花嫁に必要なもの
花嫁に必要なもの
「痛っ…!」
「ちょっ…大丈夫!?」
ハベにゃんの部屋にて。
指に針を刺してしまい、思わず悲鳴を上げる私。
「あ、大丈夫…今度は血は出てないから」
「もー!びっくりしたのだわ!」
「ごめんごめん…」
ハベにゃんに教わりながらの縫い物。
だがこのたったの1時間で、手の数カ所に絆創膏を貼るはめになってしまった…。
恥ずかしい話、私は裁縫が苦手。
学校で習った家庭科の授業でも、調理はまあまあだったのに、裁縫の項目だけはひどい成績をつけられていた。
見た目の評価をされないのなら、ボタン付けくらいはできるんだけど…。
「でも、端切れを縫い合わせるだけの、わりと簡単な工程なんだけどなー。何で縫い目がこんなに斜めになっちゃうんだ?」
「私も知りたい…」
パッチワーク…といえる程しっかりしたものではないけど、正方形の端切れを縫い合わせて、ランチョンマットを作っていた。
でも私が縫い合わせたものは、どうも縫い目が綺麗じゃないし、まっすぐにならない。
「もっと大きなものを縫うなら、ミシンの出番なんだけどね。ちなみにマスター、ミシンの使い方は…」
「やめてくださいお願いします思い出すだけでもしんどいです…」
「えぇ…そんなに?」
ミシン…という言葉を聞いて、私の脳裏に在りし日のトラウマ…という名の家庭科の授業の思い出が甦る。
あぁ…糸のセットの仕方すら上手く出来ず、作品ひとつ作るだけでまわりの友達数人に手伝ってもらった上に、結局完成したのがクラスで一番最後になったんだっけ…。
あ、ダメだ…思い出すとしんどい…。
「おーい、マスター!戻ってこーい!」
「はっ!あ、ごめん…」
嫌な思い出に浸っていた私は、ハベにゃんの声で現実に呼び戻された。
「というか…マスターの時代だと、服はお店に行けば買えるものだろー?ボタン付けと、空いた穴を塞ぐのが出来るんだったら十分だと思うけど?」
「まあ…確かにそうなんだけど…」
「てっきり何か作って欲しいものがあってボクのところに来たんだと思ったら、裁縫を教えてなんて言ってきたものだから、正直びっくりしたよ」
「…もっと綺麗に縫えるようになりたくて」
縫い目の曲がった、不格好な端切れを見つめる。
「ボクはほら、忙しい花嫁に代わって花嫁衣裳を作る妖精だからさ。縫製はボクの存在意義だから、頼ってもらえるのはすっごく嬉しいんだぜ?」
「もちろんハベにゃんのことは頼りにしてる」
「うんうん!」
「ただ…私って、家庭的なことは昔から苦手分野だったからさ。女なのに、料理や裁縫の最低限が出来ないままでいいのかなって…」
「もー!女の子だからって、みんながみんな料理や裁縫が出来て当然なわけないだろー?得意不得意は誰にでもあるんだからさー!お嫁さんは家庭的であるべきだっていうのは、結局はただの理想でしかないんだぞ?裁縫が得意なお嫁さんもいれば、苦手なお嫁さんもいる…それを強要しようとする旦那さんなんて、ぶん殴っちゃうくらいの心持ちでいいと思うぞー?あ、でも実際に殴るようなことはしちゃダメだからな?」
「ハベにゃんって結構バイオレンスだよね…」
「暴力はよくないけどさ!ボクの花嫁を泣かせる未来しか作れない結婚相手なんて、ボクが代わりにぶん殴ってやりたくなっちゃうんだわ!」
「やっぱバイオレンスだ…」
平和主義なハベにゃんだけど、花嫁さんの衣裳に涙のシミが出来ることは我慢ならないんだろう。
強気な発言に少しだけ引きながら、さっき縫い付けた糸を丁寧に解いていく。
「あれ?解いちゃうの?」
「この糸を使って、もう一回縫ってみるよ。ハベにゃんの糸、無駄にしたくないからさ」
「そう?それはありがたいけど…指を刺さないようにね?ゆっくりでいいんだからな?」
「うん、気をつける」
苦戦しつつも何とか針の穴に糸を通し、端切れを縫い合わせていく私。
「服を作るまではいかないけど、やっぱり少しは出来るようになりたいんだよね…」
「まあ、苦手なものを克服しようとするのは偉いと思うぞ?ただし、その端切れに血が付いたら無理にでも止めるからなー?」
「はーい」
ハベにゃんに見守られながら、針を動かしていく…。
「あー!こんなとこにいたー!」
「えっ、ヴァジュr……痛っ…!」
「あっ!大丈夫!?」
突然部屋に響いた声に思わず上を見上げた瞬間、タイミング悪く針が指に刺さってしまう。
「あ、大丈夫…血は出てないよ」
「もー!やっぱ冷や冷やするんだよなぁ…」
「先程から何をしているのですか?」
私とハベにゃんのやりとりを、浮遊しながら眺めるヴァジュラたち。
「裁縫の練習だよ」
「え、何その手の絆創膏…」
「マスター、裁縫苦手らしくてさ。さっきから何回も刺しちゃってるんだわ」
「何故そこまでして、裁縫を?」
「少しでも上手くなりたくて…」
「でもさー、そんな絆創膏だらけの手見たら、インドラさまが怒るんじゃない?」
「そんなこと…いや、あるかも…」
しまった…確かに苦行嫌いの神様に見せられる手じゃないな、これ…。
「マスター、今日はその辺にしておいたら?手が傷だらけになるのは、衛生面でもよくないしさ」
「…うん、わかった」
大した上達も感じられないままだったが、渋々断念する私。
「裁縫セット…使わせてくれてありがとね」
「いいっていいって!練習もいいけど、何か欲しいんなら遠慮なくボクに言うんだぞ?」
「うん…」
「用事がないのなら、インドラさまのもとへ行くべきかと」
「ちなみに、マスターの部屋にいるよー」
「…この手見せなきゃいけないのか」
ただでさえ戦闘中に負った怪我に目くじら立てて怒る神様なのに、オフの日に針仕事して怪我しました…って報告するの、怖すぎるんだけど…。
ハベにゃんにお礼を言い、ヴァジュラたちとともに部屋を後にした…。
プシューッ
「ただいま戻りました…」
「ただいま戻りました」
「ただいまー!インドラさまー!」
ヴァジュラたちに促されながら、マイルームに足を踏み入れる私。
「…どうした?何やら落ち着きがないが」
「えっと…」
インドラ様に速攻で見抜かれてしまう。
神様だからなのか、私がわかりやすいのか…。
「!…おい、何だその手は」
「…ッ!!」
うわ…めっちゃ睨んでくる…。
「ハベトロットの部屋で裁縫をしていました」
「針を刺してこうなったみたい」
気まずくて立ち尽くす私の代わりに、ヴァジュラたちがインドラ様に説明する。
「針仕事か…一体何を作ろうとしていた?」
「いえ…特別欲しいものがあったわけでは…」
「ならば、何のためにその手を傷だらけにした?」
追及の言葉に、重みが増してきた…。
「…裁縫が苦手なので、少しでも上手くなりたくてハベにゃんから教わっていたんです」
「…」
ジトッとした目つきで、私を見つめるインドラ様。
「…神は、苦手なものを克服しようとする姿勢を否定する気はない。だが、何事も引き際が肝心とも言う…そのように手を傷だらけにしてまで克服したいものなのか?」
「それは…」
「普段からお前も身に沁みているはずだが、手に傷を負うのは、何かと不便なものだ。にも関わらず針を動かし続けたのには、何か理由があるのではないか?」
「…!」
あれ?頭ごなしに叱られると思ったのに…。
未だにジト目で見られてはいるけど、理由を聞き出そうとしてくれてる…。
この神様に言うのはちょっと恥ずかしいけど、こんなに諭すように問いかけられたら、理由を言わないわけにはいかなくなってきた。
意を決して、口を開く。
「昔から…家庭的なことはあまり得意じゃなかったんです。でも、料理や裁縫の腕は女性としての評価に繋がってしまう気がしたので、苦手なままでいいのか不安になっていたんです。だから、裁縫が上手なハベにゃんに教えてもらおうと思いました…」
「…」
私の言い分を、表情ひとつ変えずに黙って聞いているインドラ様。
私が言い終えた後も、何も言わない…。
「……はぁ」
え?ため息?
人が勇気を振り絞って白状した理由聞いて、まずため息ですか?
…
…
目の前にいるのが神様じゃなかったら、掴みかかってたかもしれない…。
《乱暴はダメだぞ!マスター!》
あ…はい…失礼しました…。
でもまだ何もしてません…。
「…欲しい服があるのなら、言えば用意してやる」
「?」
「望む食事があれば、料理に秀でた者に作るよう命じることができる…神はそういった存在であるぞ。忘れたのか?」
「え?い、いえ…」
「ならば、無理をして苦手なものに取り組む必要はなかろう。どうしても己の手で何かを作りたいというのならば、特に口出しはせんが…お前が苦手とすることを、逆に得意とする者は必ず存在する。何でもひとりでこなそうとする必要など、どこにもない」
「、…」
「わかったのなら、手に傷は拵えるな。いや、手以外にも傷を拵えるのは許さん。常日頃から言っているが」
「はい…」
あのさ…。
今インドラ様が言ったのは『苦手なことがあるのなら、得意な者に頼ればいい』って意味で間違いないよね?
何か、今のインドラ様の言葉…
『何か欲しいものがあれば、神に言えば何でも手に入るのだから、お前が無理をして克服する必要がどこにある?』
って意味にも聞こえちゃったんだよね…。
いやいや…流石にそんなこと、神様のお嫁さんにでもならない限り、叶うものじゃないだろうしね。
流石にありえないよね。
ありえない…よね?
〜おまけ〜
プシューッ
「邪魔するぞ」
「ん?」
ハベトロットが裁縫道具の手入れをしていると、部屋の自動ドアが開いた。
見上げるだけでひっくり返りそうになる、長身の人物が入って来る。
人ではないのだが…。
「あれ?雷雨の神様じゃん。どうしたのー?」
「むー。何か妙に気安い声かけー」
「神であるインドラさまに対し、些か礼儀がなっていないかと」
「ん?そうかな?」
「よい、気にするな。…お前たちは下がっていろ」
「「了解」」
命令により、霊体化して控えるヴァジュラたち。
「それで、ボクに何か用があったりした?」
「用…という程大げさなものではない。お前に裁縫の教えを乞うために、部屋を訪れた人間のことだ」
「あ、マスターだね」
「そうだ。手にいくつもの傷を拵えて部屋に戻ってきたものでな…少々気になったまでだ」
「あー…マスター、裁縫苦手って言ってたしね。でも空いた穴を修繕したり、ボタン付けしたりとかの最低限は出来てたから、ボクは気にする必要はないと思ったんだけど」
先日訪れたマスターが、針で指を刺してしまった時のことを思い出し、顔を顰めるハベトロット。
「でも、苦手を克服したいって言われたら、教えないわけにはいかなくてさ…」
「あいつは『女としての評価の内に入る』といったことを言っていた。神にはよくわからんが、数々の花嫁を送り出してきたお前はどう考える?」
インドラからの質問に、首を振るハベトロット。
「ボクはそうは思わないよ。だって、料理が出来て裁縫も上手なお嫁さんが当たり前なんて『こうあって欲しい』って理想を詰め込んだだけじゃないか」
「…ま、伴侶となる者には夢を見るのであろうな」
「ボクは、マスターはいいお嫁さんになると思ってるよ?」
「ほう…念のため聞くが、その理由は?」
「マスターさ、失敗した縫い物の糸を解いて同じ糸を使い続けてたんだ。ボクの裁縫道具の糸を無駄にしたくないからって言ってさ」
「…というと?」
「練習とはいえ、ボクの仕事道具を無駄にしない気遣いをしてくれてたんだなって思ったよ。本当に必要なのってさ…そういった気遣いだと思うんだ」
「…」
「気遣いを忘れない人は、感謝を忘れない。パートナーのことを当たり前な存在だと考えず、一緒にいられることに幸せを感じられる。それって、自然とパートナーにも伝わるものだからさ。だからいつまでも仲良くいられるんじゃないかなー?」
磨いていた裁縫道具を、優しい笑顔で見つめるハベトロット。
「…なるほどな」
「マスターは、ボクのイチオシの花嫁だね!」
「…お前、盾の娘についても同じことを言っておらんかったか?」
「そ、それは…マシュはもちろんだけど、マスターだってボクの大事な花嫁だからさ!」
「フッ…戯れだ、そうムキになるな」
「んもー!」
インドラにからかわれて、ぷんすこ怒り出すハベトロット。
「でもさ、神様」
「何だ」
と、急に真面目な顔になり、インドラに向き合う。
「ボクはマスターが結婚する相手は、マスターを幸せにしてくれるなら誰でもいいと思ってるんだ。マスターと同じ今を生きる人間でも、カルデアにいる英霊たちでも…もちろん神様でもね」
「…」
「マスターが選んだ相手が神様じゃなくても、ボクは祝福するよ。もちろん、神様のお嫁さんになったとしても諸手を上げて祝福するけどね!」
そこまで言うと、にっと笑うハベトロット。
「…ならばよい」
「マスターが素敵な花嫁になるまで、マスターがおうちに帰ってからも見守ってなきゃな!あ、でもマシュのことも見守らなきゃなぁ…それぞれのところに現界できるかなぁ?」
「ん?お前もあいつのもとへ行くのか?」
「もちろん!えっ!?お前『も』ってことは、もしかして神様も行くつもりだったり?」
「当然だ。繋いだ縁を、容易く切らせてたまるか」
「マジかー!じゃあマスターのおうちで、神様とも再会できちゃうじゃーん!」
「フッ…確かにな」
一柱の神と、花嫁の守護者。
平和な日常が戻った先のことではあるが、いつか目にするであろう未来の花嫁についての話に、しばらく花を咲かせるのであった…。
END