たまには恋バナも
たまには恋バナも
コンコンッ
「はーい?」
扉をノックすると、中から聞こえてくる声。
「パールさん、私です」
「あ、どうぞー!」
部屋の主…パールさんから許可をもらった私は、部屋のドアを開ける。
プシューッ
「失礼します…」
「お待ちしてました、マスターさん」
パールさんがにこにこと出迎えてくれる。
よく見ると、部屋の奥には…。
「あれ、ドゥルガーさんまで…」
「はい。私がマスターさんを部屋に呼び出したと知ったら、カーマが邪魔しに来ると思いまして、用心棒代わりです」
「当女神のことはお気になさらず」
「ささ、ちょうどお茶が入りましたのでどうぞ!美味しいお茶菓子もありますので!」
「あ、はい…」
まず、私が何故パールさんの部屋を訪れたのか。
それは『お話ししたいことがありますので、私の部屋に来てください』とパールさんから呼び出されたから。
女神様からの呼び出し…。
私…何かしたっけ?
「さ、どうぞそちらに」
「あ、ありがとうございます…」
パールさんに促され、恐る恐る席に着く。
淹れたてのお茶と、お菓子が並んでいる。
「えっと、パールさん…それで…」
「ああ、はい。呼び出した理由ですね」
ちょっと緊張しながらパールさんに尋ねると、パールさんは私の向かい側の席に座り、少し真面目な面持ちになる。
その表情を見て、さらに緊張が高まる私。
「単刀直入にお聞きしますが…」
「はい…」
「最近インドラとはどうなんですか?」
「はい!?」
パールさんから出た言葉は、神妙な面持ちとは裏腹なあまりにも下世話なものだった…。
え…?
これって…女子会だっけ?
さっきまでの私の緊張を返してほしい…。
「ああ、すみません!こんな言い方だと、まるでただの恋バナですよね!?いえ、私はこの際それでもいいんですが…」
「…」
「コホン…失礼しました。今のは確かに、私の本音でもありますが…」
本音なんかーい…。
「つまりはですね!彼と一緒にいる中で、何か気分を悪くするようなことをされていたり、言われていたりはしていませんか?こういう言い方はなんですが…彼はその…とても気が多い神と言いますか…」
「ああ…はい…女好きな神様だとは認識しています」
「はい…究極のところ、それです…。マスターさんのことはとても大事にしているようですが、たとえば他の女性に浮気したり、マスターさんの気持ちを蔑ろにするようなことを強要したり…そういったことはありませんか?」
どうやらパールさんは、インドラ様がどんな神様なのかをよく知っているため、杞憂があるらしい。
でも、私が知る限りでは…そうだなぁ…。
「今のところ…そういったことはないんですが…」
「が?」
「その…妻帯者のインドラ様に対して、私があれこれ言える立場ではない気がしまして…」
「ああ、それは気にする必要はありませんよ。人間社会では契約違反にあたるかもしれませんが、神が気に入った人間を寵愛するのはよくあることです。それに…何なら私の夫も他の女性に手を出したりしてますからね」
「あ…すみません…」
「いえいえ!マスターさんが謝ることではありませんよ。私は、たとえ何があろうとシヴァを愛する…それだけですから」
「当女神も、同意見です」
強い女神様たちだな…。
むしろ私の方が杞憂があったんだけど、それはこの二柱からすれば大したことではないらしい。
「まあ、彼は…正妻にあたる女神が、その…なかなかに激情家なので余計に気が引けてしまうかもしれませんけど」
「はい…おっしゃる通りです…」
「でも、ちょっかいをかけたのはインドラの方ですからね!怒りが向くとしたら彼になるので大丈夫だと思います!」
「それ、大丈夫なんですかね…」
「大丈夫ですよ。いつものことでしょうし」
何が大丈夫なんだろうか…。
それに、確かに行動を起こしたのはインドラ様ではあるんだけど…。
「あの…パールさん」
「はい?」
「実は…」
私は、インドラ様が行動を起こしたきっかけは、私がインドラ様に惚れてしまい、それをインドラ様に勘づかれたことだということを話した。
「あらまあ…まさか先に惚れたのがマスターさんの方だったなんて」
何でそんないい笑顔なんですか、パールさん。
やっぱり楽しんでますね…。
「でも…さっき言った通り、インドラ様には奥様がいますし、ここには息子のアルジュナもいますし…私は、気持ちを伝えずに秘めておくつもりだったんですが、よほど私がわかりやすかったのか、暴かれてしまいまして…それで今に至るわけなんです…」
「なるほど。何とも彼らしいですが…マスターさんはその恋心を秘めておくつもりだったと、インドラに伝えたんですよね?」
「はい…」
「その上でインドラが、貴女を愛することを決めたのですから、そんなに後ろめたい気持ちになる必要はありませんよ。それなら尚更『彼女』の怒りはインドラに向くはずですからね」
「…そうですかね?」
「少なくとも、貴女に直接危害が向くことはありませんよ。だって、そこまでしたら流石のインドラも貴女を庇うはずですから。あと、もしそうなったら私からも『彼女』に説明しますから!」
「ありがとう…ございます」
だからって、安心できるわけじゃないんだけどね…。
「そんなに暗い顔をしなくても大丈夫ですよ!せっかくの恋バナの機会なんですから、もっと惚気を聞かせてください!」
「とうとう恋バナって言い切りましたね…」
カーマちゃんがいなくて、本当によかった…。
私は、先程淹れてもらったお茶を一口飲む。
おかしいな…。
砂糖は入れてないはずなのに、妙に甘ったるく感じてきた。
「実のところ、あのインドラがマスターさんにどんな顔を見せているのか気になっていたんです。もともと人間好きな神ではありますけど、気に入った人間の女性相手にどんなことをしているのかなって」
「えーっと…」
ちょっと…選んで話さないと、後でインドラ様から怒られそうだなぁ…。
インドラ様からすれば、誰かにバラされたくないだろうし。
「マスターさんが秘めていた想いについて、インドラは何と言っていたのですか?」
「それは…」
「あと、普段一緒にいるときはどんなお話をするんですか?」
「えっと…」
「あ、それから!インドラから、何かプレゼントをもらったりとかってしました!?」
「あの…」
パールさんの熱量がどんどん上がっていく…。
私はチラリと、ドゥルガーさんの方を見る。
「………」
目を閉じたまま立ってないで助けてくださいよドゥルガーさん…。
「教えてください、マスターさん!」
「…」
インドラ様…。
先に言っておきますね?
努力はしますが、お許し下さい…。
「はぁ…」
パールさんとの面談…いや、恋バナが終わった私はマイルームへ戻るために廊下を歩いていた。
ふらふらとした足取りで…。
正直に言う。疲れた。
だってパールさんから質問の嵐だったし、それに全部答えたらインドラ様から怒られそうだしで…。
恋バナって本来楽しいはずなのに、上手い具合に答えなきゃってプレッシャーが凄くて…。
やっぱりお相手が神様で、話す相手も女神様だったからかな?
「………」
もうすぐ部屋に着くけど、インドラ様…部屋にいたりするかな?
だとしたら気まずいことこの上ない…。
部屋の前に着いた私は、意を決して扉を開ける。
プシューッ
「ん?戻ったか」
うわぁ…いたよ…。
やっぱりいたよ、この神様…。
でも今日に限っては、いないでほしかったよ…。
「…ただいま戻りました」
「何だ?随分と疲れが見えるが」
そして速攻でバレると…。
まあ、今の私…疲れでげんなりしてるんだろうな。
異様な疲れに、ふらふらとした足取りのままベッドに腰掛ける。
つまりはインドラ様の隣。
この神様、隣に来ないと文句言うから…。
「何やら…パールヴァティの部屋に呼び出されていたようだが」
もう知ってるんかい…。
ヴァジュラたちが巡回してたのかな?
なら…恋バナしてたこともバレてるのかな?
「あいつがわざわざ部屋に呼び出すとは、珍しいこともあったものだ。お前がそのように憔悴し切った顔で戻ってくるとは…一体何を話していた?」
内容までは知らないのか…。
でもね…私は知ってる…。
知らないなら知らないで、インドラ様からのガン詰めが待ち構えているってことを…。
「……その…」
「何だ?神に言いにくいことか?」
「…はい」
「チッ…神が過去に手を出した女の話でもされたか?」
「いえ、それは聞いていません…」
「ならば何だという」
やっぱり逃がしてはくれないか…。
「………恋バナ」
「ん?」
「…インドラ様との惚気話を聞かせてくれとせがまれていました」
「…はぁ…やはり女というものは、惚気話をしたがるものだな」
怒ってはない…。
どっちかって言うと呆れてる…。
あと、別に惚気るのは女だけじゃないですよ…。
「…それで?お前は何を話した?」
それ私に振らないでほしいんですが…。
「…内容については、パールさんに直接お伺いしていただきたいです」
「つまり、神に隠し事をする…と?」
「隠し事ではなく…べらべらと喋ってしまってはインドラ様の立場がなくなるかもしれないと思って、私なりに頭を働かせて上手いこと躱して答えた話ばかりで、何を聞かれたのかあまり記憶がないんです…」
これはね…本当です…。
確かに、馴れ初めとかプレゼントとか…そんなことを聞かれた記憶はあるんだけど、如何せんパールさんから質問の嵐…いや質問の洪水だったせいで…。
あと、疲れで頭があまり働いてない…。
パールさん…加減してほしかった…。
「……まあ、どうやら嘘偽りはないようだな。ならばよしとしてやる」
「……すみません」
「…寄れ」
ぼんやりしていて少し反応が遅れたが、体をインドラ様の方へ寄せる。
すると、長い腕が私を包み込む。
目の前には、インドラ様の胸…。
「まったく…一体どれほどの問いかけでここまで疲弊するという」
「………」
「…寝てもよいぞ」
「………はい」
眠気…というよりは疲労の方が強いのだが、インドラ様の言葉に甘えて目を閉じる。
気のせいか…頭に何か心地よい感触がしたような気がしたが、それが何なのか確認する前に、私の意識は遠のいていった…。
〜おまけ〜
マスターがパールヴァティに呼び出された翌日…。
「あら、インドラではありませんか」
廊下でインドラに遭遇したパールヴァティ。
だが、どうやら偶然ではないらしい。
「単刀直入に聞く。昨日…あの人間から何を聞き出していた?」
「何って…所謂恋バナというやつですよ」
パールヴァティからすれば、久々に触れた恋バナ。
だが昨日のマスターの疲弊した様子を見たインドラは、一体何の話をしたのか疑問で仕方ない。
「昨日…随分と疲れた様子で帰ってきた。どれほどの問いかけをしたらああなる?」
「あらあら、楽しくてつい時間を忘れてしまいましたが、そんなに疲れさせてしまっていたとは…申し訳ないことをしてしまいましたね」
「さっさと本題に入らんか」
「そんなに気になりますか?」
「どうせ、碌な話をしておらんであろうが…」
気になるのは事実だが、興味本位で首を突っ込んでいることを察されたくないインドラは、ぶっきらぼうに返す。
「ふふ…さっき『帰って来た』って言いましたね?」
「…それが何だという」
「貴方のもとにマスターさんが『帰って来る』のが日常なんですか?」
「…ッ」
「やっぱり、そうなんですね」
にこにこと笑うパールヴァティに、どこか居心地が悪くなるインドラ。
「…あいつ、そんなことを話したのか」
「いいえ?今の貴方の様子から察しただけです」
「…この神を相手に、鎌をかけおって」
「そんなに怒らなくても。もともとは、神である貴方のそばにいるマスターさんに、気苦労がないか確認したかっただけなんです。つい楽しくなって、話に花が咲いてしまったのは事実ですが」
「気苦労だと?普段神がどれほど、あいつに心を砕いてやっていると思っている?」
「ええ。とても大事にしているようですね」
「…それもお前の見立てか?」
「半分は昨日のお話で知りました」
「チッ…余計な事を…」
「でも、だからこそ貴方にお願いしたいのです」
「…何をだ」
毅然とした態度で、目の前の雷霆神に告げるパールヴァティ。
「『何かあったとき』に、マスターさんを一番近くで護ってあげられるのは貴方だけです。そのときはどうか…ご自分だけ逃げることのないように」
「…」
何を言いたいのか、察した様子のインドラ。
ふっ…と笑みを漏らす。
「神は人を護る英雄神だ。お前にせっつかれる筋合いはない」
そう言うと、パールヴァティの横を通り過ぎて去っていく。
まあ、私が言うまでもありませんでしたね。
彼も、流石にマスターさんを巻き込むことは避けたいようで安心しました。
やらかしが多いあの神相手でも、マスターさんなら何とか上手くやっていけそうですね…。
それに…彼はあれで隠しているつもりだったみたいですが、私たちがどんな恋バナをしていたのか、気になって仕方ない様子でしたね。
普段から余裕を崩さない彼が、あそこまでソワソワしているなんて…
たまには恋バナもしてみるものですね…。
END