目の前で消えた人間
目の前で消えた人間
※注意喚起※
新章『パスト・カルデア』クリア済みのカルデアのお話になりますので、新章のネタバレが若干含まれます。
未クリアの方はご注意ください。
OKな方のみお進みください。
「マスターが引きこもった!?」
「今度は何したんですか貴方!?」
「………知らん」
食堂の一角に集まったインドの英霊たち。
その理由は『マスターが引きこもって出てこない』という知らせを、ヴァジュラたちから聞いたため。
「ちなみに、引きこもっているってのはマスターの部屋ですか?」
「…神がくれてやった空の中だ」
「え?空の中?」
「あ、ビーマ兄様…説明しますね」
この中で唯一、マスターが引きこもっているスカイドームの存在を知っているアルジュナが、わかりやすいように説明する。
「そ、そりゃまたとんでもねえものを…」
「そんなもの贈ったんですか!?」
「何てもの渡してるんですか…」
説明を聞いたビーマとパールヴァティは、驚きを隠せない様子。
カーマに至ってはドン引きしている。
「それで、その空にマスターが引きこもって出てこないと言うが…その直前まで、マスターと一緒にいたのはインドラ神だろう?」
「…そうだが?」
「でしたらインドラ神…その直前に、マスターの様子にお変わりはありませんでしたか?マスターが引きこもってしまった理由について、唯一手がかりを掴めるのは、貴方をおいて他にいないのです」
「…」
息子からの切なる願いを受けては、もはや他人事にはできない。
直前の出来事を思い出そうとするインドラ…。
「インドラさま」
「…何だ」
と、今まで静かにしていたヴァジュラが口を開く。
「それ、心当たりあるかも…」
もう一体のヴァジュラも口を開いた。
「何だと?お前たち、一体何をした?」
「ぼくたちじゃないよー」
「正確には、それと思われる言動をインドラさまがしていたことを思い出したのです」
「…神が?」
「やっぱり貴方が何かしたんじゃないですか…」
「神には心当たりがない。神が一体あいつに何をしていたという?」
インドラからの問いに、ヴァジュラたちは数時間前の出来事を話し始めた…。
〜回想 数時間前〜
「ダメだったかぁ…」
ある英霊の召喚を試みていたマスターは、ため息をついた。
どうやら、手持ちの呼符や石がすべて尽きてしまったらしい。
「ときこさん…呼べなかったな」
ときこさん…というのは、ついこの前縁が出来た北欧神話の運命の三女神の一柱、ウルズのことだ。
また会えたら、一緒に図書館に行きたかったんだけどな…と残念がるマスター。
メタ的なことを言うと、これ以上課金できなくて諦めざるを得なかった…。
まあ、また召喚できる機会は来るだろうし…。
そう気持ちを切り替え、召喚室を出ようとすると…
「ん?何だ…ここにいたのか」
「インドラ様?」
部屋の近くに、インドラが歩いて来ていた。
「また新たな英霊と縁が出来たらしいな」
「はい。でも…お呼びできませんでした」
「…ま、そういうこともあろう」
そう呟いたインドラの視界に、壁にかけてあったお知らせが飛び込んで来た。
「ん?何だこの女は」
何ともメタいものだが、それは今まさにマスターが召喚に失敗した、ウルズのピックアップを知らせるものだった。
「北欧神話の女神…ウルズです。今まさに召喚に失敗したところで…」
「女神であったか。それにしても、なかなか佳い女ではないか」
「…ッ」
目の前のウルズの姿を見て、素直な感想を述べるインドラ。
当然悪意はない。
しかし、それを聞いたマスターは…
「………」
すたすたと足早に部屋に戻っていく。
「ん?おい、そのような急ぎ足でどこに向かう?」
インドラが声をかけながら後を追うが、マスターからの反応は一切ない。
インドラに追いつかれる前に、マイルームの扉を閉めてしまった。
「おい、先程から何だ!無視をするでない!」
自分の言葉を無視されたことに腹が立ったインドラは、早歩きで後を追う。
プシューッ…とマイルームの扉が開き、部屋に一歩踏み入れようとしたインドラの目に飛び込んで来たのは…
「!?…待て!何を勝手に…ッ!」
スカイドームに手を伸ばす、マスターの姿…。
すぐに近づき、阻止しようとしたインドラだったがあと一歩及ばず…マスターの姿はスカイドームの中へと吸い込まれていってしまったのだった。
〜回想終わり〜
「そ、それは…」
「はぁ…」
「あの…インドラ様…」
「何だお前たち」
「「やっぱり貴方が悪いじゃないですか…ッ!!」」
ヴァジュラからの説明を聞き、擁護が出来ず頭を抱えるアルジュナとラーマとビーマ。
そして元凶のインドラを糾弾する、パールヴァティとカーマ。
「神が悪いだと?今の話を聞く限り、非があるようには思えんが…」
それにさらに怒りの炎が増す女神たち。
「貴方!あんなに仲が良いマスターさんの前で、よく他の女性をあからさまに褒めたりなんて、無神経なことができますね!いや、貴方昔からそういうとこありましたけど!」
「それを聞いたマスターさんがどんな気持ちになるのか…本気でわからないんです?」
「神はただあの女神を『佳い女』だと言っただけだぞ?あいつと比較するような物言いをしたわけでもなし、一体何が問題だという?」
どうやらインドラは『お前と違って佳い女だな』といったことを言わなければ、相手が傷つかないと思っていたらしい…。
「比較していなければ良いという話ではないぞインドラ神よ!自分の好きな相手が、自分以外の異性に目移りするのは、普通は気を悪くするものだ!」
「そうです!マスターさんはきっと、自分が今そばにいるのに他の女性のことを褒めるなんて…と傷ついてしまったのですよ!」
「インドラ神…事実であろうと、それを口にして良いときと…悪いときというものは存在するかと…」
「あくまで心の中で思うだけに留めておけば、まだ平和だったんですがね…」
真っ向から非難するラーマ、マスターの心情を代弁するパールヴァティ、すでに胃がシクシクと悲鳴を上げだしたアルジュナ、渋い表情で呟くビーマ。
「逆に聞きますけど…」
「…何だ」
すでに非難轟々のインドラに、カーマが呆れた様子で尋ねる。
「貴方…マスターさんが貴方の目の前で、他の男をベタ褒めしてても平気なんです?」
「神は神だ。その男とは別に、あいつからの思慕を受けるそれ相応の存在だ」
そこは自己肯定感の高いインドラ。
自分には、マスターからの特別な気持ちが向いているという自覚はあるらしい。
「神が相手でもですか?」
「…何?」
カーマのひと言に、ピクリと反応するインドラ。
「そうですねぇ…まあ無難に、スーリヤ辺りにでもしておきましょうか。仮に彼がカルデアに現界したとしましょう。マスターさんは、貴方がそばにいるにも関わらず『スーリヤ様は素敵な方だなぁ…』と…」
「貴様…何をほざいている?」
「「「…ッ!?」」」
カーマの説明を遮り、ドスの効いた声で威圧するインドラ。
そのあまりの圧に、ぞくりと寒気を感じたアルジュナ、ビーマ、ラーマ。
「あいつが、他の神を崇めることなぞ…この神が許すはずがなかろう?ましてや神の目の前でそのようなことをほざいた暁には、人界に別れを告げるまでもなく、神のもとへ引き摺り込むと言いつけてある」
「「「…ッ!!」」」
インドラの口から語られる衝撃の言葉に、さらに警戒心を募らせる三人。
「いや、だから貴方がやったのは、まさにそれに匹敵するものなんですってば!」
「!?」
その場のひりついた空気を変えたのは、パールヴァティだった。
「貴方だって、マスターさんが自分以外の神に感心が向くのが嫌なんでしょう?マスターさんが引きこもってしまったのは、今貴方が感じたのと同じ『嫉妬』故になんですから!」
「たかだか例え話でここまで嫉妬を剥き出しにするとか…マスターさんのヤキモチなんて、まだまだ可愛いものですよ。少なくとも、貴方のその見苦しくて醜い嫉妬よりはずっと…ね」
「…ッ」
畳みかけるように喋るパールヴァティとカーマの言葉に、ようやく自分が無神経な発言をしていたことに気づいたらしいインドラ。
「…これは…私の想像に過ぎませんが」
「?」
と、痛む胃をひっそりと押さえながら、アルジュナが重い口を開く。
「恐らく女神ウルズに対する感想は、インドラ神からすれば、マスターが気にする程のことではないとお考えだったのでしょう」
「…まあ、そうとも言えるな」
「しかし…それは無理なのです」
「無理?」
懐疑的な表情の父に、意を決して自分の考えを伝えるアルジュナ。
「マスターは…人間ですから」
「…人間だから、何だという?」
「人間であるマスターだからこそ、インドラ神が目移りしたお相手が女神であったことに、嫉妬と同時に無力感を覚えたのではないでしょうか?『女神が相手では、自分は何も敵うものがない』と」
「!?」
「そんな…確かに神か人間かの違いはあれど、マスターさんはとても頑張り屋さんですし、他者に心を砕いて優しく接することができる、とてもいい子なんですよ!?」
「それは否定はしませんけど…神が女神に惚れるのはザラにあることでしょう?ましてや、貴方みたいに手癖の悪い神なら尚更『自分は気まぐれで捨てられてもおかしくないんだから、変に期待しないようにしよう』って自衛の考えを持ったって不思議じゃないですよ」
「、…」
息子からの、想像にしてはあまりにも理にかなっている推測に、頭が上手く働かず言葉が出てこないらしい。
はぁぁ…と、自身を落ち着かせるために、長い息を吐くインドラ。
「そういや…マスターがいる空の中って、確かインドラ様がいらっしゃるんですよね?」
ふと思い出したように、ビーマが尋ねる。
「…そうだが、それがどうした」
「そもそもですけど、何でインドラ様と険悪な空気になったのに、もうひとりのインドラ様のもとに行ったんですかね?相談先なら、パールヴァティ様とかがいるってのに…」
「あぁ…そういえば確かに…」
「………チッ」
「どうしたインドラ神?」
ビーマとアルジュナのやりとりを聞いていたインドラは、突然舌打ちをする。
「あの空にいる神は、あいつが赴く度にちょっかいをかけて楽しんでいる」
(何してんだよあっちのインドラ様…)
(何をしているのですか我が父よ…)
(何をしているのだ、あちらのインドラ神…)
ビーマ、アルジュナ、ラーマは呆れてものも言えなくなってしまった。
「つまり…何です?」
「あいつなりの嫌がらせだ」
「はい?」
「あの空へ赴くことを嫌がる神に対し、当てつけのように目の前で消えおった…仕返しのつもりか?気に食わん」
「…何のためにそれを贈ったんですか?」
何のために、あの空をマスターへ贈ったのか…。
それは、贈った張本人(神)であるインドラですらわからなくなりつつある…。
マスターの部屋にあるスカイドームに向け、ひとり心の中で呼びかけた。
お前が用があるのは『この神』であろう?
さっさと戻らんか…馬鹿者が。