最初で最後 でなければ許さん
最初で最後 でなければ許さん
「おい、人間」
「どうされました?」
「お前の国にはソーマはないのか」
とある日の朝…。
身支度をしていると、いつものように部屋でくつろいでいたインドラ様から突然の質問。
ソーマ…はないけど…。
「御神酒というものならありますが…」
「ほう…どのような物だ?」
何故か…いや、何故ではないか…。
興味津々なご様子のインドラ様。
多分飲みたいんだろうな…。
「御神酒は、神事において神様へのお供え物として使われるお酒です。大体は日本酒ですね」
「日本酒…というと、あの人斬りの男が宴で持ってくる酒のことか?」
「ああ以蔵さん…そうですね。酒吞ちゃんや景虎さんがよく飲んでいるのも日本酒です」
正式には、御神酒としてお供えする酒は四種類あるらしい。
白酒と呼ばれる獨酒(濁り酒)。
黒酒と呼ばれる白酒を黒く色付けしたもの。
醴酒と呼ばれる甘酒の分類になるもの。
そして清酒もしくは清酒と呼ばれる、一般的に知られている日本酒。
ただ、現在はこの四種類を揃えることが困難になっているため、一般家庭の神棚や神社では清酒のみをお供えしていることがほとんどらしい。
「ちなみに地域によっては御神酒に使われるお酒が変わることもあるみたいです」
「というと?」
「例えば葡萄の名産地では、その葡萄から作られたワインをお供えしたり、天神様…菅原道真公が祀られている場所では、道真公が生前梅がお好きだったことから、梅酒をお供えしているらしいです」
「…ん?その天神とやら…元は人間か?」
「はい。今では学問の神様として祀られている偉人です」
道真公の梅酒のことを知ったときは、正直びっくりした。
生前が人間だったからこそ好みがわかる…。
ちょっと興味深いなって思っちゃった。
「お祝いにおいて行われる神事で、徳利に入れたお酒を神棚にお供えします。お供えした御神酒には神様の力が宿るとされているので、その日のうち…または数日の間に御神酒を飲み切る必要があるとか」
「…神の力が宿る酒を人間が飲むのか?」
「神様が召し上がった御神酒を飲むことで、神様と絆を深める意味があるとされているみたいです。それに神様の力といっても、人間を辞めてしまうようなとんでもない力が込められているわけじゃないですし」
「…」
「処分するのはあまりよくないことなんです。お酒が飲めない人だったら料理に使ったり、お風呂に入れて身を清めてもいいとか」
以前御神酒について調べたことが、こんなところで役立つとは思わなかった。
この神様酒好きだから、私の国でも神様に捧げる酒があるんじゃないかって思ったんだろうな。
正確にはソーマって酒じゃなくて気付け薬みたいなものだから、いろいろ違うんだけどね。
何ならアムリタだって不死の薬だから。
どちらも甘露ではあるみたいだけど。
「…梅酒、と言ったか」
「はい」
「どのような酒だ?」
「梅から作られる果実酒ですが…もしかしてインドラ様、まだ召し上がったことなかったりします?」
「今初めて聞いた」
え?普段あんなに宴開いてるのに、梅酒を持ってきた人誰もいなかったの?
皆…辛めのお酒の方が好みなのかな?
「梅というのは…クベーラの化身が酒の肴によく齧っておる、あの赤い実か?」
「あ、梅干しですね。干した梅を大量の塩と紫蘇で漬けた漬物です」
「…ならば今度食ってみるか」
「あ、召し上がるのでしたらお覚悟を。めちゃくちゃ酸っぱいので気をつけてください。景虎さんが食べている梅干しなら、尚更です」
「何だその妙な脅し文句は」
「梅干しに挑戦してことごとく倒れていった英霊たちを何人も見ていますので…」
「…またしてもお前の国の苦行製造機か」
「そんな製造機は存在しません」
景虎さんの時代の梅干しは、冗談抜きで塩分多めのめちゃくちゃ酸っぱい梅干しのはず。
まだ食べたことのない人…いや神様にはきついものだと思う。
いやでも…インドラ様酒飲みだし、しょっぱいものなら初挑戦でもいけるかもしれない?
…
…
八つ当たりされたくないし、止めておこう。
「それで…梅酒とやらは別物と言ったな?」
「あ、はい。梅酒は甘くて程よい酸味もあって美味しいお酒ですよ」
「…ならば献上せよ」
「そうおっしゃると思いました」
「何か文句があるのか?」
「いやいや、ありませんよ。いつ飲まれますか?」
「晩酌でよい」
「わかりました。シミュレーターを動かして買ってきます」
梅酒なら、つまみは何にしようかな?
こうして、まだ朝にも関わらず晩酌の予定が入ってしまった私なのであった。
その日の夜…。
プシューッ
「酒の用意はできたか?」
「あ、はい」
買ってきた梅酒の瓶とつまみをテーブルに並べていると、ちょうどいいタイミングでインドラ様が部屋にやってきた。
「ほう…それが梅酒か」
琥珀色の液体が入った瓶を、まじまじと見つめるインドラ様。
「ちなみに梅酒は多少冷やした方が美味しく飲めるんですが、氷を入れるか炭酸水で割るか…どちらにしましょうか?」
「氷でよい」
「わかりました」
グラスにロックの氷を入れ、インドラ様の前に差し出す。
そして目の前で、梅酒を注いでいく。
いい香り…。
梅酒って度数が高いから、ロックで飲むのって強い人じゃないと推奨できないんだよな。
ちなみに居酒屋の店員さんは、梅酒をロックで注文された場合、高確率で残されるから水割りかソーダ割りをお勧めしていることが多い…らしい。
とある居酒屋店員さんからの情報。
店や店員さんによりけりだと思いますが。
「さて…」
カランッ…と氷がいい音を立てて鳴る。
グラスに口をつけ、梅酒を味わうように飲むインドラ様。
「ほう…随分口当たりの良い酸味だな」
「…お気に召しましたか?」
「…確かに、悪くはない」
よかった…。
まああれだけのお酒を飲んできたなら、そんなに躊躇するようなものじゃないよね。
思ったより口に合ったようで、お酒の進みが随分早いインドラ様。
何かこの神様に一通りの果実酒勧めてみたくなってきた…。
「…そろそろか」
「え?」
つまみのチーズを齧りながらインドラ様が呟く。
「お前も飲め」
「えっ?」
「どうぞ、マスターのグラスです」
「あ、ありがとう…」
ヴァジュラが梅酒の入ったグラスを渡してきた。
半分くらいしか入ってないけど、かなり味濃そうな梅酒選んじゃったからな…。
この量…飲みきれるかな?
「…炭酸水で割ってもよろしいでしょうか?」
「…まあ、よい」
割ればいけるか?
そう思い、炭酸水を注いで…一口。
「…美味しい」
炭酸で割ったらちょうどいいくらいの濃さだ。
「安心しろ、残りは神が飲んでやる。お前はそれだけ飲めばよい。決して残すなよ?」
「え…まあ…この分は飲み切る予定ですが…」
「ならばよい」
そう言うとインドラ様は、ヴァジュラに二杯目の梅酒をグラスに注がせた。
いつもはあんまり強要してこないのに、今日はどうしたんだろう?
強要と言っても、残りは全部インドラ様が飲んでくれるから私のノルマはこの一杯だけなんだけど…。
味はいいけど、まあまあの度数だな…。
ぐびぐび飲むと悪酔いしやすいので、ナッツをつまみながら少しずつ飲んでいく。
そんな私の様子を眺めながら、インドラ様が口を開いた。
「お前は…神事で酒を口にしたことはあるか?」
「えっ…いえ、ありません」
すると、私の返答を聞いてどこか満足そうな表情を浮かべるインドラ様。
「ならばよい。今後一切…神からの酒は口にするでないぞ?」
「え?」
「…今朝の話を忘れたようだな」
グラスをあおって残りの梅酒を飲み干すと、私の瞳の奥を見据えるように、こちらを見つめる。
「それは、絆を深める酒だからな」
「!?」
「光栄に思え。神と絆を深める意味を持つ、最初で最後の酒だ。でなければ許さん」
「えっ…!?」
つまりこの梅酒って…インドラ様からの御神酒?
「絆を深める神…それはこの神だけで十分であろう?他の神とこのような真似をすることは許さん」
「そーそー。誰彼構わず仲良くするのはダメだからなー?」
「貴女の神は、インドラさまのみでよいのです」
「まあ…今後神と酒を酌み交わすことならば、いくらでも許してやるがな」
衝撃が強すぎて、インドラ様たちの言葉がずっと頭の中で響いている。
もう…酔ってしまったのだろうか?
じわじわと赤くなる顔を隠すように、グラスに残ったお酒をちびちびと飲んでいく。
そして最後の一滴を飲み終えた私を見て、また満足げに笑みを浮かべるインドラ様なのであった…。
END