例外なので大丈夫
例外なので大丈夫
ガラガラ…ガシャアアァァン!!
「…ッ!?」
突如食堂に響き渡る、大きな音。
「ごめーん!鍋落としちゃった!」
厨房から、ブーディカさんの申し訳なさそうな声も響いてきた。
しかし私は…。
「…ッ!…はぁッ……はぁッ……ッ!」
心臓がバクバクと音を立てる。
呼吸も荒くなってきた…。
「あ、やっべ…大丈夫ですかマスター?」
「ありゃ…久しぶりにきちゃったか」
ロビンが駆けつけて、私の背を擦ってくれる。
一緒にいたビリーも、私のそばに来た。
「マスター?」
「おい、どうしたマスター?」
近くにいた英霊たちが異変に気づき、私のそばに寄ってくる。
何か言っているが、今の私の耳にはあまり届いてこない。
心配してくれてるんだろうけど…。
「おいこれ、医務室連れていくべきじゃ…」
「あー…いや、大丈夫ですよ。そろそろ落ち着いてくると思いますんで」
いくらか呼吸と鼓動が落ち着いて来た頃、背中を擦るロビンの言葉が、徐々にはっきり聞こえてきた。
「ふぅ……ありがとう…ロビン」
「どうってことありませんよ」
何とか普通に喋れるまでになった。
顔を上げて気づいたが、いつの間にかそこそこの人数の英霊たちに囲まれていた。
「どうやら落ち着いたみたいだが…一体何があったんだマスター?」
「…うん、実は…」
私はこうなった状況を、皆に説明する。
実は私は、大きな音が苦手。
今みたいに何か落としたときの音や、トラックやバイクが近くを走る音、掃除機の音、チェーンソーや工事現場のような大きな音が鳴る場所など…急に大きな音が聞こえると体が過敏に反応してしまい、脈が速くなったり呼吸が荒くなってしまうのだ。
要は…大きな音にびっくりしすぎて体がパニックになり、落ち着くのに時間がかかってしまう。
軽度の聴覚過敏と言われたことがあるが、詳細はよくわからない。
聴覚過敏がひどい人は、例えばそばにいる人が立てる些細な物音が気になってストレスになってしまうみたいだけど、私は今のところ大きな音限定で済んでいる。
ちなみに、声が大きい人も苦手。
子どもの頃、よく通る大きな声を持つ父親に説経として怒鳴られたときは本当につらかった…。
それを聞いた英霊たちの反応は…。
「マスター…よく生き残ってこれたな」
「人理修復出来たのが奇跡だよ」
だよね。私もそう思う。
ただ…確かに大きな音が苦手でも、予測できるものなら心の準備(?)ができるから、英霊たちの戦闘や宝具解放にはあまり苦労せずに済んだ。
ロビンが迅速に動いてくれたのは、初期からの付き合いの英霊たちはこのことを知っているから。
ビリーも同じくだ。
「…確認なんだが、マスター」
と、アシュヴァッターマンが私に声をかけてきた。
「俺と話すときに微妙に固えのって、まさか俺のデケェ声が苦手だったりするからか?」
「う…」
図星だ…。
アシュヴァッターマンがいい人なのはよーく知ってるんだけど、怒り出したときのよく響く怒鳴り声がどうしても苦手で…。
「その反応はそうだな?そうなんだな!?」
「声がデカくなってますよ旦那…」
「あ…っと…すまねえ、つい」
「いやいや、私が大きな音が苦手なのが悪いんだからアシュヴァッターマンは…」
「なあに言ってんだ!苦手なモンくれえ誰にだってあんだろうが!それを俺らに遠慮して隠そうとすんじゃねえよ!」
「だからさ…君声デカいよ」
「…っと……すまん。悪気はねえんだが、俺はどうしても怒りを切り離せねえんだ」
「もちろんわかってるよ。アシュヴァッターマンが怒るのは正当な理由があってこそだから、我慢してほしいなんて望まないよ。それに、ある程度予測できるものなら大丈夫なんだ。戦闘中とかね」
「そこを慣れちまうのもどうかとは思うが…まあお前がそういう奴なら仕方ねえ…俺なりに気をつけてはみるつもりだ」
「ごm……いや、ありがとう」
ここで謝ったら『謝んじゃねえよ!』って怒られると思った私は、謝罪ではなく感謝に切り替えてアシュヴァッターマンに伝える。
どうやらアシュヴァッターマンにもそれが伝わったらしく、私のお礼を聞いて口角を上げた。
「もしかして、私が時々大きな声出すのも…」
「うん…正直苦手」
「フフ…ごめんなさい、気をつけます…」
「わかる…わかるともマスター。急に聞こえる音は心臓に悪いからね。特に砲撃の音とか」
「あ…うん…それ死因だもんね」
英霊たちから『もしかして俺も』『私ももしかしたら』と次々と声が上がる。
申し訳ないな…とは思いつつ、ひとりひとりの思い当たる節に答えていく。
それを霊体化して盗み聞きしていた存在がいたことに気づかずに。
プシューッ
「あ、インドラ様」
部屋に戻ると、私のベッドでインドラ様がくつろいでいた。
「…戻ったか」
ん…?
私が戻るまで寝てたのかな?
「お休みになってたんですか?」
「…違うが、何故そう思う?」
「何か…お声に張りがない気がして…」
「………考えすぎだ」
「ならいいんですが…」
考えすぎ、とは言われたものの…。
やっぱりいつものインドラ様より声が静か…いや元々落ち着いた声と喋り方ではあるけど。
ただ、機嫌が悪そうな感じはない。
声に覇気がない…って言うのだろうか?
「お前…」
「はい?」
「…神が恐ろしくないのか」
「え?」
唐突だな、この神様。
まったく怖くないと言ったら嘘になるけど…。
「お怒りになると怖いですが、インドラ様はこちらの話を聞いてくださいますし、場合によってはお許しくださいますから…個人的に神様の中では特に話しやすいお方だと思っています」
「?…まず話を聞かん限り、状況がわからんままであろう」
「いえ、その…お怒りになった場合、こちらの話を聞いてくださらない神様は多い気がします。仮に話を聞いてもらえたとしても『それはそれとしてやらかしたから神罰は下す』といったスタンスの神様も多いと思います」
「フン…人は過ちを犯す生き物だということを、いつまでも学習せん者どもとは違う。つまり…神の寛大さは他の神々を凌駕する…というわけだな」
私の言葉に機嫌をよくしたらしいインドラ様。
少し…声がいつも通りに戻ってきた気がする。
いや、忖度なしでインドラ様はめちゃくちゃ寛大だと思うよ?
たとえ怒りに触れても、こちらに他意や悪意がなければ許してくれるあたり、神様の中ではかなり話がわかる方だと思う。
バレンタインのときも正直『この方何なら許さないんだろう?』って思った。
まあ…自分に対する明確な悪意や、侮辱に値する行為は流石に許さないんだろうけど。
「不敬により人をひとり消し炭にしたとして、それが神への侮辱ではなく、ただの過失だったとする。そうなれば神は、無実の信者を怒り任せに殺した無情な神だという記録を残されるだけだ。そのような不利益を生むくらいならば、話のひとつに耳を傾ける程度…どうということはあるまい」
「…なるほど」
やっぱり律儀というか…真面目な神様だな。
自分の信仰のためでもあるから、完全に人間を庇っている…ってのは人間側の勝手な解釈の仕方なんだろうけど。
いや、そもそもの話…。
「急にどうされたんですか?」
そう…急にどうしたんだインドラ様は。
何ならこの話前にもしたようなしてないような…。
「…お前は神の雷を恐れるか?」
「え…まあ自分に落ちてきたらと考えると恐ろしくはありますが」
「そうではない」
「あの…すみません。インドラ様が何をおっしゃりたいのかがわからないです」
何か歯切れ悪い質問ばっかだな…。
一体どうしたんだろう?
「…ええい、まどろっこしい。ならば単刀直入に話してやる。お前はよく響く音が苦手と聞いたが…神の雷を怖いと思わんのか?」
「えっ?」
インドラ様…全然気づかなかったけど、もしかしてさっき食堂に?
「食堂での出来事…ご存じだったんですか?」
「正確にはヴァジュラたちから聞いた」
あ、なるほどね。
霊体化したヴァジュラたちがいたんだ…。
「マスターが英霊たちに囲まれてたからさー?何かと思って様子見てたら、大きな音が苦手だって聞こえてきたんだよ」
「初めて聞いた情報でしたので、取り急ぎインドラさまへお伝えしたのです」
「そういうことだ。だからこそ…お前は神の雷の雷鳴を恐れておらんのかと思ったまでだ」
ヴァジュラたちの説明に続くインドラ様。
そういうことか。
私の苦手なものを知っちゃって、ちょっと気落ちしてたんだな。
響き渡る雷鳴を隠しきれないから。
「…早々に神の心情を見抜きおって。お前は尚の事たちが悪い」
「…インドラ様」
「何だ」
「私…雷は例外なんです」
「!」
「予測できるものなら大丈夫です。雷光が見えますから、音に驚きはしてもパニックを起こすまではいかないので、大丈夫なんです」
雷以外にも、映画とかライブとか…これから大きな音が鳴るってわかってる場所とかなら、事前に心を落ち着かせて臨むことができる。
「予期せずに大きな音が響き渡るのが苦手なだけなので、インドラ様が落とす雷の音ではパニックにはなりません」
「…」
「もっと言いますと…私、雷好きですよ?」
「!?」
「雷鳴が聞こえたとき、次はいつ光るんだろう?って思いながら、窓の外を眺めてましたから」
一瞬で光って消える稲妻は青白かったり、ときには赤みを持った色だったり…。
そんな雷霆…自然の刃を見たくて、雷が鳴る日は窓の外を眺めるようになった。
「…なるほどな」
私の一通りの説明を聞き終えたインドラ様。
隣に座る私を抱き寄せ、その姿勢のままベッドに倒れ込む。
ドサッ
「…インドラ様?」
私がインドラ様の名前を呼ぶ頃には、インドラ様は体勢を整えて、私に覆い被さる。
そのままじっと…目を見つめられる。
「…お前が神を恐れない。それは理解した」
「?はい」
「だが…こともあろうに『雷が好き』と申すか」
「…それはあんまり、気にしないでもらっていいんですが」
「それでは足らん」
「…はい?」
「『雷を愛する』くらいは言わせておかねばな」
「えっ?」
えっ?そ…そっちですか?
言質をとられた言葉に混乱していると、頬に手を添えられて唇を塞がれた。
「んっ…ッ…」
僅かに舌が絡み、すぐに離された唇。
「さて…何から教えてやろうか」
逆光により、稲光のような瞳の光がより一層眩しく感じる。
その光に身も心も焼かれてしまうのは…いや、もう今更か。
〜おまけ〜
「…ってことがあったんだよ」
「そういえば以前もそのようなことがあったな」
「脆弱なマスターめ」
食堂での一件があった、その後。
アシュヴァッターマンは、カルナとドゥリーヨダナに事の顛末を説明した。
どうやらカルナは知っていたようだが、久しくその現場を見ていなかったため、記憶の彼方にあったらしい。
異聞帯攻略以降、カルデアに来たドゥリーヨダナは完全に初耳だったが。
「お前に『怒るな』とは…まさに蚤の心臓を持つ者の意見だな」
「んなこたぁ言われてねえよ!せめて下手にビビらせないようにしたいだけでよ…」
「単に騒々しさを嫌う者と、マスターのような感覚過敏を持つ者は違うぞ。心の強さの問題ではない。体が受け付けないものは、場合によっては命に関わる…とアスクレピオスが言っていた」
「アシュヴァッターマンは、半身にシヴァ神を宿す怒りの化身だぞ?怒りをコントロールするのも難しいのではないか?」
「まあ…それで何かいい案がないか、旦那たちに聞いてみたんだけどな」
確かに、怒りの化身として定められた英霊であるアシュヴァッターマンには、常に湧き上がる怒りを抑えつけるようなことは難しい。
かと言って、穏やかな会話が不可能なわけではないので、せめて驚かせないくらいの努力はしたい…というのがアシュヴァッターマンの相談内容だった。
「カルナはマスターと仲良いよな」
「確かによく話しかけられるが、それがどうかしたのか?」
「お前静かに喋るからな。それもあって懐かれてんじゃねえか?」←正解
「そういうものか?」
「なるほど…ならわし様もセーフだな」
「いや、お前は避けられているぞ」
「はぁ!?何故だ!?あいつには常に大人の余裕というものを見せてやっているのだぞ!?」
「インドラが出てくるからだ」
「「あ…」」
以前マスターに粉をかけようとしてインドラの怒りを買い、霊基が消滅する程の雷を落とされたことを思い出すドゥリーヨダナ。
その後再召喚された後もやらかしそうになり、また雷を落とされそうになっている。回避はできたが。
「ん?ちょっと待て…」
「どうした旦那?」
ふとドゥリーヨダナは、あることに気づく。
「大きな音が苦手と言っておきながら、何故インドラは平気なのだ?」
「あー…まあ確かに、あんなデケェ雷なら苦手でもおかしくねえはずだが」
(確か、ある程度予測できるものならば平気だと言っていた気がするが…)
「ま、かの神は落ち着いた声と口調だし、マスター的にはセーフ判定なのかもしれねえ」
「……せん」
「ん?」
ガタッ
「許せん!!」
「うおっ!?何だよデケェ声出して!?」
「このわし様やアシュヴァッターマンには大声を上げるから苦手と言っておきながら、インドラのことは許容しておるとは!!許せん!!」
(そういうところだと思うのだが)
「落ち着け旦那!マスターはデケェ音や声が苦手なだけで、俺や旦那が苦手なわけじゃ…」
「我慢ならん!!今すぐわし様とアシュヴァッターマンの認識を改めるよう、抗議に行ってくる!!」
「やめておけ」
「止めても無駄だぞカルナ!!わし様はマスターのところへ行ってくる!!」
「だから待てって旦那ぁ!!俺の話をちゃんと聞けっつってんだよ!!」
怒り任せにマスターのもとへ向かうドゥリーヨダナと、追いかけるアシュヴァッターマン。
そしてその場に残されたカルナ。
(マスターは今インドラといる可能性が高い。そうでなくとも、マスターへ怒声を上げながら押しかけようものなら、確実にインドラが飛んでくると思うのだが…)
それは先に言ってやれ…と思う程の、わりと鋭い推測をしているカルナ。
この後カルナの推測通り…マスターと一緒にいたインドラの怒りを買い雷を落とされそうになるも、アシュヴァッターマンの執り成しで何とか危機から逃れられたドゥリーヨダナなのであった…。
END