まぎれもない私の意思
まぎれもない私の意思
朝、いつも通りの時間に目を覚ました私。
今日は寝不足気味だ。
まあ、当たり前…か。
後で少し昼寝でもしよう…。
そう思いゆっくりと体を起こすと、隣で身動ぎする音が聞こえた。
「ん…」
私が動いた音で、隣で寝ていたインドラ様が目を覚ましたようだ。
「…おはようございます」
寝起き諸々のせいで少し掠れ気味だが、インドラ様に声をかける。
「……ッ!?」
「!?」
と、寝ぼけ眼で数秒程私を見たインドラ様が、突然ガバッと勢いよく起き上がった。
えっ!?
急にどうしたんだ?
「…お前…それは…」
この神様にしては珍しく、目を見開いて私を凝視している。
「それ…とは?」
「…その目」
「目…ですか?」
私の目が、どうしたんだろう?
私は体を起こし、デスクに置いてある鏡を手に取り覗いてみる。
「え…?」
それは見てすぐにわかった。
インドラ様があんなに驚いて、おまけに目が覚めるのも納得できる。
鏡を覗き込んだ私の左目…。
色が変わっていたのだ…。
それはまるで…インドラ様と同じような、空や雷光そのもののような、淡い青色に。
「…えぇぇぇ…ッ!?」
朝のマイルーム中に、私の悲鳴のような叫びが響き渡った。
とりあえず身支度を済ませ、鏡で自分の左目を見つめる私。
どう考えても元の色と違いすぎるし、髪や肌の色と合わなすぎて目立つことこの上ない。
「気にする必要はなかろう」
と、あんなにびっくりしてたインドラ様は、平然とした様子で酒を煽っている。
「要は昨夜、神の魔力を過剰に取り込み過ぎただけだ。ならば時間経過で元に戻る」
「でも流石にこの目で出歩くのは…」
「片目の色が違うのがそんなに気になるか?」
「そりゃ気になりますよ!」
「そうか。ならば…」
私の泣き言にニヤリと笑みを浮かべるインドラ様。
「もう片方も同じようにしてやれるが?」
「いや、結構です!そういう解決方法は求めてないです!」
「何だ、つまらん」
「つまらんって言ったこの神様…」
部分的に気になるなら、全部変えちゃえばいいじゃないってことじゃないんですよ。
解決の仕方が神様過ぎます…。
それにこの目を見られたら、みんな確実に何があったのか察する。
そしてアルジュナに見られたら、最後だ。
最悪アルジュナの胃が爆発しかねない。
「たとえ隠したとて、ここの奴らならば察する能力は高かろう?」
「だから余計にバレたくないんですよ」
「開き直って普段通りにしておればよいものを」
「そういうわけにはいかないんです」
アルジュナの胃が爆発してもいいのか、この神は。
何とか隠して…隠して?
「!」
ふと思い出した私は、チェストの中身を漁る。
「あった…」
取り出したのは、バレンタインのお返しでバーソロミューからもらったメカクレウィッグだった。
だが…。
「右メカクレだ…」
違う…隠したいのそっちじゃない…。
いや、でも待てよ?
きっとあの妖怪メカクレスキーなら…。
そう思った私は端末に飛びついて、メッセージではなくすぐに事情を話せるようにと通話をかけた。
プルルルッ
ガチャッ
『どうしたのかな、マスター?』
「バーソロミュー助け“て“〜!!」
〜数分後〜
「いやぁ!まさかマスターが私にメカクレウィッグを所望してくれる日がくるとは何たる感激!たとえ右メカクレだろうと左メカクレだろうと両メカクレだろうとも、たとえ火の中水の中!マスターの望むメカクレウィッグを届けてみせるとも!」
「…ありがとう」
「フフフ…まさかマスターから、いつものような切れ味鋭い言葉ではなく、滲み出るような感謝の言葉が聞けるとはね。これはきっと、メカクレが導いた絆に違いない…」
バーソロミューに助けを求めて僅か数分…私の依頼した左メカクレのウィッグを持って、部屋に駆けつけてくれた。
そして私は今そのウィッグを被り、色が変わった左目を隠すことに成功した。
そして案の定舌がよく回るバーソロミュー。
「あの…この目のことは…」
「わかっているとも。誰かに話すようなデリカシーのないことを、私がするわけないじゃないか」
誰かに話すようなデリカシーのないこと…。
奥のベッドでこちらの様子を引き気味に見ている神に、もう一度当てつけのつもりで言ってやりたい…。
〜その日の午後〜
メカクレウィッグを被った私は、その後何人もの英霊たちに指摘されたが、バーソロミューの趣味に付き合っていると話して、ほぼ全員から納得された。
実際趣味に付き合う形にはなったし、バーソロミューからもそう理由付けして構わないって言ってもらえたし。
『よく引き受けたなマスター』と何回も言われる羽目にもなったが…。
でも却って変な疑いがかからないのは、私にとってはありがたかった。
「マイロード」
「!?…何だ…マーリンか」
廊下を歩いていると、いつの間にかマーリンがそばに寄って来ていた。
何やらにんまりとした笑みを浮かべている。
あ…嫌な予感…。
「随分と面白いものを隠しているじゃないか」
「…ッ!!」
うわ…最悪だ、バレた…。
よりによってこのロクデナシに…。
「ふーむ…そのままでも面白…いや、とても似合っていると思うけども…」
「今面白いって言いかけたな?」
「んー?何のことだい?それはそうと…失礼」
「!」
はぐらかされたと思った瞬間、マーリンがウィッグ越しに私の左目…正確には瞼を指でそっとなぞった。
「何…したの?」
「見てごらん」
マーリンが差し出した鏡を見てみると、私の左目は完全に元の色に戻っていた。
「戻ってる…」
「相手が相手だからね…下手をすれば、体質が変わったまま戻らない場合もある。まあ私なら、変わった後でも戻してあげられるから大丈夫なんだけどね。少しは加減してもらったらどうだい?」
「…そう言って聞いてもらえた試しがない」
「だろうね。でも、君が普通の人間と少し違った存在になってもいいのなら、別に言う必要はない」
「…そんなに深刻だったの?」
「英霊の規格とはいえ、彼は神だ。非常にイレギュラーな存在だってことを忘れていないかい?」
「…」
「彼が君をどうしたいのかにもよる。ただ、君からその話を切り出すのは、少々危険かもしれない。神の機嫌を読むのはなかなか難しいからね。私と君の方が、まだ話が分かり合えるくらいなんだから」
マーリンの言葉が、胸に突き刺さる。
インドラ様は話がわかる神様だと思ってるけど、相互理解ができている…ように感じているだけかもしれない。
混血のマーリンでさえ、人間との間に価値観のズレが多少なりともあるのに、インドラ様は人間の血なんて入ってない正真正銘の神様なんだから。
「今この瞬間に真剣に向き合うのもよし、別の道へ進むのもよし…それは…うおっと!」
ズシャアッ!!
「…ッ!?」
突然覚えのある雷撃がマーリンに直撃…するところを間一髪で防御したマーリン。
「おやおや、噂をすれば」
咄嗟に防いだわりには涼しい顔のマーリン。
そして…
「何故貴様がそいつと共にいる?夢魔の術者よ」
明らかに怒りが混じった声で、マーリンを威圧するインドラ様。
「君の過剰な魔力でマイロードの体質が変わりかけていたんだぞ?それを元に戻してあげただけさ」
「……見せてみろ」
私の方を向き、マーリンのときとは打って変わって静かに話すインドラ様。
私はウィッグを外し、元に戻った左目を見せる。
「…なるほど。確かに元に戻ったようだな」
「おやおや、随分他人事じゃないか」
「何か問題があるのか?」
「なら問うが、君はマイロードに『自分と同じ』になってほしいのかい?それとも普通の人間の人生を送らせるのかい?」
えぇ!?
お前がその話を、しかも今切り出すの!?
確かにさっき、私から切り出すのは危険かもとは言ってたけどさ…。
私の代わりに…いや違うな。真面目な顔してるけどこいつ恋バナ大好きだからな。神と人の色恋だから絶対面白そうって思って聞き出してるな。
「…貴様に教えてやる義理があるのか?」
「私が戻さなければ、マイロードは一生普通の人間として生きていくことができなくなっていた…それだけは言っておこうかな」
「…ッ」
改めて聞くと、その言葉が少し怖く感じる。
「……用が済んだのなら去れ」
「そう言うと思ったよ。ああ、マイロード」
「何?」
私に向けてパチンッとウィンクをして、マーリンはこう言った。
「どの道に進むのか…決めるのは君自身だ。インドラ神の命令や希望に素直に従う必要なんてない。君がしたいように生きればいいのさ」
「…」
「貴様…」
「無理強いは人の心を取りこぼしてしまう。インドラ神ならすでに知っているはずだろうけどね。さてさて、私は二発目の雷が来る前に失礼しよう。それでは、ご機嫌よう」
そう言うと、マーリンはふっと消えた。
マーリン…
お前最後の最後にとんでもない爆弾落として去りやがったな!?
完全に私へのエールじゃなくてインドラ様への煽りだっただろ!?
今回はまともかと思ったのに、やっぱりロクデナシはロクデナシだった…。
どうせ姿消した今も千里眼で視てるはず…。
「おい」
「はい…ッ!?」
ずっと無言だったインドラ様に呼ばれ、思わず体を震わせてしまう私。
「まさかとは思うが、お前…あの夢魔の言葉を鵜呑みにはするまいな?」
インドラ様…それが脅しになってるって、わかってますか?
とは言わないけど…。
「…マーリンに言われるまでもありません」
「…と言うと?」
「私がしたいようにします。私、おとなしく言う事を聞けるようないい子じゃないんです」
でも…決めるのは私自身ではありたいから。
いくら好きな相手だからって、インドラ様の言う事全部を聞くつもりなんてない。
「……ならば神のもとから去ると?」
え?いや…何でそうなるんですか?
「違いますけど?」
「…今お前が言ったではないか。おとなしく命令に従うつもりはないと」
「言いましたが、それで何でインドラ様のもとから去る流れになるんです?」
「………理解が追いつかんのだが?」
あれ?何か話が噛み合わないんだけど?
何だ?この違和感は…。
『おとなしく命令に従う』?
「!」
いや…まさかとは思うけど、一応聞くだけ…。
「あの、インドラ様」
「何だ」
「あの、もしかして…私がインドラ様のそばにいるのは、インドラ様に命じられたからだと思っていらっしゃるんですか?」
「そうでなければ何だと言う」
「…」
「おい、黙るな。答えよ」
当たってた…。
いやいやこの神様…マジか…。
今まで自分の命令で、私を縛り付けてるって認識だったの?
相互理解…やっぱりできてなかった…。
でも、できてない…なら尚更はっきり言おう。
根本的に理解し合えなくても、構わない。
「…私の意思です」
「……何だと?」
「インドラ様のそばにいるのは、まぎれもない私の意思です」
「………」
「ただ、普通の人間をやめるのは怖いので、インドラ様に言われた通り、他の神様に浮気をしないようにはしてますけどね」
「………」
「あの…インドラ様?」
固まっちゃったよ…。
私今まで言葉でも行動でも、そうやって示して来た気がするんだけど、あれ全部伝わってなかったの?
自分が強要したから、この人間はそうした…って思ってたのかな?
確かに人間は、報復が怖いから神に逆らうことを躊躇いはしますけど、だからってそこに何の意思もないわけじゃないんですよ?
「〜〜〜〜〜ッ…」
「え?」
嘘…でしょ?インドラ様…?
顔真っ赤だ…。
この神様が誰かの、しかも人間の私の前でこんなに照れたことなんて、今まであった!?
えっ?何で?
今まで私がしてきた色んなことが、自分の命令に従ったわけじゃなくて、私の意思でやってたって気づいて今になって羞恥心が出てきた?
それとも、今まで勘違いしてた自分が恥ずかしくなってきた?
いや…わからないな…。
えっ…どうしようこの空気…。
「………」
とりあえず…対応がわからないから、放置して部屋に戻ろうかな。
「!?…おい、待て人間…ッ!!」
我に返ったらしいインドラ様が、叫びながらつかつかと近づいてくる。
言われた通り足を止める…。
「…ッ!?何故止まる!?」
「いや、今待てって言いましたよね!?」
「…ッ…本当に止まる奴があるか!」
「止まりますよ普通!?」
言ってることがちぐはぐだ…。
もしかしてまだ混乱していらっしゃる?
そう思っていると、私の手を掴むように握ってきたインドラ様。
「………」
「あの、ちなみに…ただ部屋に戻るだけですよ?」
「お前…よくこの状況で神を放置して部屋に戻ろうなどと考えたな」
「インドラ様…ああいうところ見られるの嫌がるので放っておいたほうがいいかなと思いまして」
「そういうときにだけ変に気を回すでない!」
「じゃあ何が正解だったんですか?」
「……自分で考えろ」
「考えた結果があれなんですが…」
「ええい…少し黙っておれ」
「はい…」
「…」
「…」
「…何か喋らんか」
「黙れって言われましたけど!?」
マイルームに戻るまでの間、まるで付き合いたての恋人のようなギクシャクとした会話をしながら、それでも繋いだ手だけは絶対に離さずに歩き続ける私とインドラ様なのだった。
END