否定はしない できないとも言う
否定はしない できないとも言う
プシューッ
「おい人間…」
「インドラ様?」
部屋に入ってきたインドラ様。
でも、何だか疲れ果ててるようにも見える気がするけど…。
「…お前の出身は日本だったな?」
「え?はい」
「…ならば同類か?」
「同類?」
インドラ様はふらふらと私のベッドに近づいて腰を下ろす。
合図が込もった目線がこちらを向いたため、椅子から立ち上がってインドラ様のそばへ向かう。
そばに座った私を包み込み、はぁ…とため息をつくインドラ様。
そしてひと言。
「お前たち日本人は食に命を懸け過ぎだ!!」
「あ、はい。その通りです」
「即答するな!少しは否定せよ!」
「無理ですね。否定はできません」
「…」
私の返答に唖然とするインドラ様。
残念ながら日本人が食に対して狂ってることは何の否定もできません。
あとこの距離で声を張り上げられるのはちょっとつらいです…。
「だって日本人って、毒のある魚を死人を何人も出しながら食べれるように工夫したり、挙句無毒化した魚を養殖することに成功してますから」
「魚なぞ腐るほどいるであろう!?死ぬかもしれんというのに、何故命を天秤に乗せてまでわざわざ毒のある魚に手を出す!?」
「美味しいからです」
「…」
また絶句しちゃったよインドラ様…。
ちなみに…お分かりかもしれませんが、今言った毒のある魚というのはフグのことです。
「急にどうしたんですか?」
そもそも日本人が食に狂ってるって結論に至ったのって、どこかで日本食のことを知ったからだと思うんだけど…。
「…酒宴に同席している人斬りの人間、クベーラの化身、鬼どもだ」
「以蔵さん、景虎さん、酒吞ちゃんですね」
「ああ。そやつらが頼んだ酒の肴が生魚であった…」
「お刺身か…美味しそう」
「それを聞いて『美味そう』などと正気を疑う返答が返ってくるのはお前たちくらいだ!!何故生魚なぞを食らって平気でいられる!?」
「だって日本人が食べているお刺身は新鮮なものですから、傷んでいたり腐っていることは基本ありませんよ?現にお刺身って美味しいですし」
「結局はそこに行き着くのか…」
「卵も生で食べるのは日本人くらいですし…」
「…おい、お前今何と言った?卵を?生で?」
あ、さらに混乱させてしまった…。
「生で食べますよ?」
「…それは苦行か?苦行なのか?」
「違いますよ」
苦行…のつもりはありませんって。
端から…いや他の国の人たちから見たらそう見えるかもしれないけど。
「『日本の卵』だから生で食べられるんです」
「…お前たちの国の卵は、特別なものなのか?」
「卵が特別なのではなく、卵を出荷する前に卵の殻を念入りに消毒、殺菌して消費期限の日付を安全な日までに設定しているから、新鮮な生卵が食べられるんです。生食が危険なのは卵の中身ではなく、殻についている雑菌が原因なんです。ちなみに日本以外の国でそういった作業をしないのは、そもそも生で食べる習慣がないからですね」
「…何故お前たちの国は卵を生で食う?」
「わかりませんが…生で食べたら美味しいってわかったからじゃないですかね?」
「結局はそこに行き着くのか…」(2回目)
「まあ…そうですね」
我ながらどうかしてるとは思うよ?
でも美味しく食べられるから疑いを持たないんだろうな。
「それから…」
「あ、まだあるんですね」
「お前たちの国でよく食われている…確かモチ…と言ったか?」
「ああ、お餅ですね」
「祝いの席や年の始まりなど…縁起の良い食い物として根付いていると聞く」
「はい」
「死者を出している危険な食い物とも聞いているのだが?」
「あぁ…主にご年配の方が喉に詰まらせて窒息死する事故は起きていますね」
「苦行をするな苦行を!そのような危険な食い物を何故そうもして食いたがる!?」
「日本人は縁起の良さを大事にしますからね…あと美味しいですから」
「結局はそこに行き着くのか…」(3回目)
「行き着いちゃいますね」
あとお餅と言えば…『一升餅』って言って、一升(十合)のお餅を風呂敷やリュックに入れて、赤ちゃんに背負わせる文化がある。
『一升』と『一生』をかけて一生食べ物に困らないっていう願いを込めて。
昔の赤ちゃんは1歳を迎えられないことが多かったから、無事に1歳を迎えられたお祝いとして行われていたものだったらしい。
一升餅ってだいたい2kgあるから、赤ちゃんが背負うと尻餅をついちゃったりするんだけどね。
それをインドラ様に話すと…
「…赤子の成長を祝いたい気持ちはわからなくもないが、まだ幼く小さき者にそのようなものを背負わせるのはどうも納得がいかん。奇妙な文化があるものだな」
だそうです。
「そもそも…縁起を求めて餅を食らい死んだとしたのならば、縁起も何もないであろうが」
「ぐうの音も出ない正論ですね」
「はぁ〜ッ…お前たち日本人は食い物で死んだとて後悔はないというのか?」
「それは私にはわかりませんが…でも一口にお餅と言ってもお雑煮やお汁粉、あと桜餅や柏餅のような甘味だってありますから、それはぜひインドラ様にも召し上がっていただきたいですね」
「おい、人を殺す食い物を神に食わせる気か?」
「大丈夫、インドラ様は神様なので死にませんよ」
「お前の死生観はどうなっておる?」
「と、いうのは冗談ですが…」
「今お前…冗談にしてはさらっと言いおったな」
「でも召し上がっていただきたいのは本当ですよ?味に妥協しないのは日本食の利点です」
「味に妥協しない?」
うん、それは間違いないと思う。
どうせ食べるなら美味しくしようっていうのは日本人の魂に刷り込まれている気がするから。
「食を通して季節を感じ取っている…という意味もあるのかもしれませんね」
「…お前の国では四季、といったか」
「はい。さっきお話した桜餅は餅を桜の葉で巻いたものですし、柏餅は柏の葉で巻いてます。あと、3色団子も『桃色』『白』『緑』の3色で『春』『冬』『夏』の季節を表しています」
「…ん?ひとつ足りていないが?」
「『秋』がないのは食べ『飽き』ないように、という言葉遊びのような意味が込められているんです」
「…随分と験担ぎが好きな民族だな」
「そうですかね?」
かなり身近で当たり前のように食べているから、深く考えたことがなかったっていう私みたいな人のほうが多いのでは?
「あ、ちなみに今の季節だと、そろそろ桜餅の季節ですね」
「…桜?いささか早いのではないか?」
「早咲きの桜は咲き始めてますよ。あと和菓子は季節を少し先取りすることが多いですし。それに3月の始めには『桃の節句』という女の子の成長を祝う日があるので、そのときから桜餅を用意することも多いんです」
「…子の成長を祝う祭事と言っておきながら、ただ食い物にありつきたいだけではないだろうな?」
「それは日本だけじゃないのでは?」
「神が知ったことか。人間の文化だぞ」
「…あ、ちなみに『桃の節句』では『白酒』という米麹を発酵させたお酒が飲まれているんですよ?流石に子どもにはアルコールのないものや甘酒を飲ませますが」
「ほう…祝い事の酒か。なかなか悪くない祭事ではないか」
「………」
さっき祭事と言いながら食い物にありつきたいだけとか言ってた神様が何か言ってる…。
「話戻しますね。そもそも日本人の食文化で、何でインドラ様があんなにダメージ受けるんですか?」
「……お前たちは食に命を懸けすぎだ」
「ですね」
「見ていて怖k…いや、気分が悪くなる」
今怖くなるって言いかけたな…。
「気分が悪くなるのは仕方ないですけど、苦行して神様からご褒美もらいたいから挑んでるわけじゃないですよ?」
「それはわかっている。神が言いたいのはあまりにも命知らず過ぎるということだ」
「そうですね」
「一番の問題は、そのようなものをお前が常日頃から食っているということだ」
「私が?」
「神からすれば、わざわざ下手物を好んで食っているようにしか思えん。それで死んだらどうするつもりだ」
あぁ…なるほどね。
随分過保護な神様だな…。
日本人が食に狂ってるのって、美味しいものを求めてるからっていう理由だと思うけど…。
もしかしたら…海に囲まれていて陸地の食料にも限りがある、四季があるから毎年厳しい冬を越す必要がある、自然災害の多さで昔から保存食を求められた…っていう日本という土地柄、食べ物の選り好みができなかったから改造されていったんじゃないかとも思うんだけどね。
だって食べ物がなきゃ、死ぬから。
でも、そうやって先人たちが命を懸けて試行錯誤を繰り返した結果、美味しく食べられるものが存在するわけなので。
「インドラ様」
「何だ」
「明日試してみませんか?桜餅」
「…神がか?」
「さっきも言いましたが、日本食は味に妥協はしませんから。それに喉に詰まらせるお餅より、ずっと食べやすいものですよ」
「…」
「何より今までそれを食べて育ってきた人間がそう言うんですから。桜餅が下手物かどうかは実際に召し上がって決めていただきたいです」
「…」
インドラ様は黙ったままだ。
まあ無理強いはしたくないけど、どうやら甘味がお好きらしいインドラ様には、食べてみてほしいところではある。
「…そこまで言うなら、仕方ない」
「え?」
ようやくインドラ様が口を開いた。
「お前がそこまでして勧めるものなら、さぞ美味なものなのであろう。ならば…たとえちっぽけな人間の声であろうとも応える他あるまい」
「!」
素直じゃないなこの神様…。
まあでも…せっかく約束を取り付けたんだ。
美味しい桜餅…頼んじゃおっと。
承諾をもらえてウキウキな私は端末を操作し、すでに桜餅の材料をこしらえているであろう、台所の守護者に対してメッセージを送った。
『明日のおやつ、桜餅を食べたいです。インドラ様も一緒にいます。』
『了解した』
〜おまけ〜
「ほう、これが桜餅か」
食堂にて。
季節の甘味として『桜餅』というものがあるとエミヤから聞かされたカルナは、勧められるままに頼んでみた。
テーブルに置かれた皿には、桜の葉で巻いたピンク色の餅。
「桜の葉を巻いているのか」
「ああ。もともとは桜の名所で、大量に落ちる桜の葉を何とか活用できないかと悩んだ結果、餅を塩漬けにした桜の葉で包む甘味が生まれたんだ」
「葉を塩漬けに?」
「乾燥を防ぎ、桜の香りを際立たせるためだ」
「なるほど。よく考えられている」
「ちなみに桜餅は2種類ある」
「2種類?」
カルナの横で桜餅の説明をしていたエミヤは、皿をもうひとつテーブルに置く。
「何やら粒立っているな」
「ああ。日本では『関東風』『関西風』といったように、東と西の地方によって僅かながら異なる。最初に出したものは『関東風』、そしてこの粒立ったものは『関西風』となる」
「同じ餅ではないのか?」
「関東風の桜餅の餅は『長命寺』といって、小麦粉を原料とするもの。一方で関西風は『道明寺』といって餅米を原料とするもの。ちなみに『長命寺』も『道明寺』も寺の名前でな…もともとは寺で作られた保存食だったらしい」
「なるほど。地方によって材料や呼び名がここまで変わるのだな。興味深い」
「桜餅に合うように日本茶も淹れた。ぜひ楽しんでくれたまえ」
「感謝する」
エミヤの説明を受け、カルナが目の前の桜餅に手を伸ばそうとしたとき…。
「!…カルナか」
「ん?お前も来ていたのか」
カルナに声をかけたのは、アルジュナ。
手には湯飲みと菓子が乗ったお盆を持っていた。
しかもよく見ると…。
「桜餅か」
「…はぁ、何故こうもお前と被る」
アルジュナの皿には、カルナと同じく桜餅が乗っていた。
ご丁寧なことに、関東風と関西風の両方が乗っている。
「タマモキャットから季節の菓子だと勧められただけだ。断じて私が望んで貴様と同じものを頼んだわけではない」
「そうか」
二人の様子を見たエミヤはやれやれ…と言いたげにため息をつく。
「食堂で喧嘩はしないでくれたまえよ?」
「もちろんだ」
「…もちろんです」
それだけ伝えると、厨房へと戻る。
カルナは桜餅を掴み、まずは関東風の桜餅を一口で口に入れる。
「ふむ…」
桜のとても良い香りが鼻を抜けていく。
桜の葉は食べても食べなくてもどちらでも構わないそうだが、この柔らかさと程よい塩気があるのなら問題なく食べられる。
甘すぎない餡とよく合い、品のある味だ…。
今度は関西風の桜餅を口に入れる。
荒くついた餅米の生地は、もちもちとした歯ごたえのある食感をしていた。
そして桜の葉の塩気と上品な甘さの餡…。
「…美味い」
余韻に浸りながら、緑茶を啜る。
日本人は桜の花を見ながらこれを食べるのか…。
風情とはこのことを言うのであろうな…。
同じ頃…少し離れたところで、アルジュナも桜餅を堪能していた。
「良い香りだ…」
口に入れると、やはり桜の葉が芳しい香りを放つ。
そして餡が甘すぎず、上品な味だ。
東と西で餅の生地が違うと言っていたが…確かにかなり違う。
しっとりとした関東風の生地と、粒立ったもちもちの関西風の生地…。
好みは分かれるだろうが、どちらもとても美味しい桜餅だった。
まあ…それは作り手の腕だろうが…。
厨房に立つエミヤを見ながら、緑茶を口に含む。
ふむ…もっと甘さが強い甘味でもいいのかもと思ったのだが…。
撤回しよう…このお茶は苦味も渋みも比較的抑えられたものらしい。
どちらかといえば、甘みのある茶葉のようだ。
この上品な甘さの桜餅に、とてもよく合う。
甘味に合わせて、茶葉を選んだのだな…。
エミヤの気配りにとことん感心するアルジュナ。
「ごちそうさまでした」
「馳走になった」
ほぼ同時に返却口へお盆を返しに来たアルジュナとカルナ。
「ああ、お粗末様。異国の英雄たちの口に合ったのなら何よりだが…」
「とても美味しくいただきました」
「同じくだ。美味い菓子だった」
「ならよかった」
「「特に関東/関西風の桜餅が…」」
「!?」
「「…は?」」
同時に口をついた言葉に、思わず互いの顔を見合わせる二人。
そして嫌な予感を感じ取るエミヤ。
空気が徐々にピリついてくる…。
「貴様は何を言っている?確かにどちらも良い味だったが関東風のほうが上品な味だっただろう?」
「いいや関西風だ。どちらも美味かったことに変わりはないが、餅という意味では関西風のほうがよかったと思っている」
互いの言い分を聞き、さらに空気が険悪になるアルジュナとカルナ。
「確かにどちらも美味しくいただいたが、関東風の桜餅は表面がさらりとしている。見た目の品はこちらのほうが感じるだろう?」
「関西風も負けてはいない。確かにどちらも美味かったが、粒が際立つ見た目こそ原料の餅米を思い起こさせる」
「…話が通じん奴だ」
「…こちらの台詞だ」
なおも睨み合う二人。
納得がいかないのか…とうとう弓と槍まで実体化させ始めた。
「…」
「…」
互いに放つ殺気が空気を振動させる…。
その争いに終止符を打ったのは…
ゴツンッ
「痛っ!?」
「ぐっ!?」
「どちらも美味かったのならそれで十分!!大英雄が公共の場で喧嘩するんじゃない!!」
「(唖然)」
「(呆然)」
強化したおたまとフライ返しをまるで二刀流のように構え、二人の頭に強烈な打撃を与えた…
怒髪天となったエミヤであった…。
END