それは一体誰のせい?
それは一体誰のせい?
「…うん、まあいいでしょう」
「ありがとうございます」
書類に目を通していたオルガマリー所長から返事をもらい、私はほっと息をつく。
所長室にて…私は、完成したレポートをオルガマリー所長に提出していた。
少し睡眠時間を削る羽目にはなったが、期日までには何とか書き終えることが出来た。
溜め込んだレポートを一気に提出するのも、所長から小言を言われると学習したため、溜まる前に提出するように努力した甲斐はあった。
努力するまでもなく常識?
わかってますよチキショー…。
「ところで貴女」
「はい?」
「しっかり寝れてるの?何だか、目が充血してるように見えるわよ?」
「えっ…」
訝しげな表情で、目をじっと覗き込まれる。
「あはは…一度書き出すと、書き終えるまで手が止まらなくなっちゃって…」
「…集中出来るのはいいことだけれど、あまり褒められたものではないわね。いつでも万全な体調を維持するのも、貴女の大事な仕事よ」
「はい…気をつけます」
あながち間違ってもいないのだが、何とか誤魔化すことには成功した。
馬鹿正直に所長に言うのは、憚られるから。
「仮眠をしてもいいから、休息はとるように。いいわね?」
「はい…ありがとうございます」
所長からの忠告を受け、所長室を後にする。
「ふぅ…」
確かに、仮眠はとった方がいいかもしれない。
朝食を食べたら、少し休もう…。
〜食堂〜
「いただきます」
注文した定食を目の前に置き、席に着く。
お盆にはご飯に味噌汁、納豆に生卵、鮭の塩焼きにひじきの煮物が乗っている。
典型的な和食メニューだ。
今はお腹が空いているけど、あまり食欲が出ない時でも食べやすい。
味噌汁を一口飲み、ひじきの煮物を食べ始めた私。
だが、次の瞬間…
「…ッ!!」
私は思わず、手で口を押さえた。
「…いった」
口の中を噛んだ…。
しかも結構思いっきり噛んじゃって痛い…。
「…ッ」
冷たいお茶を口に含んだけど、かなり滲みる…。
こんなことで医務室に行くのは気が引けるけど、前にピオ先生にバレて『何故医務室に来なかった?』って詰められたことがあるからなぁ…。
食べ終わったら、行くか…。
朝から幸先が悪いことが起こってすっかり気分がダダ下がりな私は、滲みる口内を庇いながら、朝食を食べ進めていった…。
〜医務室〜
「歯を磨いてから来たことだけは褒めてやる」
「…口の中は清潔にした方がいいかなと」
「疲労を疎かにしたわりには、正しい判断だな」
「はぁ…」
案の定、ピオ先生から小言をぶつけられる始末。
薬を塗ってもらえただけ、ありがたいとは思うが。
「外用薬は処方してやる。口内を清潔にして、患部の回りの水分をあらかた拭き取ってから塗布するようにしろ。食事の後に必ず塗れ」
「はーい…」
「それから、ビタミンB群の食品を意識して摂るようにしろ。大豆や肉、卵などだな。その辺りは厨房の栄養士に伝えれば解決するだろう」
「ナチュラルに栄養士って言ってるけど、多分エミヤのことだよね?理解はしたけど」
まさにさっき食べた朝食のメニューが、そのビタミンB群を含む食材のオンパレードだったのに…。
「ありがとう…ございました」
「ああ…お大事に」
塗り薬を受け取った私は、医務室を出てマイルームへと向かう。
プシューッ
「はぁ…」
もはや何回目かわからないため息をついて、部屋に戻ってきた私。
完全に寝不足が仇となってしまった。
「…寝よ」
もらった薬をデスクに置き、礼装の上着を脱いでベッドに横になる。
布団にくるまって、目を閉じた…。
「ん…」
何か身動きがとりづらい…。
重い瞼を何とか開けると…
「起きたか」
私に正面から抱き着いている、インドラ様。
よくある光景なので、今更驚きはしない。
ただ、それよりも今の私は眠くて仕方ない。
インドラ様の姿を確認した私は、何も言わずに瞼を下ろす…。
「おい、神が来てやったというのに、寝続けるつもりか?」
どこか不満そうなインドラ様の声が聞こえる。
はい…寝続けます…。
今の私は眠いんです…。
口は動かないが、頭の中でそう返す。
「まったく…」
どうやら諦めてくれたらしい。
意識の遠くにインドラ様の声を確認した私は、そのまま意識を手放して…
チュッ
ズキッ
「…ッ!?」
突然私の唇に、柔らかいものが当たる感触…そして同時に唇の辺りに走った痛み…。
あまりの痛みに、思わず勢いよく起き上がる。
「いっ…」
「?」
眠る私にキスをした張本人(神)は、口を押さえて勢いよく起き上がった私を不思議そうに見ている。
「…すみません、今はやめてください」
「!?」
インドラ様に背を向けて、再び横になる私。
口内炎の箇所は、ちょうど唇の裏側。
キスで唇が触れただけでも、かなり痛かった。
しばらく、キスは控えてもらおうかな…。
そう考えながら、目を閉じて今度こそ意識を手放していく…。
「!」
目を覚ました私は、枕元の時計を確認する。
12時45分…いつの間にかお昼過ぎになっていた。
でも、よく眠れた気がする。
ゆっくり体を起こすと、ベッドに腰掛けていたインドラ様と目が合った。
「やっと起きたか」
どこか待ちくたびれた様子のインドラ様。
煽っていた酒をしまい、私に近づいて来た。
そして手が伸びてきたと思うと、そのまま私の顎を掬う…。
あっ…キスされる…。
咄嗟に、口の前に手を出した。
「…何故止める?」
顔を顰め、不満そうに尋ねるインドラ様。
「先程もそうだ。軽く口づけた程度で、あの大げさな反応…そして背を向けた」
「…ッ」
顎から手を離し、口の前に出した私の手を握る。
「何故そこまで…神を拒む?」
「…ッ!?」
僅かに寂しそうな色が混じる声。
表情は不満そのものだが、その目は…。
「…すみません、インドラ様」
早く誤解を解かなければ…。
私は手を掴まれたまま、頭を下げる。
「…実はさっき、口の中を噛んで傷が出来てしまいまして…」
「…それがどうした」
「唇のちょうど裏側に出来てしまったので、唇に触れられただけで痛いんです」
「…では、先程飛び起きたのは…」
「痛くて、思わず…ちゃんと説明すればよかったんですけど、あの時は眠気が強くて…本当に、すみませんでした」
「インドラさまに限らず、神への対応としてもどうかと思いますが」
「下手したら即神罰だぞー?キシシッ」
「お前たちは黙っていろ」
ヴァジュラたちの言葉を一蹴するインドラ様。
「それで、その傷というのは?」
「医務室で塗り薬はもらってきました。ただ…すみません、やっぱりキスは痛かったです…」
「つまり、当分口づけはするな…と言いたいのか」
「…できましたら、この傷が治るまでは…」
口内に舌が入らなければ大丈夫かと思ったが、軽く触れただけで痛かった。
どうやら、噛んでしまった箇所は想像以上に大きな口内炎になってしまったらしい。
「そもそも、どうやったら誤って口内を噛むなどという事故が起きる?」
「…人間の場合、睡眠や栄養が不足して疲労が蓄積することで起こりやすくなるそうです」
「疲労だと?お前、その状態で日常を過ごしていたというのか?」
「…最近寝不足の日がありましたので」
「寝不足?一体何をしていた?」
「レポートを書いていて遅くなったり…」
「まったく…睡眠時間を確保する程度、容易いものであろう」
「それから…」
「まだあるのか」
私はひとつ息をつき、レポートよりも遥かに大きな原因を、インドラ様に突きつけてやることにした。
「インドラ様のお相手で、朝まで一睡も出来ない時があります」
「、…」
それを聞いたインドラ様は、どこかバツが悪そうに視線を泳がせる。
否定出来る要素が、どこにもないのだろう。
ちなみに私が生理の日は、普通に隣で寝てるか宴終わりに布団に潜り込んできて寝るかのどっちかだ。
でもそうじゃない日は、寝てるところを無理やり起こされて相手をすることになる日が、よくある。
でも、まあ…私も嫌なわけじゃない…。
「…寝てるところを叩き起こすのだけは、考え直してくださいませんか?」
睡眠時間を確保するのは必須ではあるので、譲歩してこれくらいが限界かな…。
「……………善処はしてやる」
何か物凄い間があったな…。
でも、善処はしてくれるみたいだから…まあよしとしようかな…。
〜おまけ〜
「おや、マスター」
「あ、おはようアルジュナ」
「おはようございます」
朝、廊下でマスターと会ったアルジュナ。
だが、マスターの顔を見て異変に気づく。
「マスター?きちんと睡眠はとっていますか?」
「えっ?えっと…何で?」
「目の下です。うっすらとですが、クマが出来ていますよ」
少し離れてはいるのだが、そこは人並み以上の視力を持つアルジュナ。
流石に顔を見ただけで、気づいたらしい。
「まあ…うん…確かに寝不足では、あるかな…」
アルジュナの指摘に、視線を逸らしながら歯切れ悪く答えるマスター。
当然だ。
何故なら昨夜の寝不足は、今目の前にいるアルジュナの父親…インドラが原因だからだ。
一応クマを隠すためにコンシーラーをしてきたのだが、どうやらアルジュナの前では効果がなかったようだ。
「睡眠不足はお体に障ります。お忙しいとは思いますが、少しでも寝る時間は確保してくださいね」
「うん、そうだね…心配かけて、ごめん…」
「いいえ、謝ることでは……もしやマスター、寝つきがよくないのでしょうか?」
「えっ?い、いや…最近は大丈夫なんだけど…」
「ふむ…そうですか。何か私に、お手伝い出来ることがあればよいのですが…」
「…ッ!!」
そう言いながら、マスターのそばへ近寄っていくアルジュナ。
それに思わず、反応してしまうマスター。
「マスター?どうされました?」
「あ…いや、何でもないよ…」
「何でもない…とおっしゃいますが、先程から妙に挙動不審です。どうかされましたか?」
「…ッ…ごめん、本当に大丈夫なんだ…ッ!」
アルジュナに詰め寄られたマスター。
いたたまれなくなり、ついにその場から走り去ってしまう。
「あっ、マスt………ッ!?」
マスターを呼び止めようとしたアルジュナ。
だが、マスターが自分の横を走り去っていったその刹那…ある匂いが漂ってきた。
それはアルジュナがよく知っている…いや、よく知っているどころではない程、覚えのある魔力の匂い…。
「…インドラ神の……匂い…」
ピシッ…
ピシピシッ…
パリィンッ…!!
「ーーーーー」
すべてを理解したアルジュナの硝子が、割れる…。
「む」
「おや?アルジュナではないか」
と、ラーマとカルナが近くを通りかかった。
アルジュナに声をかけるラーマだったが…
「ーーー」
返事がない。
「…アルジュナ?」
「…!」
貧者の見識でアルジュナの心情を読み取るカルナ。
「…インドラのことらしい」
「あー…また何かあったようだな…」
カルナの見識を聞いてひどく納得したラーマ。
「とりあえず食堂…いや、インドラ神がいるかもしれぬな。余の部屋に運んで、話を聞いてみるか」
「オレは場を混乱させるかもしれん。アルジュナを運んだら失礼するとしよう」
「助かる。では、とりあえず運ぶとするか」
だらりと垂れ下がったアルジュナの腕を肩に担ぎながら、ラーマの部屋を目指す二人なのであった…。
END