輪に込めた『大好き』
輪に込めた『大好き』
「ちょっと生っぽいかな」
食堂の厨房にて、私はお菓子を作っていた。
完成したものを齧ってみたけど、思い描いたサクサクとした食感ではなかった。
「揚げるのって難しいな…」
私が今作っているのはドーナツ。
明日はホワイトデー。
バレンタインのお返しは本来はホワイトデーにするものだから。
オールドファッションのドーナツを揚げているんだけど…。
ドーナツってこんな難しかったっけ?
リング状に整えた生地はたくさん作ったから、多少失敗してもまだ生地は残ってる。
だから焦らなくても大丈夫ではある。
「…」
私が何故慣れない揚げ物のドーナツを選んだのか。
それは、ホワイトデーの贈り物のお菓子にはそれぞれ意味があるからだ。
クッキーは『あなたはいい友達』。
クッキーのようにサクッとした関係…つまり義理チョコのお返しや、本命チョコに対するやんわりとしたお断りの意味があるらしい。まああまり深く考えずに渡している人が多いはず。
チョコは『あなたと同じ気持ち』。
バレンタインに好きな相手から本命チョコを贈られた場合なら、このお返しでいいかもしれない。
キャンディは『あなたが好き』。
これも本命のお返しとして定番だ。
マカロンは『あなたは特別』。
本命のお返しでもいいが、尊敬する相手に贈ってもいいものらしい。ちなみにマフィンやカップケーキにも同じ意味合いがある。
マドレーヌは『あなたと仲良くなりたい』。
これから距離を縮めたい相手にはぴったりなお返しかも。
キャラメルは『あなたといると安心する』。
本命でも義理でもどちらにも合うお返し。
そしてドーナツは『あなたが大好き』。
カジュアルな印象のドーナツに最大級の気持ちの意味合いがあるのは、輪の形をしているからだ。
輪には『永遠の愛』という意味があるから。
「そろそろかな?」
揚げていたドーナツがいい色になってきた。
菜箸でさっと上げて網の上で冷ます。
そして少し経ってから齧ると…。
「!サクサクしてる…」
ちょうどよい食感のオールドファッションが出来上がった。
よし、揚げ時間はわかった。
この調子で残りのドーナツも揚げちゃおう…。
〜数十分後〜
「よし…いい感じ」
ある程度冷めたドーナツをお皿に盛る。
このまま包んでもいいが、何個かはチョコをつけたものを作ろうと思っている。
溶かしたチョコを半分だけドーナツに付ける。
「こんなもん?」
初めて作ったドーナツ。
我ながらいい出来だと思うけどな…。
チョコをつけたドーナツを冷蔵庫に入れながら、これを渡す相手のことを思い浮かべる。
甘い物は好きみたいだし、よっぽど出来が悪くなければ大丈夫だと思うけど。
ちょっと怖いな…。
まあでも今更恐れたって仕方ないか。
そう思いながら調理に使った器具を洗っていく。
油の処理もしっかりして、カウンターも綺麗に拭き取って…。
ドーナツには『食べるの禁止byマスター』とよく見える位置にメモをつけておく。
こんなメモで効果があるのか?
あるんだなそれが。
前に私のおやつを盗み食いした茨木をガン詰めしたら、次から手を出さなくなったから。
今日の夜、また様子を見に来よう。
〜その日の夜〜
パカッ
「お、いい感じに固まってる」
見たところしっかり固まってるみたい。
よかった…あとは包むだけだ。
お皿の上のドーナツをラッピングしようとしたときだった…。
「ここにいたか」
「!?」
物凄く聞き覚えのある声が、夜の厨房に響く。
嘘…何でよりによって…。
「…インドラ…様?」
「姿が見えんと思えば…」
インドラ様がこちらに近づいてきた。
「チッ…何だこの狭さは。頭が天井に付くではないか」
インドラ様…身長2m超えだもんね。
「で、それは?」
「…ドーナツです」
「菓子か」
「…はい」
「なるほど。その包装を見る限り、誰かに贈るもののようだな」
「…明日はホワイトデーですので」
「ホワイトデー?何だそれは」
やっぱり知らないか…。
私はインドラ様に説明する。
カルデアのバレンタインはすぐにお返しをもらうことがほとんどだが、実際はホワイトデーにお返しをする風習であると。
それを聞いたインドラ様は…。
「それならそうとバレンタインの際に言え!焦って返礼を用意する必要などなかったではないか!」
軽く怒られた…。
あとあの空って焦って用意したものだったの?
「すみません…現代では、ホワイトデーにもお互いに物を贈り合うことも多いので、特に何も思わなかったんです」
「まったく忙しない奴らだ…贈り物の風習自体は悪しきものとは言わんが」
「すみません。確かに先に言うべきでした」
「もうよい。それで?」
「え?」
「その菓子…一体誰に贈るつもりだ?」
「…」
この神様さぁ…。
絶対わかってて言ってるよね?
たったひとつしかないお菓子の包み。
私がそれを誰に贈るのか…。
ふと厨房の時計に目をやる。
午後11時30分。
ホワイトデーまであと30分…。
「…本当はホワイトデー当日の、明日に渡すつもりだったんですけど、まさかここにいらっしゃるとは思わなかったので」
私のその返答を聞いたインドラ様は、満足そうに口角を上げた。
「構わん。すぐに日付は変わる。それに…お前がそれを作っていた様子は、昼間からヴァジュラたちにより報告を受けていた」
「えっ!?」
「はい、見てました」
「キシシッ…ちゃんと見てたぞー?」
嘘…全然気づかなかった。
さては霊体化してたなヴァジュラたち。
「ちなみにインドラさま」
「ん?」
「ホワイトデーには贈るお菓子に、それぞれ意味があるらしいのです」
「え…」
嫌な予感がする。
まさかヴァジュラたち…。
ドーナツをホワイトデーに贈ることの意味まで調べたんじゃ…。
「意味?」
「ちょ…ヴァジュラたち…」
「情報を共有するよー?えいっ」
「ッ…もうそれ召し上がってください!」
インドラ様に情報が伝わる前に、厨房から逃げようとする私だったが…。
ガシッ
「……逃がしはせん」
あぁ…この表情…。
もう意味がわかったって顔だ…。
逃げようとする私の腕を難なく掴んで、こちらを妖艶な笑みで見下ろしているインドラ様…。
あぁ…もうバレちゃった…。
お菓子に込めた『大好き』の気持ちが…。
いや…もう今更か。
〜おまけ〜
『本当にこれで大丈夫でしょうか?』
『大丈夫だ、自信を持て!俺が絶賛した味なんだからインドラ様もきっとお気に召してくれるさ』
ビーマから言われた言葉を思い出し、手に持った包みを見つめるアルジュナ。
今日はホワイトデー。
本来バレンタインのお返しをする日だが、父であるインドラに息子として何か贈り物をしたいと思ったのだ。
ビーマの協力を得て作ってみたのだが、いざ渡すのはやはり緊張する。
万が一気に入ってもらえなかったとしたら…。
「…ふぅ…」
深呼吸をして、インドラの部屋へ向かう…。
「インドラ神、アルジュナです」
ドアの奥に向けて声をかける。
「入れ」
すぐに聴こえてきた、インドラの声。
それを聞いたアルジュナはもう一度深呼吸し、自動ドアを開けた。
プシューッ
「失礼致します」
「お前が訪ねてくるとは珍しいな。どうした?」
神々の王として努めて冷静に対応しているインドラだが、息子が部屋に来てくれた嬉しさがあまり隠し切れていない…。
しかしアルジュナはそれに気づかない…。
「…こちら、つまらないものですが」
アルジュナは菓子の包みを差し出す。
ヴァジュラが飛んできて、代わりに受け取った。
「……これは?」
「本日はホワイトデーという行事だと聞きました」
「ああ…確か本来はバレンタインの返礼を行う日だそうだな」
「はい。しかし私はバレンタインに何も贈っていません。なのでビーマ兄様に指南を願い、拙いものではありますが作ってみたのです」
「…お前が作ったのか」
「はい。インドラ神にお気に召していただけるかはわかりませんが」
インドラはヴァジュラから受け取った包みをじっと見つめている。
アルジュナはインドラからの返事を待つ。
「…流石は我が息子だ。礼儀がなっておる」
「!」
本当はもっと自分のために手作りの菓子を渡してきた息子に感謝し褒めちぎりたいであろうに…威厳を崩すまいと努めて冷静に返すインドラ。
そしてその態度を見て、ひとまず及第点まで行けたようだと安堵の息を漏らすアルジュナ。
「お褒めに預かり光栄です。では私はこれで失礼致します」
部屋から出ていき、ご機嫌な様子でビーマに報告に行くアルジュナ。
そしてインドラはというと…。
「流石は我が息子。父であるこの神に心を込めた手作りの菓子を用意するとは、よく気の回る息子に成長したものだ」
「何故それを本人に言って差し上げないのです」
「勘違いするな。これからも励んでもらわねば困るからな。父親として厳しく接したまでだ」
「ウッキウキなのバレバレだよー?キシシッ」
「うるさいぞヴァジュラ」
内心デレデレである。
冷やかしてくるヴァジュラたちをあしらい、早速包みを開ける。
「!」
それは白、ピンク、黄色などのパステルカラーで彩られたマシュマロだった。
雲のようなふんわりとした形をしていて、何とも可愛らしい。
「マシュマロだ!」
「よくできていますね」
「…」
「あれ?インドラさま?」
包みを開けたときから、何故かインドラの表情は固まったままだ。
ヴァジュラたちが不思議そうに見つめていると、ようやくインドラが口を開いた。
「…お前たち」
「はい」
「なにー?」
「…神は息子に嫌われているのか?」
「「え?」」
突然意味のわからないことを言い出すインドラに困惑するヴァジュラたち。
だが次第にその意味がわかってきた。
「ねえ…マシュマロを贈る意味って」
「確か……あっ」
マシュマロを贈る意味。
それは『あなたが嫌い』。
マシュマロは口に入れると、ふわりと溶けてすぐになくなってしまうので『早くどこかへ行って』という意味がある。
もちろんマシュマロが好きな人に贈る分には喜ばれるものではあるし、意味など気にせず気持ちさえ込もっていれば何の問題もない。
現にアルジュナも、菓子の意味についてはまったく知らず、最近食べたメレンゲの菓子が美味しかったからマシュマロを作ってみただけだった。
だったのだが…。
「何も知らなかっただけかと」
「嫌いなわけないって!」
「…」
必死に励ますヴァジュラたち。
と、アイラーヴァタを降りてふらふらと部屋を出ていくインドラ。
「どこ行くのインドラさま?」
「マスターの部屋でしょうか?」←正解
〜マスターの部屋〜
「知らなかっただけですよ!本当に嫌いなら、わざわざ手作りなんか贈りませんって!」
「…」
「…食べないんですか?」
「………食う」
部屋のベッドでくつろいでいたマスターの膝にダイブし、わしわしと頭を撫でられながら説得され、数十分後にようやく最初の一口を食べることに成功したインドラなのであった。
END