護る神の補佐の仕方
護る神の補佐の仕方
『先生!救急から受け入れ要請!』
『受諾しろ…容態は?』
『56歳男性、血圧94/37脈拍79意識は朦朧としてますが多少の受け答えは可能…ふらつきとめまいを訴えて倒れたとご家族から通報がありました』
『病歴は?』
『Ⅱ型糖尿病でグリメピリドを服用中です』
『来たらすぐに血糖値を測れ。インスリンとブドウ糖の用意もしておけ』
『わかりました』
『まったく…あまり期待できそうな症例ではなさそうだな』
『断らないくせに、よく言いますね』
『僕は医者だぞ。患者が来るなら診る…それだけだ』
「…っていう夢を見た」
「くだらん。それにどうせなら、オペのしがいのある症例にしてほしいものだ」
医務室にて。
つい昨日見た、現代の病院で働くピオ先生と何故か私が助手として一緒に働いていた…夢。
レントゲン撮影と診察をしてもらいながらピオ先生に話した雑談だが、案の定バッサリと切り捨てられた。
「だが…お前が助手か」
「ん?ああ、私の立ち位置…普通に考えたら若手の医師か看護師だとは思うんだけど…」
「お前は専門知識はなくとも、動きに無駄はないからな。僕の助手としてはいいんじゃないか?」
「え?そうなの?」
診察中の雑談を嫌うピオ先生が、今日はやけに話に乗ってくる…。
やっぱり医療関係の夢だったからかな?
「ああ。今関わっているすべての神との縁を断ち切ったのなら、僕の助手として歓迎してやる」
「あー…なるほどね」
じゃあ実質無理じゃないですか…。
すべての神…つまりはあの神様との縁も断ち切るってことになる。
こちらが切ろうとしても、切れそうにない場合はどうなりますか?
まあ…そもそもの話…。
「それは難しいから叶わない夢だね」
「チッ…僕のパトロンが神に毒されて手遅れとは思いたくなかったのだが」
「この怪我をしてからもずっと、日常生活をサポートしてもらってたしね」
以前より大分動かせるようになった腕を見つめ、今日までの日々を振り返る…。
〜サポート 着替え〜
片腕が使えない生活で一番困ったのは…
「痛い…」
着替えだった。
魔術礼装で苦戦しなかったのは救いだったが、問題は部屋着に着替えるときだ。
Tシャツなので、腕を上げずに脱ぎ着するのは流石に無理がある。
「これを着ろ」
「え?」
ポイッとベッドに何かを投げるインドラ様。
見てみると、それはローブだった。
浴衣とか、入院中に着る病着のようなやつ。
しかもめちゃくちゃ手触りがいい…。
「これ…どうされたんですか?」
「糸紡ぎの妖精に作らせたものだ」
ハベにゃん…ありがとう。
「ありがとうございます」
確かにこれなら羽織るだけで着れる。
ハベにゃんとインドラ様に感謝しながら、柔らかい生地のローブに袖を通す。
本当に肌触りがいいなぁ…。
肌触りのよさだけで、腕の痛みが引いてきた気までしてきた。
「宝物庫から引っ張り出した。本来、只人ならば触れることすら叶わん代物だ。光栄に思えよ?」
「えっ?」
「ああ、だが気をつけろよ?その布を着ている間は痛覚を遮断する。下手に動き回れば、怪我自体が悪化しかねん。あの医神の言いつけ通りにはしておくことだ」
「えっ!?」
インドラ様…。
なんつーもんを引っ張り出してんですか!?
あと痛みが引いた気がしたのは、気のせいじゃなかったってことなんですね!?
つまりハベにゃんにこの生地を渡して作ってもらったってことだよな?
ハベにゃん…これを渡されたときどんな反応だったんだろう?
《………神様って凄いんだわ…》
〜サポート 食事〜
食事については、定食のご飯をおにぎりやサンドイッチに変えたものを出してもらった。
食堂へ行くのは、インドラ様同伴。
どうやら、私が怪我したことを知った英霊たちが近寄って来るのを警戒しているらしい。
『ただ心配してくれてるだけでは?』と言ってみたのだが…
「普段から距離の近い英霊どもが、お前が怪我人であることを失念し、飛びつかれたり腕にしがみつかれたりすることは決してない…と言い切れるのか?」
と言われ、何も言い返せなくなってしまった…。
あと多分…私が怪我した原因が、完全に予測不可能な事故だったから、部屋の外を出歩くだけでも心配させてしまってるんだな。
「ほらよマスター!俺の特製カレーだ!チャパティはちぎらなくていいように小さく切ったからな!」
「ありがとう…ビーマ」
「気にすんな。こう言っちゃあなんだが、本当に腕の怪我だけで済んでくれてよかったと思ってんだ」
ビーマが噛み締めるようにしみじみと言う。
どうやら今回の件は、インドの英霊たちからすれば顔面蒼白ものだったらしい。
「…ビーマもそう思うんだね」
「当たり前だろ!カーリー様とぶつかったなんて聞いたときはそりゃあもう焦った!特にアルジュナなんて…」
「マスター!!」
「ん?」
ビーマとの会話の最中、聞き覚えのある声とともに誰かが凄い勢いでこちらへ向かってきた。
「あ、アルジュナだ…」
「噂をすれば、だな。じゃあ俺は厨房に戻らせてもらうぜ」
ビーマと入れ替わるように、血相を変えたアルジュナが私のそばに来た。
「マスター!お加減はいかがですか?」
「まあ…ぼちぼちかな」
「そうですか…本当にご無事でよかった。いえお怪我はされているのでよくはありませんが、命に関わることがなくて本当によかった…。もし運が悪ければマスターは今頃…考えたくはありませんが…本当にご無事でいてくださってありがとうございます」
本当に今回の件、心臓に悪かったんだな…。
「ごめんね…心配かけたみたいで」
「まったくだ…神だけでなく我が息子にまで肝を冷やさせおって」
隣に座るインドラ様からため息が漏れる。
「…インドラ様も、肝が冷えたんですか?」
「……お前、奴がどのような女神なのか知らんわけではあるまい?」
「もちろん知ってます」
「詳しい状況を聞くまで『マスターがカーリー女神とぶつかって吹き飛ばされた』としか聞いていませんでしたので」
ああ…それしか聞いてないんだったら、確かに命が心配になるよね…。
〜サポート 風呂〜
出くわしたインドの英霊たちから『命に別状がなくて安心した』『無事で何よりだ』『運のいい奴め』『不幸中の幸いだったな』『ママンが絡んでたみたいで申し訳ないッス』と声をかけられまくった私。
ヴリトラにも会ったんだけど、何か言う前にインドラ様に吹き飛ばされてた。
怪我をした私がそばにいたせいなのか、インドラ様が完全に英雄神モードだった…。
「さて…」
出来たら毎日風呂に入りたい私からすれば難関とも言える、片腕が使えない状態での風呂。
ピオ先生から許可はもらってるから入れないことはないんだけど、頭とか洗うのにどうしよう…
「ほらほら早くしろー?」
「急かさないように」
と思ってたら、当たり前のようにシャワー室の中でスタンバイしているヴァジュラたち。
思わずインドラ様に尋ねる。
「あの…もしやヴァジュラたちが?」
「補佐をする。神がしてやってもよかったのだが…狭すぎるからな」
「……お心遣い、感謝します」
シャワー室が狭かったのがよかったのかよくなかったのか…。
そんなことを考えてしまった私だったが、ヴァジュラたちに急かされると思い、腕を気遣いながらゆっくりと服を脱ぎシャワー室に入る。
「とりあえず頭ー?」
「うん」
「加減はしますが、痛みを感じた場合は遠慮なく申し出てください」
「ありがとう」
頭や怪我をしていない方の腕をヴァジュラたちに手伝ってもらいながら洗っていく。
そして出た後も、髪を乾かしてもらうことに。
「こらー!ローブ着てて痛くないからって腕を上げない!」
「あ、しまった…つい」
「ぼくたちが乾かしますので、おとなしくしているように」
「はい…」
痛みを感じないってのも考え物だな…。
いや、このローブはとても有難いんだけどね。
「…って感じだよ」
「…はぁ」
私の話を聞いてため息をつくピオ先生。
「もはやただの過保護…と言いたいが、あの神の場合はどうも断言しづらい」
「何で?」
「あの神が医務室を訪ねて来た」
「インドラ様が?」
「『あの人間の腕が治る見込みはいつ頃になる?』だの『治るまでは寝床から動かさないでいるべきか?』だの根掘り葉掘りしつこく質問してきた」
「…」
「だからこう答えてやった。『人間の自然治癒は神とは比べ物にならない程遅いが、おとなしくしたからといって早まるものでもない。普段通りで問題ないが、体に負荷をかけるトレーニングや馬鹿力たちとの戯れといった愚かな行為をしていた場合は、神の力を行使して止めてもらって構わない。もしマスターが医者の言う事を聞けん愚患者ならば、その分治りが遅くなるからな』と」
「え?しれっと愚患者扱い?」
「まあ…今回はお前もあの神も、愚かな真似はしなかったようだな。何よりだ」
「おかげさまですっかり痛まなくなったよ」
「今回僕がしたことはさほど多くない。お前がおとなしく僕の言う事を聞いていた結果だ」
「ん?今褒めた?」
「医者の言う事を聞く…出来て当たり前のことを今更僕が褒めるものか」
「相変わらずだね先生は」
「診察は以上だ。だが、愚患者だろうとこの言葉だけは忘れずにかけてやるさ」
「お大事にな、マスター」
〜おまけ〜
《時間だ。もう動いてよいぞ》
インドラの声とともに、見張りの目が消える。
「はぁ…やっと終わりました」
「2日って…こんなに長かったんですね」
「命令…遂行」
廊下にて…マスターが怪我をする発端となった三柱の女神たちは、インドラによる2日間の仕置きから解放された。
『私は人間に怪我をさせた女神です』の看板を外す女神たち。
「今更ですけど、これヴリトラが受けてた罰じゃないですか」
『わえはいっぱい迷惑をかけました』の看板をぶら下げて立たされていたヴリトラを思い出すカーマ。
「まあヴリトラは推定1週間は立たされていたはずですから、私たちはまだマシですよ」
「インドラからの罰…雷撃を想定していました」
「貴女達はシヴァの嫁ですから、流石のインドラでもできなかったんでしょうね。で、私だけ雷落とすのは不公平だと思ったからこれになったんだと思いますけど」
「先程大黒天たちから聞きましたが、どうやら私たちに代わってマスターさんへお詫びしてくださったみたいですね」
「そうですか…シヴァが…」
この女神たちのおかげで雷が落ちずに済んだことは幸運であると思いつつ、どこか癪に触るカーマ。
夫にまで迷惑をかけてしまった…と落ち込むパールヴァティとドゥルガー。
「あーあ…マスターさんからの好感度は、まんまとインドラに稼がれちゃったわけですか。誰かさんが目の前に現れたせいで」
「たまたま出くわしただけですよ!」
「本当ですかねぇ?貴女いっつも私とマスターさんの邪魔をしてくるじゃないですか」
「貴女がマスターさんをよからぬ誘いに乗せようとしているからです!」
「当たり前ですよ。だって今の私は堕落の魔王ですよ?ならお気に入りの人間は堕とさないと」
「!」
「だから見張る必要があるんです!それに今ではインドラの目もあるんですから、いい加減諦めて…」
「嫌ですよ。むしろあんな女癖の悪い神から早いところ引き剥がしてあげたいくらいなんですから」
「う…それは否定できませんが…ッ!マスターさんのことは随分気に入っているみたいですから、ここにいる間は少なくともその心配は…」
「敵対姿勢…」
「「…え?」」
「『堕落の魔王』の自認を確認」
言い争うパールヴァティとカーマに割って入るように、ドゥルガーのセンサーが反応した。
『堕落の魔王』という言葉に…。
「殲滅態勢へと移行する」
「ちょっ…!待ってください!」
「霊基…転換」
「は!?ちょっと貴女何考えて…」
パールヴァティとカーマが慌てて止めるが…
「魔王の…気配…」
「「あ…」」
時すでに遅し…ドゥルガーの霊基がカーリーへと変化した。
「堕落の魔王…殺す…ッ!」
「お、落ち着いてくださいカーリー!」
「いや何でこうなるんです!?」
「貴女がドゥルガーの前で『堕落の魔王』なんて言っちゃうからですよ!」
「ぎは…ぎはははは!!逃がす、ものか…ッ!!」
「カーマ!シミュレーターに逃げてください!最悪そこで止めますので!」
「言われなくてもそうしますよ!」
シミュレーターへ逃げるカーマ。
カーマを追うカーリー。
そのカーリーを追うパールヴァティ。
「あぁ…罰から解放されてすぐこれなんて…と、とにかく落ち着いてくださいカーリー!」
「喰らい、殺す…ッ!!」
「ああもう!助けてくださいマスターさーん!」
この後カーリーが鎮まるまでバトルを繰り広げ、それにより半壊したシミュレーターを巡って、またしてもインドラが呼ばれる羽目になるのである。
「お前たちは懲りることを知らんのか」
「貴方に言われたくないです…ッ!!」
END