それもまたひとつの責務
それもまたひとつの責務
「邪魔するぞ、人間」
「あ、はい」
自動ドアが開く音、そして聞き慣れた声。
いつものように、インドラ様が訪ねて来た。
そしていつも通り、私のベッドに向かう…。
かと思われた…。
「行け」
「「了解!」」
「えっ!?ちょっ…何!?」
インドラ様の合図(?)の後、突如ヴァジュラたちが私の部屋を舞う。
そして私の部屋の引き出しやチェストを次々と開けて中を漁り出す。
いやいや、ちょっと!?
何かいきなり家宅捜索が始まったんですが!?
「ちょっとヴァジュラたち…!!というよりインドラ様!?一体何を!?」
「確認することがある。しばし見ておれ」
「見ておれって…あぁ、ヴァジュラ!!服が皺になるからあんまり雑に漁らないで!!」
「うるさいなーもー」
「目的の物を見つけ次第片付けますのでお気になさらず」
「いや気にするって!!あと何?目的の物って…」
そんなこんなでヴァジュラたちに部屋の中を漁られること数分…。
「あ、恐らくこれですね」
「お、やっと発見?」
「…中身はどうだ?」
「え?それは…」
ヴァジュラが取り出した物…それは、ピンク色のポーチだった。
ファスナーを開け、中身を確認するヴァジュラ。
「未開封です」
「やはりか」
「言った通りだったね」
ポーチの中身…
それは以前ハベにゃんから貰った化粧品だ。
『君はマスターである前に女の子なんだぞ!?キラキラしないでどうするのさ!?』
とハベにゃんが私に渡してきたもので、どれも使うことなく、しまったままだったのだ。
一応…それらと一緒に入ってた化粧水と美容液だけは使ってはいるんだけど、他のコスメ類はなんやかんやあって開封すらしていなかった。
「さて…神が何を言いたいか、察してはいると思うが、あえて尋ねるとしよう。お前は何故、この化粧品を使わない?」
「………」
「何故黙るのです?」
「インドラさまが質問してるんだぞー?さっさと答えろー?」
「お前たちは黙っていろ」
「「…承知」」
化粧をしない理由…。
「特異点の現地探索や戦闘中は、化粧が崩れても直せないですし…」
「…」
「顔に怪我を負ったときは化粧はできませんし…」
「…」
「何より…身支度に時間がかかって、緊急の呼び出しがあっても遅れてしまうかもしれませんから、していないほうが早く動けて…」
「それが」
「!?」
「それがすべての理由か?」
今の今まで、私の言い分を黙って聞いていたインドラ様だったが…
私の言葉を遮り、怒気を含んだような低く、静かな声で私に問いかける。
こんなに怒っているインドラ様は…今まで見たことがなかった。
今…私の体が感じているものは間違いなく…
恐怖…それも、畏怖だった…。
「…ッ」
私を見下ろす視線が…溢れ出る圧が…
瞬き以外のすべての動きを、封じる。
体が徐々に震えてくる…。
声も…出ない…。
「それしきの理由で、他者からの善意の施しを無下にするというのか?」
「…ッ」
「随分と驕り高ぶっているようだな、人間」
インドラ様が紡ぐ言葉すべてが、私の脳を直接殴るように響き渡る。
「愚か者が!!」
「ッ…!?」
突如響く怒鳴り声。
思わずビクッと震え上がる、私の体…。
「お前にそれを贈った者は、非常事態の中…たとえほんのひとときでも、お前に人間の女としての幸福を与えんと願う者であろう!?」
「!!」
「それをお前は『必要がない』『暇がない』というくだらん言い訳で切り捨てている…己の愚かさをまったくもって理解しておらん!!」
「ッ…!!」
「そもそも…化粧とは嗜みだ。神である神の前において、お前は必要最低限の身なりすら整えておらん不敬者ということでもあるのだぞ?」
「ぁ…」
「理解したのなら…今己が何をすべきか考えろ。そして行動に移せ!!」
「は…はい…ッ」
インドラ様の言葉に、文字通り弾かれるように体が動く。
ヴァジュラが差し出してきた化粧品を受け取り、パッケージを開ける。
ファンデーション、クリームチーク、アイシャドウ、アイブロウ、マスカラ、リップにグロス…
その他にアイブロウ用のハサミやカミソリ、マスカラ用のビューラーも入っていた。
必要最低限のコスメが揃っている…。
これを開けもしなかった自分を恨む。
そして、ハベにゃんに心の中で謝罪する。
ハベにゃん…ごめんなさい…。
せっかくハベにゃんが、私に似合う色まで調べて選んでくれたのに…。
遅くなったけど…試してみるね…。
一旦開封した化粧品をデスクに置き、下地を整える洗顔をするために、礼装の手袋を脱ぎ捨てた。
〜数十分後〜
こんなところ…だろうか?
化粧自体かなり久しぶりだったが、記憶を頼りに肌に色を乗せた。
あまりつけ過ぎないようにしたため、薄めの化粧にはなったが、まったく化粧をしない普段よりは確実に彩りが増したように見える。
鏡でバランスを確認し、ピンで上げていた髪を下ろして櫛でさらに整える。
「…終わったようだな」
髪を下ろしたことで、化粧が終わったと判断したらしいインドラ様。
定位置でくつろいでいたところを立ち上がり、まだ髪を整えている私のそばに近づく。
「多少はマシにはなったか?」
「…どうでしょう…?」
椅子に座る私の真横まで来たインドラ様が、私の顔を覗き込む。
「…」
「………インドラ様には…馴染みのない……化粧かもしれませんが…」
…
…
何か…言って…!?
黙って眺めるんじゃなくて…
せめて何か言ってくださいよインドラ様!!
いやまあ流石に男性に化粧のどうこうを語れなんて言わないですけどね!?
インドラ様は性別不明?
………。
知るか!!
黙って顔を見つめられることに耐えきれず、顔は動かさないまま、デスクに置いたコスメを片付けてポーチにしまう。
「………はぁ」
えっ…ため息…?
人の顔まじまじと見ておいて第一声ため息…?
散々叱られた私が言うのもなんだけど、この神様失礼すぎない!?
ノンデリなのはちょっと前から知ってたけど、それにしたってひどくない!?
「あの…インドラさm…うわ…ッ!?」
抗議のひとつでもしてやろうと口を開いた瞬間、相変わらず何も言わないままのインドラ様に抱き上げられる。
いつものように片腕で担がれるんじゃなくて、両腕で…所謂お姫様抱っこの姿勢になる。
そしてその状態で私の顔を見つめる。
この姿勢…初めてかもしれない…。
何かちょっと…恥ずかしい…。
「まったく…」
「!」
「何故普段からそうしない」
「え…」
特に表情を変えないまま私の顔を眺めていたインドラ様が、ふっと優しい笑みを溢す。
「随分と神の隣にふさわしい女になったな」
「……えっ…?」
え…なに……何て?
隣に…?
「まさかここまで変わるとはな。単なる女たちの嗜みとしか考えていなかったが…なるほど、化粧とはそう侮れぬものだな」
ふさわしい…?
「ッ…〜〜〜!!」
「ん?おい、何故顔を背ける?もっとよく見せろ」
確かに…。
確かに、何か言ってとは願いましたが…。
そこまで破壊力のあるコメントは求めてないです…。
〜おまけ〜
マスターがインドラの前で化粧をする少し前…。
「あ、いたいた…雷雨の神様ー!」
「……お前は確か…糸紡ぎの妖精だったか?」
「そうそう!覚えてもらえてて何よりだわ!」
食堂にて…料理を待つインドラの前に現れたのはインドラから見たらあまりに小さき者…糸紡ぎの妖精、ハベトロットだった。
「神に何か用か?」
「うん。神様にちょっと聞きたいことがあってさ」
「何だ」
ハベトロットは少しだけ声を潜め、問いかける。
「あのさ…神様は、ここ最近マスターが化粧をしている姿って見たことある?」
「…化粧?」
マスターの姿を想像してみるインドラ。
見ていないな…。
というより、そもそも化粧をしている姿すら見たことがない。
「…神は見たことはないな」
するとハベトロットはため息をついた。
「はぁ…やっぱりかぁー…」
「やっぱり?何かあるのか?」
「うん…実は…」
「ボク、前にマスターに化粧品を贈ったんだわ。マスターだって女の子なんだから、たまにはお洒落しなきゃダメだぞって。でもマスターってば…使ってくれてる様子が全然なくてさー!」
「…ほう」
「見たところ、肌が荒れない程度に整えてはいるみたいなんだけど…頬紅とか口紅とか?そういうのは一切つけてないみたいなんだ」
「…確かに、ないな」
「でしょー?神様は最近マスターと一緒にいることが多いから、もし神様の前でだけおめかししてるんなら、まだいいかなって思ったんだ。でも、やっぱり使ってくれてないってことだよなぁ…」
しょんぼりとするハベトロット。
その落ち込んだ姿を見つめるインドラ。
この小さき者は…あの人間の幸福を心から願っているようだ。
当人が望むのならまだしも…本来なら色気づき、化粧や装飾で着飾る楽しみを味わえる人間の女が、戦いの最前線に立たされ、ただでさえ短い生においてその幸福すら与えられんというのは…
神からすれば、苦行にすぎん…。
この者の懸念を放置したままでは、神々の王である神の名が廃るというもの。
仕方ない…。
この神が力を貸すとしよう。
それに、そもそもあの人間…本来嗜みであるはずの化粧すらせず、神の姿を拝謁していることになるではないか。
神が神であることを失念しているのか?
不敬にも程があろう…。
「ならば…糸紡ぎの妖精よ」
「ん?」
「お前が贈った化粧品…あいつが一体どの程度使っているのか、この神が確かめてやろう」
「えっ、ホントに?いいの?」
「ああ。お前の想い、この神々の王が聞き届ける」
「ホントに!?ありがとう神様ー!あ、なら…マスターに贈った化粧品は、ピンク色のポーチに詰め合わせたんだわ!受け取ってはくれたから、マスターの部屋にはあるはずなんだけど」
「任せろ。ヴァジュラたちに捜させる」
インドラの言葉に、顔をぱぁっと輝かせるハベトロット。
小さき者の笑顔というものは、やはり見応えがあるものだな…。
「でも…嬉しいけど、よその国の…しかも神様にそこまでお願いしちゃうの、何かちょっと気が引けちゃうかも…」
「なに、気にするな。そもそも必要最低限の身嗜みもまた、あの人間のひとつの責務でもある。それを疎かにしているのならば、正す必要はあるだろう」
「そっか。でも確かに、神様から叱られたら流石のマスターも動いてくれるよな!」
「当然だ。もしも反抗しようものなら力ずくで平伏させるまでだ」
「えっ!?でも神様…女の子にあんまり乱暴はしないでほしいのだけど…」
「ものの例えだ…間に受けるな」
「う、うん…じゃあ…お願いしちゃうのだわ!あーでもでも!化粧をしたマスター、楽しみだなぁー!マスターにはいずれボクの作った花嫁衣裳を着てもらわなきゃいけないからねー!化粧してもらうのはまずその第一歩だ!」
説得に成功し、化粧を施したマスターを想像したのだろうか。上機嫌になるハベトロット。
「花嫁衣裳…」
そういえば、この者は花嫁衣裳を仕立てる妖精だったな…。
「フッ…」
『何か』を想像したインドラは、ハベトロットに見つからないよう、笑みを溢す。
「なるほど…確かに楽しみだ」
END