雨が止むまでは
雨が止むまでは
プシューッ
「…いるか?人間」
「…はい」
「………何だその覇気のない声は」
マイルームを訪ねて来たインドラ様に、デスクに突っ伏したまま力無く返事する私。
「インドラさまが訪ねて来られたのですよ?」
「もっと歓迎するべきだぞー?」
「…」
ヴァジュラたちから抗議の声が上がったが、それにも返す気力が湧かない。
いつもなら何かしら反応をする私が、あまりにも無気力なのが気になったのか…不思議そうに顔を覗き込まれる。
「どこか具合でも悪いのか?」
「…いいえ」
「では…何かあったのか?」
「…特別、何かがあったわけではないんですが…今日は気分が晴れないといいますか…」
今日は諸々の体の事情もあってなのか、いつもと比べると気分が晴れない。
隙あらば、小さなため息が漏れてしまうくらいだ。
「心が雨模様とかよく聞くよねー」
「要は、気分が落ち込んで気力が出ないということでしょうか?」
「…そんなところ」
「悲観や絶望、憂鬱といったものの比喩として、雨が使われることが多いとは聞くが…またしても、雨を忌み嫌う風潮か?けしからん」
「だよねー!雨の偉大さがわからないとか、身の程を知らなさすぎでしょー!」
「理解し難いこと、この上ないです」
「…」
『雨をマイナスな意味で使うの不敬すぎ問題』が今日も出た。
いつも弁明のために何か言い返す私だが、今日に至っては聞き流すだけで精一杯だ。
「はぁ…どうやら、言い返す気力も起きんらしい」
「………」
「…仕方ない」
「!?」
突然インドラ様が、私を抱え上げた。
そして、そのままマイルームの扉へ向かう。
「……どちらへ?」
「決まっている。神の部屋だ」
「…インドラ様の?」
「お前たち、持って来い」
「「了解!」」
持って来い…って、何を?
とは思ったが、それか何なのかを聞く気力もない私は、インドラ様に抱えられたまま、部屋から連れ出されていくしかなかった…。
プシューッ
そして、インドラ様の部屋に到着した私は、ソファの上にそっと降ろされた。
「…どうして、インドラ様のお部屋に?」
「場所を変えれば気分が変わる…と、よく言うであろう?効果は今ひとつかもしれんが、あのまま部屋で蹲っているよりはマシというものだ」
「…まぁ…確かに」
確かに場所を移動したからか、いくらかは淀んだ気持ちからは抜け出せた気がする。
プシューッ
「お待たせ致しました」
「持って来たよー!」
と、ヴァジュラたちが入ってきた。
「それ…」
「確か、パフェといいましたか?」
「日替わりパフェだってさー」
ヴァジュラたちが持って来たのは、二人分のパフェの器だった。
エミヤが作る、日替わりパフェだ。
私の前に、パフェの器が置かれる。
「…わらび餅だ」
わらび餅とほうじ茶のクリームが添えられた、和風パフェだ。
エミヤの作るパフェは、季節に合ったトッピングやフレーバーがある。
和風パフェのカテゴリーの中にもいくつかメニューがあり、今日はこの時季にぴったりなわらび餅のトッピングが施されている。
よくカーマちゃんに誘われて食べているが、今年は初めてお目にかかるパフェだ。
「人は甘味を食すと幸福を感じると聞く。この時間ならば、腹にも多少の余裕があるのではないか?」
「まあ、はい…確かに」
ふと時間を確認すると、午前10時を回ったところ。
おやつにはいい時間だ。
インドラ様…私を元気づけるために、わざわざ頼んでくれたんだな…。
あとちゃっかり自分も注文してるあたり、尚の事インドラ様らしさも感じる…。
「食わんのか?中身が溶けるぞ」
「…ありがとうございます。いただきます」
スプーンを手に取って、パフェを口に運ぶ。
ほうじ茶の優しい風味と、わらび餅の程よい食感。
手が止まらなくなるやつだ、これ…。
「…美味しい」
思わず口から出た…素直な感想。
後から聞いた話…どうやらそんな私の様子を、インドラ様が優しい笑みを浮かべて見守っていたらしい…。
しかし私は、パフェに夢中で気づかない。
「ごちそうさまでした」
そして、あっという間に完食。
ヴァジュラが淹れてくれたお茶に、口をつける。
「随分とマシな顔になったな」
「え?あ…すみません…先程はあんな無気力に…」
「構わん。当然の摂理だ」
「摂理?」
お酒のグラスを傾けながら、インドラ様が続ける。
「心に雨が降る…それは乾いた大地が水を欲し、雨を吸い込むことと同じだ。つまり、お前は心の栄養を欲していたということだ」
「心の…栄養…」
「心に雨が降るのは、悪しきことではない。ましてや『雨のせいで』何もできんなどとは言わせんぞ?お前たち人間には、雨なりの過ごし方というものがあるはずだ」
「雨なりの…過ごし方?」
「今のように好物を口にしてもよし、茶や酒を飲んで心を落ち着かせてもよし、他者との触れ合いで紛らわすもよし、寝たければ寝てもよし…要は好きなように過ごせばよい」
「…」
心を落ち着かせたいなら酒はやめた方が…って思ったけど、この神様だから大丈夫だな、うん。
なんてことを考えるくらいには、回復してきた。
「わかったのなら…」
「え…ッ!?」
突然隣にいた私を抱き寄せ、先程のように抱え上げるインドラ様。
そして降ろされたのは、ベッドの上。
「お前にも…神の気が済むまで、付き合ってもらうとするか」
そう言うと、私の隣に横になったインドラ様。
「ちょっ…」
「動くな」
私の体を抱きすくめ、胸に顔を埋めてきた。
「何をしている…撫でろ」
「あ…はい」
手を伸ばして、インドラ様の髪に指を通す。
「今朝食堂で、インドラさまの酒宴で厨房組の負担が大きくなっていることについて、イアソンやオリオンに愚痴を溢していたアルジュナを目撃してしまったのです」
「結局声かけられなくて、そのままマスターの部屋に来たってわけー」
「おい、余計なことを言うな」
「…」
それはインドラ様が100%悪いでしょ…。
とは思ったが、よくよく思い返せばマイルームに来たインドラ様…確かに元気なかったような…。
否はすべてインドラ様にあるとして、インドラ様も落ち込んだ気分を慰めて欲しくて、私のところへ来たらしい。
逆に、私が慰められちゃったな…。
それでも、落ち込んでいた私を見て気持ちを切り替えてくれたインドラ様。
私はその感謝を込めて、インドラ様の頭を優しく撫で続けるのだった…。
〜おまけ〜
「私はこれ以上…何をどうすれば…」
「まあ…神ってのはそんなもんだ」
「改善を期待するだけ無駄だからなぁ…」
食堂にて…アルジュナの愚痴に付き合っているイアソンとオリオンなのだが…。
((何時間コースだ?これ…))
普段の鬱憤が溜まりに溜まっていたらしく、アルジュナの口が止まる気配はない。
(まあ…身内のやらかしなんざ、こいつみたいな生真面目には耐えられんだろうしな)
(酒好きの神に対して、乱痴気騒ぎを起こすなって方が無理だしな。そもそも言えたら苦労しねえし)
「マスターのことも気がかりでなりません。いつかあの方を深く傷つけるようなことがなければいいのですが…」
「あー…まあ…でもお前の父ちゃん、何故かうちの神よりはまだマシに見えるんだよなぁ…」
「手籠めにしてポイしてるわけじゃないから、まだまともに見えちまう不思議…」
「まともの基準がおかしくないですか!?」
「「神に期待するだけ無駄」」
「うぐっ…」
何も言い返せないどころか、胃がキリキリと痛み出したアルジュナ。
「ほらよ、水」
「ありがとうございます…」
イアソンから差し出された水を、常備していた胃薬と一緒に喉の奥に流し込む。
「ふぅ…」
「まあ、責任を感じる必要はないと思うぞ?神なら自分のやらかしくらい、自分で後始末できるんだからな」
「そうそう。お前の父ちゃん、空壊した後始末は自分でしようとしてただろ?あの辺もこっちに丸投げする神とか、ザラにいるぞ?」
「…確かに、真面目な神ではありますが」
胃薬のおかげか、イアソンやオリオンのフォローのおかげか…多少は落ち着いてきたらしいアルジュナ。
「すいませーん、日替わりパフェくださーい」
「承知した」
と、少し離れた場所でカーマの声が聞こえる。
少し余裕を取り戻したアルジュナは、チラリとカーマの様子を窺う。
よく、マスターと日替わりパフェを注文している姿を見かけることがあるが、今日はひとりらしい。
「お待たせ。運がよかったな。材料の関係で、これが最後の一皿だ」
「へぇ…それはついてましたね…あ、でもマスターさんは食べ損なっちゃいましたね。誘いに行ったら部屋にいなかったので…」
本日最後の一皿である日替わりパフェを受け取りながら、エミヤと雑談をしているカーマ。
「あぁ…それなら心配いらないだろう」
「ん?何がですか?」
「実は先程、インドラ神のヴァジュラたちがやってきてな。日替わりパフェを二つ注文して運んで行ったんだ」
「…どういうことです?」
「恐らくインドラ神と、マスターの分だろう」
「…は?」
「「「…ッ!?」」」
エミヤの口から語られる事実に、衝撃を受けるカーマとアルジュナ。
そしてついでに聞いていたイアソンとオリオン。
「君が心配する必要はないと思うぞ?」
「……せない」
「ん?」
カーマが何か呟いたのを聞き返すエミヤ。
そしてカーマの様子を見て、何か嫌な予感がするアルジュナ。
「許せない…マスターさんと…季節のパフェを食べるのは、私の密かな楽しみなのに…それを…」
「おいおい、そのパフェはこの季節ならまた食べられる機会がある。そう怒らなくても…」
「怒りますよ!季節が変わって『初めて』食べる日替わりパフェを!マスターさんと一緒に!食べるのが私の楽しみなんです…ッ!それを…あの神は私の目を盗んで抜け駆けしてマスターさんと…ッ!」
「…はぁ」
怒りの炎を燃やすカーマに、ようやく事情を理解したエミヤがため息を漏らす。
余計なことを言ってしまった…といった顔だ。
様子を見ていたアルジュナ、イアソン、オリオンも慎重に事の流れを見守っている。
「ヴァジュラが運んだ…そしてマスターさんは部屋にいなかった…ということは、今マスターさんはインドラの部屋…ということですね?」
「…ッ!?」
これは…とアルジュナが思った瞬間…。
「上等ですよ…なら今からその空間…ぶち壊しに行ってあげますよインドラァ…ッ!!」
怒りが限界突破したカーマは、魔力を放出しながら物凄い速さで食堂を出ていった。
「まずい…ッ!すみませんイアソンにオリオン!ご相談に乗ってくださりありがとうございます!では私はこれで!」
「お、おう…」
「気をつけてな…」
イアソンとオリオンに早口でお礼を伝えたアルジュナは、疾風迅雷の如き速さでカーマを追いかけていった。
そして残されたイアソンとオリオン。
「あいつの父ちゃん…マスターとパフェ食うんだ…」
「…みたいだな」
「可愛…いや、仮にも父ちゃんで英雄神でもある神に言う言葉じゃねえか」
「いや、人間の女とのんびり菓子食って過ごすのは可愛げがある神だろ」
「うんまあ…俺もそれはそう思う。息子とコミュニケーションとろうと頑張ってるし」
「…今朝いたよな?あいつの親父」
「いたな。多分アルジュナは気づいてねえけど」
「こっちに声かけようとして、何もせず去ってったってことは、多分あの話聞かれたな」
「だな。俺ら後から詰められっかもな…」
「やめろ!普通に怖えんだよあいつの親父!それにマスターといるってことは、いい加減機嫌直ってんだろ!知らんけど!」
「頼むマスター…あの神の機嫌直しといて…」
この数分後、むしろ機嫌がよくなっているインドラとマスターが食堂に来たことで、難を逃れたことを確信し一息つく二人なのであった。
「あれ?そういやカーマとアルジュナは?」
「勘づかれて雷落とされたらしい。んでアルジュナがカーマを回収してた」
「マジか」
END