断ち切られてはかなわない
断ち切られてはかなわない
「おかえりなさい先ぱ…えっ!?」
「ただいまマシュ…そんなに驚かなくても」
「ど、どうされたのですか!?」
レイシフトから帰った私だが、私を見るなり驚きの声を上げるマシュ。
「先輩の…髪が…」
「切っただけだよ?」
レイシフトに向かう前は長さがあった髪…それが今ではショートボブくらいになっている。
レイシフトした現地で切ったからだ。
その理由は…。
「エネミーの攻撃が掠って髪がちょっと切れちゃったんだ。そしたら現地の方が長さを揃えてくれたんだよ」
「そうだったのですか…。通信が途切れ途切れだったので、状況を拾えませんでした…」
「…これ、そんなに似合わないかな?」
「とんでもない!とてもよくお似合いです!」
「そ、そう…ならよかった」
てっきり悲観されてるのかと思ったけど、そうじゃなかったみたい…。
私も実は、この髪型気に入ったんだよね。
「マスターの髪が切れたときは、それはまあ焦ったけど…今の髪型もよく似合ってると思うよ」
「うんうん。それに髪を切るのは、厄落としの意味があるって言うじゃないか。なら、溜まった厄を断ち切るのも悪くないはずさ」
一緒にレイシフトしたダンテとレディ・アヴァロンが褒めてくれる。
「メディカルチェック完了です。お疲れ様でした」
「ありがとうマシュ」
「先輩は現地で散髪をしたようですので、シャワーを浴びることをお勧めします。切った髪が毛先についている場合もありますから」
「そうだね…そうしようかな」
確かに、現代みたいな美容室とかで切ったわけじゃないから、塵や埃もついてるはず。
そう思い、管制室を出る。
「あら、マスターさん?」
「あ、パールさん」
その道中、パールさんに会った。
「えっ!?ど、どうされたのですか!?」
「…もしかして髪のことですか?」
私を見るなり、まるで悲鳴のような声を上げるパールさん。
微かに震えてるようにも見える。
いや、そんなにびっくりしなくても…。
「さっき…」
「まさか失恋したんですか!?」
「えっ!?」
いやいやパールさん!?
髪切っただけで、失恋したなんて決めつけないでください!
確かに、失恋したら髪を切るって話はよく聞く。
でもそれは、さっきレディ・アヴァロンが言ってたように、厄落としの意味があるから、未練を断ち切って新しいスタートに立つためにやること。
現代は何もなくても、普通にショートヘアにしますからね!?
「違いますよパールさん。レイシフトに…」
「すみません…用事を思い出しましたので…失礼しますね」
「えっ…パールさん?」
私の説明を聞くことなく、足早に立ち去ってしまうパールさん。
追いかけたほうが…いい?
まあ…いいか…。
微妙に嫌な予感を感じながらも、私は急いで部屋に戻ることにした。
〜マイルーム〜
「ふぅ…」
シャワーを浴びてさっぱりした私は、濡れた髪を乾かす。
おお…短くなったら乾かすのが楽だ…。
タオルドライだけでも大分乾いてきた。
プシューッ
「おい、人間…ッ!!」
「えっ!?」
突然自動ドアが開いたと思えば、聞き慣れた怒声が部屋に飛び込んで来た。
声の主は…言うまでもない。
「インドラ様?どうされました?」
私はタオルを頭から外して、入り口に立っているインドラ様に向き直る。
「…ッ!?」
「あの…どうされました?」
インドラ様は私の姿を見て、固まっている。
もしかして…レイシフト中に髪が切れたことを知って心配して来たのかな?
「…この髪のことでしょうか?」
「…」
インドラ様はまだ何も言わない。
「これはさっき…」
「レイシフトした先で髪を切ったそうだな」
「え?はい、そうです」
あ、事情は知ってたんだな。
なら別に怒鳴り込んで来る必要なんて…。
「お前…何を断ち切るつもりでいる?」
「え?」
インドラ様がドアを閉め、ベッドに座ったままの私のもとへ近づいてきた。
「何の話ですか?」
「とぼけるな。パールヴァティから聞いた。女が髪を切るなぞ、何かそれなりの理由があるはずであろう。例えるなら…恋に破れた、といった理由か?」
「え…待ってください…」
ちょっと待って。
何か雲行きが怪しくなってきたぞ…。
雷雨の神様だから?違う、そうじゃない。
「つまりは…神に気づかれんように秘めていた恋があったということではないのか?もしくは、何を血迷ったのかは知らんが…まさかこの神との縁を断ち切り、捨て去ろうとでも考えたか?」
「いや、何でそうなるんですか!?」
ああ…パールさんが早とちりして暴走してる。
そしてインドラ様までつられて暴走してる…。
「白状しろ」
「しますよ!?いくらでもしますよ!?」
私の目の前で圧をかけているインドラ様に、ひとつずつ説明することにした。
「まず髪は…レイシフト先の戦闘で、エネミーの攻撃が掠った拍子に少し切れてしまったんです」
「…敵に?」
それを聞いて、さっきより声に怒気が込もるインドラ様。
「もう倒しましたよ。その後…中途半端に髪が切れてしまったので、現地の方に整えてもらったんです」
「…それはすでに聞いた。だが、女が髪を切るということは、深い意味があると聞いたが?」
「現代は、特に意味がなくても髪を切ることはありますよ?厄落としや未練を断ち切るためだからと言って、必ずしも髪を切る必要はないですし」
「…では、先程パールヴァティが言っていたことは一体何だという?」
「何と言っていたんですか?」
「『破れた恋があったのか、はたまた貴方に愛想を尽かして縁を断ち切ろうとしているのでは』などと言っていたが」
パールさん…。
よりによってこの、去るものを全力で追いかけそうなタイプの神様になんてことを…。
勝手なイメージだけど、インドラ様は来るものは拒まないけど、去るものは追いかけそうだなって。
個人的な意見なので、異論は認める。
「ただ長さを揃えてもらうために切ってもらっただけです」
「つまり、あいつが騒いでおったのは…」
「所謂…早とちりですね」
私の説明を聞いたインドラ様…。
「はぁ〜…」
大きなため息を、ひとつ。
やっぱりあのとき追いかけて事情を説明するべきだった…。
まさかここまで誤解されることになるなんて思わなかった。
確かに国や宗教、あと時代によっては、女性が髪を短く切ることは好ましく思われない場合もあったみたいだけど。
でも今はヘアスタイルなんて自由だし、厄落としの意味合いも、風習というより本人の気分で髪を切ることの方が圧倒的に多いからね。
ふと、髪が完全に乾いたことに気づく私。
絡まる前に櫛で梳かさないと…。
テーブルに置いた櫛に手を伸ばす…。
パシッ
「え?」
と、目の前で櫛を奪い取られた。
誰に?そりゃもうひとり…いや一柱しかいない。
「あの…」
「向こうを向け。梳かしてやる」
「え…インドラ様が?」
「何か不満か?」
「いや、不満ではなくて…」
「気まぐれ…というやつだ。向こうを向け」
「はい…」
そこまで言われたら何も言えないので、インドラ様に背を向ける。
短いから、あんまり誰かに梳かしてもらう必要はないんだけど…そんなことを言うのは野暮だな。
髪に櫛が通る感触がする…。
櫛を動かしているだけかと思えば、しっかり片手で髪の束を持ちながら、丁寧に櫛を入れている様子。
何かちょっと…意外だな。
それに、散髪してもらったときもだけど、誰かに髪を梳かしてもらうこと自体が久しぶりだった。
妙に…くすぐったい気持ちになる。
短くなった髪だから、余計に感覚がわかりやすくなってしまっている。
「何を小刻みに動いている」
「…誰かに梳かしてもらうのが久々なので、落ち着かなくて」
「…まあよい。この神が直々に櫛を通してやっているのだからな…居心地が悪くなるのも、致し方ないというものか」
合ってはいる。
神様が自分の髪を梳かしてくれるなんて、誰が考えられる?
「こんなものか」
インドラ様の手が止まった。
「ありがとうございます」
お礼を言って、振り向こうとした時…。
「…!?」
頭頂部よりはやや下になるが、頭に何かが触れた感触があり、思わず動きが止まってしまった。
柔らかい感触…。
それが唇だと気づいた瞬間、顔や耳にじわじわと熱が集まってきた。
「髪の長さは好きにすればよい。ただし、短く切ったのならば、必ず神のもとへ来い。今のように口づけてやる」
「?」
混乱している私の耳元に唇を寄せ、囁く。
「神からの想い…とでも言っておくか?髪と共に断ち切られてはかなわんからな」
〜おまけ〜
「ん?」
マスターの部屋へ向かう最中、前方から見知った顔の英霊たちがやってくる。
しかも、ぞろぞろと…。
「インドラ神…お聞きしたいことが」
「どうした?我が息子よ」
自身の息子、アルジュナ。
「この前のマスターさんの件です」
「この前?」
優美の女神、パールヴァティ。
「心当たりがあるのなら、と思ってな」
「何の話だ?」
ヴィシュヌの化身、ラーマ。
「言いづらいことではありますが…」
「何だ?はっきり申せ」
ヴァーユの息子、ビーマ。
「私としてはラッキーな話ですけど、場合によっては貴方にいくらか制裁を下してやろっかな〜?とは思ってます」
「制裁?お前が神にか?」
愛の神、カーマ。
「き、ひ、ひ!どうせ貴様の自業自得であろう?」
「何故しれっと貴様までいる!?」
干魃の邪竜、ヴリトラ。
「揃いも揃って何の用だ?神は今からあの人間に用がある…暇ではない」
本題に入らない一同に痺れを切らし、逆に問いかけるインドラ。
すると、インドラの言葉を聞いた一同は…。
「「「「「「………」」」」」」
絶句…。
「何だその反応は…」
「インドラ神…」
「諦めきれない気持ちはわかりますけど…」
「流石に未練がましいのでは…」
「つらいとは思いますが…」
「見苦しいです」
「そういえばこやつ…そういう奴じゃったな」
実はこのメンツ…先日マスターが髪を切った経緯をパールヴァティから聞き、インドラがマスターから絶縁状を叩きつけられた…と思っている。
そのため、マスターを訪ねようとしているインドラが、振られたにも関わらずマスターのもとへ押しかけようとしている…と勘違いしているのだ。
パールヴァティに、誤解だと伝えるタイミングを失っていたせいだ。
そして完全に勘違いした一同は…。
「インドラ神…どうかご辛抱を!」
「自分の気持ちを一方的に押しつけるのは、よろしくないかと!」
「悪いが、マスターのもとへ行かせるわけにはいかない!」
「インドラ様…お許しを!」
「この未練がましい神から、マスターさんを守らなければ」
「き、ひ、ひ!こやつを寄って集って殴れるならば何でもよいわ!」
全員が武器を構え、インドラの行く手を塞ぐ。
「揃いも揃って不敬すぎー!」
「覚悟は決まっているようですが」
ヴァジュラたちが警戒態勢に入る。
「ほう…この神の行く手を塞ぐと?」
冗談抜きで自分が足止めを喰らっている理由がわからないのだが、それはそれとして自分の行く手を塞ぐ一同に対し、神雷解放の準備をするインドラ。
アルジュナには落ちないように、ちゃっかり調整しているが。
「何してるの!?」
「!」
その空気を変えたのは…一同の後ろから現れたマスターの声だった。
「マスター!?」
「何だ、出歩いておったのか」
「マスターさん隠れて…ッ」
「お酒を買いに出ていたんですが…一体どうしたんですか!?」
「…え?」
「理由はよく知らんが…こいつらが神の行く手を阻んでおる」
「…ん?」
「…何があったの?」
「…ん?」
インドラとマスターの間で繰り広げられる、あまりにも平和な会話に違和感を覚える一同。
「のう、マスターよ」
「ん?」
妙な沈黙の中、口火を切ったヴリトラ。
「お主…こやつに絶縁状を叩きつけたのではなかったのか?」
「はい!?してないよ!?」
「え?そうなんですか?」
「じゃあマスター…何で髪なんて切ったんだ?」
「えっ?」
「パールヴァティ様から、恋に破れたかインドラ神に絶縁状を叩きつけたかのどちらかだろうと聞いていたのだが」
「「…」」
ああ…その話か…。
完全に状況を理解したインドラとマスター。
「…説明するね」
マスターが事のすべてを説明する。
それを聞いた一同は…。
「チッ…パールヴァティの早とちりですか」
「うぅ…すみません…」
「何じゃ…つまらん」
「…何事もなかったということでしょうか?」
「ま、まあ…よいではないか」
「おう!何もなくてよかった!」
痴話喧嘩ではなかったということが判明して、安堵する者とつまらなそうにする者に分かれた。
パールヴァティは自分の早とちりを知り、恥ずかしそうに手で顔を覆っている。
「…各々勝手に安心しているようだが、貴様ら…神に何か言うべきことがあるのではないか?」
「そーそー!インドラさまのこと散々疑っておいて不敬すぎだぞー!」
「即刻謝罪すべきです」
インドラとヴァジュラたちの言葉に『しまった…』と反応する一部の英霊たち。
「申し訳ありません!勘違いとはいえ、実の父でもある貴方を疑ってしまいました!」
真っ先に謝罪し頭を垂れるアルジュナ。
「すみませんでしたインドラ様!」
続くビーマ。
「元はと言えば私の早とちりが原因です!インドラも皆さんも…大変失礼致しました!」
謝罪するパールヴァティ。
「すまないインドラ神。勝手に疑ってしまい、本当に申し訳ないことをした…」
ラーマもインドラに頭を下げる。
「…元はと言えば、私が髪を切る原因を生み出したことがきっかけです。インドラ様、どうか…」
「…構わん。許すとする」
マスターも謝罪をするが、当のインドラは各々が謝罪の言葉を口にした時点で、怒りは完全に収まっていたようだった。
カーマとヴリトラは除くが。
「酒は買ったな?ならば部屋へ戻るぞ」
「あ…はい」
そう言うとインドラはマスターのもとへ近づき、手を引いて歩き出す。
残された一同は…。
「現代のマスターさんの国は、女性はどんな髪型でも自由なんですね」
「両儀式や久遠寺有珠を忘れたんです?あの人たちもショートヘアじゃないですか」
「盾の娘もじゃな」
「よく考えたら、男は伸ばしてようが短かろうが何も言われないってのに、女が髪を切ることには何かしら言われるもんなんだな」
「こうあるべき…という固定観念が染みついているのでしょうね」
「すべての国が自由になった…というわけではなさそうだが、下手に縛られなくなったのは喜ぶべきところではあるのだろう」
ラーマの言葉に、頷く一同。
「ただ、マスターがインドラ神と縁を切ったわけではなかった。それを心から喜んでいいのか…私にはわかりません」
アルジュナの不安そうな言葉にも、強く頷く一同なのであった…。
END