小間使いとの一日 〜少年体ヴァジュラ〜
小間使いとの一日 〜少年体ヴァジュラ〜
「ん…」
朝、いつも通りの時間に目を覚ます。
「おはようございます」
うっすらとだが、聞き覚えのある声が聞こえる。
寝起きの掠れた声で、返事をする私。
「…おはようヴァジュラ…」
ぼんやりとした頭のまま、ゆっくりと体を起こす。
何度か瞬きをしてヴァジュラを見つめた私は、そこでやっとあることに気づいた。
「…あれ?」
目の前には、先程私に挨拶をした少年体のヴァジュラの姿。
だが部屋を見渡してみると、その主であるインドラ様の姿がない。
それどころか、少女体のヴァジュラの姿もない。
「…インドラ様と、もう一体のヴァジュラは?」
「自室です。今ここにいるのは、ぼくだけです」
「えっ?」
少年体のヴァジュラが、単体で私の部屋にいる。
一体何事なのだろうか?
「インドラさまより、申し付けられました」
「?」
「今日一日、マスターの小間使いを務めさせていただきます」
「…は?」
小間…使い…?
ちょっと待て、理解が追いつかない…。
「あの…小間使いって…」
「具体的に言いますと、今日はマスターのおそばに控えて、マスターの雑務をお手伝いさせていただきます」
「あ、うん…君の役目はわかった。ただ、何で急にそんなことに?」
「詳しい理由は、ぼくも聞いていません。何となく想像はできますが」
「想像って?」
「それについては答えかねます」
マジで何考えてんだ、あの神様…。
私は庶民なんだから、使用人がいたことすらないっていうのに…。
あれか?庶民の人間に、突然小間使いをつけて生活させたらどうなるのか気になってやってみたとか?
いや、どこの配信者だよ…。
「それよりも、今日は朝9時からブリーフィングが入っています。速やかに身支度をして、朝食を済ませる必要があるかと」
「そうだった…急いで着替えないと…」
「礼装はこちらに用意してあります」
「あ、ありがとう…」
「顔を洗ったら、化粧も忘れずに。今日はトレーニングやレイシフトの予定はないと聞きました」
「うん…確かにないけど…」
「最近、また化粧をしない日が増えてきた…とインドラさまがぼやいておられましたので」
「…」
私の雑務をしながらインドラ様の希望を織り交ぜるあたり、優秀な小間使いだなぁ…。
〜管制室〜
「ねえ、貴女…」
「どうしました所長?」
管制室に入るなり、オルガマリー所長が引きつった顔をして私を見つめる。
「何でインドラ神のヴァジュラが、貴女についてきてるの?」
「ぼくのことはお気になさらず」
「気にするわよ!インドラ神の従神とはいえ、貴方は一介のサーヴァントなんだから!」
「役目を放棄するわけにはいきません」
「経営顧問はともかく、サーヴァントの同席は認めません!」
「今日のぼくの仕事ですので」
所長の言葉にも、引く様子のないヴァジュラ。
「所長…私からもお願いします。ブリーフィングを妨害するようなことは、絶対にありませんので」
「はぁ……何かすれば追い出すわよ?」
「それは大丈夫です。インドラ様への侮蔑の言葉がない限り、ヴァジュラが事を起こすことは、まずありません」
「至極当然です」
「…まあ、貴女がそこまで言うならいいわ。同席を許可します」
「「ありがとうございます」」
「…礼儀正しいから、まあよしとするけど」
渋々だが、ヴァジュラの同席を認めてくれた所長。
これがもし少女体のヴァジュラだったら、所長に噛み付き噛み付き返され…いろいろ大変だったかもしれないな…。
そんなことを考えながら席に着き、ブリーフィングの開始を待つのだった…。
〜数時間後〜
「では、ブリーフィングはこれで終了します」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした…ふぅ…終わった…」
ブリーフィングが終わり、椅子から立ち上がった私は軽く伸びをする。
同席していたヴァジュラは、基本私の後ろで静かに浮かんでいた。
ただ、紙の資料の差し替えや、タブレットによる情報の報告を進んでやってくれたおかげで、私だけでなく他のスタッフのサポートまでできていた。
やはり仕事となると、とても優秀だ。
あれだけ文句を言っていた所長も、ヴァジュラの有能ぶりに感心していた様子だった。
「ありがとね、助かったよ」
管制室を出ながら、そばに浮かぶヴァジュラにお礼を言う。
「ぼくはインドラさまの雷ですから。この程度の仕事をこなせなければ、インドラさまの名を廃らせてしまいます」
まあ確かに、今回私の補佐をしているのはインドラ様の命令みたいだからね。
それにしては、仕事が出来すぎる気がするけど…。
「もう11時を回りましたが、早めの昼食になさいますか?」
「いや…さっき所長に催促されたレポート、あと少しで書き終わるから、終わらせようかな」
「承知しました。ではぼくが提出に行きます」
「えっ?でもそれは流石に…」
「書き終わったら、早めに食堂に行くように。インドラさまが貴女をお待ちですので」
「あー…そういうことね…」
やっぱりインドラ様贔屓だな。
当たり前なんだけどさ…。
〜食堂〜
レポートを書き終えた私は、ヴァジュラに言われた通り食堂に来た。
「やっと来たか、人間」
「インドラ様…」
食堂の奥のスペースでは、いつものように宴をしているインドラ様の姿があった。
そばには、少女体のヴァジュラが控えている。
「ヴァジュラはどうした」
「私の代わりに、レポートを提出しに行ってくれました…」
「ならよい。神の命令通り、しっかり働いているようだな」
「そのくらいしないとねー。キシシッ」
「で、いつまで離れた場所にいる?そばへ寄れ」
「あっ…はい」
インドラ様に呼びかけられ、そばまで歩いて行く。
「戻りました」
「わっ…」
と、ちょうどインドラ様のそばに来た瞬間、私の目の前に少年体のヴァジュラが降り立った。
「提出は完了しました」
「ありがとうヴァジュラ…あの、インドラ様」
「何だ」
ヴァジュラが戻ってきたタイミングで、私は朝から思っている疑問をインドラ様に投げかける。
「今日一日、ヴァジュラに私の小間使いを命じているようですが、一体何故ですか?」
「深く考える必要はない。気まぐれ…というやつだ」
「気まぐれ…」
「お前にとっても、悪い話ではあるまい」
「確かに、朝のブリーフィングでサポートしてもらえて、とても助かりました。今もレポートの提出に行ってもらえましたし…」
「ならばよかろう。甘んじて受けておけ」
「わかり…ました…」
釈然としないが、今のインドラ様をこれ以上問い詰めても、納得のいく答えが返ってくる気がしない。
とりあえずは、インドラ様の気まぐれに付き合っておいた方がよさそうだ。
「マスターの分の料理をもらって来ました」
「えっ…いつの間に…」
「お前も席に着け」
「はい、失礼します…」
インドラ様に言われるがまま、隣の椅子に座り、用意してもらった料理に手をつけていく…。
〜数時間後〜
宴が終わって各々が席を立ち始めた頃、私はテーブルに残された食器を返却口に運んでいた。
少年体のヴァジュラも私と同じように、テーブルの上を片付けている。
インドラ様?
アイラーヴァタに腰掛けたまま動かないから、多分寝てる。
「おや、マスター」
「あ、アルジュナ」
と、食堂にアルジュナがやってきた。
そして、私が片付けをしている様子を見て、先程まで宴が開かれていたことを察した様子。
「申し訳ありませんマスター!マスターにばかり片付けをさせてしまい…」
「気にしなくて大丈夫だよ」
「私も手伝いますので!」
「大丈夫、ヴァジュラが手伝ってくれたから、もう終わるよ」
「そうですか…いつもいつも、父がすみません…」
アイラーヴァタに腰掛けるインドラ様を一瞥し、私に謝罪するアルジュナ。
「一通り終わりました。部屋に戻られますか?」
「うん…インドラ様はどうしよう?」
「そのうち起きるでしょうから、ご心配なく。では戻りましょう」
「そうだね。ならいいか…」
ヴァジュラと食堂を後にしようとすると…
「マスター?」
「ん?どうしたの?」
アルジュナに声をかけられ、足を止める。
「その…勘違いでしたら申し訳ないのですが、まるでヴァジュラが、マスターと行動を共にしているように見えるのですが…」
「その通りです」
「!?」
「インドラさまから、今日一日はマスターの小間使いとなるようにと命を受けています」
「小間…使い…?」
「インドラ様に理由を聞いてみたんだけど、気まぐれだって言われたから…」
「気まぐれ…」
「参りましょう、マスター」
「うん。じゃあねアルジュナ」
ヴァジュラに急かされた私は、アルジュナにひと声かけてから食堂を出ていく。
「あ、マスター…」
「あ!アルジュナ!」
「!?」
「インドラさま起きて!アルジュナが来たよ!」
「………アルジュナ?」
「あ…」
「!…来ていたのか、我が息子よ」
そして残されたアルジュナは、目を覚ましたインドラに気づかれ、しばらくご機嫌な神の相手をする羽目になった…。
〜マイルーム〜
「書けそうなものは以上でしょうか」
「そうだね。インドラ様が同行したレイシフトのレポートは、これで全部だよ。ありがとう」
「特異点の異常の発見は、インドラさまに代わってぼくたちが行うものですから」
部屋に戻った私は、ヴァジュラと一緒にレポートの片付けに取り掛かった。
ヴァジュラがいるのなら、インドラ様と同行した特異点で、まだ報告が終わっていないものを終わらせてしまえる…。
そう思い、ヴァジュラのかなり正確な記憶をもとにレポートを書き上げていき、ついに完成した。
「提出は…明日にしておくか」
「この量を、日が落ちた時間帯に持って来られるのは、人間の立場で言うのなら、帰り際に残業を積み上げられた気分…とでも言うのでしょうか」
「インドラ様だけじゃなく、ヴァジュラも例え話がわかりやすいんだね…私ならブチギレそうになるよ」
「恐縮です。提出は尚更明日に回すべきかと」
提出期限を守ってお咎めなし…というよりは、普通に発狂しそうだな、所長。
いや、こんな量になるまで後回しにしてた私も私なんだけど。
「さて…そろそろ軽く夕食を食べに行くかな…」
「その必要はありません」
「え?」
プシューッ
「失礼します、大旦那様」
「夕食のおにぎりをお持ちしました!」
「厨房組の皆さんから、豚汁もつけていただきましたので」
自動ドアが開き、大黒天たちが部屋に入ってきた。
おにぎりのお皿と、汁物のお椀が乗ったお盆を持っている。
「もしかしてヴァジュラが?」
「注文しておきました」
「何から何までありがとう…」
どこまで気が利くんだ…。
あとインドラ様もだけど、最近大黒天たちに食事用意させること増えてきたな…。
神様繋がり?
「では、こちらに失礼しますね」
「ありがとう、大黒天たち」
「いえいえー!では私どもはこれで!」
料理をテーブルに並べ、大黒天たちは部屋から出ていった。
「いただきます」
おにぎりを手に取り、口に運ぶ。
食べ進めながら、ふと視線を動かすと、お茶を淹れているヴァジュラが目に入った。
まさに至れり尽くせりだ…。
でも、この感覚…やっぱり慣れないな…。
「どうかしましたか?」
私の目の前にお茶を置いたヴァジュラは、ぼんやりしている私に気づいたらしい。
顔を覗き込んでくる。
「うん…今日いろいろやってもらえたけど…」
「何か不備がありましたか?」
「ないない!むしろ大助かりだよ!だけど…」
「何でしょうか?」
淹れてもらったお茶を一口飲んで、続ける。
「私は今まで、小間使いとか…使用人がいない環境で育ってきたから。自分のことは自分でやる癖がついてるから、あれこれやってもらうのは、逆に落ち着かないんだなって思っただけだよ」
「神や王族ならばあって然るべきでしょうが、マスターはそのような生まれではありませんので、その感覚は至って普通のことかと」
「…まあね」
「しかし、小間使いを手に入れて気が大きくなる者は存在します。インドラさまのような、大いなる存在ならばまだしも、他者から与えられて然りと驕り高ぶる者は、従神であるぼくを以てしても、見るに堪えません」
「…仮に使用人を雇う立場になったとしても、そうはなりたくないな」
「問題ないかと。そう思える時点で、貴女は他者を物扱いすることに向いていませんので」
「…そうだといいな」
「上に立つ者にも向いていませんが」
「急に刺さないで?」
「資質の有無は大事です」
「…そうだね」
ただ、何だろう?
インドラ様の魅力って、みんなを惹きつけるカリスマ性もあるかもしれないけど、何か違う気がするんだよな…。
あのビジュアルは、どう見てもカリスマって感じがするけど、実際は身近にいて心が落ち着く存在だから好かれていることの方が多いような…。
(※個人の見解です)
「ごちそうさまでした」
「ではこれは片付けてきますので、シャワーを浴びているように」
「うん、ありがとう。そうするよ」
お盆を持って部屋を出ていくヴァジュラを見送った私は、部屋をロックして礼装を脱いでいく。
ガチャッ
「部屋着はこれでよかったでしょうか」
「ありがとう。十分だよ」
戻ってきたヴァジュラが、ベッドに服を置いてくれていた。
そして手には、コンセントに繋いだドライヤーが…。
「えっと…まさか乾かすのも?」
「当然です。肌の保湿が終わったら、乾かします」
「ここまでしてくれるのか…」
主人の世話をする使用人は、これも仕事の一環なんだろうな…。
インドラ様は、自力で乾かしそうではあるけど。
「今日のやることは、以上でしょうか」
「うん、あとは寝るだけだからね」
濡れた髪を乾かしてもらっただけでなく、寝る前にしている軽いストレッチの補佐までしてくれたヴァジュラ。
力が強くて、ちょっと痛かったけど…。
「今日は本当にありがとね、ヴァジュラ」
「大したことはありません」
「詳しい理由はわからないままだったけど、明日インドラ様にもお礼言わなきゃな」
「…」
「どうしたの?」
「いえ、お気になさらず。それでは、ぼくはこれで失礼します。おやすみなさい、マスター」
「うん、おやすみ」
灯りを消して、部屋を出ていくヴァジュラ。
珍しい日を過ごしたことに満足した私は、そのまま眠りに落ちていった…。
〜おまけ〜
「キシシッ…お疲れー」
「特に疲れてない」
マスターの部屋を出た、少年体のヴァジュラ。
その目の前に、少女体のヴァジュラが現れる。
「で?どうだった?」
「どうとは?」
「マスターの小間使い!どうだった?」
「インドラさまの命令に従ったまでです」
「そりゃそうだけどさー」
「何が言いたい?」
「別にー?命令だからって嫌々やってたわけじゃなさそうだなーって思っただけ」
「…」
「あ、やっぱ何か思うことありそー」
「命令を下す存在ではない」
「何それ?」
「あの人間は、命令を下す存在ではない」
「そりゃぼくたちは、基本インドラさまにしか従わないんだし、マスターもそれを理解してるってだけじゃない?」
「今回は特例です。インドラさま直々に、ぼくたちを小間使いとして扱えと言われたのに、マスターは一切の命令をしなかった」
「へー。滅多にない機会だし、喜んでいろいろやらせるもんだと思った」
「むしろ小間使いに向いている。他者を動かす側ではなく、動かされる側の人間なのでしょう」
「結構いろいろやってたけど、あれはマスターの命令じゃなかったわけ?」
「ぼくが申し出た」
「世話好きなんだねー?キシシッ」
「主導権を握った方がやりやすい」
「そのわりには楽しんでたように見えたけどー?」
「気のせいでしょう」
「ふーん。ま、そういうことにしとくー」
「さも他人事のように言いますが、明日のことを忘れているのでは?」
「忘れてないってば」
「予定は把握しておくように」
「言われるまでもないよー。まあでも、命令しない人間だったら、やりやすそうだからいいかなー?いくらインドラさまの命令でも、インドラさま以外に指図されるのは、なんか腹立つしさー」
「小間使いの振る舞いは忘れないように」
「はいはい、わかってるよー」
END