神具の音色で何を呼ぶ
神具の音色で何を呼ぶ
図書館で調べ物をしていた私は、その本のページで気になるものを見つけた。
「神授兵器…」
それはインド神話における、ドゥルガー女神誕生についての記載だった。
インドの神々がドゥルガーさんに授けた神具の一覧が載っていたのだが、気になったのはインドラ様が授けた神具。
そこには『ヴァジュラと鈴』と書かれていた。
鈴?何で鈴?
何か特別な力があったのかな?
ドゥルガーさん…いや、聞くならインドラ様の方がよさそう?
そう思い、本を閉じようとすると…。
「おや、マスター」
「山南さん?」
新選組総長、山南さんが声をかけてきた。
どうやら山南さんも図書館常連サーヴァントだったらしい。
「マスターも本がお好きなのですね」
「うん…調べ物もするしね」
山南さんと話していて、ふと思った。
知識人の山南さんなら何か知ってるかも…。
「山南さん」
「はい?」
私は今自分が読んでいた本について、山南さんに話してみた。
「もしかしたら、鈴が持つ魔除けの意味かもしれませんね」
「鈴が?」
「はい。鈴の音色は魔を遠ざける効果があるとされているんです。ちなみにマスターの家には、風鈴はありますか?」
「風鈴?あるよ」
「風鈴はその音色によって、家の中によくないものを入れないように、という魔除けの意味合いで軒先に吊るされるようになったのですよ」
「…風鈴って魔除けだったんだ」
最近の風鈴は可愛いデザインのものが多いし、単に夏の風物詩としか考えたことがない。
あと現代の日本の夏は暑すぎて、窓を開けて部屋に風を入れることが難しいだろうし…。
「おや、何やら鈴と聞こえましたが…もしや私の出番でしょうか?」
「阿国さん?」
通りすがりの阿国さんが話に混ざってきた。
「おや阿国殿。確かに貴女ならば、私よりも詳しいかもしれませんね」
「まあ…とは言ったものの、鈴が使われるようになったのは江戸時代の後期…私の時代よりずっと後なんですけどね。しかし、かと言って知らずば巫女の名が廃るというもの!後世の神事についても勉強しておりますよ」
「流石…天下無敵の阿国さん」
「またまた!マスター様ってばお褒めの言葉がお上手ですねぇ…。あのクソ社長にも見習っていただきたいところ…いえ失礼、話が脱線してしまいました」
「あ、うん…鈴だね」
「はい、鈴は一説には胡桃や豆がルーツではないかと言われているのです」
「胡桃と豆?」
「もしや…鈴の構造でしょうか?」
「さっすが山南様!胡桃や豆は、振ると中身がカラカラと音を立てるでございましょう?」
「あ…」
「それが鈴とよく似ていることから、鈴は殻がある実をモデルにして作ったとされているのです」
「何で胡桃や豆?」
「中身がカラカラと鳴る…つまり殻とは一切繋がっていないのです。にも関わらず中身は成長する…これを神秘のひとつと考えたのでございましょうね。そして神秘が宿るものであるからこそ…神事の道具として使われるようになったのではないかと」
「なるほど…それを神社の御鈴や神楽鈴として使うようになったのですね」
「ザッツライト!」
「御鈴って?」
「神社の参拝の際に鳴らす、あの鈴ですよ」
「はい、御鈴は鳴らすことでその場を清める意味があるのですよ」
「そうだったんだ…」
私…神社の参拝のとき、かなりうるさくガラガラ鳴らしてた気がするから、神様に失礼だったかも…。
それを言うと、山南さんや阿国さんはクスクス笑う。
でも私以外にも同じことしてる人いるだろ絶対!
「神楽鈴は巫女さんが持ってる鈴だよね?」
「はい、神主や巫女が使う鈴のことですね」
「ちなみに…何故神楽で鈴が使われるのかはご存じでいらっしゃいますか?」
「え?」
唐突な阿国さんクイズ!?
鈴は魔除け…御鈴はその場を清めるためって言ってたから…。
「神楽を舞う場所を清めるため?」
「んー惜しい!確かに清める意味もありますが、それ以外にも大事な意味があるのです」
「大事な意味?」
「その前に…マスター様や山南様は鈴の音色についてどう思われますか?」
「鈴の音色?可愛らしい音だと思うよ?」
「ええ。美しい音色だと思います」
「その通り!そしてそう思うのは…神様も同じなのですよ」
「神様も?」
「はい、神様は鈴の美しい音色を好むとされておりまして…神楽鈴の音色は神様へ捧げる音色…そして自分の居場所を知らせ、神様を招く意味があるとされているのです」
「なるほど。神様の好む鈴の音でお招きし、神様に捧げる神楽を舞う…ということですか」
「その通りにございます」
「神についての話か?」
「え?」
急に後ろから聞こえてきた、低い声。
振り向くと、そこにはインドラ様の姿が。
「おや、帝釈天様」
「これはこれは…帝釈天様ではありませんか」
「…いらっしゃってたんですね」
「ああ。だが先程から、何やら神へ捧げる物についての話が聞こえてきたが…巫女まで混じえて一体何の話をしている?」
「マスター。先程のお話、帝釈天様に直接お聞きしてみては?」
「え?あ…」
「神に直接?」
「おやおや?何やらお邪魔になりそうな予感…なら私はこれにて失礼致しますね、マスター様」
「私もこれで失礼します」
「あ、うん。ありがとう二人とも」
そう言うと、山南さんと阿国さんは去っていった。
残された私とインドラ様…。
「…それで?神に話があるようだが」
「あ、実は…」
私はインドラ様がドゥルガーさんに授けた神具について聞いてみた。
「ああ、あの鈴か」
「鈴は日本では神事や魔除けの意味合いで使われていると、教えてもらったんです。ドゥルガーさんに授けた鈴って、何か特別なものなんですか?」
「あれか?アイラーヴァタについていた鈴だ」
「アイラーヴァタに?」
アイラーヴァタはインドラ様のヴァーハナで、乳海攪拌で出てきた白い神聖な象。
ならただの鈴とは思えない。
「魔神を仕留める女神だ。ならば魔を弱らせるものを授けるのが道理であろうよ」
確かに、ただ魔を遠ざけるだけじゃなくて、力を削いで弱らせることもあるよな。
…
…
一瞬『聖なる象についているものならとりあえず魔には何かしら効果あるだろ』って考えて持たせた…なんて想像をしちゃったけど…。
流石にないよな、うん。
失礼すぎるよな、いけないいけない。
「先程聞きましたが、神事で鈴が使われるのは神様が鈴の音を好むからだそうです」
「鈴そのものか、単に美しい音色を好むのか…他所の国の神の事情はよく知らんが」
「鈴の音を鳴らして、神様を招く意味合いもあると聞きました」
「…神を招く?」
「鈴の音で自分の居場所を知らせ、神様を呼び寄せるのだとか」
招くというよりも、神様が好む鈴の音を捧げて、御心を慰める意味の方が強そうだけどね。
神事くらいにしか使われないし。
「…神自身は鈴の音を嫌いはせんが、かといって特別好むということはない」
「神様によるのかもしれませんしね」
「よって…鈴を鳴らしたとて、その音色で神を呼び寄せることができる…などとは思わんことだ」
「思ってませんよ!?」
いくら私でも、鈴の音ひとつでインドラ様のような主神格の神様を呼び寄せられるなんて、そんなことは考えないですよ!?
むしろそんなんであっさり来られたら、たまったもんじゃないというか…そんな気軽に来ないでくださいよって思っちゃうというか…。
英霊として現界してる今?
うん、異常事態ではある。
「だが…神を呼び寄せる可能性がまったくないとは言い切れんな」
「?」
「たかが鈴と言えど、神を呼び音色を捧げる…言わば神具とも言える。気安く扱うものではない」
「まあ…神具としての鈴は、神職以外の人間がそう簡単に手に入れられるものではありませんしね」
「ならばよいが…今後お前がその神具を扱おうものなら、その時は覚悟をしておくがよい」
「え…覚悟?」
言葉に徐々に含みを持ち始めるインドラ様。
ゆっくりと私に近づき、すぐ目の前まで来て私を見下ろす。
後ろにはテーブルと椅子…動くことはできない。
「呼び寄せる必要がどこにある?今目の前に…お前に力を貸し、護る神がおるではないか」
「!」
「それもただの神ではない…神々の王がわざわざお前の前に降りてきているのだぞ?」
「お前は…そのような愚行はするまいな?」
「!」
片腕が腰に回り、もう片方の手はインドラ様を見上げる私の頬に…。
口元に笑みを浮かべているのに、射抜くように私を見つめる目は仄暗く、一切笑っていない…。
「わ、私は…神職に就く予定はないです」
「…ならばよい」
インドラ様はそう呟くと、頬に添えた手に力を込めて、私の唇を塞いだ。
そして唇を離した直後、またボソリと呟く…。
「まあ…しでかしたのなら攫うまでだが」
〜おまけ〜
「…どうしたものか」
アルジュナは掌に乗せたものを見つめ、立ち尽くしていた。
つい先程マスターと共にレイシフトに赴き、微小特異点の探索をしてきた。
さほど大きなトラブルもなく、聖杯を回収して帰還することができたのだが、その帰還間際に現地民と交流があった。
〜回想〜
『お兄ちゃん!』
『おや、貴女は先程の村の…』
『うん、守ってくれて本当にありがとう』
『いいえ。私ができることをしたまでですよ』
『だからね…はい、これお兄ちゃんに』
『これは?』
『お守り。私たちを助けてくれたから、お礼にお兄ちゃんにあげる』
『お守りなら…貴女が持っているべきでは?』
『いいの。お兄ちゃん旅人さんなんでしょ?だったらお兄ちゃんが持ってたほうがいいかなって。もしかして…いらなかった?』
『…いいえ。そういうことでしたら、有難くいただいていきます』
『本当!?よかった!』
〜回想終わり〜
現地民の少女から渡されたお守り…。
チリンッ
それは小さな鈴だった。
鈴には古来より、魔除けの意味合いがある。
あの少女も、自分たちの旅路に幸あれ…という純粋な気持ちでくれたものなのだろう。
しかし自分は英霊なので、魔が来ようものなら余裕で消し飛ばせる。
今更魔除けのお守りがあっても…だがあの少女の厚意を無駄にするのも…。
「ふむ…」
「何を悩んでいる」
「…ッ!?」
突然聞こえて来た声に、慌てて後ろを振り返る。
「我が息子ともあろう者が、そのように廊下の片隅で立ち尽くすとは…さぞ、その身に余る困難を抱えているようだな」
(訳:何かあったか?相談乗るぞ?)
「イ、インドラ神!?」
(インドラ神の気配に気づくのが遅れるとは…。あまりの無防備さにインドラ神も呆れている…身に余る困難などという皮肉まで言われてしまった…)
そこにいたのは、自身の父インドラ。
インドラからすれば、息子が廊下に突っ立っているから気になって声をかけただけなのだが、アルジュナは近寄って来た神に気づかないとはよほどの…といった皮肉めいた何かに捉えてしまった。
「先程から……おい、それは何だ」
「…ッ!」
気を取り直してアルジュナに話しかけたインドラだったが、アルジュナの手の中の鈴を見て、つい先日マスターと話した内容を思い出したのか…僅かに声のトーンが下がる。
その変化を感じ取ってしまうアルジュナ。
「これは…先程のレイシフトで、現地民からお守りとしてもらい受けました。年端もいかない少女からもらったもので、断りにくく…」
「…」
(よりによって鈴とは…あの人間と話したばかりだと言うのに何だこの奇妙な偶然は。しかし…見たところただの鈴ではあるな。童女の気遣い程度…許すとするか。気休め程度に持たせてもよいだろう)
(まずい…何やら不機嫌そうだ。この鈴から何か奇妙なものでも感じ取ったか?いや、一見普通の鈴のようには見えるが…。何が気に障ったのか見当もつかないが……どう出る?)
アルジュナは、マスターとインドラの間にあった鈴の件など一切知らないので、見当がつかなくて当然なのだが…。
「まあ…気休め程度に持っておけばよかろう。不要と言うのなら、誰か他の者にくれてやればよい」
「は…はい」
(確かに私には不要とも言えるし、お守りとして渡すか)
誰か…と言っても、アルジュナの中では選択肢はほぼひとつしかない。
「では…マスターにお声をかけてみます」
「ッ…ならん!!」
「…ッ!?」
突然声を張り上げるインドラ。
そして予想だにしない反応に驚くアルジュナ。
「あー…その、何だ…くれてやるのなら、童の英霊たちにしたらどうだ?童女からもらったものならば受け入れやすいものであろう」
(神からあれだけ釘を刺しておいて、我が息子から鈴を渡されるとなると、流石のあいつも反応に困るであろうな)
「そ、そうですね…確かに。ならば子どもたちの誰かに渡して来ます」
(何だ?何か理由があるのだろうか?しかし、あの激昂の仕方…マスターがこれを持つことはインドラ神の地雷かもしれない。インドラ神の言う通り、子どもたちに渡しておこう)
この様子を、物陰から見ていた者が…二人。
「カルナさん…今だけでも貧者の見識スキルをアルジュナに貸してやれたりしない?」
「無理だな。仮にできたとしても、奴がオレのスキルを受け取るはずがない」
「…確かに」
偶然目撃した親子のすれ違いを見守りながら、ため息をつくマスターとカルナなのであった…。
END