羽衣に選ばれし者
羽衣に選ばれし者
「おめでとう!」
「幸せになるんだぞ!」
「グスッ…二人とも…本当におめでとう」
解決済の微小特異点にある、小さな村。
そこでは今、とある若い男女の結婚式が執り行われている。
綺麗な衣裳に身を包んだ、新郎新婦。
次々と祝福の言葉を投げる、住民たち。
その様子を、少し離れた場所から見守る私たち。
「花嫁さん…綺麗だね」
「ああ…二人とも、幸せそうで何よりだ」
「まさか、このようなおめでたい場面に遭遇するとは思いませんでした!」
私の隣にいる花咲翁さんとパールさんも、温かい笑顔で式を見守っている。
「新しい人生を歩むお二人に、祝福を」
「女神様からの祝福か。それをそばでお目にかかれるとは、何とも運がいい」
「ワン!」
やはり女神様…言祝は忘れない。
しかし『祝福』という言葉を聞いた私は、ふとあることを思い出して空を見上げる。
(…大丈夫かな)
雲ひとつない青空だ。
まだ大丈夫そうだけど、もしかしたらこの後…。
「おや?どうしたのかなマスター?」
若干不安そうな私の様子に気づき、花咲翁さんが声をかけてきた。
「雨が降らないか心配で…」
「雨?雲ひとつない快晴ですよ?」
「何か、心配事でもあるのかな?」
「二人には言ってなかったんだけど、実は…」
私は二人に、結婚式が始まる前にあった出来事を説明する。
「花嫁さんがつけてる、髪飾りなんだけど…」
「髪飾り?ああ、あの白い花がついたものかい?」
「うん、あれ…実は私のものなんだ」
「えっ?そうなんですか?」
数時間前…結婚式の準備に奔走していた村人が、本来花嫁さんがつけるはずだった髪飾りを床に落として破損してしまい、その場がパニックになっていた。
居合わせた私は、たまたま持っていた自分の髪飾りを花嫁さんに貸すことにしたのだ。
『大切なものなので、結婚式が終わったら返して欲しい』と伝えて渡すと、花嫁さん含む親族一同から頭を下げて感謝された。
ただ、その髪飾りというのが…。
「実は…インドラ様からもらった髪飾りで…」
「まあ!インドラからですか!?」
「雷様からかい?それはまた…」
そう。少し前にインドラ様からもらった、ジャスミンの花をモチーフにしたコーム(櫛)だった。
もちろん、ただのコームなわけがなく…
「髪につけると、雨を降らせる加護がついているそうです…」
「えっ?雨を?」
「確かに彼らしい加護ですが…」
「もし結婚式の最中に雨が降り出したらどうしようと思って…加護のことは、ついさっきまで忘れていたんです」
「ああ、なるほど。確かに雨は恵みだけど、結婚式は晴れの日とも言われるからねぇ…」
「うーん…でも雨の気配は一切ありませんね」
「はい…降らないならそれでいいんですけど」
ここで雨に降られたら、屋外に設けられた式場や新郎新婦の衣裳が大変なことになるから、降らないならそれに越したことはない。
それはそれとして、インドラ様から聞かされた説明に違和感が出てくるが。
〜結婚式終了後〜
「本当にありがとうございました!貴女のおかげで無事に結婚式を終えることができました!」
「本当に、何とお礼を言ったらいいのか…まずはこの髪飾り、お返しさせていただきます」
「気にしないでください。お二人とも、改めてご結婚おめでとうございます」
新郎新婦が私たちのもとにやってきて、私が先程貸したコームを差し出してきた。
受け取った私は、改めて祝福の言葉を伝える。
「本当に、もう出立なさるのですか?」
「はい…少しの間ですが、この村の皆さんには本当にお世話になりました」
「何かお礼をしたいところではありますが…」
「いやいや、幸せのお裾分けをしてもらったのだから、儂らはそれで十分だよ」
パールさんと花咲翁さんが、二人に最後の挨拶をしているところに、通信機の通知音が鳴る。
『もうすぐ帰還準備ができるけど、村から少しだけ移動してもらえるかな?』
「了解…ではお二人とも、どうか末永くお幸せに」
「改めてお二人のこの先に、祝福を」
「生涯の伴侶は、大切にね」
二人に見送られながら、私たちは村を後にした…。
「そういえば結局…雨は降らなかったようだね」
回収地点へ向けて歩みを進めながら、花咲翁さんが思い出したように呟いた。
「確かに…まあ、結婚式の最中に降らなかったのはよかったかな」
「…それなんですけど、マスターさん」
「はい?」
「その髪飾り…ちょっと貸していただけますか?」
「え…はい、もちろん」
パールさんにコームを渡すと、パールさんは手に持ったそれをじっと見つめる。
どうしたんだろう?
パールさんも女神様だから、何か感じるのかな?
すると、コームを見つめるパールさんの表情が徐々に優しい笑顔になっていく。
「ふふっ…なるほど」
「どうしたんですか?」
「マスターさん、ちょっと失礼しますね」
「え?パールさん?」
にこにことした笑顔のまま、パールさんが私の真後ろに回る。
そして私の髪を一房持ち上げ、コームを差し込む。
「これが答えです」
「!…おや?」
パールさんが言い切った直後、さっきまで明るかった空に鈍色の雲がかかり始めた。
そして…。
ポツッ…
ポツッ…
サアァァァ…
「わっ…雨…」
ポツポツと雫が落ちてきたかと思えば、一気に本降りの雨へと変わる。
「まさかだけど、女神様?今のは…」
「はい!髪飾りをつけたから、雨を呼んだんです」
「えっ?でも結婚式の時に降らなかったのは…」
「マスターさん以外の女性がつけていたからです」
「え…」
「驚いた…まさかその髪飾り、マスターがつけなければ何も起こらないのかい?」
「その通りです!マスターさんの魔力に反応しているのか…その辺はインドラに聞かなければわかりませんが…」
「…ちょっと外してみますね」
コームに手をかけ、髪から外す。
すると、今の今まで降っていた雨が少しずつ弱まっていき…完全に止んだ。
そして雲が動き、青い空が顔を出す…。
「これは凄い…あっという間に晴れてしまった…」
「ワン!」
「おやおや、お前もびっくりしたようだね」
「ちなみにですけど、マスターさん」
「はい?」
にこにこ顔のパールさんは、私にこう言った…。
「私たちの国では…人間の文化ですけど、男性は愛する女性にジャスミンの花を贈るんです。そしてそのジャスミンは、女性の髪に編み込むんです。『あなたは私のもの』という意味を込めて」
「…」
「本物の花ではありませんけど、髪飾りにしているんですから、少なからずそういった意味があるはずですよ。多分そういうのは、フローラさんの方が詳しそうですけどね」
「…」
「マスターさん?どうしました?」
外したコームから目が離せないでいる私。
パールさんが顔を覗き込んでくる。
「…これ」
「はい?」
「…人の世に出して大丈夫なやつですかね?」
「うーん…マスターさんにしか使えないなら、大丈夫じゃないですかね?」
「えぇ…」
「確かに…天気を操ってしまえる、まるで神様のような力だね」
実際、神様の力なんだけどね…。
『君たちー?こっちをほったらかして、何を楽しそうなことをしているのかなー?』
「「「あっ…」」」
通信機から聞こえてくる、ダヴィンチちゃんの声…。
『帰還準備はできてるから、回収しちゃうよ!』
「あ、はい…お願いします…」
『あとその髪飾り、解析したいから私に貸してもらえると嬉しいかな!』
「…インドラ様が、いいって言うなら…」
一連のやりとりがすべて管制室に筒抜けだったことに、雨でびしょ濡れなのにも関わらず、私の顔は火を吹いたように熱くなっていくのだった…。
〜おまけ〜
「ジャスミン…ですか?」
「うん。儂は花の名前に詳しくなくてね。確か…そういった名前だった気がするよ」
シミュレーターの花畑にて…土いじりをするフローラに、先日のレイシフトの出来事を話す花咲翁。
マスターの花の髪飾りについてだ。
「『あなたは私のもの』という意味ですよね?」
「うん…確かあの女神様は、そう言ってたね」
「なら、ハゴロモジャスミンですね!」
「、…」
「あれ?どうしました?」
「…羽衣か」
フローラの答えを聞いた花咲翁は、少し複雑そうな顔で空を見上げる。
「ねえ、お花ちゃん」
「はい?」
「お花ちゃんは『竹取物語』というお話を知っているかい?」
「竹取物語…あ、もしかして『かぐや姫』というお姫様が出てくるお話ですか?」
「そうそう。そのお話だよ」
「じっくり読んだわけではありませんが、お話の流れでしたら一応わかります。それがどうなさいました?」
「うん、なら話しても問題なさそうだね。お話の中でかぐや姫は最後…どうなるか知っているかい?」
「え?えっと確か…かぐや姫はもともと月の都のお姫様で、満月の日に月からお迎えの使者が来て、月へ帰っていく…でしたっけ?」
「そうそう。大丈夫、合っているよ。だけど…」
そこまで言うと花咲翁は、目を伏せて意味深に言葉を止める。
「…お爺さん?」
「かぐや姫は月に帰る直前、『天の羽衣』を着せられて、地上にいた頃の記憶を失ってしまうんだ」
「『天の羽衣』?」
「神様のような、天界の存在が身につける衣のことではあるけれど…所謂、天界と人界を隔てる象徴のようなものとして語られているんだろうね」
「天界と人界を隔てる…ですか」
「マスターが雷様から贈られた髪飾りには、マスターが身につけないと効果が現れない加護がつけられていたんだよ」
「ああ、雨を呼ぶ加護と言ってましたね」
「そして、その花はハゴロモジャスミン…」
「!」
「それはまるで…神様が授けた羽衣に、マスターが選ばれた…ともとれてしまってね」
まるで自分の子どもを慮るような表情で、話を続ける花咲翁。
その様子に不安を募らせていくフローラ。
「お爺さんも、マスターが心配ですか?」
「まあ、儂は人間だからね。神様に選ばれるということは、光栄なことだという認識はあるさ。それでも…マスターは、儂にとっては家族のような存在だからね。神様から贈られた羽衣が、あの子の人界にいた思い出を消し去ってしまうんじゃないか…なんてことを考えてしまうんだよ」
「お爺さん…」
「ワン!」
「…おや、儂はそんなに暗い顔をしていたのかい?」
「ワン…」
「そうかそうか…すまなかった。お花ちゃんもすまなかったね、年寄りの妄言に付き合わせてしまって」
「い、いえ…」
「そうだ…お花ちゃん。せっかくだし、お茶でも飲みに行かないかい?さっきからずっと土いじりをしているだろう?休息も大事だよ?」
「…そうですね。御一緒させてください!」
「では、食堂に行こうか」
「はい!」
土で汚れた顔や手を拭き、花咲翁とともにシミュレーター室を出るフローラ。
「あっ…」
「!」
と、その二人の前から歩いてくるのは…
「ん?お前たちか」
件の神…インドラだった。
チラリと隣の様子を窺うフローラ。
インドラをまっすぐに見つめている、花咲翁。
「どうした人間?神に何か用か?」
「…いいや、これは失礼。特別…貴方に用があるわけじゃないんだ」
「…まあよい。偶然にも神に遭遇した人間の反応としては、そう珍しいものではないからな」
花咲翁の視線を特別気に留めるでもなく、二人のそばを通り過ぎようとするインドラ。
「…どうか」
「!」
「ん?」
インドラがすぐ横を通り過ぎようとした途端、花咲翁が再度口を開いた。
それに反応し立ち止まるインドラ。
「どうか…あの子の意思に背いた行動だけは…とらないであげて欲しい」
視線は前を向いたまま、すぐ横にいる神に願うように想いを伝える花咲翁。
「…」
「…お爺さん」
「…いや、年寄りの妄言だ。立ち止まらせてしまって申し訳ない。行こうか、お花ちゃん」
「あ…は、はい!」
そう言うと、まっすぐ歩き出す花咲翁。
少し後ろを慌てて着いていくフローラ。
そして、その場に残されたインドラ。
「まったく…神の幾分にも満たない生しか生きておらん者の、何が年寄りだという」
「そういった話ではないかと思いますが」
「インドラさまの前じゃ、人間が重ねた年の数なんて無意味だもんねー。キシシッ」
「うるさいぞお前たち。それにしても…懸念を抱く者が多すぎであろう」
「また何かされたのですか?」
「またとは何だ。神がいつも、人間どもを混乱させるようなことをしているとでも思っているのか?」
「はい」
「わりとそう」
「そこは否定しろ!だが…」
先程遭遇した際、自分をまっすぐ見つめていた花咲翁の目を思い出すインドラ。
「…お前が案ずる必要はない。あいつの意思は聞き届けてやるつもりでいる。あいつが…神の意思に背くことをしない限りは…な」
END