心を通わせる踊りを
心を通わせる踊りを
「いらっしゃいマスター」
「何で呼ばれたの…」
「そう言わずに。そのドレス、とってもよく似合ってるわ」
「…ありがとう」
ある日のシミュレーター室。
マタ・ハリさんからダンスパーティーの招待状が届いた私は、ハベにゃんから渡されたドレスとアクセサリーを身に着け、シミュレーター室に入った。
広いダンスホールと、すでに何組かに分かれて踊っている英霊たち。
みんないつもより着飾って、凄く絵になる…。
この中に私が入って…浮かないかな?
レースが美しい黒いドレスに黒い手袋を嵌め、シルバーの髪飾りを着け、ハイヒールを履いた私。
化粧もいつもより映えるように、ハベにゃんに妖艶な仕上がりにメイクされた。
ドレス姿に慣れないのもあるけど、そもそもダンス自体が得意じゃない。
落ち着かなくてソワソワしていると…。
「ん?お前も来たか、人間」
「えっ!?インドラ様!?」
物凄く聞き慣れた声がしたかと思えば、くつろいで酒を飲んでいるインドラ様に声をかけられた。
インドラ様は…いつも通りの格好だから、踊らずに見て楽しむだけかな?
「神が踊りを見ることがそんなに意外か?」
「いえ、そうではなくて…」
インドは踊りが風習として染みついているから、神様も踊ったり踊りを見て楽しんだりするのは、まあわかる。
わかる…けど…。
「やはり…めかし込めば随分と見違えるものだ」
「…ッ」
単純にインドラ様に、このドレス姿を見られる羽目になるとは思わなくて、何か恥ずかしい…。
上から下まで、めっちゃ見られてる…。
恥ずかしさに身悶えしていると…。
「ほらほら、次はマスターの番よ」
マタ・ハリさんに声をかけられた。
「えっ…私の番って言われたって、私ダンスは…」
「大丈夫よ。パートナーは見繕っておいたわ」
「パートナー?」
「…パートナーだと?」
ちょっと待って…。
ダンスのパートナーって、基本何度も練習で踊って慣れてないとダメなんじゃ…。
あと何かインドラ様まで初耳らしくて、訝しげな表情になっちゃったけど大丈夫?
「フフ…私がパートナーで不満かもしれないけど…」
「え…ダンテ!?」
近づいて来たのは、タキシードを着て髪型をすっきりと整えたダンテだった。
「ダンテって…踊れるの?」
「それはもちろん……事前にマタ・ハリからスパルタ指導を受けました…」
「お、お疲れ様です…」
マタ・ハリさん…無茶振りが過ぎるのでは?
せめて私が、ダンテと練習する時間くらいくれてもよかったのでは…。
「彼ならマスターと身長差がちょうどいいし、今から踊るものにぴったりな気がしたから」
「今から踊るもの?」
「ええ。タンゴよ」
「!」
タンゴとは、社交ダンスのスタンダードのひとつ。
アルゼンチンで生まれたもので、もともとは男性同士がフラストレーションを発散させるために激しく踊ったものが起源らしい。
ただそのタンゴの起源には…別の俗説がある。
なるほど…それでダンテが選ばれたわけか。
「私…初めてなんだけど、大丈夫?」
「目を合わせず、力を抜いて彼に身を任せていれば大丈夫。基本初心者向けのダンスよ」
「じゃあ…よろしくダンテ」
「フフ…すでに緊張がヤバいけど、任せたまえ」
「うふふ。これなら大丈夫そうね。さあ、いってらっしゃいな」
マタ・ハリさんから背中を押され、一歩踏み出そうとすると…。
「お手をどうぞ…マスター」
ダンテが、手を差し出してくれる。
いつものダンテと違うから、妙にドキドキする…。
私は小さく息をついて、ダンテの手を取りホールへと歩き出す。
「マスターだ!」
「一緒に踊るのはダンテか」
「マスター!綺麗だよー!」
「ダンテの奴役得じゃねえか」
「ぐぬぬ…私もマスターと踊りたかったのに」
英霊たちから様々な声が飛び交う。
「ダンテ…大丈夫?」
「フフ…大丈夫じゃない」
「私も…」
「でも…マスターに恥をかかせるのは、流石の私もプライドが許さないからね」
そういやダンテって、イタリアの男だった…。
「では…よろしく」
「こちらこそ」
ダンテは胸に手を当てて一礼し、私もドレスの裾を摘んで僅かにお辞儀する。
そして…曲が始まった。
「…」
「…」
指示通りダンテと目を合わせず、ダンテに身を任せるようにしながら縫うようにホールを舞っていく…。
タンゴって想像より激しいんだな…。
完全にダンテ任せだけど、あまり振り回されると見栄えが悪いから、ある程度は軸を作らないと…。
マタ・ハリさん…やっぱりこんな激しいダンスは無理があるって…。
一瞬様子を窺うと、ダンテは軽やかにステップを踏んでいるように見える。
あまり体力がなくて運動が嫌いと言ってたダンテがこんなに踊れるとは…スパルタ指導恐るべし…。
流石に複雑な振り付けはしなかったらしく、文字通り身を任せているうちに終盤を迎えた。
ホール全体に向け、疲労を隠しながらお辞儀する私とダンテ。
「ブラボー!」
「最高に綺麗だったよマイガール!」
「上手かったぜダンテ!」
「二人ともカッコいいー!」
「マスター!次はぜひ私と一曲!」
ホールから聞こえる拍手喝采に、私とダンテはほっと胸を撫で下ろす。
「フフ…お疲れじゃないかな、マスター」
「意外と大変だった…ダンテもお疲れ様」
「うん……めちゃくちゃ疲れた…」
本当にお疲れ様…。
さっき『次は私と』って声が聞こえたけど、思ったより疲れてしまって…この後も踊れるかな?
「…」
「!」
ふと、こちらをじっと見つめるインドラ様の視線に気づいた。
今のダンス…どう思ったのかな?
インドラ様のもとに近づき、声をかける。
「あの…いかがでしたか?」
「…」
何とか勇気を振り絞って声をかけたのに、インドラ様は何も言わない。
私をじっと見つめてはいるが、表情が読めない。
見慣れないダンスだろうし、お気に召さなかったのかな?
「…来い」
「え…」
私の手を掴み、シミュレーター室の出口へと歩き出したインドラ様。
インドラ様…どうしたんだろう?
シミュレーター室から出てすぐ、私はインドラ様に抱き上げられた。
そのまま歩き出すインドラ様。
「あの、インドラ様…どちらへ?」
「部屋に決まっておろう」
「え?」
「これ以上、お前に男が群がるのを防ぐためだ」
「えっ…」
確かに『次は私と』って言ってきてくれた英霊たちは何人かいたけど…。
インドラ様…もしかしてヤキモチ妬いてくれて…。
プシューッ
インドラ様の部屋に到着すると、ベッドの上にそっと降ろされた。
その隣に、インドラ様も腰を下ろす。
「そもそもだが…何故お前と踊る相手に、神が選ばれんのだ」
「あー…多分身長差…」
「身長差?」
「私とインドラ様は身長差があり過ぎるので、それで踊ろうとすると両者に負担がかかりますから」
「フン…まあ確かに、ちっぽけな人間の手を取って踊るのは困難ではあるか」
インドラ様、今の姿だって人間に近い姿だけど仮初めの姿だからね。
本体は多分…でかいんだろうな…。
それに、さっきダンテと踊ったのはタンゴだ。
インドラ様と踊るのは…何だかなぁ…。
「さっき踊ったのはタンゴという種類の踊りなんですが」
「初見ではあった」
「タンゴの本来の起源ではありませんが、こんな俗説があるんです」
タンゴは、愛する女性を亡くした男性が墓を掘り起こし、彼女の死体を抱いて、まるで生きているかのように揺さぶって踊ったことで生まれた…という俗説がある。
女性側は『死体』であることから、自発的に踊るのではなく、だらりと力を抜いて男性側に身を委ねるようにして踊る。
それは生者の現実逃避や身勝手さ、滲み出る悲しみや理不尽な怒り。
そのため男性側は怒ったような表情をし、女性側は男性と目を合わせないようにするのだという。
「愛する女の亡骸に縋り、踊ったもの…か」
「…狂っていると思いますか?」
「一方的な想いといえど、神は否定はせん。人は愛する者との死別に心を痛めるものであろう。墓を荒らすのは理解できんが」
やっぱりそこには賛同しなかったインドラ様。
でも、悲しみや怒りが人をどう突き動かすのかはわかるみたい。
「…お前と踊らんのは正解だったか」
「え?」
「神は天界の主であるぞ。たとえお前がその短き生を終えたとて、お前の亡骸に固執する理由なぞ、どこにもないからな。お前の死後、神が用があるのはお前の魂だ」
まあ…確かに。
亡骸は空っぽの肉の体で、いずれ朽ちていくものだから…。
「一方的な想いをぶつける踊りなぞ必要ない。お前と踊るのならば、この目を合わせ心を通い合わせるものと決まっている。生きている今も、死して魂となった後もな」
「!?」
心が通い合う踊り…。
インドラ様が…それを私と?
「…いつか、私と踊ってくださるのですか?」
「神とて気が向けば踊るものだぞ」
「そうですか…」
「何だ?何か不満か?」
「…いいえ、楽しみです」
私の返事を聞いたインドラ様は、満足そうに口元を緩め、隣にいる私を抱き寄せた。
「ダンス会場には戻らないんですか?」
「気が変わった。珍しく着飾ったお前を堪能することにする」
「…楽じゃないので早く着替えたいんですが」
「我慢しろ」
「えぇ…」
いつか、心が通い合う踊りを…。
この神様の目を見つめながら…。
悲しみや怒りではなく、愛情と幸福から生まれる踊りができることが何よりも嬉しかった…。
END