くたびれたのはお互い様
くたびれたのはお互い様
「お客様でチュン!」
「お客様のお出迎えに行って欲しいでチュン!」
「はーい!今行きます!」
雀たちの間で飛び交う声に、急いでロビーへと降りていく。
ここは辺境の迷い家『閻魔亭』。
閻魔大王を後見人とする紅閻魔女将が切り盛りする宿で、私は臨時の従業員として働いていた。
どうしてか?
この前うちのコヤンたちが、女将含む雀たちに盛大にセクハラ行為かましたので、マスターとして責任をとるために、一日無給で働くことになったから…。
コヤンたちは『私どもが働きますので!』って必死に縋り付いてきたけど、絶対またやらかすって自信を持って言えるので却下。
今頃マシュ、ニキチッチ、ハベにゃんにみっちりお説教されてるはず…。
「おや?何やら格の高い神様の気配でち」
「え?」
一緒にロビーへ向かう女将が、お客様から神様の気配を感じ取ったらしい。
何となく嫌な予感がするが、ロビーに出向く…。
格の高い神様…もしかして…。
「ここにいたか、人間」
「インドラ様!?」
そこにいたのは、私の想像通りのお客様…。
何の気まぐれで、ここまで訪ねて来たのか…。
「閻魔亭へようこそでち!見たところお客様は、異郷の神様でちか?」
「確かに神だが…お前は雀…か?」
「あ、えっと…」
私はとりあえず女将にはインドラ様の、インドラ様には女将の紹介を簡単に説明する。
「何と!トト様のお知り合いの神様でちたか!」
「ほう…ヤマの縁者か。なるほど、道理で馴染みのある匂いがするわけだ」
女将の言う『トト様』とは閻魔様。そのルーツはインド神話における死の神ヤマにあたる。
そしてインドラ様は、仏教においては帝釈天の名で知られる神様…つまり何かと縁があるのだ。
「この閻魔亭は、八百万の神様や迷い込んだ魑魅魍魎をおもてなしするお宿でち。ここまで格の高い神様がいらっちゃったのは何百年ぶりでちかね…」
「なに、神と契約を交わしたそこの人間が、地獄の宿で働いていると聞いたものでな。一体どういったものであるか…物見遊山で来てやったまでだ」
「この宿にインドラさまが訪れたことは、滅多にない幸運です」
「感謝しろよー?キシシッ」
「チュチュン?そちらのお二方からも、何やら神性を感じまちね」
「ああ、こいつらは気にするな。神の霊基を削って宿らせた神性だ」
「所謂従神というやつでちね?でちが、ここは神様をおもてなしする場所…3名様とちてご案内させていただくでち」
「ま、女将であるお前がそう言うのなら、その厚意を無下にするつもりはない」
少なからず縁があるからなのか、女将が神様と接することに慣れ過ぎているからなのか、随分と話し込んでいるインドラ様と女将。
「おっと…これ以上お客様に立ち話はいけまちぇんね。まずはお部屋にご案内ちなければ」
「よかろう。案内しろ、人間」
「え?あ、はい…ご案内致します」
咄嗟に声をかけられ、慌てて部屋へと案内する私。
「お部屋の案内が終わったら、窓拭きを手伝って欲しいでチュン!」
「今日は団体様がいらっしゃるでチュン。忙しくなるでチュン」
「はーい」
団体様…確か夕方に来るって言ってたな…。
今夜も賑やかになりそうだな…。
「こちらがお部屋になります」
「…」
部屋に入るなり、中を見渡すインドラ様。
一応お座敷ではあるんだけど、アイラーヴァタにも座れるように広々とした部屋となっている。
「…ま、悪くはない」
「見晴らしがいいですね」
「結構いい風が入ってくるねー」
どうやら気に入ってはもらえたらしい。
ヴァジュラたちは外の景色を眺めている。
「お茶をお淹れしましょうか?」
「いや、今はよい」
「かしこまりました。温泉には、今の廊下の突き当たりから出られます。まだお昼ですが、解放時間ではありますのでお楽しみいただけます」
「源泉と言ったな…ならば、お前も来い」
「…」
言われると思った…。
しかし私は、あくまで従業員として丁寧に返す。
「申し訳ございません。閻魔亭では混浴はございません。他のお客様もいらっしゃいますので、お使いになる場合は男湯のみでお願い致します」
「…何だその妙な根回しは」
「女性の姿になって女湯に行くことは決してなさらないよう、閻魔亭の従業員としてお願い致します。もし破った暁には、女将の怒りの居合術を垣間見ることとなりますので」
「チッ…義理の娘に厄介なものを叩き込みおって…」
貴方は前科があるからですよ…。
ヤマ神…いや、閻魔様を恨んでも覆りませんよ?
「お食事は18時からご用意させていただきます。お部屋で召し上がっていただけますが、団体様…景虎さんや荊軻さんたちがいらっしゃいますので、広間でご一緒にお召し上がりいただくことも可能です」
「あいつらも来るのか」
「はい」
「ならば宴を…いや、部屋でとるのもよいか。お前も夕餉に付き合え」
「…」
正直、その提案は私にとっては魅力的だけど…。
「…申し訳ありません」
ぐっと堪えて、頭を下げる。
「一組のお客様に、従業員が付きっきりになることはできません。それに、お客様がお食事をとる時間は、従業員の業務が最も忙しくなる時間帯になりますので」
「…神の誘いを断ってばかりではないか」
「流石にいかがなものかと」
「不敬だぞー」
「…」
さっきの温泉はともかく、一緒に夕食をとれるんだったら、私もそうしたいよ…。
でも今の私は従業員で、インドラ様はお客様だから諦めてください…。
「申し訳ありません。今の私は臨時とはいえ、従業員です。いくらお客様の要望とはいえ、最も人手を必要とする時間に業務を放棄するわけにはいかないのです」
「………」
不満そうに私を見ていたインドラ様だったが…
「…ま、雇われている身であれば勝手は出来まいな」
渋々といった形だが、納得してもらえた。
仕事に理解がある神様で、本当によかった…。
「ご理解いただき、感謝致します」
「…そのような多忙の中で、お前はいつ食事をとるつもりだ?」
「女将が賄いを作ってくださいますので、お客様の夕食時から一段落ついた頃に、従業員たちでいただくことになっています」
「…ならばよい。夕餉はあいつらと酒宴をする。用があれば声をかける…下がれ」
「…はい、失礼致します」
インドラ様からの指示を受けて、私は部屋から出て襖を閉める。
「…はぁ」
思わず、小さなため息が漏れてしまった。
いや、今の私は仕事中なんだから仕方ない。
寂しい気持ちを堪え、窓拭きをするために雀たちのところへと戻った…。
「こちら広間に運んで欲しいでチュン!」
「ついでにお酒も届けて欲しいでチュン!」
「今行きまーす!」
夕食時…厨房は戦場と化していた。
インドラ様たちが広間で大きな酒宴を開いていることもあって、料理やお酒が減るペースが早いこと早いこと。
運んでは下げ、運んでは下げ…の繰り返しだ。
「皆ちゃま、本当によくお酒を飲まれまちね…」
「うちの呑兵衛たちが申し訳ない…」
料理を作る手は止めないまま、次々と運ばれていくお酒を眺めてしみじみと呟く女将。
私は新しい料理とお酒を受け取り、何往復したかわからない広間へと急ぐ。
「お待たせ致しました!」
「ありがと〜マスター♡」
「荊軻さん出来上がってるな…あ、気づいたら以蔵さんが潰れてる…」
「マスター、獨酒追加でくださーい!」
「旦那はん、冷酒くれへん?辛いのがええなぁ…」
「はーい!ただ今ー!」
空いた御膳を抱えて、急いで厨房へ戻る。
正直インドラ様の様子が気になったけど、忙し過ぎて見る暇がなかった。
静かに飲んでいた気はしたけど…。
「獨酒と冷酒追加でーす!」
「またでちか!?急ぐでち!」
無理だ…忙しくて気にしていられない…。
というかあのメンツ、私が一日閻魔亭で働くからって理由で乗り込んで来たんだろうな…。
まあ…閻魔亭が繁盛するから、いいことではあるんだけどね。
「はぁ…やっと落ち着いた…」
もうどのくらい時間が経ったかわからないが、ようやく注文が止まった。
「お疲れ様でち。随分賑やかでちたね」
「お疲れ様です。賄い、いただきます」
女将が用意した賄いに手をつけていく。
あぁ…美味しい…。
お腹がすき過ぎてふらふらの体に、優しい栄養が沁み渡る…。
「食べ終わったら、温泉で汗を流してくるでち」
「え?」
「お前ちゃまのお仕事はこれで終わりでち。あちきたちへの責任は、もう十分とってもらったでち」
「…本当に?」
「本当でちよ。温泉から上がったら、この部屋を訪ねるでち。お客様がお待ちでちよ」
「この部屋?……あっ」
女将が指さした、部屋の見取り図の箇所を見て意味を理解した私。
「…わかりました。賄い、ごちそうさまでした。お先に失礼します」
賄いを食べ終わった私は、女将と雀たちに挨拶をして厨房を出る。
そして部屋に戻って支度をし、温泉へと向かった…。
トントンッ
「…入れ」
部屋の襖の前で、ノックをすると中から声が聞こえてきた。
返事を確認した私は、襖をゆっくりと開ける。
「失礼します」
「…堅苦しい言葉は終いのようだな」
「もう仕事は終わりましたので…」
お猪口を手に、ひとり晩酌をしているインドラ様。
さっきの宴で散々飲んだのに、もう飲み直しているらしい。
部屋は暗いが、柔らかい行灯の光だけが辺りを照らしている。
というか、インドラ様が着れる大きさの浴衣が存在することに驚きだよ…。
まあ、ここって人間よりも人外の方が来そうだから珍しくもないのかも…。
あと、部屋の奥に大きな布団が敷いてあるのが見えるんだけど、何故か枕が二人分…。
いや、何故かも何もないか…。
インドラ様が女将や雀たちに言いつけたんだろう。
その証拠に、私の荷物のすべてがこの部屋の隅に綺麗に置かれている。
「いつまでそこにいるつもりだ」
「!」
「酌をしろ。何のために呼んだと思っている」
「…はい」
言われるがままインドラ様のそばに寄り、冷酒の入った徳利を手に持つ。
差し出されたお猪口に、丁寧に酒を注ぐ。
そして、それを一気に飲み干すインドラ様。
「まったく…この神がこうも放置されるとはな」
「…一応聞いてみたんですが、人手さえ足りていれば女将の許可は下りたみたいです」
あと、インドラ様たちの酒宴があそこまで大規模じゃなければ…とも言われた。
つまり、どのみち無理だったんだよ。
「フン…まあ、だからこそお前の寝床をここに移したまでだが」
「…事前に言って欲しかったところではありますが」
再び差し出されたお猪口に、酒を注ぐ。
ちょうど徳利が空になったようだ。
「それがどうしたという。神からの要望を跳ね除けおった代償としては、可愛いものであろう」
ぐいっとお猪口の中身を飲み干し、こちらを見下ろしながらペロリと唇を舐める。
その様子を見て、私は手に持った徳利を御膳の上に置いた。
「…お前を待ちながら飲んでいた酒だが、ようやく空になったようだな」
お猪口を徳利のそばに置き、その手で私の腰を引き寄せる。
隣に座っていただけの距離が、一気に近くなる。
「こちらを向け」
もう片方の手で頬を撫でられ、顎を掬われて上を向かされる。
「…ッ!」
薄暗い部屋の中…私の顔に影が落ち、唇が塞がれる。
舌が、とろけそうな程に熱い…。
「んん…ッ……ふっ…ッ…」
今日はやけにしつこく絡まる舌…。
体の奥に生まれた火種が、徐々に体全体へと広がっていく感覚…。
頭が、ぼんやりする…。
もっと…欲しい…。
クチュッ…と音を立てて、ようやく唇が解放された。
インドラ様は私の体を抱き上げて立ち上がり、布団の上に寝かせた。
「…働き詰めでくたびれているであろうが、神とて待ちくたびれたのでな」
私の帯を解いて、浴衣をはだけさせる。
そして自分の浴衣もはだけさせていく…。
「眠りに就く暇は、ないと思え」
そう言うや否や、再び私の唇を塞いで舌を絡めてくるインドラ様。
はだけた浴衣の隙間から手が滑り込み、肌を舐めるように這っていく…。
本当は私だって、一緒にいたかったんですよ…。
仕事中に感じた寂しさが、少しずつ満たされていくのを噛み締めながら、私は痺れるような快楽に身を委ねるのであった…。
END