常套手段は程々に
常套手段は程々に
チャポンッ
「ふぅ…温かい…」
ちょうどよい湯加減の温泉にゆったりと浸かり、思わず独り言を漏らす私。
ここはレイシフト先の、とある温泉街。
微小特異点の発生ということでやってきた私たちだったが、特に困難もなく探索を終え、聖杯の回収に成功した。
あとは帰還するだけ…となったのだが、せっかくの温泉街。
どうせなら、温泉で疲れを癒して帰還しよう…ということになり、カルデアにいる所長からも渋々だが許可をもらえたため、ありがたく浸からせてもらっている。
所謂日帰り温泉に来ているのだが、どうやら私以外にお客さんはいないようだ。
今日はレイシフトメンバーに女性英霊がいなかったため、実質貸し切り状態だった。
「よかった…誰もいなくて」
同性とはいえ、やはり気を遣ってしまうもの。
ひとりの方が気が楽だ。
広々とした浴槽でくつろいでいると…。
「あら、先客がいらっしゃったのですね」
「!?」
不意に聞こえてきた、聞き慣れない声。
後ろを振り向くと、そこにはひとりの女性が立っていた。
「私も…よろしいでしょうか?」
「あ、もちろんです!」
後ろに纏めた黒い髪、陶器のように白い肌、背が高く大きな胸、綺麗な曲線を描いた腰…。
抜群のプロポーションを持つ、とても綺麗な女性。
ゆっくりと湯に浸かり、私の隣に腰を下ろす。
現地の人かな?
こんなにスタイル抜群な人の隣だと、ちょっと気が引ける…。
いや、今ここには私とこの女性以外誰もいないんだけどさ。
「あまりお見かけしないお顔ですが、もしや旅のお方でしょうか?」
「あ、はい」
「そうでしたか。ならせめてここでは、旅の疲れをゆっくりと癒してくださいね」
「ありがとうございます」
優しく微笑みながら、私に話しかけてくる女性。
少し湯に浸かったからなのか、色白な顔に僅かに赤みがさしている。
それが、とても色っぽい。
「貴女には…」
「え?」
私の目を見つめながら、女性が呟く。
「常に、貴女を護っておられる存在がいらっしゃいますね」
「…わかるんですね」
「ええ、当然です。こう見えて私、とても信心深い者ですので」
そう言って目を伏せた女性。
そして、また私の方を見る。
「貴女は…どうされるおつもりですか?」
「どう…とは?」
「貴女は明確に受けておられるはずです。守護する存在からのアプローチを」
「!」
この女性の言う『守護する存在』。
それはまぎれもなく、インドラ様のことだろう。
「そのような存在から直接アプローチを受けるというのは、ごく限られた方のみです」
「…そうでしょうね」
「ひとつ気が変わってしまえば、貴女は人の世から引き離されてしまうかもしれません」
「…」
「貴女は…どうされるおつもりですか?」
先程と同じ質問を、女性から投げかけられる。
なので私は、こう答える。
「わかりません」
「…わからない?」
「私は、普通の人間として生きていきたいとは思っていますが、それはいざそうなってみないと、わかりませんね」
「…」
「御心遣い、感謝します。ですが、決めるのは私自身です。貴女がいくら気に病んでも、私の意見は変わりません」
私が選択を迫られた時…。
そうなれば、その時の私の本心に従うまでだ。
だから、誰かから説得されようが唆されようが、私には関係ない。
「それから、ここは公衆浴場です」
「…はい?」
「今は私しかいませんが、こういったことはあまりよろしくないと思いますよ」
「ねえ、インドラ様?」
「…ッ!?」
私は隣の美しい女性を見つめながら、そう言った。
女性は目を見開いて、言葉を詰まらせる。
「…はぁ」
と、ため息を漏らす女性。
「…いつから気づいていた」
声は女性のままだが、口調だけがいつものインドラ様に戻った。
先程までの柔らかい表情は消え去り、眉間に皺を寄せた険しい表情になった。
見破られたことが、気まずいんだな。
なら、こんなことしなきゃいいのに…。
「まずですけど…」
私はひとつ目の指摘をする。
「その身長の人間の女性はなかなか珍しいです」
「!?」
そう、この女性…もといインドラ様。
身長は恐らく190cm以上ある。
バゲ子さんのような妖精や、ティアマトのような神霊だったらまだわかるけど、人間の女性にしてはかなり背が高い。
「それから、項です」
「項?」
「髪と肌の境目辺りですけど、うっすら雷光が漏れてます」
「…ッ!?」
お風呂だから、長い髪を纏めたんだと思うけど…。
この神様、普段から髪の生え際辺りから雷光が漏れてるのに、ガッツリ項を見せる髪型にしちゃったせいで、髪の色を変えても雷光が隠せてない。
「そもそもですけど…」
「…まだあるのか」
「温泉で、普通こんなにくっつきませんよ」
「…ッ」
女同士なら大丈夫だと思ったのかもしれないが、初対面で腕がぴったりとくっつくくらいの距離に座るのは、まずありえないでしょ…。
しかも温泉の中…裸で。
そんなことしてくるのは、私に近づきやすい存在に化けた『何か』でしかない。
それにこの手口…どちらかというと、神よりは悪魔が使う手口に近い気もするのだが…。
まあ…インドラ様は常套手段だろうな、うん。
「そもそも、ここ女湯ですよ?私以外にお客さんがいたら、騒ぎになってましたよ…」
「お前しかいないことを確認して入った。外にヴァジュラたちを置いてきたからな…他の客が来ることはない」
「営業妨害じゃないですか…」
「貸し切りの湯がないのなら、他に手はあるまい」
まったく悪びれる様子もなく、長い足を組んで壁にもたれかかるインドラ様。
「だったら男湯を貸し切ればよかったのでは?わざわざ女性に化けてまで、何で女湯に…」
「今回は女英霊どもがおらん。ならば、お前と湯に浸かっていて邪魔が入ることのない、良い機会ではある」
「……私とお風呂なんて、何度も入ってるじゃないですか」
「外出での湯浴みは、また別だ」
美女のガワと声で、中身はいつものインドラ様…。
ダメだ…何か脳がバグる…。
「…なら、お風呂から出た後も、しばらくは女性のフリをしててくださいね?」
「何故だ?」
「みんなと鉢合わせちゃいますから」
「何かまずいことでもあるのか?」
「今日のレイシフトメンバー忘れたんですか!?」
すると、少し考える素振りを見せたインドラ様の表情が…固まった。
が、すぐに平静を装って返事をする。
「……現地の女ということにしておけ」
「そうします…」
まったく…何でこの神様はこんなにも計画が杜撰なんだろう?
「だが…隠す必要もないか」
と、急にいつものインドラ様の声が聞こえてきた。
慌てて隣を見ると…。
「ちょっ…インドラ様!?」
いつの間にか、元の姿に戻って温泉に浸かっているインドラ様の姿があった…。
「神とお前しかおらんのならば、わざわざ女に化ける必要はない」
「そうですけど…ッ」
「そう慌てるな。ここで事に及ぶつもりはない。口惜しいのはわからんでもないが、帰ってから相手をしてやる」
「私何も言ってないんですけど…」
「それより、もっとこちらへ寄れ」
ただでさえくっついてるのに、腰に手を回されてさらに密着する羽目になる私。
本当はよくないことだけど…
「…出るときは女性に化けてくださいね?」
今だけなら、まあいいか…。
そんなことを思う私も、大概なんだろうな…。
〜おまけ〜
マスターとともにレイシフトをした英霊たちは、探索後に温泉巡りをすることを許可された。
「はぁ…いい湯加減だな」
「ええ…疲れが癒されますね」
今回レイシフトメンバーに入っていたアルジュナとラーマは、同じ温泉宿で湯を堪能していた。
「この温泉街は、それぞれ効能が違うらしい。時間が許す限りは比べてみるのもいいかもしれぬな」
「はい。それにこの温泉宿では、温泉卵を作っていました。温泉から上がった後、いかがでしょう?」
「ほう。ならば後でもらうとするか」
所長からもらった自由時間は、思いの外長い。
マスターを含む他のメンバーも、各々温泉を楽しんでいるようだ。
しばらくして湯から上がり、できたばかりの温泉卵を堪能しようと売店へ向かう二人。
「そういえば…」
「ん?どうした?」
アルジュナは、ふとマスターのことを思い出す。
「今回のレイシフトでは、女性の英霊がひとりもいませんね」
「ああ、確かに」
「そうなると、マスターはひとりで温泉に入っているはず…」
「まあ、そうだな。それがどうかしたか?」
「事態は解決したとはいえ、マスターひとりで…大丈夫でしょうか?」
「ふむ…だが流石にマスターの温泉巡りに、余たちが着いて行くのはなぁ…」
「そうですよね…」
少々心配ではあるが、流石に女湯に入るわけにはいかない。
後で、無事合流できることを願った二人。
「おや?」
「どうしました?」
「あれ、マスターではないか?」
「え?」
少し離れた場所で見つけたのは、たった今話題に出したばかりのマスターだった。
恐らく、先程まで温泉に入っていたのだろう。
浴衣を着て、ロビーのソファに座って誰かと話しているようだった。
誰と話しているのだろう?
そう思い、近づいた二人が目にしたのは黒髪の女性だった。
背が高くスタイルの良い、まさに『美女』と呼べる女性。
だが、この微小特異点の探索中に、このような女性に出会った覚えはない…。
「マスター」
「あ…ラーマにアルジュナ」
「…」
ラーマが声をかけると、マスターと女性がこちらを向いた。
「そちらの女性は?」
「さっき温泉で会った現地の方だよ」
マスターがそう言うと、女性は黙ったまま二人に会釈する。
「そうですか。おひとりでないのなら安心ですが…」
「………」
その女性を見たラーマは、何とも言えない感覚に襲われていた。
何だ?この女性、確かに初対面のはずだが…。
どこか、よく知っているような…。
考え込んだラーマの脳内に、ヴィシュヌの囁く声が聞こえてきた。
『ーーーーー』
「…ッ!?」
「ラーマ?どうされました?」
まさかの事実に、思わず言葉を失うラーマ。
それに気づいて訝しむアルジュナ。
「…あー、そうだ!温泉卵!温泉卵を買おうとしていたんだった!」
「え?あ、はい…確かに忘れてましたね」
とりあえず、まだ気づいていないアルジュナを今すぐここから引き剥がす必要がある…。
そう思ったラーマは、アルジュナの腕を引く。
「じゃあ、また後でなマスター!」
「あ、うん…後でね」
「え…あの、ラーマ?どちらへ?」
「もちろん売店だ!」
わけもわからずラーマに腕を引かれ、売店へと引きずられていくアルジュナ。
「ラーマ…先程の女性、本当にマスターといさせて大丈夫なのでしょうか?現地の女性を装った不審な者かもしれませんが…」
「ああ…いや、それは大丈夫だ。むしろあの女性がいた方が安心だからな」
「あの女性がいた方が…安心?」
そう、それは本当だ。
現地の女性を装ってはいるが、怪しい者ではない。
ヴィシュヌの声が、そう教えてくれた…。
『大丈夫、あれ女に化けたインドラだから』
何が大丈夫だと言うのだヴィシュヌよ…!!
確かに、マスターをひとりで行動させるよりも遥かに安全ではあるのだが…あるのだが…ッ!!
『温泉で出会った』というマスターの発言、着ていたのが湯上がりの浴衣だったことを鑑みて…
確実に女湯に入っているではないか…ッ!!
いくら女に化けているからといって、他の女性客がいることを考えておらぬのか!?
息子がいるかもしれぬ(実際いた)場所で、何故そこまでのことができるのだ…。
そしてマスターは、あの女性がインドラ神であることに気づいているのだろうか?←気づいてます
「ラーマ?先程からどうされました?」
何も知らないアルジュナは、ラーマの言動が不思議で仕方ない。
アルジュナが、あの女性を千里眼で視る前に、距離をとって本当によかった…。
心の底から安堵するラーマだったが…。
「ええい!何やら無性に腹が減った!温泉卵も温泉まんじゅうも食えるだけ食ってやる!アルジュナ!汝も付き合え!」
「えっ?は、はい…それは喜んで」
もはやヤケ食いしなければ気が済まなくなったラーマは、アルジュナを巻き込んで、温泉宿名物のグルメを帰還寸前まで食い尽くすのであった…。
END