泳ぎ切った先で
泳ぎ切った先で
「ビーマ?」
「お、マスター」
廊下を歩いていた私は、ビーマに会った。
厨房以外でビーマと会うのは、何気に珍しい。
「ちょうどよかった。もしよければ、マスターも来てくれたらありがたいんだが」
「どこに?」
「シミュレーターだ。ちびっ子たちに呼ばれたんだが、どうも理由がよくわからねえんだ」
「理由?」
「ああ。何でも『もっと風が吹かなきゃ泳げない』んだと。確かに俺なら風を吹かせてやれるが、一体何のことやら…」
風が吹かなきゃ泳げない…。
その言葉で、私はピンときた。
「そういうことか」
「ん?マスターはわかるのか?」
「うん。とりあえずシミュレーターに行こう」
「?」
そうか…もうそんな時季だもんね。
〜シミュレーター室〜
「おーい、来たぞー?」
「あら、いらっしゃい」
「あれ?トナカイさんも一緒なんですね」
「こんにちは、みんな」
「はんなまー!」
シミュレーター室にいたのは、ナーサリーにジャンヌ・リリィに太歳星君だった。
そして私の予想通り、奥には…。
「ん?何だこれ?魚?」
「鯉のぼりって言うらしいの」
黒い真鯉に赤い緋鯉、青と紫と緑…。
吹き流しと、計5匹の鯉のぼりだった。
「5月5日はこどもの日って言う祝日で、子どもの成長を祝う日だよ。その飾り付けとして、この鯉の姿をしたのぼりを外に出すんだ」
「子どもの成長を祝う日か…そりゃ大事な日だな」
「でも、元気がないのだ。さっき風を強くしようとしたら、嵐みたいに強くなっちゃって、鯉のぼりたちが吹き飛ばされちゃうとこだったのだ…」
「のだー…」
確かに心地よくはあるが、鯉のぼりが泳ぐには少し風が穏やか過ぎる。
泳いでいる…というには、もうひと声ほしいかもしれない。
いい具合に吹く風が…。
「それで俺が呼ばれたわけか」
「そーなのだ!この鯉のぼりたちが泳ぐ姿が見たいのだ!」
「お願いできるかしら?」
「私も見てみたいです!」
「もちろんだ。俺は風神ヴァーユの子…お望みの風を吹かせてやるさ」
そう言うとビーマは、手にした槍を掲げる。
すると、それまで吹いていた柔らかい風が、ビーマの槍に吸い寄せられるように風向きを変え、徐々に強くなっていく。
「こんなところか…そら」
コンッ…と槍を床に叩きつけたビーマ。
春疾風…に近い風がシミュレーター内を包む。
そして、鯉のぼりを見てみると…。
「わあ!凄いです!」
「とっても元気に泳いでいるわ!」
まるで駆け巡る風に逆らうようにして、空を泳いでいる。
「おー、こりゃ壮観だな」
「凄いぞ!ありがとうなのだ!風の神!」
「正確には風神の子な?」
鯉のぼりが泳ぐ姿を、満足そうに見上げるビーマ。
子どもたちも、楽しそうに見上げている。
「いろんな色の鯉があるんですね」
「黒い鯉はお父さんだよ」
「お父さん?」
「お父さんは一家の『大黒柱』だから黒なんだよ」
「へえ。だから一番上の鯉が黒なのか」
「うん。赤い鯉はお母さんだよ」
「お父さんにお母さん…じゃあ小さい鯉は、子どもたちかしら?」
「正解。もともと子どもの鯉は青だけだったみたいだけど、子どもが多いおうちは、他の色の鯉も合わせて飾るみたいだね」
「何で子どもは青いんだー?」
「未熟なことを『青い』って言うから、青は若さの象徴なんだって」
「家族を表すものか。いい文化じゃねえか」
「うん…私もそう思う」
「でも、一番上のは鯉じゃないですよね?」
「赤に青に黄色に緑に紫…あれも魚かしら?」
「吹き流しって言って、魔除けのために括り付けるものなんだよ」
「魔除け?」
「火と水と木と金と土…万物すべての象徴を5つの色で表して、子どもの健康を願ったんだって」
「ああ…確か『五行説』だったか?」
「そう。正確には赤青黄白黒なんだけど、白や黒を緑や紫、ピンクに変えることもあるみたい」
「んーよくわかんないけど…お祝いの日に悪いものが来ないようにしてたってことー?」
「貴方はわかってた方がいいのでは?太歳星君」
「そーかな?」
いろんなことを話しながら、空を泳ぐ鯉のぼりを眺める私たち。
「そういや、そもそも何で鯉なんだ?」
「ああ、多分中国の『登龍門伝説』だと思う。急流を泳いで登り切った鯉は、龍になって空を翔けるっていう伝説があるんだよ」
「鯉が龍に…だと?」
「もちろん伝説に過ぎませんが…鯉が龍になることを『努力をして出世を掴み取る』こと、子どもが健やかに育つことを願って、生命力の強い鯉が選ばれたと言われています」
「確か神格化された龍は宝物だけじゃなく、試練を与える存在だって聞いたな。試練を『登龍門』って言い回しをするのも、多分そこからだな」
「まったく…どこの国であろうと、龍というものは苦行を強いる存在であったか」
「東洋では龍は縁起物ですし、水や天候を操る神様でもありますから」
「まあ、あの邪竜も水を堰き止める存在ではありますから、似たようなものかもしれませんがね」
「そう容易く龍が増えてたまるか。神の仕事が増えるだけであろう」
「…」
「…」
「「えっ…!?インドラ様!?」」
「今更だぞ、お前たち」
すぐ後ろに呆れた様子のインドラ様の姿が…。
めちゃくちゃ自然に会話に入ってきたから、私もビーマも普通に会話続けちゃってたよ…。
「…いつからそちらに?」
「大分前からいたが?」
「大分前って…」
「随分前からいらっしゃったわよ?」
「トナカイさんが、鯉の説明をしてくれていた辺りから、もういらっしゃいましたよ?」
「気づいてなかったのかー?」
「みんなは気づいてたの!?」
「マジかよ…。じゃあ気づいてなかったの、俺とマスターだけか…」
気づいてたなら、教えてよ…。
あと私はともかく、ビーマが気づかないなんて珍しいな…。
「近くを通りかかっただけであったが、何やらよく知る風の気配を感じたのでな。戦闘でもなし、何をしているものか…気になって覗いてみたまでだ」
「なるほど…」
プシューッ
「取り込み中すまない。ビーマはいるか?」
シミュレーター室の扉が開き、エミヤが顔を出してきた。
「どうかしたか?」
「今から厨房に入ってもらえると助かる。ケルト集団が巨大猪を狩ってきたものでな。肉の調理に人手が必要になってしまった」
「おっ、なら今日はジビエ料理か!?わかった、今行く!」
「助かる」
「おっと、そうだ。風はしばらくしたら止むが、それまでは楽しんでくれよな」
「ええ!本当にありがとう!」
「ありがとうございました!」
「ありがとなのだ!」
「じゃあインドラ様も…これで失礼します」
忙しなく去っていく、エミヤとビーマ。
そういや私もビーマに呼ばれて来たけど、レポート書かなきゃいけないんだった…。
「じゃあ、私もそろそろ失礼しようかな?鯉のぼりの片付けは、みんなだけで大丈夫そう?」
「はい、もちろんです」
「いろいろ教えてくれて、ありがとなのだー!」
「ありがとう、マスター」
「どういたしまして」
子どもたちを残して、シミュレーター室を出る。
「インドラ様も戻られますか?」
「もともと、お前を訪ねる道すがらであった」
「そうだったんですね」
扉を閉めて、部屋へと歩き出す。
「先程の話だが…」
「はい?」
歩きながら、インドラ様に話しかけられる。
「お前は…龍になる必要はない」
「…あの伝説のことですか?」
あくまで伝説で、本当に鯉が龍になる…ってわけじゃないんだけどなぁ…。
「激流に逆らい、泳ぎ続けてまで龍の姿を目指すのは、どう見ても苦行でしかないからな。すべての鯉が龍になれるわけでもなし、志半ばで力尽きた鯉も多かろう」
「確かに狭き門だとは思いますが…」
「まあ…そこまでして高みを目指すのは、人の性というものであろう」
「『出世』を願ってのことですから、現代ではあくまで仕事での成功や目標達成の意味合いです。命を天秤にかけているわけではないですよ」
「人の願いというものは、万物を持たざる弱き存在であるからこそ存在する。それを悪しきものとは言わん。が、よりによって龍とは…理解し難い」
「えっと…私は龍になりたいわけじゃ…」
「鯉は水場さえあれば、どこでも生きてゆける魚だと言ったな?ならば鯉のままでよい。ありのままの姿で、生き抜いてみせよ」
「…」
「その姿のまま、どこへでも好きなところへ泳いで行けばよい。そしてお前が泳ぎ切った先で、神が出迎えてやる」
泳ぎ切った先…。
私が一生を終えた先で…って意味だよね?
「…いつ泳ぎ疲れるかわからないのに、インドラ様に会えますかね?」
「疲れたのならば、その都度止まればよかろう。というより、止まれ。そうでもしなければ、行きたい場所にすら行けず終いになる」
「…行きたい場所が、見つからないときは?」
「いずれ見つかる。彷徨いながら泳いだ時間は、無駄にはならん。お前はよく知っているはずだが」
「そうだといいんですが…」
「疑うか?数多の人間を見てきた神の目を」
「…いえ、なら大丈夫ですね」
私がどこに行き着いたとしても、この神様が待ち構e…いや、待っててくれるのか…。
それは…確かに寂しくないかもな。
〜おまけ〜
「これが鯉のぼりですか」
「ああ。家族の鯉なんだと」
マスターとお子様サーヴァントたち、それにインドラと見た鯉のぼりをアルジュナに見せるビーマ。
鯉のぼりが泳ぐ光景を、シミュレーターに登録してもらったのだ。
吹き流し以下…黒、青、紫の鯉のぼりが風を受けて泳いでいる。
「あの黒い鯉はインドラ様だろうな」
「インドラ神…ですか?」
「父親は『大黒柱』だから黒い鯉なんだと。だったらあれは間違いなくインドラ様だろ?それで、その下の青い鯉はお前だ。まだまだ『青い』って意味になっちまうがな」
「いいえ。確かにまだまだ青いとも言えます。父であるインドラ神を超えることすら、まだ叶いませんから」
「そりゃ確かにそうだが、お前が青いってのは謙遜が過ぎるだろ」
そうは言うが、目の前の鯉のぼりを、どこか温かい目で見つめているアルジュナ。
「では…あの紫の鯉はビーマ兄様ですね」
「え?」
「兄様は私の家族ですから」
「アルジュナ…」
まさか、アルジュナがそんなことを言うとは…。
思わず感極まりそうになるビーマだが…。
「いや、ちょっと待てよ?」
「どうしました?」
「それだと、俺までインドラ様の息子ってことになっちまわねえか?」
「え…あ、確かにそうなってしまいますね」
「ははは!それは流石にな!お前からの気持ちはありがたいが、そこはオルタのお前にしとけ」
「あ、確かに…そうですね」
まあインドラなら、ひとりくらい息子が増えたところで気にも留めないだろうが…。
「私たちの家族は…一般的な家庭とは、かなり違いますからね」
「家族の形に正解はねえだろ。俺たちは俺たちなんだから、気に病むことじゃあない」
「…ええ」
プシューッ
「おい、お前たち…!!」
「「!?」」
と、シミュレーター室の扉が開くとともに、聞き慣れた怒鳴り声が響いてきた。
振り返った二人が目にしたのは…。
「インドラ神?」
「インドラ様?どうされました?」
冷や汗を垂らし、血相を変えたインドラだった。
普段は見ない、インドラの焦ったような様子に警戒心を強めるアルジュナとビーマ。
「お前たち…いや、正確にはヴァーユの息子」
「えっ?あ、はい…俺ですか?」
「お前…ヴァーユに何を言った?」
「え…?」
ヴァーユに何を言った?
この場にいない神に?
そもそもビーマからすれば実の父だが、まともに会ったことすらない。
「えっと?状況がよくわからないんですが…」
「何かあったのですか?」
どうやら二人は何も知らないと勘づいたらしい。
はぁ…とため息をひとつつき、何があったのかを説明し始めるインドラ。
「先程昼n…目を閉じて考え事をしていたのだが…」
((昼寝だな…))
「何の前触れもなく、ヴァーユによって夢に引き摺り込まれた」
「えっ?えっと、それは…ただ夢にヴァーユが出たわけではなく?」
「呼ばれた…と言えばわかるか」
「まあ…はい、何となくですが」
「奴め…何やら烈火の如く怒り狂っておった」
「えっ!?」
「ヴァーユ神が…?一体何事でしょう?」
「怒り故か、随分と支離滅裂なことばかり言っておった。強いて要約するのならば『友の息子を断りもなく養子に引き入れるとは、お前も行き着くところまで行き着いたものだ』といったところか?神にはまったく身に覚えのないことだと何度も説き、何とか奴の怒りは治まった」
「「………」」
「何か、奴の怒りに触れるようなことがあったのだろうな」
「「………」」
「おい、何を黙っている?」
脳裏に浮かぶのは、先程のやりとり。
『それだと、俺までインドラ様の息子ってことになっちまわねえか?』
『え…あ、確かにそうなってしまいますね』
(嘘だろ…!?あの話がどういった経緯でヴァーユに伝わったんだよ!?いや、まずカルデアにいねえだろ!!現界すらしてねえはずだが…!?)
(いつどうやってあの話を…まさかお姿を現さないだけで、ビーマ兄様を見守っておられるのか?)
「…何か心当たりがあるようだな?」
「「…ッ!?」」
「話せ」
鋭い目つきでビーマを睨むインドラ。
(これは…まずい…)
(これは…相当お怒りだ…)
しかし、今のインドラに隠し事はできそうにない。
ビーマは、正直に話すことに決めた。
「実は…先程…」
重い口調で話し出すビーマと、その様子を心配そうに見つめるアルジュナ。
話を聞いたインドラはというと…。
「………」
もはや怒りは通り越して、脱力した様子…。
「何かもう…いろいろな意味ですみません…」
「………はぁ」
何から何まで責任を感じているのか、ひたすら頭を下げるビーマと、ため息しか出ないインドラ。
そしてどこから見張…いや、見守っているのかわからない神に、改めて恐ろしさを噛み締めるアルジュナであった…。
END