神のおまじない
神のおまじない
「…あ」
マイルームにて。
礼装の整理をしていた私はある概念礼装に目を引かれた。
『恋のお呪い』礼装…。
『おまじない』か…。
普段何気なく使っている礼装だが、言葉の響きにどこか懐かしさを感じる。
効果があるのかはさておき、恋のお呪いというものは私が小学生の頃、かなり流行っていた。
消しゴムに好きな人の名前を書いて、誰にも触られずに使い切ったら恋が叶うとか…。
シャーペンで自分と好きな人の名前の文字数分芯を出して、芯を折らずに紙にハートマークを一筆で書けたら恋が叶うとか…。
消しゴムのお呪いについては、私もやってみたことがある。
その結果は…使い切る前に友達に触られてしまい、挙句中身を見られるというとんでもない失敗に終わってしまった。
あの時の友達は気まずさのせいか、しばらく私に対してたどたどしい態度で接してたな…。
まあ…当時の私の好きな人をバラされなかっただけまだよしとしよう。
友達の好きな人とか…やたら知りたがるお年頃だから仕方ないよね。
あともう少し学年が進むと、スマホのホーム画面に設定すると恋を呼び込む画像…とかもあったなぁ…。
恋がうまくいくかどうか…実際は自分の行動力次第ではあるけど、お呪いというものはこと恋愛においては切っても切り離せないものがあったと思う。
あと、いざお呪いを実行したときのちょっとワクワクする瞬間…あれも楽しかったんだよね。
『おまじない』と聞くと言葉はいい。
だが漢字で書くと『お呪い』となる。
どうして『呪』という字なのか…呪術のエキスパートである玉藻に聞いたことがある。
玉藻曰く、そもそも『呪い』というものは『呪い』の一種なのだとか。
玉藻が使う『呪術』というものは本来『呪いの術』という意味なのだそう。
呪いというものは、他者に対する恨みなどのマイナスな感情から生まれるものだ。
その感情が強いほど、効力は増す。
ただし『人を呪わば穴二つ』という言葉がある。
それは、誰かを呪うならば自分にも呪いが降りかかってくるという意味だ。
呪いの源は『誰かを恨む感情』そのもの。
それはまず自分の中から湧き上がり、生まれ出るものである。
言葉には魂が宿る。所謂『言霊』というやつだ。
誰かを恨む感情を『言霊』として外へ出してしまうと、それは『呪詛』と化す。
だから口に出す言葉というものには気をつけておくべきなのだ、と。
人を恨むのは大概にしておきなさいとパイセンからも言われたっけな…。
プシューッ
「邪魔するぞ、人間」
「インドラ様?」
と、自動ドアが開いたと思うと、インドラ様が部屋に入ってきた。
「ん?何をしている?」
「礼装を整理していたんです」
こちらに近づいたインドラ様に、礼装を持ったままの手元を覗き込まれる。
先程の『恋のお呪い』礼装をじっと見つめるインドラ様。
「呪い…か」
「どうされました?」
ポツリと呟いたインドラ様は何か嫌なことを思い出したのか…顔を顰めた。
「お前の国には『口は災いのもと』という言葉があるそうだな」
「え?はい」
「言い得て妙だ。己が身を滅ぼさぬよう、言葉というものはよく選んで紡げ」
「はい…」
あの時の玉藻と同じようなこと言ってる。
そういえば…あの空の特異点に現れたヴィシュヴァルーパさんって、神々を貶める呪詛を吐いて実害を出していたから、インドラ様に殺されたって逸話だっけ…。
それにインドラ様自身も聖仙から解除不能の呪いをかけられた逸話があったな…。
何とは言わないけど。
「誰かを呪うようなことはしませんよ?ただ私は恋のお呪いを、…ッ!」
あっ…しまった…。
弁明のつもりが、余計なことを口走った…。
「恋の呪い…だと?」
私の言葉に反応するインドラ様。
早速余計な口が災いを招いてしまった…。
私は恋のお呪いを、思い出も含めて懐かしんでただけなのに、この神様の前でそんなこと言ったら…。
「何故『今のお前』が必要とする?」
ほらぁ!!
やっぱり変な勘違いされてる!!
何か疑ってるような目でこっち見てる!!
「今の私は必要としませんよ!?さっき言った恋のお呪いというのは、昔の話ですから!」
「昔?」
「小さい頃と…私がまだここに来る前の思い出です」
「…ほう」
あぁ…よかった。
どうやら変な疑いはかけられずに済んだらしい。
「…それで?」
「え?」
「お前のその思い出と…恋の呪いとやらは一体どのようなものだ?」
「えっ?言わなきゃダメですか?」
「…神の問いに答えられん、と?」
「あ、はい…話します。ただ、大した話ではないんですが…」
「構わん」
インドラ様はそう言うと、いつもの定位置に腰を下ろす。
「おい、いつまで離れた場所にいる」
正確には離れたのインドラ様ですけどね。
などとは言わず…
「今…そちらに」
と、おとなしく従う。
今日は最悪だ…。
恋のお呪いの話をするには、昔の破れた恋についても話さなきゃいけなくなる。
口は災いのもと…確かになぁ…。
もはやちょっと別の意味で泣きたくなるが、私はなるべくインドラ様にわかる範囲で説明をした。
話を聞いたインドラ様は…
「フッ…」
鼻で笑いやがった…。
人のちょっとだけほろ苦い昔話を笑いやがったよこの神様。
「何だそれは。色恋とくれば、さも愛憎入り混じる醜いものを想定していたが…随分と愛らしい呪いではないか」
「当たり前ですよ!当時10歳とかそのくらいのまだ小さい頃の話なんですから!」
「そもそも好いた者がいるのなら、疾く思いを伝えればよかろう」
「それが簡単にできたらお呪いになんか頼ってませんからね!?」
「ま、それもそうか。人間とは難儀なものだな」
「…自分の思いをしっかり伝えられる人は確かにいますよ?あの時の私含め、思いを伝えられない人は伝える勇気が出ないんです」
「…そこまで恐れるか?嫌われるかもしれんと」
「怖いですよ。もし思いが実らなかったら、今まで築き上げてきた相手との関係が崩れてしまうことも少なくありませんから」
そう、怖いんだよ。
もし振られたら気まずくなって、せっかく仲良くなれたのに疎遠になっちゃう…とか考えちゃうから。
今の関係を崩すくらいなら、このまま黙っていたほうがいいのかも…なんて臆病風に吹かれちゃうんだ。
そして相手が誰かのものになって初めて、思いを伝えておけばよかった…って後悔する。
というか…。
何で私は神様相手に恋バナしてるんだ?
しかも男性神に…。
インドラ様は原典では両性具有の神?
それはそうだけど今関係ない。
「…お前が恐れるのならば、仕方ない」
「…何がですか?」
「神がお前に…呪いをかけてやる」
「お呪い?何のですか?」
「ひとつしかなかろう?」
いつものように私を包み込むように座っていたインドラ様は、少し腕の力を緩めて私を自分の方へ向かせる。
「恋の呪いだ」
「え?」
恋の…お呪い?
何をするの?
頭の中が疑問で渦巻く私に向き合い、私の目をまっすぐに見るインドラ様。
頬に、そっと手が添えられる。
「お前は…神の隣にふさわしい女だ」
「…え」
「神から見放されることを恐れる必要はない。それは杞憂に過ぎん」
「え、あの…」
「むしろお前ほど一途で愛らしい人間をみすみす他の神になぞくれてやるものか」
「あ、あの…インドラ様」
「この先お前に触れる神はこの神だけで十分だ」
「ちょっ…ちょっとインドラ様!一旦すみません!」
「何だ、まだ終わっておらんぞ」
何か唐突にインドラ様から…
いや、やっぱり言わない!言うのすら恥ずかしくなってきた!!
しかもそれを目をじっと見つめながら言うのやめてもらえませんか!?
「さっきから一体…」
「呪いとは、その言葉がもつ力で他者に影響を及ぼすだけでなく、自らを奮い立たせる力も持つ。お前には言霊…と言えばわかるか?」
「それはわかります…」
「お前は人であるが故に…神から見放されることを恐れているのであろう?」
「、…」
それは、まあ…。
否定できない。
「ならば神の方から、呪いでお前を恐れさせる呪いを解いてやる必要があると考えたまでだ。神々の王直々の恋の呪いだ…光栄に思えよ?」
「〜〜〜!?」
いや、もう…
もう勘弁してもらえませんか!?
貴方のお呪いは私によく効きすぎるんです!!
〜おまけ〜
「お付き合いいただき、感謝します」
「なに、余も暇を持て余していたのでな。こちらこそ感謝する」
食堂にて…アルジュナとラーマが甘味をつまみながらお茶を飲んでいた。
先程までシミュレーターで汗を流し、そのまま食堂に立ち寄った二人。
エミヤが用意した菓子と、ラーマがよく食べているバナナを有り難く頂戴し、お茶を飲んでひと息。
平和だ…。
鍛錬の後の茶休憩というものは、やはり心が落ち着くものだ…。
「今日は随分と平和だな」
「ええ、そうですね」
昼下がりの一服でラーマも同じことを思っていたらしい。
アルジュナは深く同意する。
「特にアルジュナ…汝の場合は羽根を伸ばせるいい機会だな」
「ええ、本当に」
「ま、あの神も流石にこんなときくらいは来ないものであろう」
「ラーマ、あまり口に出すのは…」
「おっと、そうだな…迂闊に口に出すと現実になり得ないものだからな」
「ええ、肝が…いや、私の場合胃が冷えます」
「…胃って冷えるのか?」
「それはもちろん………冷えるのでしょうか?」
「余が聞いたのだが…」
この場にあの神が来られては、アルジュナの休息の余地がなくなってしまう。
頭を悩ますことなく過ごす日が増えても、罰は当たるまい。
呑気におしゃべりをしていたアルジュナとラーマだったが…。
「ん?お前たちも来ていたのか」
「「!?」」
ピシッ
物凄く聞き覚えのある声…。
その声を聞いた二人は思わず硬直してしまう。
嘘であってほしい。
貴重な平和な時間が塗り潰されてしまう。
「…アルジュナにラーマ?」
「「マスター!?」」
ピシッ
ピシピシッ
アルジュナの心が音を立て軋み始める。
どうか夢であってほしい。
いや、サーヴァントは夢は見ないのだが。
インドラの後ろから顔を出すマスターは、アルジュナとラーマの心境など知る由もない。
インドラだけでも心労が絶えないのに、マスターまで一緒にいるとは…。
マスター自身は無害なのだ。
だがマスターがインドラと一緒にいるところを見るのは、どうも胃が重くなる。
例えるなら、喫茶店でくつろいでいたら自分の父親が恋人を連れて同じ店にやってきた。
しかも父親は気まずさなどまったく感じず、むしろご機嫌で恋人共々自分と同席しようとしてくる…。
といったところだろうか?
インドラとアルジュナの親子関係が世間一般の親子と明らかに違うものだとしても…
息子側は気まずいことに変わりはないだろう。
「えっと…インドラ神とマスターも茶を飲みに来たのか?」
気まずい空気を何とかしようと思ったのか、ラーマが口を開く。
「……今から遅めの昼食なんだ」
「おや、そうだったか。インドラ神もか?」
「こいつが席を外している間退屈だからな。神はもののついでだ。気が向けば何か口にしてもよいが」
「ああ…なるほど。要は付き添いか」
「まあ…そうとも言えるか」
付き添い以外の何ものでもないであろう。
マスターと共に過ごすためにわざわざ付き添いに出向くあたり、この神も大概だな…。
心の中で呟くラーマ。
ふと、アルジュナを見てみると…。
「…」
ああ、うん…喋らせないほうがいいな。
「マスター、せめて休息はしっかりとるようにするのだぞ?昼食がこの時間にずれ込むとは随分と忙しかったのだろう。この後はゆっくりできるのか?」
「…ありがとう、ラーマ。一応…予定は入れてないから大丈夫」
どうしたのだろうか?
何やらマスターが気まずそうな様子。
おまけに余と目を合わせたがらない。
「…ん?」
心なしかマスターの唇…。
今日は化粧はしていないようだが、唇の血色がいいのかやけに鮮やかに見える。
あっ…。
もしや昼食が遅れたのは…。
「アルジュナ、そろそろ休憩もいいだろう?続きの鍛錬に付き合ってもらうぞ!」
「え?あっ、はいもちろんです」
何かに気づいてしまったラーマは、固まったままのアルジュナの肩を叩く。
はっと我に返ったアルジュナも、一瞬呆けながらもすぐに返事を返す。
どうやらアルジュナは、まだ気づいていない。
だがこの場を離れることには同意の様子。
もしアルジュナが、ラーマが気づいた事実を知ってしまったら…
胃にさらなるダメージを食らいかねない。
気づく前に、退散しなければ…。
「何だ…もう行くのか」
呆れたように、でもどこか残念そうに文句を言うインドラ。
「余たちは先程まで、シミュレーターで鍛錬をしていたのだ。休憩を挟んだからそろそろ行かねばな」
「まったく…この神が出向いたというのに」
息子との時間を過ごしたいのなら、マスターがいないときのほうがまだ平穏だぞ、インドラ神よ…。
アルジュナからしたら、どのみち平穏は失われるのだが…。
インドラからの視線を受けながらも、二人は食堂を出ていった。
「すまぬアルジュナ。余のせいで本当にインドラ神がやってくる事態になってしまった」
「貴方のせいではありませんよ、ラーマ」
「これからは…あまり口に出さんほうが身のためかもしれんな」
「…お気遣いいただきありがとうございます」
アルジュナはラーマの思惑をこれっぽっちも知らないのだが、結果的に自身の心の平穏のために離席を提案してくれたことに変わりはない。
「さて…出てきたはいいが、シミュレーター室は空いているのだろうか?」
「どうでしょうね」
できたらこの行き場のない感情を発散させたい。
そう思いながら、再度シミュレーター室に向かうアルジュナとラーマなのであった。
END