の人がね、御守りとして身につけておきなさいって言ってくれたんだ。一応断ったんだけど、助けてもらったお礼に持って行けってゴリ押しされて…」
「そうだったのですね。しかし、先輩にとてもよくお似合いですよ!これは…ルビーでしょうか?」
「うんうん、私も似合うと思うぞ?あまりにもピグレットに強く勧めるものだから、何か妙な呪いでもついてるのかと疑ったけど、見たところ悪いものじゃなさそうだしね」
一緒にレイシフトしたキルケーも絶賛してくれる。
キルケーがそう言うなら、大丈夫だろう。
「でも、こんなに大きな宝石…お金もとらずにどうして私にくれたんだろうね?」
「確かに…。ですが現地の人からすれば、お金儲けの商品としてではなく、御守りとして重宝していたのかもしれませんね」
マシュに言われ、改めてペンダントを眺める。
赤に近い、濃いピンク色がとても綺麗な石。
確かに、御守りと言われると納得できる。
「はい、メディカルチェック完了です。今日はお時間も遅くなりましたので、先輩はどうかゆっくりお休みになってください」
「マシュも遅くまでありがとね。じゃあ、夕食を食べたら部屋に戻るよ。みんなも今日はありがとう」
「お疲れ」
「お疲れ様でした」
マシュとレイシフトした英霊たちに声をかけ、私は食堂へと向かった。
いつもより遅い時間だが、私の分の食事をとってあるとキッチン組から連絡をもらっている。
「マスターか」
「あ、カルナさん」
と、食堂へ向かう途中カルナさんに会った。
すると、すぐさま私の胸元に目を向ける。
「その石…」
「あ、これ?レイシフト先でもらったんだ」
すると、いつも表情があまり動かないカルナさんが柔らかい笑みを浮かべている。
「なるほど。お前によく似合っている」
「あ、ありがとう…」
カルナさんにこんな表情で褒められたの、もしかしたら初めてかもしれない。
思わずドギマギしてしまう。
「あまり遅くならないようにな」
「あ、うん…ありがとう」
そう言うとカルナさんは去っていく。
何か少し足取りが軽やかなような…。
気のせいかな?
あ、それより早くご飯食べないとな…。
〜マイルーム〜
「はぁ…」
夕食を食べ終え、シャワーを浴びた私はベッドに寝転がる。
ゴロンと横向きになると、テーブルに置いたペンダントが目に入る。
手を伸ばしてチェーンを掴み、石を眺める。
現地の方は、一体どんな御守りとして持っていたんだろう?
プシューッ
「ん?起きていたか」
「インドラ様?」
自動ドアが開き、インドラ様が入ってきた。
咄嗟に寝転んでいた体を起こす。
「…おい、それはどういった了見だ」
「え?」
こちらを見るなり、目に鋭い光を宿すインドラ様。
「どういった了見だと聞いている」
「何の…わぁ…ッ!?」
つかつかと足早に近づいてきたインドラ様は、私をそのままベッドに押し倒した。
ドサッ
ギシッ
私の上に覆い被さるインドラ様。
鋭い眼光で私を睨む。
こんな目で睨まれたのは初めてだった…。
だってこれ…
まるで、敵を睨んでいるような…。
「インドラ様…?」
「…神は言ったはずだ」
「…ッ!?」
ドスの聞いた低い声が響き渡る。
「神以外の神に心を奪われることは絶対に許さんと言ったはずだ」
「え…何の、ことですか?」
「…ッ!!」
「…ッ!?」
私の返事を聞いたインドラ様は、私の両肩をガシッと掴んできた。
物凄い力…痛い…。
「愚行を働いた暁には…無理矢理にでも神のもとへ引き摺り込むとも、はっきり言ったはずだが?」
相変わらず鋭い眼光に怯みそうになる。
その顔つきは、次第に怒りのような憎しみのような表情に歪んできた。
「で…すから、一体何の…ッ…んっ!?」
必死に声を出して聞き出そうとするも、インドラ様の唇によって塞がれてしまう。
開いていた唇から、舌が侵入して執拗に私の舌に絡みついてくる。
「んっ…ふ、…んぅ…ッ」
息が苦しくなる…。
いつもと比べてかなり乱暴なキス。
機嫌が悪いのは一目瞭然。
「っ…はぁッ…」
やっと唇が解放された…。
唇同士を結ぶ透明な糸がぷつりと切れる…。
「ッ…インドラ様…ッ!」
唇が離れてすぐ、私は声を上げる。
「どうして…ッ…何故そんなにも怒っていらっしゃるんですか…ッ!?私には…理由がわかりません!」
「…」
「私…ッ…何かしましたか?私が何か、気に障ることをしましたか?もしそうならどうか、理由を教えていただけませんか?」
呼吸を整えながら、理由を尋ねる。
怒っている神様に対して、この行動は自殺行為かもしれない。
でも、確認せずにはいられなかった。
一体何に怒り出したのか…。
「………お前」
「…ッ」
静かに口を開くインドラ様。
次に紡ぐ言葉を、静かに待つ私。
「もしや知らんのか」
「…え?」
知らん?何のこと?
「その石」
「!」
「どこで手に入れた」
石…このルビーのペンダントのこと?
「これは…レイシフト先の現地の人が、御守りとして持って行けとくれたものです」
「お前はその石が何か知っているのか?」
「…ルビーと聞いていますが」
「思い当たることは?」
「え?」
思い当たること?
インドラ様が何を言いたいのかわからない…。
「…すみません、わかりません」
正直に答える。
するとインドラ様は、大きなため息をつく。
先程までの険しかった表情も、いつものインドラ様に戻っていく。
「どうやら本当に何も知らんようだな。現地の人間からただ譲り受けただけ…ときたか」
「…あの」
「わかっている。今教えてやる」
先を聞きたがる私を制し、肩を掴む手の力を緩めてくれた。
そして私の上体を起こし、そのまま自分の方へ抱き寄せた。
私の髪を撫でながら、静かに答える。
「ルビーは、スーリヤを象徴する石だ」
「スーリヤ…カルナさんのお父さん?」
「そうだ。お前にそれを授けた人間は『太陽神の加護を』との意味合いで渡してきたのだろう。現にその石には、スーリヤの加護がついている」
「加護…でもキルケーは、これにおかしなものはついていないって言ってたんですけど…」
ペンダントについた石を眺める。
光が反射し、綺麗な輝きを放っている。
「ああ、おかしなものはついておらん。スーリヤは太陽神だ。『浄化』の加護であるなら当然とも言えるな」
「…キルケー」
《いやいや!御守りだろ?なら浄化の加護なんかついててもおかしくはないだろう?妙な呪いがついてないだけいいじゃないか!》
よし、キルケーには今度お仕置きをするとしよう。
《そんなぁ!?》
カルナさんがあんなに優しい表情だったのも、インドラ様がこんなに機嫌を悪くしたのも、私がスーリヤ神の加護がついたペンダントを持っていたからだった、と。
「えっと…ならこれは、カルナさんのところにでも持って行ってみます」
「ああ、そうしてやれ。父の加護がついた石ならば奴も喜ぶであろう」
どうやら、私がこのペンダントを手放すと知って機嫌が直ったらしい。
声が先程よりずっと優しくなった。
この神様…神様相手だと嫉妬深いんだな…。
「ま、今回は不可抗力だ…許すとする。お前が自ら他の神へ傾倒したわけではないのならな」
「…」
「どうした」
「…結構、本気でインドラ様が怖かったので」
それは本当。
だから仕返しとして、嫌味のつもりで返してやる。
「そう拗ねるな。神とて焦った…」
「えっ?」
「、…今のは忘れろ」
「…」
「忘れろ」
「あ、はい」
今…ちょっと珍しいものが見れたかもしれない。
とりあえずこのペンダントは、明日にでもカルナさんに渡して来よう。
何か…申し訳ないけどね。
カルナさんの、あの柔らかい表情を思い出しながらテーブルにペンダントを置く。
「眠るのなら…忘れるなよ?」
「え?」
インドラ様が私の右手に触れる。
ちょうど薬指のあたり…。
「…!」
私は枕元の小さな箱を開け、中に入っていた指輪を取り出す。
以前インドラ様からもらった、ピンクトルマリンのついた指輪。
インドラ様の魔性殺しの加護がついている指輪だ。
さっき触れられた、右手の薬指にはめる。
さては、対抗してきたな?
こういうところ見ると、カルナさんに対抗心燃やすアルジュナと重なるから、親子だなって思う。
「ま、そうは言うが…許したとはいえ、お前は先程神を怒らせてはいるからな。寝られると思うなよ?」
「話が違うんですけど!?」
「そう喚くな。朝まで持たんぞ?」
神が贈った指輪をはめた手。
その柔らかく細い手を取り、口づける。
これは神が触れた証をつけた女だ。
そうそう渡してなるものか…。
先程のルビーのペンダントに目をやる。
一時は焦ったが、無知による誤解であったのならばよしとする。
これは神が目をつけた人間なのでな。
悪く思うなよ?スーリヤ…。
〜おまけ〜
「ん?」
廊下を歩いていたアルジュナは、廊下の先から何やらどんよりとした空気が漂ってきていることに気づいた。
若干警戒しながら歩みを進め、角を曲がると…
「うわっ!?何だ、貴様か…」
そこにいたのは自身の宿敵、カルナ。
何やらひどく落ち込んでいる様子。
先程のどんよりとした空気は、どうやらこの男から発せられているようだ。
太陽神の息子が、何があったらこうなるのだろう?
「………アルジュナか」
覇気のない声。
流石のアルジュナも、心配になってきた。
「何をそんなに………ん?」
何をそんなに落ち込んでいる?と聞こうとしたアルジュナだが、ふとカルナが手に何かを持っていることに気づいた。
ルビーのペンダント?
よく見たらスーリヤ神の加護がついている。
「それはどうした?」
アルジュナが尋ねると、カルナは相変わらず覇気のない声で答えた。
「…マスターからもらった」
「マスターから?なら何をそんなに落ち込む必要がある?」
「…昨日、レイシフト先で現地の人間からもらったものらしい」
「それを貴様に?」
「…どうやらこれを見たインドラがひどく機嫌を損ねたらしい。これ以上インドラを怒らせないために引き取ってほしい、とマスターが願い出てきた」
「!?」
〜カルナの回想〜
『カルナさん…』
『マスターか。どうした』
『あの…これ…』
『昨日のペンダントか』
『申し訳ないんだけど…これを引き取ってもらうことってできる?』
『構わんが、何故だ?』
『…これ、スーリヤ神の加護がついてるよね?』
『ああ』
『これを見たインドラ様が…物凄く機嫌を損ねて…』
『インドラが?』
『「神以外の神の加護を身につけるな」って怒られた。危うく神隠しに遭うところだった』
『!?』
『私が持ってるとまた不機嫌になるから、手元に置いておけなくて…。引き取ってもらうのも、カルナさん以外に適任が思いつかなくて…』
『…そうか。ならオレが引き取ろう』
『ありがとう。カルナさんのお父さんの加護を無下にしたみたいで申し訳ないんだけど…』
『…いや、気にするな』
〜回想終わり〜
「スーリヤの加護がマスターの力になるなら、オレも喜ばしいと思ったのだが…」
そう言うとカルナは黙り、肩を落とす。
一方のアルジュナはかける言葉が見つからない。
一体どうしてそこまで、見苦しい嫉妬に苛まれるのだ我が父よ…。
それはもはや…
恋人を奪われた男の嫉妬に等しいものだぞ?
確かに神というものは、人間からの信仰がないと格を保つことができない存在。
もしかしたら、神同士で信者を取り合うことなどもあるのかもしれない。
しかし、だからといってこれは…。
それに、もし相手が仲の良さそうなヴァーユ神だとしても、同じことをするのだろうか?
自分の父親の予想だにしない醜態に、何だかこの男に対して申し訳ない感情が湧いてきたアルジュナ。
「……その…父がすまない…」
気づいたらカルナに対して謝罪していた。
「…お前に非はない」
力なく言葉を返すカルナ。
その様子を眺めるアルジュナに、ふと素朴な疑問が湧いた。
「…例えばの話だが」
「…何だ」
「このカルデアに現界したインドラ神のように、スーリヤ神も現界した場合…お前はどうする?」
「…スーリヤが?」
突然の質問に、今までずっとうつむいていた顔を初めて上げるカルナ。
神である父親が、もしカルデアに来たら…。
この男はどんな反応をするのだろう?
少し考えて、カルナは口を開く。
「…オレ個人の感想を述べるならば、それはとても喜ばしいことではあると思う」
「…まあ貴様ならそう言うと思ったが」
「スーリヤほどの神ならば、マスターにも快く力を貸してくれるはずだ。今までオレがカルデアで経験してきたことも、ぜひ父に聞かせてやりたい」
心なしか、先程よりも声に力が戻っている…。
この男は純粋に父を尊敬しているのだな…。
「だが、それも…」
と、また声のトーンを落として続ける。
「スーリヤがカルデアに来たら、の話だ。そして来てくれたとしても、マスターへの干渉をインドラに邪魔されなければ…の話でもある」
「…それは…」
アルジュナからしたら耳が痛い話だ。
もしそんな状況になったのなら、今のインドラなら絶対にやりかねない。
同じ神を父に持つ者同士ではあるのに、何故ここまで心労に差が出るのか…。
「…お前に安寧の余地が来ることは願ってやる」
「…願っただけで来るのならそうしている」
シクシクと悲鳴を上げる胃を押さえ、カルナ同様に表情を沈めていくアルジュナなのであった。
END