灯りに隠した想い
灯りに隠した想い
「はぁ…」
自室にて…アイラーヴァタに座っているインドラは大きなため息をついた。
そばにいるヴァジュラたちが声をかける。
「落ち込んでるの?インドラさま」
「…呆れているだけだ」
「何に呆れているのですか?」
ため息の理由…それは…。
「あの人間が、先日の菓子の返礼はいらんと言ってきおったことだ」
「ああ、ドーナツをいただいたお礼ですか」
「またぼくたちももらっちゃったねー」
ホワイトデーにて。
マスターから手作りのドーナツを贈られたインドラとヴァジュラたち。
ドーナツには『あなたが大好き』という意味が込められている…。
その気持ちを無駄にする理由は欠片もない。
もちろんドーナツはしっかり食べたし、ヴァジュラたちにも分けた。
もちろんマスターは翌朝まで付き合わせた…。
そうなってくると返礼の品を…と思ったのだが、マスターから返ってきた言葉は予想外のものだった。
〜回想〜
『さて…お前から贈られたからには、神からも返礼の品を渡さねばならん。何か望みはあるか?』
『いえ、ありません』
『…そんな気はしたが』
『そもそもあのドーナツが、お礼なので』
『何の礼だという?』
『インドラ様からいただいた、エンゼルランプのイヤリングです』
『……調べたのか』
『だってインドラ様教えてくれなかったじゃないですか。フローラに聞いたんです。もちろん…花言葉も聞きました』
『………』
『だからあのドーナツは、イヤリングに込められた気持ちのお礼だと思っていただきたいです』
〜回想終わり〜
そう。
以前インドラが贈った、魔除けの加護がついたエンゼルランプのイヤリングのお返しだと言った。
だからお返しはいらない、と。
エンゼルランプの花言葉は『あなたを守りたい』。
もちろん偶然ではなく、意味をしっかり調べた上で作ってマスターに贈った。
以前何の気もなくシロツメクサの花冠をマスターに贈ったが、実はそれには『私のものになって。断れば復讐する』という、人間目線から見ればかなり恐ろしい意味が込められていることを後から知ったことがあった。
まああながち間違ってもいない気がしたので、インドラ自身はまったく気にしなかった。
しかしそれでマスターに恐れられ、距離を置かれるようになっては本末転倒。
そのときから、贈り物の意味は念入りに調べることにしたインドラ。
実はマスターに贈ろうと思って作ったものは、エンゼルランプのイヤリングだけではなかったのだ。
「…」
パチンッと指を鳴らす。
すると目の前に四つの花…正確には花をモチーフとしたアクセサリーが現れ、ふわふわと浮かんでいる。
「インドラさまがお作りになったのですか?」
「まあな」
「凄ーい!本物の花そっくりー!」
「もしやマスターに贈るつもりで?」
「…ああ」
「絶対喜ぶよ!早くマスターにあげよ!」
「…」
「インドラさま?」
インドラはそれには反応せず、目の前に浮かぶアクセサリーをじっと見つめている。
これらはもちろん、花言葉をしっかり調べた上で作ったものだが…。
まずジャスミンの髪飾り。
白いハゴロモジャスミンの花が横一列に並んだ、コームだ。
髪につけると雨を呼ぶ加護がついている。
次にインパチェンス(アフリカホウセンカ)のブレスレット。
小さな白いインパチェンスの花が連なってついている、華奢なブレスレット。
色魔が近づけない…ある意味マーリン特攻ともいえる加護がついている。
次にキキョウのネックレス。
薄紫色のキキョウの花がチェーンに通っているネックレス。
魔性による精神汚染を弾く加護がついている。
最後に黒い薔薇のブローチ。
一輪の黒い薔薇と小さな葉がモチーフだが、朝露とも雨粒ともとれる小さな雫がついている、艷やかなデザインだ。
雨や風の影響を一切受けない加護がついている。
加護からしてとんでもないものばかりだが、問題はこのモチーフの花たちの花言葉。
ハゴロモジャスミンは『あなたは私のもの』。
インドでは男性から女性にジャスミンを贈り、それを女性の髪に編み込んでつける風習がある。
本物の花ではないが、髪飾りにしているあたり意識していないわけがない。
インパチェンスは『鮮やかな人』『強い個性』『私に触れないで』という花言葉があるのだが、白いインパチェンスだとまた違ったものになる。
『優しい心』と『目移りしないで』だ。
他の神に目移りすることは許さない、とマスターに言い聞かせているインドラの本心でもある。
キキョウは『気品』『誠実』の他に『永遠の愛』や『変わらぬ愛』があるが、後者二つが転じて『生まれ変わってもあなたと』という花言葉もある。
インドラは神故に不死だが、人間であるマスターにこれをつけさせるのは、何度生まれ変わっても不変の存在である自分を愛してほしいと言っているようなもの。
そして黒い薔薇は『死ぬまで憎む』『恨み』『憎しみ』といったネガティブな花言葉が有名だが、ポジティブな意味もある。
『あくまであなたは私のもの』『永遠の愛』『決して滅びることのない愛』『強さと誇り』といったかなり強い独占欲を思わせるもの。
もう一度言うが、花言葉をしっかり調べた上で作っている。
どれもこれも、重い。
すでにマスターに渡したエンゼルランプの可愛らしさと比べると、湿度が高すぎる。
流石は雷雨の神といったところ…。
余談だが『いつもそばに置いて』という花言葉の花を見つけたインドラだったのだが、それはフレンチマリーゴールド…つまり太陽神由来の花だったので速攻で却下となった。
自分に縁のある花でなくても構わないようだが、太陽を彷彿とさせるものは、意地でもつけさせる気はないらしい。
「これらを渡すには、まだ早計であろうな」
「えー?よくできてるのに?」
「どれも素晴らしいものだと思います」
「まあ、渡してもよいが…我ながら随分仄暗い想いを込めたものだ」
自嘲気味に笑うインドラ。
そもそもインドラはモノ作りの神ではない。
にも関わらず、知らぬ間に興が乗ったのか…随分と手の込んだものを作っている。
それに…たったひとりの人間に贈るものに、ここまでの想いを込めている。
『お前は神のもの』
『目移りするな』
『生まれ変わっても神と』
『永遠に滅びることのない愛』
「フッ…これにはあいつも震え上がるであろうよ」
「震え上がる?」
「そうでしょうか?」
やはり何度反芻しても、思わず笑いが込み上げてくるような重い言葉たちばかり。
あの小さな灯り…エンゼルランプの陰に隠れているくらいがちょうどいいのかもしれない。
「ま、気が向いたときでいいであろう」
そう呟くと、目の前に浮かぶ四つのアクセサリーを消すインドラ。
「あー!消えちゃった」
「わざわざ消すことはないのでは」
「しまっただけだ。ここまでの力作を壊すなど、そのような無駄なことはせん」
「なあんだびっくりしたー」
「ぼくたちとしては、マスターの喜ぶ顔が早く見たくはあるのですが」
「慌てるな…機はいくらでもある。あれらをいきなり贈りつけるのは、神からの贈り物の有難みが薄れるというものだ」
「確かにそーだね。この前イヤリング贈ったばっかだし」
「ならばマスターの誕生日にひとつずつ、贈るのはいかがでしょうか?誕生日ならば、人間であるマスターにとっては特別な日でもあります」
「誕生日…か」
確かにそれなら贈り物にはふさわしいタイミングではある。
ならば…どれかひとつ贈るとするか…。
ヴァジュラの提案を聞き、急にマスターの誕生日が待ち遠しく感じるようになったインドラ。
「この神からの贈り物だ。あいつも、誕生日を迎えることが待ち遠しく思うようになるであろうよ」
〜おまけ〜
「お、アルジュナ!どうだった?」
食堂にやってきたアルジュナに気づき、厨房からビーマが顔を覗かせた。
インドラへの贈り物である菓子作りをアルジュナに指南したのは、他でもないビーマ。
アルジュナはその報告に来たのだ。
「はい。無事に渡せました」
「そりゃよかった!で、インドラ様には喜んでもらえたか?」
「及第点ではあったようです」
「及第点って…インドラ様、そんなに微妙な反応だったのか?」
「そうですね。いつも通りではありましたが、何やら渡した包みを随分強く握っていたようで、袋が少々皺になっていました」
(喜びを噛み締めてたんだな…)
「召し上がってもらえたかどうかは…」
「いやいや、インドラ様なら絶対食ってるって!何せ息子であるお前の手作りの菓子なんだから、むしろ食わねえほうが異常事態だぞ?」
「また謙遜を」
謙遜じゃねえんだけどな…と苦笑いするビーマ。
あんなに息子大好きなのが漏れ出ているのに、肝心の息子にはまったく伝わっていない…。
(俺の弟は天然なのか?それとも神を警戒し過ぎて素直に受け取れなくなっちまってるのか?)
どっちも、なのがまた難しいところではある。
「しかし…私としては満足しています。実の父に贈り物をすることができましたから」
「アルジュナ…」
インドラの真意は伝わっていないようだが、アルジュナなりに父に対して思うところはあるらしい。
「インドラ様に直接言って差し上げろよ」
「いないからこそ、言えるのです」
「ははッ!やっぱ親子だな!」
「そうでしょうか」
これがこの親子の形なんだろうな…。
そうビーマが感心していると…。
「ビーマ!あ、アルジュナ…」
「おや、マスター」
「ん?マスターか」
マスターが食堂にやってきた。
「どうした?何か食うか?」
「あ、うん…何かおやつ食べようかなって…」
「おう、ならちっとばかし待ってな!」
ビーマは厨房の奥へと消えて行った。
そして残されたアルジュナとマスターなのだが…。
「そういえばマスター」
「えっ!?」
「?マスター?」
「あぁ…いや、何でもない。どうかした?」
「?」
マスターの様子が…何やらおかしい。
アルジュナと目を合わせようとしないし、どこか気まずそうにしている。
「どうかされましたか?」
「え…どうして?」
「いえ、明らかに挙動不審なご様子なので」
父親の真意には気づかないのに、何故マスターの異常にはすぐに気づくのか…。
必死に平静を取り繕うマスター。
何やら疑惑の目を向けているアルジュナ。
「マスター…」
「待たせたな、マスター!」
「あ、ありがとうビーマ!」
アルジュナが問いかけようとしたタイミングで、ビーマが茶菓子を持って出てきた。
それを受け取ってその場を立ち去ろうとするマスターに、アルジュナは言葉を投げかけた。
「インドラ神から、私の贈り物について何か聞いていらっしゃるのですね?」
「!?」
核心を突きすぎている質問にマスターがぴたりと止まった。
「その様子ですと、やはり何か聞いていらっしゃるのですね?それかもしや、インドラ神から…」
「ちょーっと待った!アルジュナ」
「兄様?」
と、そこに待ったをかけたのはビーマ。
気まずそうに立ち尽くしているマスターを、これ以上アルジュナが問いただすのはよくない気がする。
そう思ったビーマは…。
「ここは、兄ちゃんに任せな」
そう言うと厨房から出てきた。
「マスターすまねえ…ちとこっちにいいか?」
こっち、とビーマが示したのは厨房の奥。
「要はアルジュナに直接言いにくいんだろ?実は菓子作りを教えたのは俺なんだ。もしインドラ様が何か言ってたなら、一度俺に教えてくれねえかな?」
小声でマスターに伝えるビーマ。
それを聞いたマスターは、黙ったまま厨房の奥へ入っていく。
内心気が気でないアルジュナは、それをその場で立ち尽くしたまま見守っている。
〜厨房の奥〜
「マジかよ…贈り物にそんな意味があったのか」
「大丈夫。意味を知らずに贈ってる人は結構多いから、多分アルジュナも何も知らなかっただけだって説得したから」
「よりによってマシュマロが『あなたが嫌い』って意味だったとは…。何でピンポイントにやべえの選んじまったんだろうな。しかもインドラ様がその意味をご存じだったとは」
「でも味は絶賛してたよ。それにヴァジュラたちが言ってたけど、贈り物開ける前まではウッキウキだったみたいだし」
「そうか、ならよかった。しっかし…こりゃアルジュナに何て伝えるべきか…」
「隠すのは…悪手な気がする」
「ああ。俺もそう思う」
「私から…正直に伝える。ビーマはアルジュナが暴走しないように見守ってもらえる?」
「了解した。んじゃ…行くか」
「待たせたなアルジュナ!」
「マスター!兄様!」
「…座って話してもいいかな?」
「…はい、もちろんです」
そうして席に着いた三人。
マスターはまず『アルジュナからの贈り物を受け取ってかなり浮かれていた』ことと『味についてはこの上ない程絶賛していた』ことを話す。
それに驚きつつも、安堵するアルジュナ。
そしてここからが本題…。
『ホワイトデーの贈り物には意味がある』こと。
『マシュマロが持つ意味』と『インドラが贈り物の意味をすでに知っていた』こと、そして『アルジュナからそう思われていると勘違いし一時落ち込んでいた』ことを重い口調で話す。
そして案の定…。
「わ、私は…何ということを…」
わなわなと震え出すアルジュナ。
「大丈夫だアルジュナ!そこはマスターが説得してくれた!お前は何も知らなかっただけだろ?」
「そ…そうですが…いやしかし、事前に調べていれば防げた事故ではあります。マスター…ご迷惑をおかけしました。そして疑いを持ってしまい…申し訳ありません」
「大丈夫…インドラ様はもう立ち直ってるし、ましてや怒ってすらいなかったよ。私が言うのもなんだけど…確かに贈り物に意味はあるけど、それよりも気持ちの方が大事なんじゃないかな?」
「そうそう!ましてやインドラ様、贈り物もらってかなり浮かれてたみたいだからな!」
「ビーマ…それはあんまり大声では…」
「おっと…すまねえ。だから…な?大丈夫だ」
「マスター…兄様…」
あまりよくない贈り物の意味を、贈った後に知ってしまうことはあると思うが…。
それに対して相手を怯えさせないよう、意味を調べてから贈り物をすることにしたインドラ。
事前に調べていれば防げた事故だったと猛省しているアルジュナ。しかし恐らく今後は…
「ありがとうございます…ですがこれからは、事前に下調べをしてから贈り物をすることにします」
意味を調べてから、贈り物をする。
やはりこの親子は、真面目でよく似ている。
END