最高に美しくて可愛い、毛玉
最高に美しくて可愛い、毛玉
「あ、猫だ」
レイシフト先のとある街中…建物の陰から小さなシルエットがゆっくりと歩いてきた。
黒と白の毛を持つ猫だった。
猫が大好きな私は反射的に声が出てしまう。
「お、ハチワレ…しかも美猫さんだ」
その場にゆっくりしゃがみ込む。
猫との距離は…2、3mくらいだろうか?
その猫がこちらに気づき、立ち止まる。
あまり目を合わせるのはよくないので、視線は猫に一点に向かないようにしながら、様子を窺う。
すると人慣れしている猫なのか…私に向かってゆっくりと近づいてきた。
そしてしゃがみ込む私の右側に体を擦りつけ、しっぽでポンッポンッと私の体を叩く。
な、何て懐っこい子…。
「初めまして…」
私は感動を噛み締めながら、猫の鼻先に自分の人差し指をそっと近づける。
指先だと噛みつかれるかもしれないので、指を曲げてちょうど第一関節と第二関節の部分を差し出す。
これで匂いを嗅いでくれたら、私からの挨拶を受け入れてもらえた、ということになる。
猫は差し出された私の指を…クンクンッと湿った鼻先を押し付けながら匂いを嗅ぎ出した。
やった…挨拶成功…。
しかもなんと…猫はその場で香箱座りをして落ち着き出した。
えっ!?これ…触っていいってことだよね!?
「し、失礼します…」
恐る恐る手を伸ばし、指の背で猫の後頭部をそっと撫でてみる。
柔らかく、毛並みがいい。
この毛並みのよさは…この辺りでいいご飯をもらってる野良猫かな?
しっぽの動きを見ようとしたが、外猫の特徴…お腹の下に綺麗に収納されていた。
「背中も触っていい?」
そう言って、今度は手のひらで優しく撫でてみる。
こちらに背を向けたまま香箱座りをしているので顔は窺えないが、少なくとも頭と背中を撫でられて不機嫌にはなっていない様子。
微動だにせず、私に撫でられ続けている。
「先程から何をしている」
「あ、インドラ様」
私の頭上から、アイラーヴァタに乗ったインドラ様が声をかけてきた。
今回のレイシフトはインドラ様も一緒だ。
「猫か。随分慣れているな」
「はい、かなり人慣れしているみたいです」
「猫もだが…お前だ」
「私?」
「随分猫の扱いに慣れているな」
「まあ…物心ついたときから猫と触れ合ってきましたから」
会話をしながら猫を撫でていると不意に猫が起き上がり、鳴きながら欠伸をして、そのまま伸びをし出した。
「ん?もう行っちゃうの?」
猫に声をかけたが、伸びをしたままこちらを一切振り向かず、まっすぐに歩いて行ってしまった。
「ありがとね。撫でさせてくれて」
「…」
気まぐれだが、これも猫の魅力だ。
レイシフトの帰還待機中の、短い時間ではあったけど可愛い猫に会えて幸せだった…。
私はほくほくとした気持ちでいたのだが、私の頭上で一部始終を見ていたインドラ様は…
一体これにどんな感情を抱いていたんだろう?
翌朝、いつも通り身支度をしていた私。
ん?何か外が騒がしいような…?
プシューッ
「マスターはいますか!?」
「何とかしてー!」
「ヴァジュラ?どうしたの?」
ヴァジュラたちが血相を変えて、マイルームに飛び込んで来た。
「これ…どうしよう…!」
「一体どうなっているのですか!?」
よく見ると少女体のヴァジュラが何か白いものを抱えている。
「落ち着いてヴァジュラ。あと何持って…、」
ヴァジュラが抱えているものを覗き込んだ私は思わず固まった。
それはふわふわの白い毛に包まれ、綺麗な青い目を持った猫だった…。
えっすっげえ美猫…んんッ…。
だがよく見るとこの猫、顔の左側…目から頬にかけて傷のようなものが…。
いや、傷じゃない…。
これは見覚えのある…雷の紋章…。
「まさかこの猫って…」
恐る恐るヴァジュラに尋ねると…。
「インドラさまが猫になっちゃったんだよー!」
「いや何がどうなったらそうなるんだよ!?」
それから1時間ほどして…。
ダヴィンチちゃんのところへインドラ様を連れて行った結果、インドラ様がこの美n…猫の姿になってしまった原因は判明した。
〜回想〜
『インドラ神が自分でこの姿になったみたいだ』
『『『えっ!?』』』
『なったはいいけど元の姿に戻れなくなっちゃったみたいだねぇ…』
『『『何してるんですかインドラ様/さま!!』』』
『でも大丈夫。24時間経てば元に戻るはずだよ』
『そんなあっさり?』
『神霊とはいえ、サーヴァントの枠組みだからね』
『では今日一日はこのお姿のままだと?』
『そうなるね』
『えぇー?まあ可愛いからいっか』
『いいんだ…』
〜回想終わり〜
「本当に何してるんですかインドラ様…」
私はベッドで寝そべる猫…もといインドラ様に話しかける。
が、インドラ様からは返答がない。
こちらをじっと見つめているだけだ。
「ヴァジュラたちはインドラ様と意思疎通できたりしないの?」
「試してみましたが、ダメでした」
「でもぼくたちの言葉はわかってはいるみたい」
「そっか…」
まあ何もアクションを起こしてないから、今のところインドラ様自身は不自由してないってことかな?
ならまあ…いいか。
あ、そういえば昨日のレイシフトの報告書書かないといけなかった。
椅子に座り、報告書を机に置いてペンを…。
「…」
「…」
あのですね…インドラ様?
なにもそういうとこまでリアルな猫に寄せなくてもいいんですよ?
音もなくデスクによじ登って、報告書の上に寝そべってこっちガン見しないでもらえますか?
そんな透き通った綺麗な青い目…あ、それはいつもそうか。じゃなくてその角度で私のことを見つめないでもらえませんか?
可愛いじゃないですか!?
あ、いや違う違う!
報告書書けないじゃないですか!?
「あの…インドラ様そこどいてもらe…」
「ウルニャー」
「―――」
鳴いた…。
いつもの低く落ち着いた声じゃなくて、とろけるような可愛い猫の声で…。
ああああ!!可愛いいいいぃぃ…!!
「あ〜もう何なんですか!?その鳴き方は構えって言いたいんですか!?」
「言葉がわかるのですか?」
「インドラ様の言葉がわかるんじゃないよ?」
猫のこの鳴き方は、何か要求がある時の鳴き方なんだよ。
報告書の上に陣取ってそんな鳴き声上げたってことは『仕事してないで構え』ってことなんだよ…。
え、でも構えってことはさ…つまりはさ…。
「…」
人差し指を曲げ、指の関節辺りをそ~っとインドラ様の口元に運ぶ。
すると躊躇うことなく、スンスンッと私の指の匂いを嗅いだ。
挨拶…完了…。
その指でそっと顔周りを撫でてみる。
「…」
目を細めながらおとなしく撫でられている…。
それならと…。
後頭部を指の背でそっと撫でる。
「…」
嫌がる様子もなく、撫でられている。
いや、それにしても…。
本当に綺麗な顔…まごうことなき美猫だ。
被毛は真っ白だが、光に当たると少し青色に反射して見える。
そういえばインドラ様の髪も、雷光の色なのかちょっと青色が混ざってた気がする…。
それに毛並みがいい…ふわふわだ…。
体が大きくてもふもふ…しかもシルクみたいになめらかな手触りの猫だから、実在する猫種で言うならラグドール、サイベリアン、ラガマフィンetc…
ゴロゴロゴロ…
「!?」
えっ…ちょっと待って?
ゴロゴロ言ってますけどこの猫…いや神。
…
…
ああああ!!可愛いいぃぃ…!!(2回目)
思わず床を蹴って、キャスター付きの椅子ごと部屋の隅にスライディングする私。
そのまま辿り着いた壁に寄りかかって悶える。
待って待って待って…!!
普通に可愛いよどうしよう!?
普段とのギャップも相まって可愛いすぎるよ!!
いや、普段もちょっと可愛いなって思う瞬間はあるけどさ。
「おーい?大丈夫かマスター?」
「大丈夫じゃない…」
「あ、インドラさま…」
「え?」
その途端、ドスンッと膝にのしかかる衝撃。
まさかと思い膝の上を見ると…
「ンー」
「…」
口を開けないまま鳴き声を上げるインドラ様と目が合った。
嘘だろもうさっきからちょっと勘弁してくださいよ冗談抜きで本当にもう…。
猫が今みたいに口を閉じたまま「ンー」って鳴くのは飼い主や母猫に甘えてる声なんだよ…。
私はいつから貴方の飼い主もしくは母親になったんですかインドラ様!?
いや…契約したマスターではあるけど。
片手で顔を覆って悶えながら、膝の上に来たインドラ様の頭を撫でる。
目を細めて満足そうにしている…。
「ああもうこれじゃ何の作業もできない!!インドラ様ちょっと失礼しますよ!?」
「!?」
私は膝に乗ったインドラ様を抱き上げた。
とりあえず椅子はちゃんとデスクに戻して、と。
抱っこしたままベッドに近づき、そっとベッドの上にインドラ様を下ろす。
元いたベッドに戻されたインドラ様は、体を起こしたまま私を見つめている。
恐らく、私がまたデスクに戻るのを見たら追いかけてきて邪魔するつもりでいるのだろう。
それを察知した私は靴を脱いで、自分もベッドに寝そべる。
「!」
その様子を見たインドラ様は、寝そべる私のそばまで来てゆっくりとベッドに体を沈める。
もうこうなったら仕方ない。
この神の気が済むまで、猫として構い倒してやる。
そう決めた私は、顔周りや頭、背中を優しく揉むように撫でまくる。
そしてインドラ様は…。
喉を鳴らしながら目を閉じて眠る姿勢に入り、ふわふわのしっぽをファサッファサッとゆっくり動かして、おとなしく私に撫でられているのだった。
〜おまけ〜
猫と化したインドラをダヴィンチのもとへ連れて行った帰り道でのこと…。
「マスター!」
「あ、アルジュナ」
「!?」
インドラ神が猫になった…などという、ちょっと何言ってるのかわからない報告をダヴィンチから受けたばかりのアルジュナ。
廊下でマスターを見かけ、声をかける。
マスターの腕には…青い目を持つ毛並みの良い白猫が抱かれていた。
左目から頬にかけて、見覚えのある青い紋章もついている。
ああ…間違いなく父だ…。
アルジュナは随分と可愛らしい姿となった父を見て頭を抱える。
もちろんダヴィンチから、何故こんなことになったのかも聞いている。
何をしているのだインドラ神…。
一方のインドラ…。
まさかこの姿になっている最中、息子に出くわすとは思ってもいなかったのだろう。
どこか気まずそうな様子…。
マスターに抱っこされたまま、アルジュナと目を合わせないように必死になってマスターにしがみついている。
自分が何かしでかした場合、必ず息子のアルジュナに報告が行くことになっていると知らなかったわけではないというのに。
ここまで気まずそうにするのなら、初めからこんなことをしでかさなければいい話…。
「マスター…父が何故こんなことをしたのか私には見当がつかないのですが…申し訳ありません」
物凄く気まずそうに謝罪するアルジュナ。
それもそのはず…。
自分の父親が何の気まぐれか猫の姿に化け、挙句契約したマスターに…しかも女性に抱っこされているとか胃薬案件でしかないだろう。
謝罪する側は、これは何かの罰ゲームだと言われたほうがまだ納得がいく理不尽だ。
自分のやらかしを代わりに謝罪する息子を見て何も思わないのだろうか?
「、…」
いや、多少気まずさは感じている模様。
その証拠に、マスターに爪を立て礼装の隙間に顔を隠すように埋めている。
心なしか…気まずさで縮こまっているのか、大きめの体も小さくなっているように見える。
見える…のだが…。
「あのインドラ様…ちょっと爪痛いです。あとそこに顔突っ込まれるのは、その…」
「、…」
これをやっているのが、本当にただの猫ならば可愛らしいで済む。
だが実際は、猫の姿をとった神…しかも自分の父親である。
何故息子の前で、こうも悪手ばかり引くことができるのだろう。
もはや一種の才能ではないだろうか。
「マスター…その…どうかお詫びをさせていただけないでしょうか?」
「えっ…いやいや大丈夫だからね!?特別迷惑はしてないからね!?」
「そういうわけには…父がいつもマスターを振り回しているようにしか思えないのです」
「いや…むしろ振り回されてるのってアルジュナのほうなんじゃ…」
マスターと息子が、自分のことで謝り倒しているこの現実。
会話自体はしっかり聞こえているため、本当にほんの僅かではあるのだが、だんだん両者に申し訳なさを感じ始めてきたインドラ。
しかしそれも部屋に着いた途端、マスターの猫好きをうまく利用して堂々とマスターに甘えているあたり、懲りないインドラなのである。
END