数多の呼び名こそ誉れ
数多の呼び名こそ誉れ
「ただいま」
「おかえりなさい先輩。雨の中お疲れ様でした」
レイシフトから帰ってきた私を、マシュが出迎えてくれる。
「では…できるだけ早くメディカルチェックを終わらせますね!先輩を早くお風呂に入れなくてはいけませんので!」
「その言い方だと、マシュにお風呂に突っ込まれるみたいだね」
「えっ!?い、いえ!そんなつもりでは…」
「大丈夫、わかってるから」
「もう…先輩!」
もちろんわかってる。
レイシフト先で雨に濡れた私を、早く部屋に帰してお風呂で体を温めてほしいという、マシュの気遣いだってことは。
雨具は持ってたんだけど、殴りつけるように降る雨のせいであまり意味を成さなかった。
雨宿りできる場所もなかったし。
「完了しました!異常ありません!」
「ありがとうマシュ。じゃあご厚意に甘えて、早く部屋に戻らせてもらうね」
「はい、ゆっくり休まれてください」
マシュやレイシフトした英霊たちと別れ、私は部屋に急いだ。
マシュの前では大したことないように振る舞っていたのだが、すでに体が冷えて寒い。
魔術礼装は乾きが早いけど、濡れてしまった体を乾かす機能はついていない。
とりあえず、早くシャワー浴びよう…。
〜マイルーム〜
「はぁ…」
シャワーを浴びて冷えた体は温められたが、湯冷めしないように上着を羽織って、温かい飲み物を淹れるためにお湯を沸かす。
贅沢を言えば湯船に浸かりたかったが、マイルームにはシャワーしかついていない。
念のため暖房をつけたが、温まったはずの体がすぐに冷えていくのがわかる。
まだ寝るには時間があるし、緑茶でいいか…。
緑茶の茶葉に丁寧にお湯を注ぐと、綺麗な緑色のお茶が出来上がった。
お茶を注いだカップに口をつけ、ゆっくり味わうように飲む。
プシューッ
「ん?戻ってきたか」
「あ、インドラ様」
自動ドアが開き、インドラ様が部屋に入ってきた。
のだが…。
「おい、何故暖房をつけている?暑いではないか」
そう言うなり、暖房のスイッチを切ってしまうインドラ様。
「あ、ちょっと!勝手に消さないでいただきたいんですが!」
「何だ、寒いのか?」
「雨に打たれて体が冷えたんです」
「ほう…慈雨に降られたか」
「感謝すべきです」
「恵みの雨だぞー?キシシッ」
確かに恵みの雨ではあるんだけどさ…。
日本は雨に降られると、喜びよりも憂鬱の方が勝つんじゃないかな?
雨が好きな人はもちろんいると思うけど、干魃が起きるような国みたいな喜び方は、まずしないんじゃない?
雨がなきゃ水不足になるし、穀物が育たないのは万国共通だろうけど…。
「何だ?何か言いたげだな」
「…日本は雨が多い国ですから、どちらかというと集中豪雨で水害になることの方が多いんです」
「チッ…荒御魂どもめ」
「えー?雨のありがたみがわからないとか、そんなことあるわけー?」
「ありえないかと思いますが」
「恵みの雨がありがたいのはわかってるよ?ただ人間からしたら、自然の恵みっていうのは一長一短とも言えるから」
自然の恵み…とは言うけど、自然は前触れなく牙を剥いてくる存在でもあるからね。
「…確かお前の国の最高神は、太陽神だったか」
「天照大御神…太陽の女神様ですね」
この神様から太陽神という言葉が出ると、大体話が碌な方に転ばない。
あんまり機嫌悪くしないでほしいところではあるんだけど…。
「お前の国では、太陽が一番だと崇め奉られているというわけか。気に食わん」
「ただ、今の日本の夏は殺人的猛暑とも言える程暑いので…最高神であるからといって、必ずしも太陽が一番とは限らない気もしますが…」
「殺人的猛暑?人が死ぬというのか?」
「実際暑さにやられて、亡くなっている方も出ているくらいです。毎年」
「…そちらの雨神は何をしている」
現代の日本の夏は、酷暑が過ぎる。
もしインドラ様が訪れようものなら、あまりの暑さに数週間くらい雨降らせそうだな…。
そうなったら、確実に水害が起きる…いや、インドラ様の加減次第では島が沈むのでは?
「けしからん…恵みの雨が疎まれるとは」
「にわかには信じがたいことです」
「ホントだねー」
インドラ様もヴァジュラたちも、やはり納得いかない様子。
国によるんですよ、インドラ様…。
日本は雨が多いけど、干魃が起きやすい国なら雨の神様はありがたい存在ですから。
日本だって、雨が不足するとダムが枯れそうになったりして大変だから、決して雨がいらないだなんて言えません…。
ただですね…何事にも加減というものが必要だと人間思うんですよ…。
自然相手に、加減なんて言葉が通用するわけないんですけどね…。
雨…そういえば…。
「そういえば日本では、雨は400種類以上の呼び方がありますよ」
「…呼び方?」
「降り方や降る季節によって、それぞれ固有の呼び方があるんです」
「雨に降られることを嫌うというのに、400もの呼び名をつけたのか?」
「嫌うかどうかは人それぞれですが…日本では昔から歌を詠む際に、季節の言葉…季語を用いてきましたから、雨を色んな呼び名で詠んでいたんです」
「ほう…どのようなものがある?」
「春の雨は春雨と呼びますが、他にも異名はあります。木の芽が育つ頃に降る『木の芽雨』や桜の花を散らすように降る『花散らしの雨』『桜雨』…3月から4月に長く降る雨を『菜種梅雨』と呼ぶそうです」
「梅雨…雨が続く期間のことか?」
「はい。梅の実が熟す頃に降るので梅の雨と書きますが、『つゆ』と読むのは『露に濡れる時季』であることから、そう呼ばれるようになったとか」
「なるほどな」
自分が操る雨が歌として詠まれているのがわかったからなのか、先程よりも声がご機嫌な様子のインドラ様。
この神様チョロ…ん“ん“っ……話がわかる方でとてもありがたい。
「あ、そういえば…」
「何だ」
「夏の雨ですが…夕立や雷雨を『神立』と呼ぶそうです。もともとは『神が現れて力を示す』という意味で、雷神様を指す言葉だったらしいんです」
「ほう…即ち神を示す言葉か」
「はい。雷や雷鳴を指す言葉でもあるみたいです」
まあ、雷って言葉自体が『神鳴り』…つまり神様の成す業だと言われるからね。
昔は、自然災害は全部神様の怒りだって恐れられてたわけだし。
「ちなみに聞くが…人間」
「はい?」
「お前…神の異名をいくつ知っている?」
「インドラ様の…異名?」
えっ?急に何ですか?
唐突なインドラクイズ来た!?
これ、間違えたらヤバいやつでは?
いや待て、いくつ知っているかの質問だ…。
とりあえず…今私が知っているだけの異名を挙げていくしかなさそうだな。
『ヴリトラハン』
『帝釈天』
『帝王』
『神々の帝王』
『天界の主』
『神々の王』
『ヴァジュラを持つ者』
「えっと…まだあったような気がしますが、今私が知っている異名は…以上です」
本人がいる前で答えろってやつさぁ…
わりと前からある公開処刑だよね?
しかも目の前にいるの神だから、間違えたり足りなかったりしたら公開処刑(神罰)っていう文字通り命懸けのやつ…。
そういうの、ハラスメントにできないかな?
無理かなぁ…。
「…まあ、よい。それだけ知っているのなら許すとするか」
「ありがとう…ございます」
よ…よかった…許された…。
いくつ答えたらセーフラインだったのかが気になるけど、とりあえずよかった…。
ただ…インドラ様…。
答えを教えてもらうことってできます?
あといくつ…あったんでしょうか?
ちなみにそれは…何なんでしょうか?
それか、自分で調べなきゃダメですか?
単純に古い時代からの主神格だから、異名が多いんだよなインドラ様…。
「神は神々の王であり、古き時代より天界を支配する神だ。神の成した偉業の数故に、多くの異名がつけられた…それはわかるな?」
「はい…」
「雨も同じことだ」
「…雨も?」
「天より降り注ぎ地を潤す…雨というものは、地上に生きるすべての命への恵みだ。400以上に渡る数多の異名の数々は、その誉れ故につけられた…と言っても過言ではなかろう。つまり…お前の国は古来より、神が与える恵みを褒め讃えていた…ということだ」
「え…」
「なるほど…雨のありがたみを感じておらん不遜な者どもと思っていたが、思い違いであったか。雨が豊かであるからこそ、愉快な異名を生み出す人間が多い…。雨雲の偉大さは万国共通だったというわけだ…ははははッ!」
「なあんだー。ちゃんとわかってたんじゃん」
「雨は偉大。至極当然のことです」
どうやら、雨の呼び名の多さで雨神(主に自分)が人々から讃えられていると勘違い…いや、勘違いとは断定しにくいな…。
とにかく、それですっかりご機嫌になって笑っているインドラ様とヴァジュラたち。
よかった…。
インドラ様の解釈の幅が、大空並みに広くて本当によかった…。
「戯れとして聞いておくが…」
「え?」
「お前…雨は好きか?」
「…」
この状況で聞いてくるとか、この神様どんな趣味してんだよって思う。
『嫌い』なんて答えられるわけないじゃん。
だけど…。
「…好きですよ」
「…」
それはね、本当。
静かな雨なら好きだし、雨音はリラックスして聴けるから。
雷雨だって大丈夫。
ただ、台風はちょっと勘弁してほしいかな…。
物吹き飛ぶのが、大分被害がでかいから。
「…どうやら、神への忖度として偽りを述べたわけではなさそうだな」
もし私が雨が嫌いだったら、今頃どうなってたんだろうな…。
まあでも、嘘偽りなく好きって答えたからこそ…
「よい心がけだ」
今こうして、インドラ様の腕に包まれている…ってことだけはわかる。
温かいな…この神様…。
さっきまで寒かったはずの体は、もう微かに眠気を誘う程に温まっていた…。
END