受け継ぎし夏の風物詩
受け継ぎし夏の風物詩
「…どうなってるかな?」
厨房の奥でひとり、私は収納を漁っていた。
時刻は21時。邪魔にならないように、完全に人がいなくなったこの時間帯を選んだ。
以前作った、あるものの出来を確認するために。
できるだけ涼しくなるように収納の奥にしまっておいたし、張り紙をしておいたから捨てられてることはないはず…。
「あ、あった」
そしてお目当てのものを確認すると、それを手に取りカウンターに置く。
それはガラスで出来た、保存容器だった。
中には透き通った黄金色の液体と、茶色くなったいくつもの丸いものが入っている。
私は容器の蓋を開け、菜箸で丸いものをひとつひとつ取り出してお皿に乗せていく。
見たところ、上手く出来たようだ。
「よし…」
「先程から何をしている?」
「ひっ…!?」
ひとり感心していたところに、突然聞き覚えのある声が厨房に響き、思わず体を震わせる。
声のした方を見ると…。
「こんな時間に何をしている?」
「何か作っていた様子ですが」
「夜食でも作ってたのー?」
「インドラ様…ヴァジュラ…」
いつの間に来ていたのか…インドラ様とヴァジュラが厨房の入り口から私を眺めている。
「えっと…少し前に漬けていたものが出来上がったみたいなので、ちょっと具合を見に…」
「漬けていた?それは何だ?」
ヴァジュラたちと一緒に、こちらに近づいて私の手元を覗き込むインドラ様。
「梅のシロップです」
「梅…というと、以前飲んだ酸味の効いた酒か?」
「お酒ではないんですが、梅の実を大量の氷砂糖に漬け置きしたものです。水で割ってジュースとして飲んだり、かき氷のシロップに使ったりできます。一応…お酒に少し加えても美味しく飲めます」
「ほう…」
そう。私が作っていたのは梅のシロップ。
梅の実と氷砂糖を保存容器に詰め込んで作る。
香り付けに、ほんの少しブランデーを加えてある。
「毎年とはいきませんが、梅の季節によく作っていたんです。今年はちょっと久々になっちゃいましたけど」
「なるほどな」
「そのお皿に乗っているものは何ですか?」
「甘酸っぱい匂いがするねー」
「漬けていた梅だよ。シロップが出来上がった頃に取り出さないと、腐っちゃうから。ちなみに溶けた氷砂糖が染み込んでるから、食べれるよ」
「へー。いい匂いだし、美味しそう」
「よかったら食べてみる?」
「よろしいのですか?」
「もちろん。捨てるのはもったいないし、私ひとりで食べるには時間かかっちゃうから」
「やったー!」
「おい待て。何故最初に神に聞かん」
「え…だってシロップを作った後処理みたいなものですから、それをインドラ様に差し上げるのはどうかと思って…」
「美味いとわかっているものを、何故神に献上せんのかと聞いている。後処理であろうが、神の審美に適ったものは捧げるのが道理であろう」
要は『気になるから神にも寄越せ』と言いたいだけだよな。
素直じゃないなぁ…。
「わかりました。じゃあこれ、表のテーブルに運びますね」
「まったく…初めからそうしろ。このような狭苦しい場所にいつまでもいさせおって」
やってきたの、貴方なんですけどね…。
「出来上がったシロップ…私は水で割って飲むつもりですが、インドラ様は…お酒の方がいいですよね」
「…いや、同じものでよい」
「えっ?あ、わかりました…」
珍しい…インドラ様がお酒以外を飲むなんて…。
ヴァジュラたちに梅のお皿を運んでもらい、私は氷を入れたグラスにシロップを注ぎ、水で割ってかき混ぜる。
私とインドラ様、それからヴァジュラたちの分。
グラスをお盆に乗せ、テーブルで待つインドラ様のもとに向かう。
「少し色が薄いか?」
「梅酒はともかく、このシロップの原液は濃すぎて飲めたものではないと思います」
「…まあよい。ならば味見といくか」
そう言うと、グラスに口をつけるインドラ様。
カラン…と氷がぶつかる音が静かに響く。
「…少し酒の匂いがするな」
「香り付けとして、ほんの少しブランデーを垂らしているんです。酔う程の量ではないんですけど」
「…ならば、酔い覚ましにはちょうどよい」
酒ではない…と言うわりには不満そうな空気はない。
この前飲んだ梅酒は気に入っていたようなので、このシロップも一応合格ラインなのかもしれない。
「酸っぱ!でも美味しー!」
「梅自体の酸味は強いのですね。ですが、砂糖が染み込んで美味しいです」
すぐそばで、シロップ漬けの梅を齧っているヴァジュラたち。
梅の果肉自体は、柔らかくて食べやすい。
ただ、わりと酸味は強めだ。
その証拠に、梅を齧ったインドラ様は…
「…梅の果肉を食べるときは、お酒の方がよかったかもしれないですね」
「……食えなくはないが、明らかに酒向きだ」
やっぱり、ちょっと酸っぱそう…。
口直しに自分の酒を煽っている。
「…明日の酒宴にでも出すがよい」
「じゃあ余った分は、食べたい人が摘めるようにしておきますね」
最悪インドラ様が食べなくても、いつもの呑兵衛たちの誰かが食べるでしょ…多分。
あまり日が経つとカビが生えちゃうから、早めに消化してくれるなら助かる。
「そもそも…何故ここまで酸味の強い果実を使う?」
「シロップ作りに使う果実なら、他にもたくさんありますしね」
「マスターの故郷の果実だからとかー?」
「あぁ…えっと…」
「祖母や母が…昔から作っていたものなんです」
「!」
「私、地方出身で…家の畑に梅の木があるんです。いつからあるのかわからないくらい古いんですが、毎年夏になると青い実をつけていて…祖母や母がそれを使ってシロップを作ってくれていました。それを水で割ってジュースにして飲むのが、私の夏の風物詩になってました」
「…」
「ブランデーを少し垂らして作るのも、母から教えてもらったアレンジです。ただ…初めて作ったときは意外と手間がかかりました」
「…」
「容器は清潔に保たないといけないし、梅の下処理も楽ではないです。でも…よそで飲む梅ジュースだと、何かが物足りない気がしちゃうんです」
「…」
「漬けていた梅も、子どもの頃の私には酸っぱ過ぎてなかなか食べれ……インドラ様?」
今まで黙って話を聞いていたインドラ様が、先程1個食べるのがやっとだった梅に楊枝を突き刺した。
そして柔らかい実を解し、口に入れる。
「…大丈夫なんですか?」
少し心配になって声をかけたが、インドラ様はそれには答えず、そばにあった梅ジュースのグラスを一気に煽る。
そして、空になったグラスをテーブルに置く…。
「追加を注げ」
「え?」
「神は普段は酒しか飲まんが、人間という短命の生き物が先代から受け継いだものを、無下にする趣味はない」
「…!」
「わかったのならさっさと注げ。この神々の王が欲する、夏の風物詩とやらを」
「…はい!」
インドラ様の言葉を受けて、私はおかわりを作るために立ち上がる。
「それから…これは今夜神がすべて食すことにする」
「えっ!?」
「何だ?何か不満か?」
「いえ、とても有難いんですが…まだまだ残ってますけど…」
お皿に乗った、そこそこの数の梅を眺める。
これを、一晩で食べきると?
「先程の果実水や酒があれば食える」
「でも、わざわざ今夜中に食べきる必要は…」
「明日の酒宴に出せば、他の者が手をつけかねん」
他の…者?
私としては、梅が減ってくれるなら何でもいいんだけど、何かまずいことでも?
「お前が受け継ぎしもの…それを他の者…ましてや神霊なぞにくれてやるものか」
「え…」
「何を驚く?それを食すことが許されるのは、縁を結んだ神…つまり神だけだ」
「……えっと…ッ」
「ほらほら早く持って来なってー」
「インドラさまがお気に召したのです。この上ない幸福ですよ」
ヴァジュラたちに急かされながら、私はふらふらと厨房の奥に行く。
「…ッ」
まだ治まらない顔の熱を必死に冷ますように、グラスに入れる氷をひたすらに割り続けるのだった…。
〜おまけ〜
「…参ったな」
厨房にて…たった今作ったばかりのものを、苦虫を噛み潰したような顔で見つめるエミヤ。
目の前にあるのは、透明なゼリー。
四角の型の中で固まったゼリーの隅を切り取り、味見をした。
だが彼にしては非常に珍しく、失敗作のようだ。
「捨てるにはもったいない。責任を持って食べるしかないな…」
そこは日本人…失敗作だろうと、食べ物を粗末にする気はさらさらない。
「おっ邪魔っしまーっす♪」
「ん?何だ君か」
厨房に響く、可憐な声。
悩むエミヤのもとに、カーマが訪ねて来た。
「何かおやつはありませんか?」
「ああ…それなんだが…」
「おや?何ですか?それ」
カーマの目に飛び込んで来たのは、エミヤが作ったゼリーだった。
「ああ、今日のおやつのはずだったんだが…」
「何です?『だった』って」
「失敗してしまってな」
「ふーん…そうは見えませんけど、そもそもこれって何ですか?」
「梅のゼリーだ」
「梅?」
「この時季に実をつける、酸味のある果実でな。さっぱりとした口当たりで、ゼリーととても相性がいいんだ」
「へぇー…美味しそうじゃないですか」
「残念ながら失敗作だ。かと言って、捨てるわけにもいかないのでな…私が責任を持って食べようとしていたんだ」
見た目は綺麗に出来ているんだがな…。
材料を無駄にしてしまった…。
「じゃあそれ、私にくださいよ」
「ん?失敗作だぞ?いいのか?」
「どうせ誰も食べないのでしょう?なら今日のおやつとして、私が食べてあげますよ」
「しかしな…」
「大丈夫ですって♪」
「あ、待て…」
いつの間にか持ち出していたスプーンでゼリーを掬い、口に入れるカーマ。
「もぐもぐ………ん?」
「…はぁ」
「すっ…ッ!酸っっぱぁぁぁぁい…ッ!!」
ゼリーを咀嚼して僅か数秒…カーマの絶叫が厨房中に響いた。
「…人の話は最後まで聞くものだぞ?」
ため息をつきながら、コップに注いだ水をカーマに差し出すエミヤ。
それを受け取り、一気に飲み干すカーマ。
「ごくごく…っぷはぁ…ッ!」
「大丈夫か?」
「何です…この凶悪な酸っぱさは!?梅っていうのはこんなに酸っぱいものなんですか!?」
「梅自体は酸味が強い。だから砂糖で甘みを足すことが多いのだが、砂糖の量を間違えたようでな」
梅に慣れているエミヤからすれば『少し酸っぱ過ぎるか?』と思う程度なのだが、梅の味を初めて知ったカーマには凶悪な酸味だったらしい。
「信じられません…こんなに酸っぱいものが食べられているなんて…というか、何で梅のゼリーなんて作ろうと思ったんです?」
「日本の夏ではわりと定番だぞ?それに、マスターからのリクエストがあったからな」
「えっ!?マスターさんの…!?」
「マスターも日本人だ。梅が嫌いな人間ならばともかく、この時季に梅の味を求めるのは自然なことだろうな」
「………」
「まあ…とりあえず、それは私が責任を持って…」
「…いえ、食べます」
「は?」
「私が食べます。でも酸っぱ過ぎるので、蜂蜜をお借りしますよ?」
「それは構わないが…」
一口食べてあんなに絶叫したゼリーを、まだ食べるつもりでいるカーマ。
エミヤからしたら、不思議でならない。
「本来の梅のゼリーは、これよりは酸っぱくないんですよね?」
「ん?まあな」
「なら…これを完食すれば、次にマスターさんと食べる梅のゼリーは美味しく感じるはず!」
「ま、まあ…確かにな…」
「マスターさんと食べるおやつを、酸っぱいからという理由で断るわけにはいかない…これを逃したらまたインドラに先を越される…マスターさんがリクエストしたおやつは、何が何でも食べなければ!」
「あぁ…なるほど…そういうことか」
カーマが意地を張る理由を知り、納得するエミヤ。
「…無理はしないでくれたまえよ?」
「魔王を舐めてもらっては困りますよ」
失敗作を処分してくれることへの感謝と、マスターのために苦手なものを克服しようと奮闘する姿への敬意を込めて、味変のための蜂蜜とホイップクリームを用意するエミヤなのであった…。
END