その願い、その望み
その願い、その望み
コンッ
「チェックメイト」
「あ…」
コツンッ…という音と共に、白いキングの駒が倒れる。
「んもー!また負けた!」
「フフフ…私の手の内は教えたはずなんだがネ」
何度目かわからない敗北に悔しがる私を、含みのある笑みで眺めるモリアーティ。
チェスでモリアーティに挑むのは、敵地に堂々と乗り込むような無謀さとも言えるのだが、私は単に勝負を挑んだわけではない。
「チェスの盤上は、人の性格がわかりやすく表れるものだ。打つ手の一部始終を観察していたが、実に君らしい戦い方だ。考え方がまっすぐ過ぎるのサ」
「うん…だから教えてほしいんだけど」
「私が手取り足取り戦い方を教えたところで、それをどう発揮させるかは君次第だ。チェスの駒は、限られた動きしかできないのだから」
チェスの教えを乞おうとして訪ねたのが、このジェームズ・モリアーティ。
普段から英霊たちに指示を出して戦線に立っているはずなのに、私は何故かこういったボードゲームには滅法弱いのだ。
「そもそもだが…マスター君」
「何?」
足を組み直し、モリアーティが問いかける。
「君は常日頃から、戦力となる英霊たちを駒だと思っているのかね?」
「そんなわけないでしょ」
「そう、その通りだとも」
「…何が言いたいの?」
「彼らを駒として扱うことは、決して不可能とはいえない。何故なら君にはマスターとしての令呪があるからだ。中には令呪を跳ね除けられる英霊もいるが、従わせることができる英霊もいる。しかし君はそうしない…それは何故かな?」
「…みんなは駒じゃない。たとえ戦場において甘い考えだとしても、私にとっては力を貸してくれる仲間だから」
「そう、甘い考えだ。しかし、それが君という人間なのだよ、マイガール」
「…」
「君がそういう人間だからこそ、英霊たちは君の指示に従うし、捨て身で行動しようともする。先程も言ったが、駒は限られた動きしかできない。しかし駒として扱わないからこそ、彼らが本来持つ力以上のものが発揮できるというわけだ」
「…非情になれとは言わないの?」
「何を今更!なれと言われて『はいそうですか』となれるわけないだろう?それに、そういうときのために私のような悪を成す者がいるということを、忘れないでくれたまえ」
「…貴方はそれでいいの?」
「いいも何も、私はそういう英霊として存在するのだから、君が気に病むことではないサ」
先程倒したキングの駒を指先で立て直したモリアーティは、向かい側に座る私をじっと見つめてきた。
「さて、私は君に教えることは教えた。ならば約束通り…あれをもらおうか」
「…まあ、いいけど」
私の返事を聞くと、ニヤリと笑みを浮かべた…。
「んん〜…美味ぁい!この香ばしいバターの香りに優しく甘みのある味…やっぱりマイガールの焼くスコーンは最高!!」
「そりゃどうも…」
何をしているか?
ただのティータイムなのだが、チェスの相手をする代わりにティータイムのスコーンを焼いて持って来てほしいと、モリアーティから頼まれていたのだ。
以前スコーンを焼いた時、それを大層気に入ってもらえたらしい。
先程焼いたばかりのスコーンを、何とも幸せそうな顔で頬張っているモリアーティ。
犯罪界のナポレオンの姿が見る影もなく、ただの幸せそうなジジi…ゲフン…老人の姿が目の前にある。
褒めてもらえて嬉しいのだが、こうも声高らかに言われると気が引けてしまう。
というより、普通に引いている。
「ほらほら、スコーンばっかり食べてたら口の中乾くよ?お茶もちゃんと味わってる?」
「何を言う、私はこれでも英国紳士だ。紅茶にも作法というものがあるのだよマイガール」
「ちなみにその作法って?」
「なに、簡単だとも。ジャムやクリームをた〜っぷりつけたスコーンを頬張ったら、その後に紅茶を流し込むだけサ」
「適当言ってるよね?あとジャムやクリームをたっぷりつけてるのに、私のスコーンの味がわかるのは何で?」
「そりゃあもちろん…ダディの勘!!」
「あ、そ…」
機嫌のいいモリアーティはIQが下がるということがよくわかった。
「私という人間…」
ティータイムも終わり、モリアーティの部屋を後にした私は、部屋に戻りながら考え事をする。
『それが君という人間なのだよ、マイガール』
私の指示に従ってくれる英霊たち全員が、同じ意見というわけではないはず。
それでも、私という人間が『そういう在り方』をしているから、みんなは力を貸してくれている…ということになる。
「何を呟いている」
「え?あ、インドラ様…」
急に後ろから聞こえてきた声に振り向くと、そこにはインドラ様の姿が。
「今し方、お前の部屋を訪ねたところであったが」
「あ、すみません…席を外していました」
「…」
そういえば…。
インドラ様は…普段からどう思ってるんだろう?
英霊の器で現界したばかりか、私と契約して戦線に立ってくれている。
戦神だからかもしれないけど『人間に使役されている』という形ではある。
もちろんインドラ様を使い魔扱いしたいわけじゃないけど、何かしら文句を言いながらも力を貸してくれているし、指示も聞いてくれる。
何を思いながら、契約してくれたんだろう?
「…何やら野暮な考え事をしているようだが」
「!?」
訝しげな顔で、私を見つめるインドラ様。
「話してみよ。神に関係ない話ではあるまい」
「えっ…」
「まあ…先程の独り言から、ある程度察することはできる。だが、お前自身の口から言わねば永久に解決せんであろう」
何というか…流石は神様だな。
私の独り言が聞こえたから、ってのもあるみたいだけど。
ある程度バレているなら、隠しても仕方ないか。
「……インドラ様は」
「…」
「人間の私から…戦闘の指示を受けることを…いつもどう思っていらっしゃいますか?」
「…」
あ、ヤバい…。
聞いてみたはいいけど、いざ口に出そうとすると言葉選ばなきゃいけないやつだったわ、これ。
目の前の存在が、自分より遥かに上位存在だってことを、何でちょくちょく忘れそうになるんだ私は…。
今の聞き方で、大丈夫だったかな?
「インドラさまは、貴女の指示に従っているわけではありません」
「そーそー。マスターの指示と、インドラさまのしたいことが合致してるだけだからなー?」
「……まあ、そういうことだ」
「それは…確かに以前そうお聞きしましたが…」
「要は…神が人間の指示に何を思うのかを知りたいといったところか?」
「……はい」
やっぱり興味本位で聞くべきじゃなかったかもしれない…。
だってよく考えたら、普通下位存在からあれこれ指示されたら嫌な気分になるはずだし…。
「お前は…常日頃から神である神に対し、何を命じている?」
「……あくまで私は、インドラ様に『命令』をしているつもりはありません」
「であろうな。神も命じられた記憶はない。なかなかに無茶な願いを聞いてやったことは数知れず…ではあるが」
「あ…それは否定できません…」
なかなかに無茶な願い…。
それは色々心当たりあるなぁ…。
レイシフト失敗して空から落ちてるときに受け止めてもらったり、魔性や竜のエネミーのときに等倍でも出張ってもらったり、周回で宝具連射してもらったり…。
「ま…要はその程度だ」
「え?」
「神である神に対し、敬意を持っている。故に…お前の望みは命令ではなく『願い』だ。弱き存在からの切なる願いに応じん神がどこにいる」
「願い…」
「そもそも…この神に命を下す不届き者なぞ、神が好んで契約を交わすわけがなかろう。常日頃から敬意を忘れず、神が現界した奇跡を骨身に染みて感じている者の声ならば、応えてやらなくもないが」
「………」
「何だ、その意外そうな顔は。神が命ずる者であることは、常日頃からその身をもって知っていると思っておったが」
「それは、もちろん知っています。ただ…」
「ただ…何だ?」
「…インドラ様がここにいらっしゃるのは、アルジュナがいるからだと思っていたので…私との契約は、その要石のためなのだとばかり…」
「………はぁ」
私の言葉にため息をつくインドラ様。
「確かに神が現界したのは、息子の顔を見に来たからだ。だが神はこうも言ったはずだ。世界を救おうとする酔狂な人間の顔を見に来た、と」
「あ…」
そういえば…確かに言ってた。
「お前たちの顔を見に来た…人界の極上の酒を味わいに来た…ただそれだけならば神は、自力で現界し続けるまでだ。契約なぞする必要はない。だが、ちっぽけな人間の願いに応え、力を貸してやる…というのならば話は別だ」
「…」
私は…この神様は、物見遊山気分で来ただけだと思ってた。
いや、インドラ様がすでにそう言ってるけど、それでも息子のアルジュナがいるから、気まぐれにカルデアに身を置いているんだと思ってた。
間違ってはないかもしれないけど、もしそうなら人間の私と契約なんかせず、好きに過ごすこともできたはず。
だって私と魔力パスを繋げるのは、当人の意思はどうあれサーヴァント契約になるんだから。
英霊の器だから、現界時間にも限りがあるかもしれないけど、この神様はある程度は自立できる霊基をしている。
何より自分で用意した器だから、一度退去しても自力で現界することができるはず。
そこをあえて契約したのは、手間を省くためでもあったはずだけど…つまりは私のことを、契約に値する人間だと思ってくれたってことで…。
「それより…」
「え…うわっ!?」
突然インドラ様に片腕で抱き上げられた。
そして、私の胸元に顔を近づけるインドラ様。
「この匂い…」
「匂い?」
「香ばしいバターの匂いがする。また神のいない場で菓子を作ったな?」
「あ…」
さっきモリアーティと食べたスコーンを、匂いで察知されてしまった。
「菓子を作るならば、その都度神に献上しろと何度言わせる気だ」
「す、すみません…」
「…作れ」
「わ、わかりました…。あの、厨房に行きますので下ろしてもらえると…」
「このまま食堂へ行けばよいだろう」
「えっ!?いや自分で歩きますから下ろして…」
「神に命ずるな」
「命令じゃなくてお願いなんですが…!!」
とは言ったものの、若干拗ね気味のインドラ様にその願いは聞き入れてもらえず、結局抱き上げられたまま食堂へ連行されることになったのであった…。
END