それを逢瀬と呼ぶのは
それを逢瀬と呼ぶのは
「ならん」
「どうしてですか?」
「必要がない。それだけだ」
「でもしばらく顔を出していないので…」
「その必要がないと言っている」
現在、インドラ様と口論…いや、口論と言うほど不穏な内容ではないが、押し問答になっている。
その理由というのが…。
「このお酒、インドラ様も召し上がったでしょう?なら『あちらのインドラ様』にも捧げるべきだと思いますけど」
「神がこの酒を飲んだことは『あちらの神』に共有されている。よって、わざわざ捧げる必要はない」
「共有しただけで、実際召し上がったわけじゃないですよね?」
「ここにいる神が飲んだ。ならばあちらでも『飲んだ』ということにはなるであろう」
まあ…ざっくり説明すると、こんな感じだ。
なかなかよさげな酒を見つけた私は、多少手持ちに余裕があったので買ってきた。
2本。
1本はもちろんインドラ様に、そしてもう1本はスカイドームの中にいるインドラ様にあげるために。
最近顔を出していなかったので、そろそろ捧げ物を持って行った方がよさそうだな…と思ったからだ。
しかし、今私の目の前にいるインドラ様はそれが気に食わないらしい。
この神様…私が空の中の自分に時間を割くことに嫉妬しているのだ…。
私からすれば、どちらもインドラ様であることに変わりないというのに…。
「そもそもこの空をくださったのはインドラ様じゃないですか。なのにどうして今更渋る必要があるんですか?」
「…」
計算が狂った…ってとこだろうな。
要は空の中のインドラ様は本体…もしくは分け御霊だろうから、どこにいても自分と縁が切れないようにして、自分以外の神様を信仰しないように牽制するつもりだったんだろう。
あくまで私の推測だけど。
でも私が『あちらのインドラ様』にした、ちょっとした気遣いがきっかけで、あろうことか空の中の自分に嫉妬するようになってしまったインドラ様。
もはや何のために、もうひとつの自分を私に渡したんですか…。
「………」
あぁ…完全にだんまりを決め込んじゃったよ…。
いつもインドラ様を擁護しているヴァジュラたちですら、呆れた様子で首を振っている。
どうやら私が行おうとしている事自体は、ヴァジュラたちからすればインドラ様への捧げ物だという認識らしく、特別止める理由はないようだ。
肝心のインドラ様がこれなんだけど…。
「はぁ………仕方ない」
「え?」
長い沈黙とため息の後、ようやくインドラ様が口を開いた。
「お前の真摯な行い…ということにしておくか。それに免じて、あちらへの謁見を許すとする」
「!…ありがとうございます!」
「ただし」
思わず声が弾んだ私を戒めるように、続けた。
「長居はするでないぞ?拝謁と捧げ物の献上を済ませたのならば、疾く帰還せよ」
「…ちなみに、もしあちらのインドラ様から引き止められた場合はどうすればいいのでしょうか…」
空の上だから、あちらから何かされたら私は文字通り無力だ。
かといって、強硬手段(帰りたいと願うだけ)に出ようものなら軋轢が生まれかねない気がする。
「…だから神が渋っていたというのに、お前という人間は…」
何か…忌々しそうな独り言が聞こえる…。
多分別存在でも自分ならそうするって、わかってたからなんだろうけど…。
「念ずれば自由に戻れる。必要以上に命令を聞く必要はない」
「…わかりました」
酒の瓶を抱えて、スカイドームに近づく私。
行くか…と、手をかざそうとした時…。
「ああ、それから…」
「え?」
まだ何かあるんですか…?
タイミングがズレてたら、間に合わないところでしたよ…。
「あちらの神の言うことは、基本聞き流しておけ」
「え?聞き流すって…」
「間に受け過ぎるな、ということだ」
「?はい…」
いまいちよくわからない忠告を受けた私は、今度こそ手を伸ばして、スカイドームに手をかざした…。
…
…
「よくぞ困難を乗り越えた…とでも言おうか」
「…ッ!?」
目を開ける直前に、突然聞こえてきた声。
驚いて目を開けると…。
「逢瀬の許しを受ける…ただそれだけのことに、随分と苦戦しておったようだな。まあ、神だからな…無理もない」
白い雲が浮かぶ青空の上…。
アイラーヴァタに腰掛け、こちらを見下ろすインドラ様の姿があった。
「随分と久しぶりの謁見ですね」
「ちゃんと捧げ物は持って来たんだろうなー?」
「…はい、確かにご無沙汰では…ありました」
近づいてきたヴァジュラに酒を渡しつつ、さっきカルデアのインドラ様に言われたことを思い出す。
『あちらの神の言うことは、基本聞き流しておけ』
初っぱなから『逢瀬』という、カルデアのインドラ様を煽るような物言いを聞いて、ひどく納得してしまう私。
別存在とはいえ、何してんですか本当に…。
「…では、私はこれで…」
「お前がここに来ることを察し、わざわざ神が待っていてやったというのに、随分と冷めた態度ではないか」
「…ッ」
「そーそー。インドラさまの気が向かなきゃこんな機会滅多にないんだぞー?」
「感謝し、その時間を堪能すべきです」
インドラ様とヴァジュラたちが圧をかけてくる。
私がカルデアで、インドラ様とどんな話をしていたのか…知ってるはずなのにこの神様ときたら…。
「……申し訳ありません、インドラ様」
私は足場の雲の上で膝をつき、頭を下げる。
「私はカルデアにいるインドラ様と、早く戻ってくるという約束をしています。あまり長居をしては約束を違えることになってしまいますので…申し訳ありません」
「…その約束を、神が知らないとでも?」
「…いいえ」
「ならばよかろう。すべて知った上で言っている」
たち悪いな、この神様…。
「なに、お前が深く気にする必要はない。これはただの逢瀬なのだからな」
逢瀬って、今で言うデートなんですよ…。
何をもって、深く気にする必要がないだなんて言うんです?
「…それをあちらのインドラ様がどう思われるか、ご存じですよね?」
「当然だ。神自身のことだからな」
まったく悪びれる様子もないインドラ様。
この神様…普段はそんな素振りを見せないけど、もしかしてそういう趣味があるんじゃ?
「…ま、もうよいか」
「え?」
「今日はこのくらいにしてやる。神や魔性ならばともかく、人間を悩ませる趣味は持ち合わせておらんからな」
じゃあ早いところ帰して欲しかったんですが…。
「言うまでもないが、次回も酒は忘れるなよ」
「必ず拝謁できるとは限りませんが、捧げ物を持参する頻度はもっと増やすべきでは?」
「何のために手元にこの空があるのか、忘れちゃダメだからなー?キシシッ」
「……それでは失礼致します」
これ以上深く聞いたら負けだ…。
そう思い、部屋に帰るよう念じた…。
…
…
「…やっと戻ったか」
「!?」
すぐそばで、さっきまで聞いていた声が聞こえた私は咄嗟に目を開ける。
「疾く帰還せよと言ったはずだ。どうせ…あちらの神の言葉を振り切れなかっただけであろうが」
「あ…」
部屋に戻ってきた私は、ベッドに腰掛けていた。
そして目の前には、こちらをジトッとした目で見下ろすインドラ様の姿が…。
チラリとサイドテーブルの時計を確認する。
私が空の中にいたのは…時間にして10分?
いや、全然大した時間じゃないじゃん…。
「何を言われた?」
「えっ?」
「あちらの神に何を言われて留まっていた?」
えぇ…言わなきゃダメですか?
絶対機嫌悪くするじゃないですか…。
「あの…気分を悪くされると思いますので、聞かない方がよろしいかと」
「つまり、ここにいる神を煽るような物言いをされたと言うわけか」
流石、ご自身をよくわかっていらっしゃる…。
「それはわかった。それで?早く話せ」
うーん、ダメだったか…。
もうどうにでもなれ精神で、あちらで言われたことをインドラ様に話す。
「チッ…」
案の定、不機嫌になるインドラ様。
「何が逢瀬だ…」
「ただの謁見かと思われますが」
「気にしすぎだよインドラさま」
ヴァジュラたちが宥めている間、私はふと気になって端末を取り出し、検索をかけた。
『逢瀬 意味』と…。
うわぁ…マジか。
画面に映し出されていた『密会』という文字を見た私は、目の前で苛ついているインドラ様に、ほんの僅かに同情する気持ちが湧いてきたのだった…。
〜おまけ〜
「これを…インドラ神が?」
「そう。くれたんだよ」
諸用でマスターの部屋を訪ねたアルジュナは、マスターの部屋に置かれたスカイドームについての説明を受ける。
ふと目に入ったものではあったが、そこは千里眼の持ち主…一体これが何なのかをすぐに見抜いた。
ダメ押しにマスターから説明を受け、ますます混乱することとなった。
何というものを贈ったのだ、我が父よ…。
しかもマスターによれば、これに手をかざせば中に入れるという。
そしてその中にはインドラ神とヴァジュラたちがいるが、そこはインドラ神の気まぐれ…行けば必ず謁見ができるわけではないらしい…。
とんでもないものをマスターに贈った父親に、頭を抱えるアルジュナ。
かく言うアルジュナがマスターに贈ったものも、十分とんでもない代物なのだが。
「ちなみにインドラ様は、アルジュナを連れて来てもいいって言ってたよ」
「私を…ですか?」
「うん。正確には…インドラ様の偉大さを知っている戦士って言い方だったけど、まあアルジュナで間違いないよ」
本物の空というとんでもない代物に、インドラ神は何故よりによって私を指名したのだろう?
もしや…また試練が課されるのだろうか?
実の息子とコミュニケーションをとりたいというインドラの意思が、何故かまったく伝わっていないアルジュナ。
親の心子知らず…。
「行ってみる?」
「え?」
マスターからの思わぬ誘いに、思わず呆けてしまうアルジュナ。
この空にいるインドラ神のもとに…?
そう考えたアルジュナだったが…。
「……遠慮しておきます」
「え?」
マスターには申し訳ないが、お断りする。
何故か?それは…
隔絶された場で、私とマスターとインドラ神という気まずいことこの上ない組み合わせでは、確実に私の胃が持たないからだ…。
それに空の上という、実質インドラ神に生殺与奪の権を握られているような状況では、機嫌を損ねればどうなるのかがわかったものではない…。
この空を何度も訪ねているマスターは、やはり肝が据わっている…。
その組み合わせで、インドラが機嫌を悪くすることはまずありえない。
いや、うっかり怒らせる可能性はあるかもしれないが、よほどのことをしない限り、大抵のことは許すのがインドラだ。
しかし、そこを変に警戒して遠慮してしまうアルジュナは、やはり父親からの思いに鈍感なのか…。
はたまた『カルデアのインドラ』と『この空のインドラ』の間で、何故か生まれてしまった確執を無意識に察知したのか…。
「…また機会があればということで」
「そっか…」
誘ってくれたマスターに申し訳ないという気持ちはあるが、今回ばかりは自分の胃を守ることに成功したアルジュナなのであった。
END