とある朝、貴方に捧げる
とある朝、貴方に捧げる
「ん…」
朝、いつも通りの時間に目を覚ました私。
同時に、身動きが取りづらいことにも気づく。
あぁ…多分いるんだろうな…。
そう思い、僅かに動く体で後ろを確認すると…。
「………」
案の定、人の体を抱き枕にして寝ている神がいた。
だが、よく見ると…。
「…インドラ様?」
目を閉じてはいるが、何やら表情が険しい。
心なしか、顔色もあまりよくないような気がする。
何とか腕から抜け出し、体を起こしてインドラ様の方へ向き直ろうとした私は、あることに気づいた。
「えっ…何これ…」
マイルームの床には、酒と思われる空き瓶が転がっていた。
しかもよく見ると、その瓶についているラベルに見覚えが…。
「…まさか」
ベッドから出て、棚の扉を開ける。
それはインドラ様にあげるための、高級な酒がしまってある棚なのだが…
「やっぱり、なくなってる…」
確かに昨日見たときは10本あったはずの酒が、5本に減っている。
そして床には5本の空き瓶…。
もう答えは明白だ。
「ねえ、ヴァジュラ」
私は、部屋で霊体化してるはずのヴァジュラたちに呼びかけた。
「…はい」
「…なにー?」
実体化したヴァジュラたちが、私の前に降り立つ。
しかし二体とも、どこか気まずそうな様子…。
「昨日私が寝た後、勝手に棚を漁ったね?」
私が問いただすと、目を逸らしながらポツポツと話し出すヴァジュラたち。
「…昨日、宴の後ここに来たんだけど、インドラさまがまだまだ飲み足りないって言ったからさー…」
「この棚に、マスターがインドラさまへのお酒を置いていることはご存じだったらしく…」
「言っとくけど、一応ぼくたちも止めたんだよー?それはマスターがインドラさまに捧げるためのお酒だから、マスターからもらうまで待った方がいいと思うって」
「しかし『どうせ神に捧げる酒ならば、いつ飲んだとて変わりはせん』と…」
まあ、ヴァジュラたちは悪くない…。
「いいよ。ヴァジュラたちに怒ってるわけじゃないからね。ただ、その結果があれだからさ…」
ベッドで苦悶の表情を浮かべているインドラ様に対して、もはや勝手に酒を飲まれた怒りよりも、呆れるしかなかった。
「インドラさまー?大丈夫?」
「………」
「無理そうですね」
ヴァジュラたちが呼びかけているのだが、よほど二日酔いがひどいのか碌な反応が帰ってこない。
私も呼びかけたのだが、完全にダウンしている。
せめて、どこが悪いかを聞き出せれば、対処ができるんだけどな…。
仕方ない。とりあえずあれを作るか…。
「どこかへ行かれるのですか?」
「うん。インドラ様が何か口にできるものを持って来るよ」
身支度を終えた私は、食堂へと向かう…。
プシューッ
「よっと…」
「あ、帰ってきた」
「何を持って来たのですか?」
「何だかんだ、これが効くみたいだからね」
先程厨房で作ってきた、あるものが入った鍋を、カウンターに置く。
「これは…味噌汁ですか?」
「これ二日酔いに効くのー?」
「うん、いいことづくめなんだよ」
味噌は大豆製品だから、タンパク質が豊富。
体に残ったアルコールの分解を早めるだけじゃなくて、水分やミネラルである塩分も一緒にとれる上に胃にも優しいという、まさに万能メニューだ。
贅沢を言えば、しじみの味噌汁を作りたかったんだけど、厨房に見当たらなかったから、かなり小さめにカットした豆腐だけを入れて作った。
わかめも入れたかったけど、日本人にしか消化できない海藻類をインドラ様が食べて大丈夫なのか、判断がつかなかったのでやめておいた。
神様だから、大丈夫かもしれないけど。
カフェインも効果があるから、コーヒーも視野に入れてたけど、胃が疲れているときには負担をかけてしまうから、これもやめておいた。
というより、そもそもインドラ様の体調のどこが悪いのかわからなかったから、無難な味噌汁にしたんだけどね。
「インドラさまー?一旦体起こすよー?」
「とりあえず召し上がった方がよろしいかと」
ヴァジュラたちが、インドラ様の上体を起こそうと奮闘している。
私はスープマグに味噌汁を注いで、ヴァジュラたちを手伝うためにインドラ様のそばに寄る。
「インドラ様、起こしますよ」
「………」
反応はないが、私がインドラ様の正面から、背中に腕を回して引き寄せると、とりあえず上体を起こすことには成功した。
具合が悪いことに変わりはないが、目が覚めてはいたらしい。
「今持ってきますね」
カウンターに置いた味噌汁を持って来ようと、インドラ様から離れようとしたのだが…。
「えっ…?」
「………」
離れようとした私の背中に腕を回して、力を込めるインドラ様。
完全に拘束された…。
たとえ二日酔いで弱っていても、私では振りほどけないくらいの力はあるらしい。
「お持ちしました」
「あ、ありがとうヴァジュラ…」
様子を見かねて、ヴァジュラがスープマグを持って来てくれた。
「インドラさま、マスターが酔い覚ましに味噌汁を作って来ました」
「ほらほら、これ手に持ってー」
「その前に私を離してほしいんですが…」
「………」
ヴァジュラの呼びかけに、ようやくスープマグを持つインドラ様。
いや、飲むなら私を解放して?
食事中くらい、人間を離しましょうよインドラ様…。
やだよ、これで溢されたら…。
だが、どう抵抗しても私を離す気はないらしい。
そのままスープマグに口をつけ、味噌汁を飲み始めてしまった。
コクッ…と至近距離のせいで、喉が鳴る音が聴こえる。
「………はあぁぁ…ッ」
温かい味噌汁を飲んで少し落ち着いたのか、インドラ様から長いため息が漏れる。
「…少しは落ち着きました?」
「………あぁ」
「でしたら、そろそろ離して…」
「…断る」
「え…」
落ち着いても、離してはもらえないらしい。
そのままスープマグの味噌汁を、時間をかけながら飲み続けるインドラ様。
片腕で、正面にいる私を抱きすくめながら、味噌汁を飲む神様…。
何だこの絵面…。
そして、どうやら完飲したらしい。
ヴァジュラにスープマグを手渡し、空いた腕がまた私の背中に回る。
「あの…インドラ様」
「…何だ」
「私…さっき味噌汁を作りに行っただけで、自分の朝食はまだなんですよ」
「…それで?」
「いや、だから離していただきたいんですよ!」
「はぁ……ヴァジュラ」
「はい」
「なにー?」
「…大黒天の鼠どもに、握り飯を用意させろ」
「「了解!」」
インドラ様の命令を受けて、ヴァジュラたちが飛び去って行く。
朝食を持って来てくれるのはありがたいけど、結局離す気ないじゃんこの神様…。
というか、そもそも勝手に棚漁らせて酒飲み過ぎて二日酔いになってるんだから、文句のひとつくらい言ってやりたい。
プシューッ
「お持ちしました」
「余った味噌汁よそっとくよー」
「ありがとう…」
テーブルの上におにぎりのお皿と、味噌汁が入ったお椀が置かれる。
テーブル自体は、ベッドのすぐそばにあるので、特別移動する必要はないのだが…。
「インドラ様…」
「…断る」
「あの…ならせめて、向きを変えさせてもらえませんか?流石にこの姿勢だと、食べれないです」
「…」
どうやらそれには納得してくれたらしく、腕の力が少し緩んだ。
でも、体の向きをテーブルに向けた途端に、また力が込められて拘束されてしまう。
「…いただきます」
もう仕方ないので、その状態のままおにぎりをひとつ手に取り、口に運ぶ。
今日はやけに頑固だな…。
あ、もしかして…。
契約しているマスターと密着していると、魔力の回りがよくなるらしいから、こうしてると多少は体調がマシになるとか?
それなら…協力はした方がよさそうかな…。
おにぎりを食べながら、そんなことを考える。
よそってもらった味噌汁を口に含むと、若干薄味気味だが鰹節の出汁がよく滲み出ている。
インドラ様にはちょっと薄味だったかもしれないけど、あまりしょっぱいものを出したら、またすぐに酒に手を出しかねないのが、この神様だ。
我ながら、よくできたと思う。
「…ごちそうさまでした」
添えられたおしぼりで手を拭いて、私は念のためインドラ様に尋ねてみる。
「あの、私はいつまでこのままなんでしょうか?」
「神の気が済むまでに決まっている」
でしょうね…。
でも気づいたら、さっきよりも声が元気になっている気がする。
「こうしてれば、多少は体調がいいんですか?」
「ん?何の話だ?」
「え?だってマスターと密着していると、魔力の回りがよくなるって言いますから…」
「…まあ確かに、僅かに魔力が回るようにはなるが」
「え…じゃあそれが理由じゃないんですか?」
「………はぁ」
えっ?ため息?
人を散々拘束しといて、ため息ですか?
「…お前はやはり、己のことに関しては察しが悪すぎるな」
「え?」
呆れた様子のインドラ様が、私の体の向きを自分と向かい合うように直してから、続ける。
「調子が乗らず、起きることもままならんとなった状況で、滋養のための食事を作り、神に献上した…それ以外の理由があるものか」
「え…」
「そこは素直に『二日酔いで弱っている時に、マスターが味噌汁を作ったことが純粋に嬉しかった』と言うべきでは?」
「キシシッ…そりゃあ抱きしめたくもなるよねーインドラさまー?」
「おい、余計なことを言うな!」
「…ッ」
普段体を壊すことなんてない神様が、いざ弱ってしまったときってこうなるんだな…。
いや、もしかしたらこれはインドラ様だけかもしれないけど…。
ヴァジュラたちと言い合うインドラ様をよそに、じわじわと私の顔には熱が帯びてくるのだった…。
〜おまけ〜
「おや?」
「どうした?ラーマ」
朝の食堂にて…カルナとともに朝食をとっていたラーマは、厨房にとある人物の姿を見た。
「マスターが厨房にいるな」
「マスターが?」
すると、今まさに噂をしたばかりのマスターが、厨房から出てきた。
ミトンを手に、何やら小さな鍋を持っている。
そしてそのまま食堂を出ていった。
少しだけ離れた場所に座っていた二人だったが、マスターが持つ鍋から漂う匂いで、中身が何なのかは察したようだ。
「味噌汁だな」
「ああ。誰かのもとへ持って行くのだろうか」
「誰か…」
二人の脳内に浮かんだのは、とある雷霆神。
マスターが手料理を持って行く程懇意にしている英霊というと、もはやあの神しか思いつかない。
実際正解なのだが…。
「そういえば、以前聞いたのだが」
「ん?何だ?」
確かあれは、ガネーシャ神と刑部姫の会話から聞こえた内容だった気がするが…。
「マスターの国では、プロポーズの言葉で『毎日私に味噌汁を作ってください』といった言葉があるらしい」
「毎日味噌汁を?まあ、確かに日本では家庭料理の定番とも言えるらしいが…普通に『結婚してほしい』と言った方が伝わりやすくないか?」
「実際は『結婚してほしい』と言うことの方が多いようだがな」
「だが、ユーモアを含んだプロポーズと考えれば悪くはないな。毎日味噌汁を作ってくださいか………」
「どうかしたか?」
「いや、さっきマスターが持っていた味噌汁…本当にインドラ神に持って行ったのだろうか?」
「可能性としては、一番高いだろうが…」
カラァン!!
「「!?」」
突然近くで聞こえた、何かが落ちる音…。
二人が音のした方向を向くと…。
「ーーー」
「あっ…」
そこにいたのは、アルジュナだった。
足元には、今し方落としたと思われるお盆が落ちている。
目を見開き固まった表情のまま、ラーマとカルナの方を向いている。
(しまった…一番聞かれたらまずい男に…)
(間違いなく聞いていたな…)
やってしまった…と頭を抱えるラーマ。
「ラーマ」
「えっ!?ど、どうしたアルジュナ…」
「先程の…本当のことですか?」
「さ、先程のとは?」
ようやく口を開いたアルジュナだが、真相を確かめようとする質問にしどろもどろになるラーマ。
「マスターが…インドラ神に味噌汁を…」
「えっ?あ、あー…確かに味噌汁を持って出ていくところは、余もカルナも見ていたが、相手がインドラ神であるかはわからんぞ?」
「いえ…間違いなくインドラ神のところでしょう」
「な、何故そう言い切れるのだ?」
「私も…聞いたことがあります。日本人が使うプロポーズに『毎日私に味噌汁を作ってください』というものがあると…」
「あ、知っていたのか…」
かく言うアルジュナは、一体どこでそれを知ったのだろう?
「部屋に運ばせる程のことをするのは、インドラ神以外に考えられません…」
「い、いや…もしかしたらギルガメッシュやオジマンディアスといった王たちかもしれぬぞ?」
(何故こんなときに、こうも頭が冴えるのだアルジュナよ…!!)
「いえ、あの王たちは普段から、マスターにそこまでのことを命じることはありません…」
(あぁ…余のフォローが、フォロー対象によってことごとく打ち砕かれていく…)
(ラーマ…お前はよくやった)
アルジュナの胃に負担をかけないよう、何とかはぐらかそうとしていたラーマだったが、あろうことかアルジュナ本人からことごとく論破されてしまう…。
さらに頭を抱えるラーマを、励ますカルナ。
「おい、どうした?何か落とした音が聞こえたが…」
「…ビーマ兄様?」
先程の物音を聞いて、ビーマが厨房から出てきた。
「あ、ビーマ…ちょっといいか?」
「ん?どうしたラーマ」
「その…先程マスターが、何かを持って厨房から出てきたのだが…」
「ああ…どうやらインドラ様が、ひでえ二日酔いらしくてな。酔い覚ましのために作って持って行くんだとよ」
「…二日酔い?」
「な、何だそうか…よかったではないかアルジュナ」
マスターが持って行った理由が、酔い覚ましのために気を利かせただけだと知り、ほっとするラーマ。
しかし、当のアルジュナの表情は晴れない。
「…つまり、お相手はやはりインドラ神なのですね」
「あ…」
「ん?何の話だ?」
「挙句の果てに、インドラ神の二日酔いの看病をマスターが負担していらっしゃると…」
「あぁ…ダメだったか…却ってダメージが…」
「お前は悪くない」
「?」
真相がわかったことで胃痛が悪化したアルジュナ。
余計なことをしてしまった…と悔やむラーマと励ますカルナ。
そしてひとり意味のわからないビーマであった。
END