それはそれで困るというもの
それはそれで困るというもの
プシューッ
「邪魔するぞ」
「インドラ様?」
夜…シャワーを浴び終えた私は、ドライヤーを手に髪を乾かしていた。
ドライヤーの騒音越しでも、自動ドアが開く音とインドラ様の声が聞こえたため、一度ドライヤーを切って手を止めた。
「ッ…クシュッ…失礼しました」
は…いいのだが、何ともタイミングが悪いことにドライヤーを切った途端にくしゃみが出てしまった。
咄嗟に袖で口元を覆う。
「…続けるがよい」
「あ、ありがとうございます…」
どうやら、半乾きの髪で風邪を引かれてはかなわないと思ったらしいインドラ様。
早く髪を乾かすよう、言葉少なに促してくれた。
それを聞いた私は、再びドライヤーの電源を入れて髪を乾かしていく。
そしてしばらくして…。
カチッ
「………」
髪が乾いたので、ドライヤーの電源を切る私。
鏡を見ながら櫛を入れていくのだが…。
「何を渋い顔をしている?」
その様子を見たインドラ様から、指摘が入った。
まあ…こんなに眉間に皺寄せて鏡を睨んでたら、そりゃ気になるよね。
一旦手を止めて、インドラ様の方へ向く。
そして、インドラ様からの質問に答える。
「湿気…」
「湿気?」
「湿気を吸って、髪が膨らむんです…」
「は?」
そう。
私が鏡を睨みながら髪を整えていたのは、お風呂上がりによくある悩みのせい。
髪が湿気を吸って、ふわふわなボリュームになってしまうことだ。
こうならないように髪にミストをかけ、ドライヤーでしっかり乾かしたつもりではいたのだが、それでもダメだった。
夜にこうなると、次の日の朝に寝癖がつきやすくなって嫌なんだよね…。
「言われてみれば確かに、たまにボリュームが出ている日がありますね」
「ふわふわでもいいんじゃない?」
「明日の寝癖直しが大変なんだよ…」
再び鏡に向き直り、櫛を入れていく。
ダメだ…今日はふわふわなまま直らなそうだ。
湿気を吸いやすいってことは、傷んでるのかな…。
ハベにゃんあたりから、ダメージケアのヘアマスクでももらおうかな?
いろいろ考えながら、そばにあった除湿機を稼働させる私。
「おい、何をしている」
と、先程から黙っていたインドラ様が口を開く。
「部屋の湿度が少し高いので…」
この後布団に入るなら、寝苦しくならないためにも除湿しておこうかなって思ったんだけど…。
「湿気とは、即ち恵みの雨の季節の象徴だ。それを排除しようとはどういった心づもりだ」
「不敬千万です」
「そーだそーだ!」
「そんな無茶な…」
いくら部屋をエアコンで冷やしても、ある程度の除湿はしないと、寝苦しくて仕方ないんですが?
確かに乾いた空気は肌や喉の乾燥に繋がるから、あまりよろしくない。
でも、だからって除湿を禁止されたら、睡眠の質まで落ちる事態になっちゃうんですが…。
とはいっても、相手は神様。
抗議するにしても、言い方を考える必要がある。
私はなるべく慎重に言葉を選んで、説得を試みた。
「…雨が恵みであることは、私も十二分に理解しています。梅雨の時季が終われば、雨の降らない灼熱の日々が続きますので、雨の有難さは身をもって感じています」
「…ならば何故、そこまで邪険にする?」
「湿度が高いと、湿気が体にまとわりついて暑いんです。それが原因で睡眠の質が悪化して、寝不足になるんです」
「…」
日本に至っては、海に囲まれた島国だから雨が多くて、ただでさえ湿度が高い風土。
そこに梅雨や台風がやってくるわけだから、雨が恵みだとわかっていたとしても、やはり鬱陶しい。
インドラ様は神様なので、湿度が高かろうと何のダメージもないはず。
それどころか…それすら恵みの内だと思ってもいてもおかしくなさそうだ。
ただそれはそれとして、我慢しろというのは…。
いや、最悪髪は仕方ない。
でも寝苦しいのは正直嫌だ…。
「………仕方あるまい」
私の言い分を聞いていたインドラ様が、しばらくの沈黙の後呟く。
「我が天からの恵みに対し、感謝の念を忘れておらんことは理解した。神とて、ただでさえ脆弱な人間に眠れぬ日々を過ごさせる程狭量ではない。不本意なことこの上ないが、許すとする」
「特別なお許し、感謝すべきです」
「有難く思えよー?キシシッ」
「!…はい、ありがとうございます!」
よ、よかった…許してもらえた…。
「…が、せめて時間を決めて使え。間違っても、一晩中乾いたままの空気にはしてくれるな」
「はい」
インドラ様…この除湿機にタイマーがついてること知ってたんだ…。
これ、いつもは収納にしまってるのに。
私がいない間に家探しでもしたか?←正解
「それに…何やら思い違いをしているようだな」
「はい?」
そう言うとインドラ様は、デスクの椅子に腰掛けていた私を抱え上げた。
「…思い違いとは?」
抱えた私をベッドまで運び、その上に寝かせる。
そして上に覆いかぶさり、双眼の雷光を妖しげに光らせながら私を見つめるインドラ様。
「神が夜這いに来たというのに、呑気に眠りにつけるとでも思っているのか?」
「…ッ!!」
妖しい光を放つ、ぎらついた目。
「どうせ夜は長い…寝苦しいのならば、いっそ眠らぬ夜を送るのも悪くはなかろう?」
いつの間にか手袋が外れている、インドラ様の手。
長い指が、私の髪を梳いていく。
「それと…湿気を吸ったその髪も、悪くはない」
「?」
指に私の髪を絡め、そっと口づけた。
「悪くない撫で心地だ」
「!」
さっきまで散々鬱陶しいと思っていたのに…。
今になって…この髪も悪くないかもなんて、あっさり掌を返しちゃう自分の単純さに、我ながら呆れてしまう。
でもまあ…たまの夜くらい、いっか…。
〜おまけ〜
「おや、おはようございますマスター」
「あ、アルジュナ…おはよう」
廊下でマスターと遭遇したアルジュナ。
しかし、すぐにマスターの異変に気づく。
「マスター?何やらお声が掠れているようですが…」
「えっ?あ、うん…」
アルジュナの指摘に、どこか気まずそうに言葉を濁すマスター。
気まずいに決まっている。
昨夜、インドラと寝た(意味深)結果なのだから。
その翌日に、息子のアルジュナにばったり会ってしまったのは、不運としか言いようがない。
「…もしや」
「…ッ!?」
「空調の効きすぎで、喉が乾燥したのでしょうか…」
「え…」
千里眼持ちのアルジュナに見抜かれるのでは…と内心怯えていたマスターだが、予想外の方向に話が飛んだことに、開いた口が塞がらない。
「…私もお力になれるかもしれません」
「え?」
「マスター、後程お部屋にお伺いしますね」
「?うん…」
そう言うと、アルジュナはマスターのそばを通り過ぎていった。
〜しばらくして〜
「マスターか」
「あ、カルナさん」
廊下でマスターに遭遇したカルナ。
しかしマスターの姿を見て、あることに気づく。
「…髪型を変えたか?」
「え?」
「いつもより髪が膨らんでいるように見えるが」
「あ、これ…」
アルジュナから受けた指摘とは、まったく別のものだったことに安堵したマスターは、事情を話す。
「なるほど…湿気か」
「うん…この時季はね…」
「ならば…後でお前の部屋に行くとしよう」
「え?」
「お前に渡すものがある」
そう言うと、カルナは去っていく。
そして、残されたマスターはというと…。
(大丈夫かな?アルジュナとカルナさん、鉢合わせないかな?)
〜しばらくして〜
「ん?あれは…」
あるものを手に持ち、マスターの部屋へ向かうアルジュナは、見知った男を見かけた。
「アルジュナか」
「何の用だ、カルナ」
自身の宿敵、カルナ。
よく見ると、手に何かを持っている。
「マスターの部屋に向かうところだ」
「マスターの部屋に…だと?」
「どうやら行き先は同じのようだな」
カルナもまた、マスターに渡そうと考えてあるものを持って来ていた。
「今朝マスターに会ったのだが、何やら困っている様子だったのでな。もしやこれが役に立つかもしれないと思い、部屋から持って来た」
「…ッ!?」
この男も、マスターの異変に気づいたのか…。
ならば、何があろうとこの男よりもマスターの役に立つ必要がある…。
「ならば聞くが」
「何だ」
「貴様はマスターに何を贈るつもりだ?」
まずはカルナがマスターに何を贈ろうとしているのかを、確かめることにしたアルジュナ。
「これは乾燥機だ」
「………は?」
カルナが持って来たもの…それは乾燥機だった。
「貴様…マスターの異変を察知しておいて、そのようなものを贈りつける気か?」
「そういうお前は、何を持ってきた?」
「私か?私は無論、マスターのお役に立てるものを持って来たまでだ」
「それは?」
「加湿器だ」
「…ッ!?」
一応説明しておくと…。
マスターの掠れた声に気づいたアルジュナは、部屋の湿度が保たれていないことが原因だと考え、部屋に大量にある加湿器のひとつを持って来たのだ。
何故大量にあるか?
道行く英霊やスタッフからもらったものを溜め込んでいた結果だ。
そしてカルナは、マスターの髪が湿気により膨らんでしまうことを本人から聞き出したため、部屋の湿度が上がりすぎないようにと、部屋にあった未使用の乾燥機を持って来た。
「お前こそ、今朝聞いたマスターの悩みに寄り添えていないように見えるが?」
「何を言う。それは貴様の方だろう?何なら貴様の場合、マスターの健康を害する可能性がある」
「健康を害するだと?今朝聞いた限りでは、そのような話にはならなかったが…」
「フン…ならばマスターの異変に気づいたのは私の方だったというわけだ。わかったのなら引き下がれ」
「健康を害する話はさておき、マスターの悩みを解決するのに、加湿器はふさわしくはないはずだ」
「…喧嘩ならば買うが?」
「必要ならば売ってやる」
バチバチと火花を散らす二人。
プシューッ
「二人とも!何してるの!?」
「「…ッ!?」」
自動ドアが開き、マスターが顔を出してきた。
どうやら、部屋の前で言い争う声が聞こえて駆けつけたらしい。
「お騒がせして、大変失礼致しました」
「すまなかった、マスター」
マスターの登場により、矛を収める二人。
「二人とも、渡すものがあるって言ってたけど…」
「あ、そうでした。こちらに失礼しますね」
「オレからはこれだ」
二人はそれぞれ持っていた箱を、マスターの部屋の前に置く。
「ちなみにこれは?」
「はい、加湿器です」
「えっ?」
「オレからは乾燥機だ」
「えっ?」
「お声が少し掠れていますので、喉の保湿にちょうどよいかと思いまして」
「なる…ほど…」
(声?言われてみれば、確かに…)
今ここで気づいたカルナだが、とりあえずはマスターに、自分の持って来た乾燥機について説明する。
「朝、髪が湿気を吸って膨らんで困っていると言っていたからな。稼働させ続けるのはよくないらしいが、少しは快適になるだろう」
「うん…確かに…」
(髪?そういえばやけにふわふわなような…)
アルジュナもここで気づいたようだった。
「まさか…貴様ともあろう者が、マスターのお声の異変に気づかないとは…」
「お前は髪型の変化に気づけなかったが」
「貴様…」
「あー!その辺で!アルジュナもカルナさんも、気を遣ってくれて本当にありがとね!」
二人の間に入り、お礼を言うマスター。
「…いえ、お役に立てたのなら光栄です」
「それは同じくだ。ではなマスター」
「度々お騒がせして申し訳ありません…」
「大丈夫だよ。ありがとう」
マスターからお礼を受けた二人は、その場から別々の方向に去っていった。
「…さてと」
二人からもらった箱を抱え、マイルームに戻ったマスター。
そして、思わず呟いた…。
「どっちも既にあるんだけど、どうしようかな…」
END