天界の主に星夜の味を
天界の主に星夜の味を
プシューッ
「おい、人間…!!」
「ふぁっ!?」
マイルームにて…ベッドでうとうとしていた私だったが、響き渡る怒声で一気に目が覚めてしまった。
怒声の主は…言うまでもない。
「インドラ…様?」
私…何か怒らせるようなことしたっけ…?
私の目の前に立ち、物凄く何か言いたげな目で私を睨んでいる。
「…すぅ……はぁ…」
気持ちを落ち着かせるためか、一度深呼吸をするインドラ様。
インドラ様…怒っていてもこうやって一旦落ち着こうとしてくれるから、神様の中でも話が通じやすいタイプなんだと思ってる。
大抵の神様って、一度お怒りになればもはや問答無用で、手がつけられなくなることの方が多いような気がする。
なんて呑気なことを、頭の隅っこで考えてしまう。
「ひとつ問うが…」
「なん…でしょうか?」
先程よりも落ち着いた、それでも若干の怒気を含んだ低い声で、言葉を発するインドラ様。
「空を作ったと聞いたが…それは真実か?」
「えっ?」
「ただの人間であるお前がそのようなことをしでかした…もしそれが真実であるのなら、今後の対応を考えねばならん」
「えっ!?」
はい?
私が?空を??作った???
いや…何の話ですか!?
「聞いたというのは…誰からでしょうか?」
インドラ様に恐る恐る尋ねてみる。
「大気の精霊だ」
「ワンジナから?」
ワンジナがそんなことを?
私が…空を作った…。
あっ…もしかして…。
「えっと…多分ですが、ワンジナの言う『空』というのはこれのことだと思います」
私は手元にある端末を操作し、とある写真をインドラ様に見せた。
「ん?これは…」
まじまじと写真を眺めるインドラ様に、さらに説明する。
「青空をモチーフにしたゼリーです」
「!?」
そう…今インドラ様に見せている写真は、以前私が作ったゼリーの写真。
それは青い着色料と生クリームで作った、雲が浮かぶ青空のゼリーだった。
以前マシュからもらった宇宙を模したチョコを思い出し、似たようなお菓子を作ってみたいと思い立った私。
そこでマシュにレシピを聞き、宇宙ではないが青空を作ってみたいと思い、試しに作ってみたのがこの青空のゼリー。
そしてそれを食べてくれたのが、私のお菓子作りの現場に居合わせたワンジナだった。
『美味しい!凄く美味しいよマスター!マスターは凄いね!食べられる空を作れるんだね!』
作ったゼリーを、満面の笑みを浮かべながら食べてくれたワンジナを思い出す。
なるほど。ワンジナのことだから『マスターは空を作れるんだよ!』って、そのままインドラ様に伝えたんだな。
そりゃインドラ様もびっくりするよね…。
「……まあ、わかりきったことでは、ある。お前のようなただの人間に、そのようなことができるはずはないからな」
真相を知ったインドラ様は、ちょっとだけたどたどしく言葉を紡ぐ。
さっきは怒ってたけど、今では何か安心したような表情で写真を眺めている。
「私にそんなことできるわけありませんよ」
「当然だ。しかし…『食べられる空』か」
「インドラ様?」
「ならば作れ…『食べられる空』を。そして神に献上せよ」
「えっ!?」
作れって何て唐突な…。
「ご興味が…あるんですか?」
「勘違いするな。空を住処とする大気の精霊に与えたのであれば、この天界の主にも捧げることは至極当然であろう」
「そーそー。インドラさまの支配する空だぞ?」
「インドラさまが望む空を、作るべきです」
なるほど、興味があるんだな。
インドラ様、わかりやすいな…。
「わかりました。なら厨房に行って来ます」
「ヴァジュラ。お前たちも行け」
「「了解!」」
まあ…この神様に言われたなら仕方ないか。
そう思った私は端末を持ち、ヴァジュラたちと共に厨房へ向かった。
いや…今更だけど、何でヴァジュラたちも?
〜厨房〜
ヴァジュラたちに手伝ってもらいながら、ゼリー作りに使うゼラチンやグラニュー糖や着色料を揃えていた私だったのだが、あることに気づいた。
「あれ?おかしいな…」
「どうかしましたか?」
「…生クリームがないんだよ」
「えー?」
雲を作るために使う生クリームが、どこにも見当たらない。
「ホントだー。ないね」
「確かにありませんね。もしや在庫を切らしているのでしょうか?」
ヴァジュラたちも探しているが見当たらない様子。
「そうかも。ちょっと厨房組の誰かに…」
「おや?マスターにヴァジュラたち」
「あ、エミヤ」
生クリームの在庫を聞きに行こうとしたとき、厨房にエミヤが入ってきた。
「どうかしたのか?」
「生クリームがないみたいで…」
「ああ、すまない。バレンタインで大量に消費したからな。在庫は大量に用意していたんだが、もうすべて切らしてしまったんだ」
「え、そんな…」
「肉や魚、野菜などの食材の調達の方が、どうしても優先度が上になってしまうのでな。明後日には用意できるようになるはずだ」
「明後日!?」
「リソースを割いて作っているからな。最短でも明後日になってしまう。悪いが、それまでは生クリームを使う菓子は諦めてほしい」
そう言うと、厨房から出ていってしまったエミヤ。
台所の守護者でも、食材調達の優先度は変えられないらしい。
どうしよう…。
生クリームなしで作るとなると、雲がないただの青いゼリーになってしまう。
「これはまずいですね」
「どうすんの!?インドラさま待ってるよ!?」
ヴァジュラたちも焦り始めている。
こんなときに最悪だ…。
流石にインドラ様に『今日は諦めてください』なんて言えるわけない。
どうする?どう動くべき?
頭をフル回転させて、打開策を必死に考える…。
「!」
そうだ…確かあのレシピには…。
「ヴァジュラ。インドラさまに至急伝えてきてほしいことがあるんだけど、いい?」
「伝えるって何を?まさか、作れませんなんてインドラさまに言うつもり?」
「正気ですか?そのようなことをすれば…」
「ううん、違うよ」
「じゃあ何を伝えるのさ?」
「『本日は別の空模様を作らせていただきます』って伝えてきてもらえる?」
その日の夜…厨房の冷蔵庫を開け、冷やしたゼリーの状態を確認する私。
見たところ、しっかり固まってはいる様子。
型の上にお皿を乗せて、ひっくり返す。
そしてゆっくりと型を上げていく…。
お願い…綺麗に落ちて…。
「!…はぁ…」
お皿の上には、綺麗に固まり艶を放つゼリーの姿があった。
ひとまず胸を撫で下ろす私。
そしてそのゼリーの上に、あるものを振りかける…。
「…よし、できた」
急遽予定と違うものを作ることになったが、何とか上手くいった。
そしてそのお皿を持ち、インドラ様が待つ自分の部屋を目指す。
プシューッ
「インドラ様…お待たせしました」
「ん、完成したか」
ベッドで寝そべっていたインドラ様が体を起こしてきた。
私は頷き、テーブルにお皿を置く。
「!…ほう」
ゼリーを見つめるインドラ様。
「…なるほど。これは『夜空』か」
それは透き通る紺碧のゼリーに金粉をかけた、星空を模したものだった。
私がマシュから教えてもらったレシピは青空だけではなく、星空の作り方もあった。
なので、生クリームを使わなくても作れる星空にシフトチェンジしてみたわけだけど…。
「上手くできてよかったー」
「金粉を散りばめて星空を表現したのですね」
「すみませんインドラ様。材料がなくて、青空は作れませんでした…」
「構わん。神は『食べられる空』を作れと命じた。そしてお前は『食べられる夜空』を作った。空というものは、必ずしも雲が浮かぶ青空だけのことを指すものではない。故に神の命令から逸れたことは一切しておらん…ということになる」
「…ありがとうございます」
「よかったなマスター…って言いたいとこだけど、ぼくたちも正直めちゃくちゃ焦ったよー」
「同じく肝を冷やしました。マスターの機転は見事なものです」
インドラ様は本来の青空でないことは、一切気にしていないようだった。
『青空を作れ』とは言われていない。
だからこそ、星空っていう発想に至ったわけなんだけど。
「さて…この空の味を確かめるとするか」
「では切り分けます」
ヴァジュラたちが包丁を入れ、あっという間に綺麗に切り分けられていくゼリー。
「ありがとうヴァジュラ」
「いいっていいって」
「あとはインドラさまのお口に合うかですが」
インドラ様は無言のまま、フォークで小分けにしたゼリーを口に運ぶ。
「……ふむ」
「…ッ」
「……まあ、悪くはない」
「「「…ッ!!」」」
その言葉にどっと息を吐く私とヴァジュラたち。
「よかった…」
「よかったー」
「安心いたしました」
「しかし、空を食う…よくもまあそのような発想に至るものであるな」
「…子どもの頃は私も、雲は綿菓子のように見えましたから、食べることができるんじゃないかって思っていた気がします」
「ああ、あの糸を引く砂糖菓子か。確かにそう見えなくもないな。…実際に雲を焼いて食っていた者もおったしな」
「あっ…」
厨房組のとある大食漢を思い出す私。
そういやあのとき、雲焼いて食べてたな…。
「悪くない…夜空は合格としてやろう」
「ありがとうござ…って、え?『夜空は』?」
「当然だ。今回は作ることの叶わなかった青空…忘れずに作り、神に献上せよ」
「…明後日に材料が入るらしいので、それ以降に作らせていただきます」
「構わん」
あ…これ絶対忘れてもらえないやつだ。
エミヤに生クリームとっておいてほしいって言っておこう。
「あ、ホントだ美味しい!」
「はい、少々さっぱりとした味ですね」
いつの間にかヴァジュラたちも、切り分けたゼリーを食べている。
私も食べようと、お皿を持ち上げる。
「…」
星空…か。
そういえば、スカイドームの空にいるインドラ様たちに、バレンタインのチョコを渡しに行ったときの空も星空だったな…。
まあ、夜に行ったからだろうけど。
でも冷たく澄んだ空気だったからか、あのときの空は星がとても綺麗に輝いて見えた。
…。
このゼリー、あっちのインドラ様たちにも…。
「持って行く必要はない」
「えっ?」
え…?
今…心を…読まれた?
「お前の考えることなぞ、容易く見通せる。どうせ『あの空』にいる神にも、これを献上するべきかと考えておったのであろう?」
「…ッ!?何で…わかったんですか?」
「二度も言わせるな。その程度の考え、容易く見通せるというだけだ。余計なことは考えずともよい」
「そう…ですか」
神の目…恐ろしすぎない?
ただ目の前のゼリー眺めてただけで、何でそこまで読み取れるんだろ?
うん、普通に怖い…。
「お前もつくづく懲りん女だ」
「え?」
「神が目の前にいながら、この場におらん神のことを思い出し、挙句物思いに耽るとはな」
インドラ様が立ち上がり、私のすぐ目の前まで近づいてくる。
「いや、あの…インドラ様のことなんですが…」
「今お前の目の前にいる神ではない」
「え…インドラs…んっ…ッ」
インドラ様の手が私の顎を掬い、上を向かされる。
そして…唇を塞がれた。
軽く舌を絡めた後、唇を離して囁く。
「よそ見をするでない。お前の空の主は、この神であるぞ」
「まーたやってるね…もぐもぐ」
「もはやいつものことかと…もぐもぐ」
インドラの嫉妬があらぬ方向に向いてマスターを混乱させている中、ゼリーを頬張りながら、その様子を呆れたように眺めているヴァジュラたちなのであった。
END