決して移り変わらぬ花
決して移り変わらぬ花
「部屋にお花を飾りましょう!」
「枯れ木に花を咲かせましょう、みたいなニュアンスで言わないで?」
突然マイルームに現れてそう言い放つのは、花の女神フローラ。
花のバーサーカーモードだ…。
私の部屋が花で埋め尽くされる前に、花咲翁さんに引き取ってもらおうかな…。
「マスター、以前マイルームにお花を飾ると約束してくださいましたよね?見たところお花が見当たらないのですが…お忘れなのではありませんか?」
「いやぁ…忘れてたというか…飾る機会を失っていたというか…」
正直に言います。
忘れてました、すみません…。
「今日こそはお花を飾ってもらいますからね?」
「えぇ…うん…」
じりじりと迫るフローラに、私は女神の圧に耐えられず頷くしかなかった。
「では早速!本当は植木鉢に植えてじっくりと育ててもらいたいところですが、まずは花瓶に生けたお花を手入れするところから始めましょう!」
「えっと…フローラは、花瓶に花を生けることには賛成なの?」
花の女神だから、花を摘み取ってしまうことに抵抗があるのかと思ったけど…。
「ただお花を摘み取るだけならまだしも、花瓶に生けてお水を替えて、しっかりお世話をするのなら文句はありません。お花を大切に扱ってくださるのならいいのです」
「なるほど…」
「それではマスター…何のお花にしましょうか?」
「うーん…まあ、飾るなら季節の花かな?」
私の言葉に、待ってましたとばかりに表情を輝かせるフローラ。
花…を通り越して、太陽のような笑顔だ。
「ですよねですよね!マスターは日本人…つまり四季を大切にするお方でしょうから、きっとそうおっしゃると思いました!」
「う…うん…」
この女神様…過去一テンションが上がってない?
「でしたら、今の季節…そしてマスターに馴染みのあるお花ということで…こちらをどうぞ!」
そう言うとフローラは、とある花を顕現させた。
「えっ…これは…」
プシューッ
「邪魔するぞ」
「あ、インドラ様」
フローラが部屋を訪れてしばらくして、インドラ様がやってきた。
「ん?」
と、インドラ様がテーブルの花瓶に気づく。
「花か」
「はい…さっきフローラが来て、部屋に花を飾りましょうって」
あの後フローラは、花を生けた花瓶をひとつに留まらず、二つ三つと部屋中に置こうとした。
流石にこれ以上花が増えるのはと思い、花咲翁さんにお願いして、フローラを連れ出してもらった。
フローラが花咲翁さんの言葉を聞いてくれて、本当によかった…。
じゃないとこの部屋…花屋さんより花で埋め尽くされるところだった。
「この花…お前の国の花か?」
「はい、紫陽花です」
「紫陽花…」
そう…フローラが花瓶に生けたのは、紫陽花の花。
しかも白い紫陽花だ。
私が知ってる紫陽花は青と紫とピンクなので、初めて見た紫陽花だった。
「梅雨の時季に咲く花なので」
「…」
「インドラ様?」
インドラ様は、黙ったまま紫陽花を眺めている。
が、よく見るとその表情は…少し怪訝そうだ。
雨の時季にぴったりの花だから、インドラ様も気分をよくするものだと思ったのだが、何か思うところがあったのだろうか?
「冷淡、移り気…」
「え?」
黙って紫陽花を見つめていたインドラ様が、ぼそっと呟いた。
「この花の花言葉だ」
「あ…」
紫陽花の花言葉、知ってたんだな…。
「花の女神め…神への嫌がらせか?それとも、こいつを唆すつもりか?」
忌々しそうに呟く。
あ、これほっといたらフローラに何かするかも…。
説明しないと、ちょっとまずいかもな…。
「インドラ様…ッ!」
そう思った私は、もはや脊髄反射のような速さでインドラ様の名前を呼んでいた。
「何だ」
「その花…フローラが勧めた理由なんですが…」
私は先程のことを思い出しながら、説明していく。
〜回想〜
『えっ…これは…紫陽花?に見えるけど…』
『はい!紫陽花です!』
『紫陽花って、白もあったんだ…』
『確かに、有名なのは青や紫やピンクですからね。でも実は白や赤もあるんですよ』
『そうだったんだ…』
『小さな花が集まって、とても素敵ですよね』
『うん…でもさ…』
『どうしました?』
『紫陽花って確か…花言葉があんまりよくなかった気がするけど…違ったっけ?』
『確かに紫陽花には、冷淡や移り気といった花言葉があります。でも、それは紫陽花全体を指す花言葉で色によって花言葉が違うんです』
『…ちなみに、白い紫陽花は?』
『…寛容、そして一途な愛情です』
『えっ?移り気なのに、一途な愛情?』
『ふふっ…びっくりですよね?でも、紫陽花に移り気という花言葉がついたのは、紫陽花が色が変わっていくお花だからなんですよ』
『あ、そういえば土壌の性質によって色が変わっていく花だって…』
『はい。ですが白い紫陽花は、ずっと白のままなんです。だからこそ、変わらないひたむきな愛…一途な愛情という花言葉がついたんです』
『そうなんだ…』
『このお部屋…インドラ様がよく訪ねて来られるのでしょう?でしたら、雨の神であるインドラ様にも今の季節にもぴったりだと思いますよ?』
『…楽しそうだね、フローラ』
『恋愛とお花は、切っても切り離せませんから!』
〜回想終わり〜
「…というわけなんです」
説明してるこっちが恥ずかしくなってくる…。
でも、勘違いされるのは困るから。
「唯一色が変わらぬ花…か」
当のインドラ様は、先程のように花瓶の紫陽花をじっと見つめている。
だがその表情に、もう不穏さは感じられない。
「なるほど…己の生きる環境が変わろうとも、決して移り変わることのない愛情か。随分と粋な…気の利いた花を用意するではないか」
それどころか、機嫌がよくなっている。
やはりこの神様はチョロ…ん“んッ…何とも人間味がある神様だ。
「よい。ならばこの花…手入れは怠るなよ?しばらく留守にする場合はともかく、容易く枯れさせるでないぞ」
「はい…」
まあ、手入れの仕方は教わったから大丈夫だと思うけどね。
「……焦らせおって…」
と、インドラ様が小さく呟く。
「何をですか?」
「………忘れろ」
「あ、はい…」
「それより…いつまでそこにいるつもりだ」
ベッドに腰掛け足を組んだインドラ様が、デスクの椅子に座ったままの私を呼ぶ。
私は席を立ってベッドに向かい、インドラ様のそばに座る。
「この花は、梅雨が終われば咲かん花か?」
「一応…梅雨が終わっても咲いてはいますけど…」
「そうか…ならばよい」
そう言うと私を抱き寄せ、両腕の中に包み込む。
「雨の神である神を彷彿とさせる花ならば、咲き続ける限りは飾っておけ」
「まあ、はい…お気に召したのなら…」
「間違っても…」
私の耳元に唇を寄せて、低く色っぽい声で囁くインドラ様。
「そのひたむきな愛…移り変わってくれるなよ?」
〜おまけ〜
「おや」
「どうしました?」
シミュレーターのフローラの花畑にて、色とりどりの花を眺めていたアルジュナは、見慣れない花を見つけた。
「この花…紫陽花に似ていますね…」
「その通りです!赤い紫陽花なんですよ!」
「赤い紫陽花…初めて見ました」
青や紫、ピンクの花に紛れて、鮮やかな赤い紫陽花が花を咲かせている。
「紫や青の紫陽花は、どこか神秘的で知性を感じていましたが、赤ともなるとイメージがかなり変わりますね」
「そうなんです!でも、素敵な花でしょう?」
「ええ。確かに」
ちなみにアルジュナが花畑を眺めていたのは、シミュレーターの訓練を終えて帰ろうとしたところ、後からやってきたフローラの美しい花畑を見て、少し目の保養に…と見させてもらっていたからだ。
「赤い紫陽花は、紫陽花の中では珍しいお花になりますからね」
そう言うとフローラは、ハサミを取り出して赤い紫陽花の茎を切った。
「よろしければ、お部屋に飾ってください!」
土いじりで顔が汚れているが、花が咲くような笑顔で紫陽花を差し出すフローラ。
それに対し、目を丸くするアルジュナ。
「よろしいのですか?それは珍しい花なのでは…」
「お花たちに対して、大切に扱う気持ちが伝わってきましたので、そんな貴方への贈り物です!」
そこまで言われては、受け取らないという選択肢はない。
「御心遣い、感謝致します」
頭を下げて、紫陽花の花を受け取った…。
…
…
「…と、いうわけでして」
「それで…私にくれるの?」
その後…誰かにあげてもよいとフローラから言われたアルジュナは、赤い紫陽花を持ってマスターの部屋を訪れていた。
「はい。鮮やかな色の花は、やはり女性のお部屋に飾って然るべきかと思いまして」
「アルジュナがそう言うなら…」
「ありがとうございます」
「ありがとうはこっちのセリフだよ」
「では花瓶に…おや、これは白い紫陽花ですか?」
花瓶に生けた白い紫陽花の花に気づくアルジュナ。
「うん、フローラからもらったんだよ」
「なるほど…青、紫、ピンク、赤…それに白まであったとは…紫陽花だけでも色とりどりなのですね」
せっかくもらった珍しい花なら、マスターの部屋に飾ってもらいたい。
ただそれだけで、赤い紫陽花を同じ花瓶に生けたアルジュナ。
しかし、アルジュナは知らない。
赤い紫陽花の花言葉は『元気な女性』。
そして…『強い愛情』だ。
フローラから聞いていればよかったのだが、ただもらった花をマスターにあげたかっただけのアルジュナにそんな考えは存在しない。
「わざわざ生けてくれて、ありがとね」
「いえ、大したことではありません」
そしてアルジュナは、満足そうに部屋を出ていく。
プシューッ
「邪魔する…ぞ…」
「あ、インドラ様」
マイルームを訪れたインドラの目に飛び込んできたのは、自身が気に入った白い紫陽花とともに生けてある、赤い紫陽花。
しかも、何ともタイミングの悪いことに、色によって違う紫陽花の花言葉を頭に入れてきた直後だったのだ…。
当然、赤い紫陽花の花言葉を知っているインドラは…
「おい…それは何だ」
「え?」
花を見るなり、不機嫌になってしまった…。
「その赤い花は何だ」
「あ…えっと、これはさっき…」
「贈られた花のようだな」
「…ッ!?」
「誰からもらった」
何故贈り物だとわかったのか謎でしかないが、マスターに赤い紫陽花を贈った人物がいると即座に見抜くインドラ。
そこまで見抜くなら、誰が贈ったのかまで見抜けやしないものか…。
「えっと…」
「早く話せ」
「……アルジュナ」
「は?」
「アルジュナから…もらいました…」
「ーーー」
そしてマスターからの白状に、思わず思考が停止するインドラ。
我が息子が?
こいつに『強い愛情』の意味を持つ花を…?
息子がマスターのことをそこまで想っていると思い込み、理解が追いつかないインドラ。
実際アルジュナは、マスターのことは大切に思ってはいるが、それはインドラとは方向性が異なる想いではある。
しかしインドラは…
「ーーー」
「どうされました?」
衝撃でマスターの言葉も耳に入って来ない。
ふらふらとベッドに辿り着き、ドサッと腰を下ろす。
そして心配そうに顔を覗き込むマスターの腕を引っ張り、自分のもとに抱き寄せる。
花の様子を見に来たフローラから、事の真相を伝えられるまでの数時間の間…マスターを抱きしめたまま動けずにいたインドラなのであった…。
END