それはかつての欠片のように
それはかつての欠片のように
「あ…」
マイルームにて、私はすべての収納スペースの整理をしていた。
チェストで眠っていたものが多すぎたので、流石に整理をしようと、中身を漁って出てきたもの…。
それは、ジグソーパズルだった。
青い空に白い雲…そしてそれらを鏡のように写している海が描かれている、とても綺麗な絵。
この綺麗な絵に一目惚れして『300ピースだったら頑張ればいけるか』と思い、安易な気持ちで買った。
結局、今になって発掘されたわけだが…。
「…明日、やってみようかな」
明日は何もない休日。
数時間は時間をとるであろうパズルに取り掛かるには、ちょうどいい。
そう決めた私はパズルと、パズルと一緒に買っていた額縁、そして作業用のマットをチェストから引っ張り出した。
〜翌日〜
「よし、やるか」
マットを床に広げて、額縁の板を置く。
パズルのパッケージを開け、パズルの箱と蓋にピースを流し込む。
まずは隅のピースを見つけるところからだ。
ピースの絵柄と形を凝視しながら、それらしきピースを探していく。
〜30分後〜
「…ふぅ」
とりあえず隅のピースはすべて見つかり、枠を作ることには成功した。
ただ、この時点でわかったことがある。
このパズル…
モチーフが!
少なすぎる!!
パズルってモチーフ…動物や植物、人物なんかのピースがあれば、それを頼りに隣り合うピースを探し出せるもんなんだけど、今私が取り掛かっているこのパズルの絵には…
青空、雲、海…以上です…。
しかも、海の水面が鏡のように綺麗に反射しているものだから、空なのか水面なのか全然区別がつかないんだよ…。
もっと考えて買うべきだった…。
でも…こういうパズルって、あまりごちゃごちゃしてない、モチーフが少ないもののほうが綺麗に見えたりするんだよなぁ…。
何より絵に一目惚れしてしまったわけなので、もう腹を括るしかない。
深呼吸をして、山盛りのピースをひとつひとつ手に取り、型に嵌まるものを探していく…。
プシューッ
「邪魔するぞ」
「あ、インドラ様」
と、自動ドアが開いてインドラ様が入ってきた。
「ん?何を広げている?」
床に広げたマットと、その上に乗るパズルを不思議そうに見下ろすインドラ様。
この神様…パズルは初見だろうな…。
「ジグソーパズルです。以前特異点で買ったものを見つけたので、やってみようと思いまして」
「ジグソーパズル?何だそれは」
私はパズルについて説明する。
そしてインドラ様の反応はというと…。
「苦行をするな苦行を!何故バラバラになった絵を買う必要がある?そんな気の遠くなるような作業をせずとも、普通の絵を買えばよかろう!?」
だと思いました…。
「でも普通に絵を買うのは、庶民にはかなり痛手ですし…この絵がとても綺麗だと思ったので、完成させてみたいんです」
「…よく見ていなかったが、完成したらどのような絵が仕上がる?」
「これです」
私はパズルの見本をインドラ様に見せる。
「…空…それに海か?」
「はい」
見本を見た途端、顰めっ面だったインドラ様の表情がみるみる和らいでいく。
この神様…自分が支配する空の絵だってわかったから下手に止められなくなってるな…。
正確には空と海だけど。
インドラ様は小さく息をつく。
「…まあ、よい。この絵の良さを見極めたお前の審美眼は評価してやる。疾く完成させ、この神に見せるがよい。ただし…無理はするなよ?」
「はい、もちろん。きりのいいところで休憩は挟みますから」
実は厨房組から、昼食用のサンドイッチやお菓子などをもらってきている。
頭をかなり使うので、糖分補給は欠かさない。
再びピースを手に取り、色合いをもとに箇所を絞りながら少しずつ埋めていく…。
〜2時間後〜
「進捗はどうだ?」
お昼休憩でサンドイッチを齧っていた私。
酒を飲みながら様子を眺めていたインドラ様が、声をかけてきた。
「もう少しで折り返し…といったところでしょうか」
「何だ…思ったよりも進んでおらんな」
「これ…明らかに上級者向けでした」
「と、言うと?」
「空と、水面に写った空の区別がつきにくくて半ば地獄と化してます…」
「まったく…神の空の区別もつかんとは」
「これでもまだ温情なパズルなんですがね」
「温情?まるで無情なパズルが存在するかのような物言いだな」
「存在しますよ、無情なパズル」
「何だそれは」
「真っ白なパズルです」
「それがどう無情だと言う」
「すべてのピースが真っ白で、出来上がっても白い板が完成するだけなんです。色すらないので、ピースの穴と凹凸の嵌まり具合だけで組み立てるしかないんです。そしてその難易度の高さと目の前に広がる白の視界のせいで、手を出した人の中には発狂し出す人も…」
「ええい!それ以上言うな!想像するだけで苦痛を感じる!まさかとは思うが、その白きパズル…邪竜めの試練ではあるまいな!?」
「違いますよ!好んで買う人がいるのか怪しいくらいの、ニッチな玩具として普通にお店で売っているものです」
「…好き好んで苦行に身を窶しおって…」
「まあ、白いパズルに至っては…私も苦行だと思います。挫折する自信がありますし、白い板が完成するだけなんてやりがいを感じないですから」
「はぁ…仮にお前がそのようなものを持っておったら消し炭にするところであった」
「何で私がそれで殺されるんですか!?」
「お前ではなくパズルを、だ」
「あ、びっくりした…」
白いパズルを持っているだけで命が消し飛ぶなんてたまったもんじゃない…。
そんな雑談をしているうちにサンドイッチを食べ終わったため、手を綺麗に洗ってからパズルを再開することにした。
〜3時間後〜
「よし…だいぶ埋まってきた…」
「ふむ…8割弱といったところか」
ペースが上がってきたところで、とりあえず休憩を挟むことにした。
クッキーを摘みながら、紅茶を飲む。
ふぅ…温かい紅茶が体に染み渡る…。
「…それにしても」
インドラ様が呟く。
「よくもまあ…愚痴のひとつも言わずに、黙々と続けられるものだな」
「パズル自体は初めてではないので」
「だが、先程空と水面の違いがわからんと頭を抱えておったではないか。よく持ち直して作業に取り掛かれたものだ」
「…このパズルを組み立ててると」
「何だ?」
「インドラ様と初めてお会いした、あの空の特異点のことを思い出すんです」
「!」
「あの時集めた空の欠片は、私には空の欠片だとわかりませんでした。でもこのピースには空の絵が描かれていますから、ひとつずつ嵌めていくと『空の欠片を集めていたあの時』みたいだなって思ったんです」
「…」
「もちろん、300ピースしかないパズルと本物の空なので、スケールから何から全然違いますが」
この絵に一目惚れして買った時は、まだインドラ様と出会う前だったから、ただの偶然ではあるんだけどね。
でも今は、本当にただの偶然だったのかな…。
なんて考えたりしちゃう。
「さて、あと2割…」
「…」
ここまで来たら一気に仕上げてやる。
そう思い、完成間近のパズルに向かった…。
〜1時間後〜
残すピースはあと3つ。
本当に長い戦いだった…。
完成に胸を躍らせながらピースを嵌めていくと…。
「…あれ?」
「どうした?」
3つのピースを嵌め終えた私は、気づいた。
「足りない…」
「…何だと?」
ピースがひとつ足りないのだ。
「嘘…どこかで散っちゃった?」
パズルを崩さないように、マットを丁寧に捲る。
服についてないか…箱に張り付いてないか…。
「…ない」
本当にどこにもない…。
プシューッ
「マスターよ!」
「ヴリトラ?」
部屋に入ってきたのはヴリトラ。
「…何の用だ」
インドラ様がヴリトラを睨みつける。
「き、ひ、ひ。そう睨むでないわ」
「悪いけど、今忙しいから後に…」
「何じゃ、連れないのう。せーっかくわえが…」
「こいつを持って来てやったのに…のう?」
ヴリトラの手元に、黒いキューブのようなものが浮かんでいる。
よく見ると、その中身は…
「それ…最後のピース!」
「…ッ!?」
「その通り。こいつを嵌めれば、そのジグソーパズルは完成となる。じゃが…」
邪悪な笑みを浮かべ、舌なめずりをするヴリトラ。
「それだけではつまらんであろう?だから、わえが抜き取ったまでよ」
「いやいや、返してよ!」
「何を言うマスター。ここまでの道のりも随分と長かったであろうが…わえからすれば、あとほんの一押しくらいは欲しいものじゃ」
「はぁ!?これ以上何を…」
バチッ
「…ッ!?」
「…ッ!?この魔力は…」
突然マイルームに、放電したかのような音と眩しい光が満ちる。
「この…クソ邪竜が…ッ!!さっさとそいつを返しやがれ…ッ!!」
「インドラ…様?」
そこには第三再臨となり、怒りの形相で魔力を放出しているインドラ様がいた。
インドラ様、普段その姿とりたがらないのに…。
「き、ひ、ひ!!何じゃ何じゃ!?もうその姿を見せてくれるのか!?今日はやけに切れ味が鋭いではないか!!あぁ…よい…よいぞ!!そう来なくてはのうインドラよ!!」
下賤な笑い声を上げながら、自らも魔力放出をするヴリトラ。
そしてキューブを持ち、部屋を飛び出していった。
「チッ…待ちやがれクソが…ッ!!」
インドラ様も雷の速さで部屋を飛び出し、ヴリトラの後を追いかけていった…。
〜1時間後〜
プシューッ
「…はぁ」
「インドラ様!」
もう先程の第三再臨ではないが、だいぶ疲れた様子のインドラ様が戻って来た。
「ヴリトラは…」
「倒した。気絶しただけだがな」
「…ありがとうございます」
「…受け取れ」
ポイッと何かを投げてきた。
「あ…」
ヴリトラに抜き取られた、最後のピースだった。
私はそれを残った穴に嵌める。
そして出来上がった、空と海が描かれた綺麗な絵。
インドラ様がピースを取り戻した時間まで加えるなら、完成にかかった時間は…約7時間半…。
いろいろな意味で、長い戦いだった…。
「終わったか…って、何をしている?」
「あ、糊付けです。額縁に入れるときに形が崩れなくなりますし、艶が出るんです」
パズルに糊を垂らし、ヘラでまんべんなく伸ばしていく。
「あとは糊が乾けば、額縁に入れて完成です」
「…」
パチンッ
「え?」
インドラ様が突然指を鳴らす。
「もう乾いたぞ」
「えっ…あ、ホントだ」
指で触ってみると、確かにパズルの表面が乾いてつやつやとしている。
流石神様…待ちきれなくてインチキ使ったな…。
なら額縁に入れて留め具を留めて…。
「今度こそ…完成です…」
額縁に入った、空と海の絵が完成した。
「やっとか。邪竜の妨害もあったが、随分と時間がかかったものだ」
「…ヴリトラにピースをとられた時、随分怒ってらっしゃいましたね」
「当然であろう。神の支配する空を描いた絵…奴はその完成を妨げおった不届き者だ」
「まあ…はい」
「それにだ…神と出会ったあの空に想いを馳せる程いじらしい人間の…ここまでの奮闘を讃えずしてどうする?」
その言葉に、顔がみるみる熱を帯びてくる。
「…あの、その言い方…」
「間違っている…などとは言わせんぞ?」
「いや…間違ってないですがもう少しこう…オブラートに包んでほしいと言いますか…」
「んー?聞こえんな?」
何ともわざとらしくこちらの顔を覗き込んでくるインドラ様。
「いや、聞こえてますよね!?顔近づけないでください!」
「神に命ずるな」
「ま、まだこれ飾る場所決めないと!」
「明日にしろ。お前を待っている間、随分退屈だったからな…神が満足するまで付き合ってもらうぞ?」
「ちょっ!インドラ様!」
完成したばかりの絵は、作業用のマットの上で美しい光沢を放ち、私たちの喧しく戯れ合う声を静かに受け止めていた。
〜おまけ〜
「これで完成…か」
自室にてアルジュナが呟く。
目の前には完成したパズル。
お子様サーヴァントたちが難しくて出来ないと嘆いていたものを預かり、自分が組み立てたのだ。
アルジュナからすれば、さほど難しいパズルではなかった。
時間を忘れて没頭できる娯楽ではあるため、アルジュナ自身わりと楽しんで組み立てていた。
これは糊付けして額縁に入れたら、お子様サーヴァントたちへ渡すつもりだが…。
もっと難易度が高いものがあるのなら、ぜひやってみたい…。
父親と違ってパズルを苦行とも思わないアルジュナは、ふとそんなことを思った。
プシューッ
「貴様の願いを叶えてやろう!」
「!?」
現れたのは干魃の邪竜…ヴリトラだった。
「…何をしに来たのです?」
椅子から立ち上がり、警戒するアルジュナ。
「貴様の願いを直感で感じた!ジグソーパズルに興味があるようじゃの?」
「…それが何か?」
「これを見よ」
そう言うとヴリトラは、手元に何かを顕現させる。
「ジグソーパズル?」
「そうじゃ。この絵柄…見えるかの?」
アルジュナが目を凝らすと…。
「星空に満月…それに海?これは…美しい」
「じゃろ?」
「これを私に?」
「うむ。くれてやる」
「…それは有り難い。で?そちらの望みは?」
流石はインドラの息子…こちらの期待通りの返答をしてくれる…。
ヴリトラはにんまりと笑い、もう片方の手元にも何かを顕現させる。
「これが解けたら、この美しいジグソーパズルは貴様にやろう」
「…それもジグソーパズルのようだが?」
もう片方の手元にもパズル…しかし、それには何の絵柄も書いていない。
「どうやら現世では、物好き用に作られた玩具があるらしくての。これもそのひとつ…真っ白なジグソーパズルじゃ」
「白?」
「要はヒントなし…ピースの形だけで組み立てていく超難関なものじゃ。実際にこれを試した者の中には精神に異常をきたしたり発狂したりする者まで出たらしい」
「…それは、確かに難関だな」
「ちなみに5000ピースある!耐えて耐えて耐えまくって…完成してもただの白い板が出来上がるだけ。この精神的苦痛に耐えられれば、この美しいジグソーパズルはくれてやる。あ、こっちは300ピースじゃから全然楽じゃぞ?」
「どんな極小ピースなんです!?」
「き、ひ、ひ!本当はマスターにやらせるつもりじゃったが、インドラに邪魔されてな。どうする?こちらをくれてやるのは本当じゃぞ?ほれ」
夜空のパズルが入った隔絶の箱を、投げて寄越すヴリトラ。
恐らく、超難関パズルが解けたら中身が出てくるのだろう。
それを受け取ったアルジュナは、ヴリトラに向けて言葉を放つ。
「いいでしょう。断れば貴様はマスターにこの試練をさせるはず…ならば私が受けて立つ」
「き、ひ、ひ!そう来なくてはな!」
歓喜の声を上げるヴリトラが、超難関パズルをアルジュナに投げようとした瞬間…。
ズシャアッ
「ぐぎゃあぁ…ッ!!」
「!?」
突如降ってきた雷が、ヴリトラに直撃する。
《神の息子に何をさせている…消えろ!》
どこからともなく聞こえてくる、インドラの声。
「インドラの奴め…」
雷を食らい、若干焦げ付いているヴリトラ。
手に持っていた超難関パズルは、消し炭になってしまっている。
「おのれ…どこにいるインドラ!?」
怒りに燃えるヴリトラは、呆然としているアルジュナには目もくれず、部屋を出ていってしまった。
そしてひとり残されたアルジュナ。
「!おや、隔絶の箱が…」
ヴリトラから投げて寄越された、夜空のパズルが手元にあった。
どうやら、インドラの雷を食らったことで封印が解けたようだ。
「…やってみるか」
実はヴリトラ製超難関パズルも密かに気になっていたのだが…。
まあ…仕方ない。
椅子に座り、夜空のパズルを開ける。
「…確かに美しい」
見本とピースを見比べながら、楽しそうにパズルを組み立てるアルジュナなのであった。
END