これってただの…
これってただの…
コンコンッ
「インドラ様、参りました」
休日のある朝。
インドラ様から呼び出しを受けた私は、指定された時間通りに部屋に赴き、扉をノックする。
「入れ」
中から声が聞こえたため、私は部屋に入る。
「失礼します」
ドアを閉めて部屋の奥に目をやると、アイラーヴァタに腰掛けるインドラ様の姿があった。
「楽にしろ」
「はい」
そばにあったソファに腰掛ける。
アイラーヴァタの上のインドラ様を見上げるような形になる。
座らなくても、あんなデカい乗り物は見上げる他ないのだが…。
「あの…」
「どういった要件で呼び出したかを知りたい…と言った目だな」
うん、それはそう。
だって時間の指定と一緒に『神の部屋に来い』としか言われてないから。
私が頷くと、若干顔を顰めながら言葉を続けるインドラ様。
「神があれほど言っておいて、この様か」
「はい?」
「お前…何故神の部屋を訪れん?以前から時間があれば立ち寄れと言っておったであろう?」
「それはそうなんですが…」
確かにインドラ様から『暇があるのなら、神の部屋で過ごすことを許す』って言われてはいた。
でも、いくら許可を得たからといって、神様の部屋に気軽に遊びに行くのは気が引けてしまう。
そのうち顔を出さなくちゃな…って思い続けて、結局インドラ様から呼び出しを食らう羽目になったというわけだ。
どうやらこの神様は本当に、ただ自分の部屋に遊びに来てほしかっただけらしい…。
インドラ様自ら私の部屋を訪れることも珍しくないのだが、たまにはお前も顔を出せ…そう言いたいのだろうか?
「まったく…今日こそはその顔を見せに訪ねて来るであろうと、長らく待っていたというのに、お前という人間は…」
「初めから、今日のように約束を取り付けておけばよかったのではないでしょうか?」
「インドラさま、マスターと約束を取り付けてからずーっと落ち着きがなかったよねー。キシシッ」
「おい、余計なことを言うな」
「えっと…インドラ様」
「何だ」
「お部屋の訪問が遅れてしまったことは、お詫び申し上げます。ただ…お部屋にお邪魔してどうしたら良いのかと思いまして…」
遊びに来ても、この部屋でどう過ごせば良いのかがわからない。
「好きに過ごせばよい。例えばその棚の書物…すべてお前の国の言語に訳されている」
インドラ様が指し示した本棚…ほぼ壁一面分の大きな本棚だが、ここにあるのを全部日本語訳に入れ替えたってこと!?
「このスペース…全部ですか!?」
「好みの書物が見つかる保証はないがな」
いや、一冊くらい見つかるでしょ…。
こんな広いスペースの本棚なんだから、ジャンルもいろいろ混ざってるに決まってる。
「それから…棚の上を見よ」
本棚の上…そこには見覚えのあるものが…。
「スクリーン?」
今は丸まって収納されているが、よくプロジェクターで映像を流す際に使われるスクリーンがついていた。
「録画をしたはいいが、観賞にまで至っていない作品があると言っていたな?」
「…覚えていてくださったんですね」
確かにここ最近、録り溜めしていたものを観ることすらできていなかった。
この巨大スクリーンで観ることができるのか…。
「茶会をしたければ準備させる。二度寝をしたければその寝床を使うがよい。もちろん、書物を読んでもよい。好きなように過ごせ」
「好きなように…」
「ただし…この部屋からは出るなよ?」
「え?でもそれだと食事は…」
「運ばせる。夜もこの部屋で就寝せよ。必要なものがあれば用意してやる」
「そういうわけだからー」
「今日はインドラさまのお部屋で過ごすように」
部屋をロックするヴァジュラたち。
つまり今日一日はこの部屋から出られないと…。
「案ずるな、有事には出してやる。要は、今まで神を長らく待たせた罰と思えばよい」
それにしては手厚いな…。
これはもはや罰というより…。
「それで?お前は何をする?」
私に問いかけるインドラ様。
「なら…」
せっかくの休日にここまでの好待遇。
お言葉に甘えさせてもらおう…。
「ふぅ…」
「終わったか」
「はい」
まずは溜まっていた録画分の消化をし終えた。
何を録画してたか?
某バディ刑事ドラマ…といえばわかるだろうか?
前にインドラ様に見せたら、やけに気に入ったみたいだったから録画していたんだけど、一緒に観る機会がなくてかなり溜め込んでしまっていた。
一話完結型だから、観やすいんだよね。
そして当然インドラ様も一緒に観ていたわけなんだけど…。
「何でアイラーヴァタから降りたんですか?」
こんなに大きなスクリーンだから、高さのあるアイラーヴァタの方が観やすいはずなのに、何故かソファに座って観賞していたインドラ様。
ソファ…つまりは私の隣に。
「理由などない」
「そうですか…」
理由もなく私の隣に?
口元が緩みそうになるのを必死で堪え、スクリーンを収納して電源を切る。
「それで?次は何をするつもりだ?」
「そうですね…一気に観すぎて少し疲れたので、お茶でも飲もうかな…」
「ヴァジュラ」
「「了解!」」
インドラ様の呼びかけに、ヴァジュラたちが霊体化しながら部屋からすり抜けて出ていった。
「ヴァジュラたちはどちらへ?」
「食堂だ。昼食を運ばせている」
「え?あ…もうこんな時間…」
この部屋には時計がないので、端末の画面で時間を確認すると、時刻はすでにお昼を回っていた。
部屋でじっとしていたとはいえ、確かにお腹が空いている。
プシューッ
「お待たせしました」
「持って来たよー」
数分も経たないうちに、ヴァジュラたちが料理の乗ったお盆を持って戻ってきた。
お皿をテーブルに並べながら、手際よくお茶も淹れてくれる。
「ありがとう…ございます」
「どうということはない」
すべてやってもらうことに微妙に居心地の悪さを感じつつも、私は用意された食事に手をつけていく…。
「ごちそうさまでした」
「さて、食事は終えたが…次は何をする?」
「…でしたら」
私は壁一面の本棚をじっと見つめる。
そして本棚に近づき、本を一冊手に取った。
「…書物を読み耽るか」
「はい。読ませていただきます」
ソファに戻り、本の表紙を開いた…。
「…」
「…」
「……あの、インドラ様」
「何だ」
「何ですか、これ」
「その書物のことか?」
「いえ、本ではなくて…何でさっきからこんなにくっついているんですか?」
「……神の気まぐれに物申すな」
本を読み出して数十分後…隣に座っていたインドラ様が、私の胴体に腕を回し、体に絡みつくようにくっついてきた。
重いし、集中できない。
私が本に集中し過ぎているから、退屈して絡んできたのだろうか?
「…好きなように過ごせとおっしゃいましたよね?」
「額面通りに受け取るな。神の気まぐれに付き合うこともお前の務めだ。しかし、好物に夢中になるとこうも神に見向きもせんとは」
やっぱり構ってほしいんだな…。
さっきは自分も一緒に観れたけど、本に至っては一緒に読むのは難しいから。
私を釣る餌を用意することに気を取られて、自分がほったらかしにされたときの対策をまったく考えていなかったらしい。
「インドラ様も、何か読まれてはいかがですか?」
「…ざっと中身は見た。今更読み返す気にはならん」
自分が気に入った本も入れておけばよかったのに。
私が好きそうなものに全振りし過ぎだよ…。
気持ちは嬉しいよ?
でも、流石にこうも妨害ともとれる絡まれ方をされたら、集中できないから読書の意味がない。
パタン…と本を閉じた。
「……少し眠ってもよろしいでしょうか?」
「構わん。ならば神も一眠りするか」
絡ませていた腕を解き、そのまま私を抱き上げてベッドへ向かうインドラ様。
ベッドに降ろされた私は、靴を脱いで横になる。
すると隣からまた腕が伸びてきて体に巻き付く。
心が落ち着く匂いと温もりに包まれながら、そっと目を閉じた…。
「…ん」
ふと漂ってくる、食欲をそそるいい匂いで目を覚ました私。
「起きたか」
ベッドに腰掛け、こちらを見下ろしていたインドラ様と目が合った。
「随分よく眠っていたが、よい頃合いに目を覚ましたな。夕食を運ばせていたところだ」
「…いい匂いがしたもので」
そんな時間まで寝てたのか、私…。
テーブルに並んでいたのはカレーだった。
ビーマが作ったものだろう。
道理でいい匂いがするわけだ…。
しかもチャパティだけじゃなくて、ナンもある。
インドラ様が一緒だからかな?
インドでは、チャパティは庶民の食卓に並ぶものだけど、ナンはちょっと高級なものにあたるらしい。
「準備が整いました」
「早くしないと冷めちゃうよー?」
「お前も食卓につけ」
「はい…ありがとうございます」
ベッドから体を起こし、テーブルの前に座る。
スパイスのいい匂いのせいか、やけにお腹が空いている。
「いただきます」
用意されたおしぼりで手を綺麗にしてから、食事に手をつけた…。
「朝にも言ったが…」
「はい?」
食事の途中、急にインドラ様が話しかけてきた。
「この部屋に来る時間を作れ。そう難しい話でもなかろう」
朝に続き今になっても、念入りに釘を刺してくるインドラ様。
「それは確かにできますが、何というか…」
「何だ?何か不満か?」
「不満などあるはずがないと思われますが」
「インドラさまに不満があるとか、不敬にも程があるぞー?」
今不満なのはインドラ様たちですよね?
とは言わずに、正直な胸の内を話す。
「神様のお部屋にお邪魔するのは、たとえ許可をもらっていても気が引けるものなんですよ。何か用事があるならともかく、そうじゃないときに気安く顔を出すのは、基本失礼にあたるっていう認識が拭えなくて…」
「…お前が今更何を言う。まあつまり…神への敬意があるが故に、遠慮が染みついて行動に移せんということであろう?ならば神から提案をしてやる」
「提案?」
「神が決めた頻度は訪ねて来い。差し当たってはそうだな…7日あるうちの1日はここに顔を出せ」
「週に1回…」
「無理とは言わせんぞ。これでも譲歩してやったくらいだ」
「いえ…大丈夫です」
3日に1回じゃなくてよかった…。
その1週間の間に、インドラ様も私の部屋を訪ねてくるだろうし。
「要はここは、扉の開いた鳥籠だ」
「扉の開いた鳥籠?」
何か怖いこと言い出したぞ、この神様…。
「この部屋にお前を閉じ込めて愛でることは容易いが、それでは恐怖を植え付ける上に、お前の心が離れていくだけで益がない。故に、いつでも出入りできるよう籠の扉を閉めることはせん」
「…」
「神とて縛られることは嫌いだ。お前にも自由は与えてやる。何度も訪ねたくなるように、好きなものを用意してやる。空を飛ぶ鳥が、ちょうどよい止まり木で羽を休めるのと同様にな。だが…そこに邪魔が入ることだけは許さん。お前を独占するのは神だけで十分だ」
「…」
「わかったのなら、先程の約束は守れ。ああ…言うまでもないが、もし7日を過ぎても訪問がなかった場合は強制的に連行する。その場合は1日で解放されると思うなよ?特異点の探索で、カルデアに戻れん状況ならば例外としてやるがな」
「さっすがインドラさま!」
「寛大な寵愛です。感謝するように」
インドラ様…。
そういうのって言わなくていいんですよ…。
鳥籠とか…ちょっと怖くなるようなこと言ってたから、人によってはそれだけで逃げたくなったりもするんですよ…。
逃がす気ないだろうけど。
でもそれで逃げたところを捕まえたら、ますます心が離れる要因になりかねないんですよ…。
とは考えたものの…私はわりと呑気なので、こんなことしか思っていなかった。
「これってただのおうちデートですよね?」
「…!?」
映画観賞してご飯食べて、本読んでたら『構え』って邪魔されたりお昼寝したり…。
邪魔が入らないようにするとか、週一で部屋に来いとか、丸一日は何してもいいから部屋で一緒に過ごせとか、扉の開いた鳥籠とか、凄い壮大な感じで言ってたけど…。
これ、おうちデートと何が変わらないの?
「…呑気が過ぎるのではないか?」
「そうですか?」
「神から逃げれば、籠の扉を閉められかねん状況にいるのだぞ?」
「逃げたいと思うことはされてませんし…」
「それは当然として…神の鳥籠に入れられたにしては平然とし過ぎではないか?」
「だって扉は開いているんですよね?その鳥籠」
「……そうだが」
「私が平然としてることが、そんなに不思議なんですか?」
「…何かしら、感嘆の意や畏怖の感情を抱くものと思っておったが…」
「先程の約束通り、週に1回はお部屋にお邪魔させてもらうつもりなだけなんですが…」
「………はぁ」
えっ?ため息つかれた?
怖がらせたくないんじゃないの?
気軽に部屋に来てほしいだけなんじゃないの?
「……まあ、お前はそういう人間か」
「え?」
「…忘れろ。今更ながら馬鹿馬鹿しく思えてくる」
「はい…」
「まったく…ここまでの豪胆さを持ちながら、何故今まで部屋に来なかった?」
「気が引けましたから…」
「説得力が薄れた自覚はないのか」
「神様への敬意は、また別です」
何か呆れられた?まあ…いいか。
「ごちそうさまでした」
「湯ならすでに沸いている」
「このお部屋…浴槽あるんですか?」
「当然だ。神があのような狭苦しい場所で、湯浴みをするわけがなかろう。それに、お前の国は浴槽に湯を張って浸かる文化だそうだな。ならば尚更だ」
「えっ…!?それは…助かります」
つまり週一で湯船に浸かれるってことだよね!?
マイルームにはシャワーしかないから嬉しい…。
「…ひとりで入るなよ?」
「あ、はい…だと思いました」
「何のために用意したと思っている」
「想像はできます」
「ならばよい」
「あ…でも着替えがない…」
「さっき部屋から取ってきたから問題なーし!」
「仕事早いな…でもありがとう」
まあ、インドラ様のためだし…当然か。
「さて…このまま事に転じてもよいが…」
インドラ様の手が、私の頬に触れる。
「先に湯浴みをするか?」
「…はい」
「そうか…ならば行くか」
頬を撫でる指に顎を掬われ、唇を塞がれた。
「んっ…ッ…」
触れた唇や口内をなぞる舌先で、頭が痺れていく。
すでに体の奥が熱を帯び、蕩けていく感覚がする…。
そっと唇が離され、体を抱き上げられた。
そして、風呂場があると思われる場所に連れて行かれる。
「ま、どうせ後から浴び直すが…な」
END