いずれ空へと響く声
いずれ空へと響く声
「嫌です」
「神の命だぞ。逆らう気か?」
「神様から命じられる価値なんてないですから」
「それを決めるのは神だ」
「とにかく、私は嫌です」
「いい加減にしろ。さっさと…」
「歌え」
「嫌です…ッ!」
現在、インドラ様と口論中。
その理由は…もうすでに出てはいるのだが、インドラ様から命じられたのだ。
『歌え』と。
「逆に聞くが、何をそこまで嫌がる必要がある?神々の王たるこの神が、お前の歌声を聴くに値するものだと判断したのだぞ?」
「インドラさまが、これほどまでに貴女を評価しているのですよ?」
「こんな光栄なこと、滅多にないんだぞー!」
「…ッ」
まず、何があったのかというと…。
つい先日、久しぶりに鈴鹿こと鈴鹿御前と、なぎこさんこと清少納言と一緒に遊んだのだ。
カラオケで。
私は歌が好きだからカルデアに来る前にもカラオケにはよく行っていたし、カルデアに来てからも、この二人とカラオケルームで過ごしていた。
それで…久しぶりに歌っていたところ、巡回中のヴァジュラたちに見つかってしまい、私の歌っているところをしっかり二体の記憶に残されてしまった。
もちろん、それはすぐさまインドラ様に伝わり…
「いつまで意地を張っているつもりだ。ヴァジュラたちの記録だけでは事足りん。さっさと神の前で歌声を披露しろ」
というわけです…。
「何故そこまで嫌がるのか、理解が及びません」
「そもそもインドラさまの命令を聞かないとか、普通に不敬だぞー!」
ヴァジュラたちに圧をかけられる。
「…好きで歌ってるだけですから」
「要は趣味というものであろう?だが、それを神が見初めたのだ。断る理由があるはずもなかろう」
「…誰かに聴かせられる程、歌が上手いわけじゃないですから」
「あの天魔の娘や歌人の娘の前では、堂々と歌っていた様子だったが?」
「鈴鹿やなぎこさんは、そういう気安い仲だからできるんです!」
「…それは神にはできんと?」
ダメだ…埒が明かない。こうなったら…。
「…ごめんなさいインドラ様」
「何だ急に」
「来て!アルジュナたち!!」
「…ッ!?」
右手を掲げ、叫ぶ私。
令呪が光り、部屋に二つの魔力反応が…。
「アルジュナ、参りました!」
「お呼びでしょうか、マスター」
「…ッ」
アルジュナとアルジュナ・オルタが部屋に現れた。
「ごめん、ちょっと逃げる!その間インドラ様とヴァジュラたちを止めて欲しい!」
それだけ言うと、マイルームを飛び出す私。
「なっ…おい待て!」
「えっ?イ、インドラ神?あの…何事でしょうか?」
「あー!逃げた!」
「お待ちなさいマスター!」
「…追跡は許しません」
わけがわからずインドラ様に状況を尋ねるアルジュナと、私を追おうとするヴァジュラたちを止めるアルジュナ・オルタ。
アルジュナたちには、後で謝ろう…。
もちろん、インドラ様にも…。
そのまま廊下を走り、ある英霊の部屋へ向かった…。
「あはははは!で、息子二人召喚して逃げて来たってわけ?ウケるー!」
「笑い事じゃないよ…鈴鹿」
私が逃げ込んだ部屋の住人…鈴鹿御前は私のいきさつを聞き、爆笑する。
「ごめんごめん!でもさー、そんなに嫌がらなくてもいーじゃん?歌ってやれば?」
「鈴鹿までそう言うの!?」
「そもそも何でそんなに嫌なわけ?」
「何でって…」
「だってマスター、普通に歌上手いじゃん」
「え…いや、確かに歌うのは好きだけど…」
「そばで聴いてるアタシがそう言ってんじゃん。マスター、アタシがただのJKじゃないって知ってるっしょ?」
「知ってるけど…」
「でしょ?そのアタシが太鼓判押してんだし大丈夫だって!てゆーか、もう聴かれてんでしょ?」
「うん…ヴァジュラたちの記憶を共有して…」
「ならもう歌っちゃえば?」
鈴鹿からしたら、私が何でこんなに尻込みしてるのかがわからないらしい。
「…鈴鹿やなぎこさんは、友達だからさ…何も気にせず聴かせられるけどさ」
「うん」
「インドラ様に聴いてもらったとして…その後何て言われるかわからないし、できれば感想は聞きたくないっていうかさ…」
あれ…何だろう?
何でこんなに…言葉に詰まるんだ?
「…はぁ。あのさマスター」
「え?」
鈴鹿はため息をつき、ひと言。
「彼氏に披露するのが恥ずかしいだけっしょ?」
「は!?か、彼氏って…!別にインドラ様は…ッ!」
「いや、彼氏っしょ。じゃなきゃ何なの?」
「な、何って…あの神様女好きだから、私は多分気まぐれに遊んでる女のひとりで…」
「それはない」
「いや、何で言い切れるの!?」
「…マジで言ってる?」
私の顔を、何か信じられないものを見たような目で見つめる鈴鹿。
そして、私にずいっと近づいて来た。
超真顔で。
「いい?マスター」
「は、はい?」
「ただ歌が聴きたいだけなら、断られたら他の女に頼めばいいだけの話じゃん?なのに、マスターがアタシの部屋に逃げて来るまで『歌え』って迫ってたんでしょ?」
「それは…」
「それってさ、マスターの歌声じゃなきゃ意味がないってことじゃないの?」
「…ッ!?」
「だってあの神ってさ、普段は偉そうに振る舞ってるけど、嫌がってる相手には無理強いはしないじゃん?そんな神がしつこく迫るのって、そこまでしてでも聴きたかったからなんじゃないの?好きな女の歌声を、直接」
「…」
「…神に捧げる歌なんて歌えないし、そんなに歌が聴きたいなら、英霊たちに頼めばいいのに…なんて思ったりしたわけ?」
「…うん」
「もー!全っ然わかってない!」
「痛っ…」
パチンッ…とデコピンを食らう私。
「いい?女に手出しまくってる男はね、仮に自分の要求に応じてもらえなくても『替え』がいるんだから、執着する必要なんてないの!」
「…ッ」
「でもあの神はそれをしない。それって、自分の要求を満たしてくれる相手がマスターしかいないってことなの!」
「え…」
「大体、あんなにマスターの部屋を訪ねてるってのに、他に女作る時間なんかないっしょ!?あの神一体どのくらいの頻度で部屋に来るわけ!?」
「……三日…空いたことはないかな…」
「は?」
「まあ週一で私が部屋に出向いてるから、実質顔合わせない日はないかも…」
「え、アタシの想像以上に執着されてんじゃん。逆にマスター大丈夫?」
「何で私、心配されてんの?」
鈴鹿が青ざめた顔で私の心配をしてる…。
「重くない?重すぎない?あの神…何かあった時にヤバくない?」
「何かって…」
「はっ!話逸れた…。と、とりあえず!もし恥ずかしいなら、感想は言わないで欲しいって言っとけばOKっしょ!」
「結局歌うこと前提…」
「あの神…その執着ぶりだと、ただじゃ諦めなさそうだから腹括るしかないと思う」
「マジかぁ…」
「…まあ、息子たちが止めてんでしょ?なら今日のところは引き下がってくれるかもしれないけど…いずれは歌ってあげたら?あの神のこと、好きならさ」
「………」
優しい…でもどこか寂しそうにも見える表情で、私を諭す鈴鹿。
生前に悲恋を経験した鈴鹿だからこそ、何か思うところがあるのかもしれない。
「……近いうちに、歌ってみる」
「…そ?なら…応援してるし!」
私の言葉を聞いて、鈴鹿はにっと眩しく笑った。
〜マイルーム〜
「その…お気持ちはわかりますが、あまり無理強いするのはよろしくないかと…」
「………」
「…マスターがお部屋を出ていったのは、この場でインドラ神に迫られ続けることが耐えられなかったからかと思われます」
マスターが去った後のマイルームにて。
事のいきさつを聞いたアルジュナとアルジュナ・オルタは、自分たちなりの考えでインドラを説得していた。
インドラはというと、息子たちの言葉をどこか渋い顔をして黙って聞いている。
まさか、アルジュナ二人を喚び出すという切り札を使ってまで、マスターが拒否するとは思わなかったのだろう。
「…正直に言いますと、マスターがどのような歌声なのか気にはなりますが」
「オ、オルタの私!気持ちはわかりますが、あまりそのようなことは…」
「…何だ、お前も気になっているではないか」
「そ、それは…確かに否定はできませんが、歌というものは気持ちが込もって初めて他者の心を動かすものですので、無理に歌わせようとしては、素敵な歌声を聴くことは叶わないのではないでしょうか?」
「…まあ、一理あるが」
プシューッ
「おや…マスター」
「マスター!?」
「…」
自動ドアが開き、マスターが部屋に戻ってきた。
「ありがとうアルジュナ、アルジュナ・オルタ。私の事情で呼び出しちゃってごめん」
アルジュナたちに頭を下げるマスター。
「それは一向に構いませんが…」
「もう…よろしいのですか?」
「…ちょっと頭冷やしてた。でも、もう大丈夫」
「…我が息子たちを軽率に喚び出しおって」
「インドラ神…どうか、あまりマスターを責めないでいただきたいです」
「…そちらのアルジュナだけでなく、私までお呼びになったのは、マスターがよほど追い詰められていたということでしょう。どうか、マスターのお気持ちは汲んでいただきたく思います」
「………お前たちに言われるまでもない」
マスターへの文句を息子たちに窘められ、渋々言葉を引っ込めるインドラ。
「では行きましょう。私たちの出番はここまでのようです」
「そ、そうですね…ではマスター、私たちはこれで失礼しますね」
「うん…ありがとう」
「…」
マスターとインドラに頭を下げ、二人は部屋から出ていった。
「大丈夫だろうか…」
「…恐らく、心配はいらないかと」
「貴方がそう言うなら…まあ大丈夫なのか…」
「…案外、マスターの歌声を聴けるようになる日は近いかもしれません」
「それは…本当ですか?」
「…私の勘なので、あまり期待しないように」
「いや、それは予言に近いのでは…」
場面は変わって、マイルーム…。
「…まず、逃げ出して申し訳ありませんでした」
「…」
私は隣に腰掛けるインドラ様に、頭を下げた。
「…それについては、もうよい。我が息子たちから散々窘められた。常日頃から余裕を持っている神にしては、無理強いをし過ぎだとな」
ため息混じりに許してくれたインドラ様。
だが本題はここからだ。
「…拒否していた理由ですが」
「…」
「…怖かったんです」
「何故だ?神は歌えと命じただけだぞ?」
「だからこそです」
「…」
「実際に歌って、インドラ様から感想を言われることが、怖かったんです」
「…それは、神が神だからか?」
「…確かに、それもあります」
「…他に何があるという」
インドラ様からの問いに、私は何とか自分を奮い立たせ、勇気を振り絞って答える…。
「貴方が…私にとって、特別な存在だからです」
「!」
「特別な存在に、自分の一面を曝け出すことが…たまらなく恥ずかしかったんです」
鈴鹿との話では見事に恋バナに方向転換したが、結局はこれが答えだ。
神様であるインドラ様に評価されるのが、怖い。
そして好きな相手でもあるインドラ様に知られるのが、恥ずかしかった。
それを聞いたインドラ様の反応はというと…。
「まったく…それしきの理由で、部屋から逃げ出した挙句我が息子たちを喚び出したとは」
物凄く呆れた顔で私を見ている。
だと思いましたよ…。
でも貴方、逃げたら逃げたで追いかけてくるじゃないですか…。
「…それで?」
「?」
「お前は結局…歌うのか?歌わんのか?」
「………」
インドラ様の問いかけに対して、私は正直な思いを口にする。
「好きなときに歌わせてもらいます。たまたま聴こえてしまったのは…不可抗力ですけど。でもやっぱり、歌えと言われて歌うのは…嫌なんです」
「つまりは…好きに聴けと?」
「………そうは言ってません」
「それ以外の何だという。まったく…素直に言えばよかろう」
インドラ様にだけは、言われたくない…。
「それを聴くためには、お前のそばから迂闊に離れられんというわけか」
「………そうも言ってません」
「意固地な女だ。だが…まあよいか」
私の体を抱き寄せるインドラ様。
頭に手を添え、耳元に唇を寄せて囁いた…。
「こうしていれば少なからず、お前の歌声は聴けるであろう。どうせいずれは、神の空にまで響くことになるのだろうしな。いつ神の耳に入っても恥をかかぬようにしておくことだ。神を楽しませる責務があるということは、努々忘れるでないぞ?」
END