目の前に戻った人間
目の前に戻った人間
※注意喚起※
新章『パスト・カルデア』クリア後のお話。
若干のネタバレが含まれます。
未クリアの方はご注意ください。
OKな方のみお進みください。
「それで?お前はどうする?」
「…」
『とある空』にて。
私は雲の上で、膝を抱えて蹲っていた。
そして、私の答えを待つ…空の主。
事の発端は、私がときこさん…女神ウルズの召喚に失敗したことだった。
手持ちの石も尽きたため、諦めて召喚室から出たところでインドラ様に遭遇した。
そして、ピックアップのお知らせでウルズの姿を見たインドラ様は、こう言った。
『佳い女ではないか』と。
…
…
言うと思ったよ!?
こんな綺麗な女神様なんだから、女好きなインドラ様なら反応するだろうなとは思ったよ!?
たださ…
何で、私の前で…馬鹿正直に言うの?
私がそれ聞いても、何も思わないって思った?
そんなわけないじゃん…。
私、ただの人間だよ?
女神様引き合いに出されたら、張り合えるわけないじゃん…。
気づけば私は、聞こえてくるインドラ様の声も無視してその場から足早に立ち去り、マイルームに戻っていた。
そして、インドラ様が部屋に入って来た瞬間…
「!?…待て!何を勝手に…ッ!」
(仕返しだよ…ばーか)
私は、スカイドームに手を伸ばした…。
…
…
「何やら…穏やかではない様子だな」
「!」
先程部屋で聞いた焦ったような声とは違い、落ち着いた口調の、同じ声が聞こえてきた。
目を開けると…
「珍しく捧げ物もない…か」
アイラーヴァタに座り、こちらを見下ろすインドラ様の姿が。
「何か…あったようだな?」
「……ご存じなのでしょう?」
「…あちらの神を跳ね除け、わざわざここまで来たのだ。言い分くらいは聞いてやる」
捧げ物もない状態で、避難場所としてここに来たにも関わらず、文句ひとつ言わずに許してくれた。
後から言われて知ったが、やってきた私はそれなりにひどい顔をしていたらしい。
「私は…神様のそばにいるのに、向いていないのかもしれません」
「…」
「神様には、基本的に配偶神がいる。それってどれだけ寵愛を受けても、一番にはなれないってことですよね?そういうものだとわかった上で、それでも私はインドラ様といたいと思ってました」
「…」
「でも…だからって、何も感じないわけじゃないんです。私がどんな立場であれ、目の前で他の女性に色目使われたら…普通に気分が悪いですよ!せめて心の中で思うだけにしてくれって思いましたよ…ッ!頭にきたんじゃ、ないんです…ただ悲しかった…ッ!それを…ッ…言葉に、しようとしたら…こうなるから、言えなかったんです…ッ!!」
黙って私の話を聞いている、インドラ様。
やっぱり、言葉にしたら次から次へと溢れ出してきてしまった。
おかげで、自分の視界が滲んで、よく見えない…。
「インドラ様は…ッ…今更、私と縁を切るつもりはないって言ってましたけど…ッ」
「…言ったな」
「…正直、つらいです」
「…」
「…これからも、さっきみたいなことを言われ続けるのは、つらいです」
「…」
私の言葉を一通り聞き届けたインドラ様は、ひとつ息をつく。
そして、思いがけない提案をしてきた。
「ならば…ここに残るか?」
「…え?」
「ここは神の治める空…いるのは神とお前だけだ」
「…何を、言ってるんですか?」
ここに残る?
一体この神様は何を考えてるんだ?
「つまり…神が食指を伸ばし、お前の心を乱すような『佳き女』の影はない。今後もお前を振り回すであろう『あちらの神』もいない。文字通り、ここは神とお前しかいない世界だ」
「!」
「当然、神は神だからな。お前の望むものは与えてやれる。ここで心穏やかに過ごすことはできる」
「…」
「お前は…どうする?」
インドラ様からそのような提案を受け、今に至る。
溢れていた涙は止まったが、膝を抱えたまま蹲っている私。
あれからしばらく…何かを考えている。
なるほどね…。
確かに、この空ではそれが可能ではある。
何も考えずに、インドラ様と一緒にいられる…。
「………」
閉じていた、泣き腫らした目を開ける。
抱えていた膝を離し、立ち上がる。
「…インドラ様」
先程の答えを伝えようと、インドラ様の名前を呼んだ瞬間…。
「うわ…ッ!?」
突然、私の足場の雲が動き出した。
一瞬バランスを崩しかけるが、何とか膝をついて雲にしがみつく。
「…答えずともよい」
「…ッ!?」
先程まで、私よりも上から聞こえていた声が、すぐ目の前から聞こえる。
まさかと思い、顔を上げると…。
「お前はここには残らん…違うか?」
すぐ目の前…同じ目線に、インドラ様の姿が…。
どうやら、私の足場の雲を自分と同じ高さまで移動させたらしい。
「…違いません」
インドラ様からの問いに、答える。
「…であろうな。ま、半分はお前を試したまでだ。ここに残るということは、すべてを捨てることと同義だからな。今のお前には、その選択はとれまい」
「…でも私は」
「皆まで言うな。お前が薄情だと考えはせん。一時の感情に流されることはない…ただそれだけだ」
手を伸ばし、私の頬に触れるインドラ様。
「…半分はお前を試したと言ったが、もう半分は本気で言った」
「え?」
「確かに神がしでかしたことではあるが、お前がその目を泣き腫らすきっかけを作った、あちらの神への当てつけでもある」
「当てつけ…」
「…目を閉じよ」
「?はい…」
言われるがまま、目を閉じる。
チュッ
「…ッ!?」
瞼に柔らかい感触…そして軽いリップ音。
瞼にキスをされたことにびっくりして、思わず目を開ける私。
「少しはマシになったか?」
「え…あ、あれ…?」
随分とはっきり見えるようになった視界…。
もしかして、泣いて腫れた目が…治った?
「さて…言わずともわかっているはずだ。この後お前は…何をする?」
何をする?
そりゃあ、もう決まってる。
「…ありがとう、ございました」
「…次こそは、酒を持って来い」
インドラ様に頭を下げた私は、自分の部屋に戻るように念じた…。
「!」
目を開けると、そこはいつものマイルーム。
そして…
「………」
もはやいつもの光景。
ベッドに腰掛け、こちらを見ているインドラ様の姿があった。
だがその表情は、どこか読めない…。
怒っているようにも見えるし、私を見ながら何か考え事をしているようにも見える。
「…」
今、この神様の隣に座るのはちょっとな…。
そう思い、インドラ様から視線を逸らして自分のデスクの椅子に向かう…。
はずだった…。
ガシッ
「!!」
スカイドームのすぐそば…つまりベッドから離れようとした私の腕を、インドラ様が掴む。
「…どこへ行く」
感情の読めない低い声。
大きな声でもないのに、ずっしりと胸に響く。
「…自分の椅子です」
「…この状況で、神と距離をとろうなどと考えるとは…随分と呑気なものだな」
「…」
「来い」
掴んだ腕を、軽く引っ張られる。
軽く…とはいうが、そこは英霊であり神様。
私の体はバランスを崩して引っ張られた方向へ…。
目の前が真っ暗になり、顔や額が何かにぶつかったかのような衝撃…。
しかし支えを失った体は床に倒れるでもなく、何かに寄りかかる形で倒れ込んだ。
散々『何か』と表現したが、正体は明らかだ。
「よくもこのような時間まで、引きこもってくれたものだな」
確かに、スカイドームから出る時には、すでに夜の帳が下りていた。
私が引きこもったのは、午前中。
つまりほぼ丸一日、こちらのインドラ様と距離をとっていたことになる。
顔を合わせない日がほとんどない生活になっていたから、インドラ様には長く感じたのだろう。
私はついさっきまで『インドラ様』といたのだが…。
「…私はただ、気分を悪くしたので引きこもっていただけです」
「よりによって、あちらの神のもとへ行ったのは当てつけか?」
「…はい」
「ほう…良い度胸だ」
「何か問題でも?『他の神様に』浮気したわけじゃありませんよ?」
「あちらの神は、やたらとお前にちょっかいをかけている。それが神の気に障ることだと、わかっていたはずだが?」
「ではインドラ様は『気に障るとわからなかった』なら、ご自分に一切非はないと思っていらっしゃるのですね?」
「…例の女神に対する感想のことか」
「…」
「つまり…お前は、神があの女神を佳い女だと言ったことに、嫉妬していたのだな?」
「…そうです」
「ならば何故それを言わん。あの場で言えば、神とて改善の余地が…」
「『佳い女に佳い女と言っただけだ』って開き直りますよね?」
「神に限ってそのような、…………」
「…否定しきれてないですよ」
「…やかましい」
この一連を見ていると、マスターがかなり命知らずな発言を連発しているように思えるが、それでもインドラが特に怒る様子がないのには、理由がある。
それは今日、ラーマから言われた言葉がインドラの頭に残っていたからだ。
『嫉妬は、自信のなさから生まれる。マスターがインドラ神の発言に嫉妬の感情を覚えたのは、自分に自信がないからなのだ。どれほどインドラ神と絆を深めようが、自分が人間である以上、女神が相手ならばどうしようもない…そんな諦観を抱えつつ、それでもどこか諦めきれない相反する感情がある…だから人は嫉妬する。一時凌ぎの言葉で安心させることはできるが、これは信頼の問題なのだ。本来は、時間をかけて築き上げるものではある。すべてを解決することは難しいだろうが、せめてマスターが常日頃から考えていることを知っておく…それだけでも今後の対策にはなるのではないか?』
「…確かに」
「ん?」
「ウルズは…美しい女神様です。カルデアにいる女神様たちも、みんな美しい女神様たちです。だからインドラ様がそう思ったことは、否定する気はありません」
「…」
「…口に出して欲しくなかっただけなんです。インドラ様の口から聞いてしまうと、それに敵わない自分が惨めに思えてしまいますから」
「…比較する必要などないと、言ったはずだが?」
「それが簡単にできるならそうしてます!私だっていちいち比べたくなんかないです!でも、できない…堂々としていられる自信が、どうしてもつかない…」
「…」
本当はさ、極力嫉妬はしたくないんだよ。
だって私の経験上、苦しいだけだし相手にぶつけたら相手まで傷つけちゃうものだから。
お互いに信頼し合ってるなら、嫉妬なんて起こらないってよく言うけど、私とインドラ様はそもそも種族と身分が違うんだから、どう頑張っても溝は生まれやすい。
アルジュナたちが、インドラ様のそばにいる私の心配をしているのは、そういうことだ。
「人間というものは、難儀な生き物であると理解はしていたが…お前はその中でも特に厄介な人間だな」
いや、何ですか厄介って…。
悪かったですね、厄介で…。
「物分かりが良いかと思えば、感情は未熟…他者に心を砕くと同時に、己の身も心もすり減らす…暫し目を離した隙に、静かに壊れている…これを厄介と言わずして何と呼ぶ」
「…」
「だが…」
私の後頭部に、大きな手がそっと添えられた。
「だからこそ…神が見ている必要がある」
「!」
「どうもお前は、人が好すぎる。この神が一度拾い上げたのだ…お前を誑かす魔や神からは、何としても護ってやる必要があるからな」
魔はともかく、神も誑かしに来るのだろうか?
この神様…自分の信者が減らないようにしたいだけなんじゃ?
とは思ったが、以前この神様は『一度拾い上げたものを手放すことはしない』って言ってた。
気まぐれな神様が言うことだけど、少なくともそれだけは信じてもいいみたい…。
頭に添えられた手が、まるで宝物を扱うかのように優しく動く。
その心地よい感触に眠くなってきた私は、目の前にあるインドラ様の胸に顔を押し付け、目を閉じた…。
「…嫉妬、か」
ふとインドラは、マスターの頭を撫でながら呟く。
先程のラーマの言葉だ。
『嫉妬は、自信のなさから生まれる』
自信のなさ…。
神が常日頃から、他の神々にこの人間をとられてたまるかと思うのも、自信のなさから生まれたものだというのか?
神々の王たる…この神に?
あるものか…そのようなもの…。
神に…あるわけが………。
「チッ…」
思わず頭に湧き出た考えを、必死で振り払う。
そして、腕の中にいるマスターを見つめる。
いろいろあったせいで、疲れて眠りについてしまったようだった。
まあ…何はともあれ、こいつは戻ってきた…。
それでよしとするか…。
再びマスターの頭を撫でながら、自分の中でそう結論づけるインドラであった…。
END