神と星に願う
神と星に願う
プシューッ
「おい、人間」
「!」
自動ドアが開いたと同時に、部屋に聞こえてきたのは聞き慣れた声。そして…
「これはどういった了見だ?」
あるものを私に突きつけるインドラ様。
その手には、1枚の短冊。
もうすぐ7月7日…つまり七夕だ。
毎年この時季は、カルデア職員や英霊たちで願い事を短冊に書き、笹の木に飾っている。
私も願い事を書いた短冊を、一番上の枝に飾った。
『繋いだ縁が、これからも続きますように』と。
「どういった了見…とは?」
インドラ様ならこんな反応をするだろうなと予想はしていたのだが、まさか飾った短冊を引きちぎって持ってくるとは思わなかった。
「この願い事についてだ」
私の短冊を、ひらひらと目の前でたなびかせるインドラ様。
「縁が続くことを願う…その願い自体は、わりとありふれたものだ。だが問題は…」
短冊をテーブルに置いたインドラ様は、ヴァジュラたちに命じてあるものを取り出させた。
それは、小さなペンライトだった。
「…ッ!?」
それを見た私は、インドラ様が何をしようとしているのかを察した。
「やれ」
「「了解!」」
ペンライトを光らせたヴァジュラたち。
「待って…ッ」
思わず声が出たが、時すでに遅し…。
私の短冊に光を当てるヴァジュラたち。
「わ!見えたー!」
「このようなものが存在するのですね」
「………」
私の短冊を眺めながら、感嘆の声を上げるヴァジュラたちと、反対に何も言わずに短冊を見つめているインドラ様。
『繋いだ縁が、これからも続きますように』と縦書きで書かれている。
しかし、その右側のスペース…光に照らされてこんな文字が浮かび上がっている。
『インドラ様と』と…。
実はこの『インドラ様と』の部分は、ブラックライトを当てないと見えない、無色透明なインクを使ったペンで書いておいたのだ。
どうしてこんなことをしたか?
本当の願い事を、誰にも見えないように書きたかったからだ。
堂々と書いたら、関係者たちが揃ってぶっ倒れてもおかしくないし…。
「この願い事については、咎めはせん。むしろ良い心がけだ。だが、それを何故このように回りくどい書き方で書いた?普通に書けばよかろう」
「正直に書いたら、一部の英霊たちが暴れるので…」
「まあ…厄介な奴らは、確かに存在するが」
そもそもインドラ様は、この仕掛けにいつ気づいたのだろうか?
気になって聞いてみると…。
「笹の木の近くにあった照明で、何やら短冊の色が変わったことに気づいたのでな。技術顧問に解析を依頼した」
え…ダヴィンチちゃんにも知られたってこと?
どこか…具合の良い穴はあるだろうか?
切実に入りたい…。
そして力技じゃなくて、ちゃんと解析を依頼してるあたり律儀過ぎる…。
「多少の願い事ならば、星に願わずとも神が叶えてやるつもりでいたが、ややこしい仕掛けをしたとはいえ、随分と健気な願い事を書いたものだな」
「…ッ」
私の願い事を知り、かなりご機嫌なインドラ様。
そして私は速攻でバレたことが恥ずかしくて、椅子ごと体を回転させてそっぽを向く。
書くんじゃなかったな…。
「さて…星よりも神に願った方が確実ではあるが、七夕とはそういった風習だそうだな。星々の川で再会を果たした夫婦の奇跡が、人間たちの願い事を叶えるものだと」
「…はい」
「…ならば、願い事をどちらにも叶えさせるという意味で、これを持たせておくか」
そう言うとインドラ様は、私の背後から首をなぞるように、指を動かした。
「あの…ッ」
くすぐったい感触に、思わず身をよじらせる。
「動くな」
「…ッ」
耳元で囁かれたかと思うと、首の辺りからパチンッ…と何かが弾ける音がした。
「見てみろ」
トントンッ…と私の首を指先で叩く。
私は、そばにあった鏡を覗き込む。
「え…これ…」
そこには、ネックレスをつけた自分が写っていた。
しかも、よく見てみると…
「…キキョウ?」
星の形をした、キキョウの花がついている。
「そいつは神の加護により、魔性による精神汚染を無効化する」
「それは、つまり魅了とかが…」
「一切効かん。精神の状態異常はな」
相変わらず、とんでもない加護がついてるな…。
下手すれば、クトゥルフ系のSAN値も異常ない可能性も…。
「どうしてキキョウの花なんですか?」
「…自分で調べろ」
やっぱり…。
こう返してくるってことは、何かしらの意味が込められてるってことだな…。
「マスターさま」
図書館で調べ物をしていた私の背後から、可愛らしい声が聞こえてきた。
振り向くと、いつも図書館の一角で少女漫画を読み漁っている、とある美女の姿が。
「こんにちは、小町さん」
「こんにちは。調べ物ですか?」
隣の椅子に腰掛け、本を覗き込む小町さん。
「お花の本?」
「うん…キキョウの花について調べたくて」
「キキョウですか?確かに、この時季から秋にかけて可愛らしいお花を咲かせますからね」
「実は、これなんだけど…」
一瞬迷ったのだが、まあ小町さんなら大丈夫だろうと思い直し、首から下げているネックレスを取り出した。
さっきもらった、キキョウのネックレスだ。
「まあ!素敵な首飾り…マスターさま…もしやこの贈り主というのは…」
「…ご想像にお任せします」
「まあまあ…そうなのですね!」
眼鏡の奥の瞳を輝かせながら、ネックレスを見つめる小町さん。
ネックレス見てるだけなのに、ほくほくしてる気がするのは、気のせいだろうか?
「キキョウの花をモチーフにしたのは、何かしら意味があるんじゃないかと思って、最初はフローラに花言葉を聞いたんだ」
「ふむふむ」
「『誠実』『気品』『変わらぬ愛』『永遠の愛』って花言葉があるって教えてもらったんだけど…」
「あら…素敵な花言葉ですね」
「うん。でも…」
「何か…納得されていないのですか?」
「ただの私の勘なんだけど、これだけじゃない気がしてさ。今までもらったものからして、何か他にも意味があるんじゃないかって…」
「…贈り物、その首飾り以外にもいただいていたんですね」
「あっ…」
しまった…つい口が滑った…。
小町さんに、キラッキラの笑顔で見つめられる。
赤くなる顔を必死にごまかそうとするけど、もうこうなっては収拾がつかない。
「あっ…」
と、急に小町さんが声を漏らした。
「どうしたの?」
「『変わらぬ愛』『永遠の愛』っておっしゃいましたよね?」
「え?うん」
私が返事をすると、座っていた椅子から立ち上がる小町さん。
「マスターさま、少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?あたし、以前それっぽい書物を読んだ気がするのです」
「え…本当?」
「はい!持ってきますね」
そう言うと、小町さんは奥の本棚へ歩いていった。
そして数分後…。
「お待たせしました」
一冊の本を持って、小町さんが戻ってきた。
椅子に座り直すと、本のページをめくって私に見せてくれた。
「多分…これじゃないでしょうか?」
「えっと…?」
小町さんが指し示す箇所…そこにはこんなことが書いてあった…。
とある夫婦のお話。
戦場へ赴いた夫の帰りを待ち続けていた妻は、10年の時を経て夫が帰還するとの知らせを聞いた。
妻は大喜びで、村人たちとともに帰還を祝う宴の支度に取り掛かる。
そして、夫は無事に帰ってきたのだが…。
そこで夫は、宴の準備を村の男と一緒にしている妻の姿を見て、妻が自分の留守中に他の男と結婚したのではないかと勘違いしてしまう。
あらぬ疑いをかけられた妻は、身の潔白を照明するために、何と自ら命を絶ってしまった。
妻が命を絶ったことで、自分の勘違いに気づいた夫は大層悲しみ、妻の後を追うように自ら命を絶ってしまう。
そしてその夫婦は、キキョウの花に生まれ変わったという。
そのためキキョウには『変わらぬ愛』『永遠の愛』という花言葉がついた。
そしてその二つの花言葉が転じて、このような花言葉もついたとされている。
『生まれ変わってもあなたと』
「………」
「どうやら、妻の名前が『桔梗』だったからという説もあるようですね。実際にあった出来事から生まれた伝説の類なのか、完全な創作なのか…どちらとも考えられはしますけど」
「………」
「マスターさま?」
「えっ?あ、ごめんね小町さん…」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫!ちょっと…意外と衝撃的で…」
「確かに、そうですね。ただでさえ『永遠の愛』だなんて壮大なお気持ちが込められていますから」
「うん…」
「『生まれ変わってもあなたと』…」
小町さんはページを見つめながら、何かとてもいいものを見つけたかのような、楽しそうな笑みを浮かべる。
「ふふっ…今世だけでなく、来世のお約束までされてしまいましたね、マスターさま」
「………相変わらず重いなぁ…」
「あたしが今まで読んだ少女漫画にも、そんなお話があったような気がします。生まれ変わっても愛する人と巡り合いたい…そう思うのは、いつの時代も変わらないということですね。本当に…恋とは、素敵なものだと思います」
生まれ変わってもあなたと…か…。
それって普通に考えたら、私がこの生を終えて生まれ変わったとしても、またインドラ様と…って意味だとは思うんだけど…。
インドの神様は人間に転生した神様が多いから、向こうから種族を変えてやってくる可能性もある…ともとれるんだよな…。
いやでもインドラ様って、別に人間になりたいとは思ってなさそうだし、やっぱり前者かな?
そもそも…生まれ変わったとして、また人間になれるものなんだろうか?
もし、人間以外の動物とか植物とかだったりしたらその場合インドラ様は…。
いや、これ以上考えるのはやめよう…。
何か怖くなってきたから…。
よくよく考えれば、向けられている想いが激重感情だというのに、どこか感覚が麻痺してしまった私は『また凝ったもの贈ってきたな、あの神様』くらいにしか思っていないのである…。
〜おまけ〜
「…こんなところか」
カルデア基地内に用意された、笹の木。
もはや毎年恒例となっている、七夕の短冊を括り付けたアルジュナ。
その短冊に書かれた願いは…。
『今年もカルデアで、穏やかに過ごせますように』
優等生のアルジュナが書いたことを思うと、わりとよくある願い事に思える。
だが、その真意は『これ以上父親のやらかしに胃を痛めたくない』という切実過ぎるもの…。
本当なら『飲む胃薬の量が減りますように』とでも書きたいアルジュナだが、そんなことを馬鹿正直に書いた暁には、間違いなくインドラが出しゃばってくる。
『息子の胃を痛めている元凶とやらは、一体どこのどいつだ』と。(元凶)
そういえば…。
マスターは、もう願い事を書いたのだろうか?
ふと気になったアルジュナは、笹の木の一番上を見上げる。
毎年のことではあるが、マスターの短冊は一番上に飾ることになっている。
しかし、そこに短冊らしきものは見当たらない…
かに思えたのだが…。
「おや?」
笹の木の一番上の枝に、何かが見えた。
枝についているそれは、まるで引きちぎられたこより紐のようにも見える…。
まさか…マスターの短冊は…。
「突っ立って何をしている」
「!?」
突然背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。
アルジュナが振り向くと…。
「お前はもう飾ったのだろう?」
自身の宿敵、カルナ。
書いたばかりであろう短冊を手にして立っていた。
「…念のため貴様に聞いておくが」
「何だ」
「マスターの短冊は、いつもどこに飾っているのか知っているか?」
「毎年のことだ。一番上だろう」
アルジュナからの質問に答え、笹の木の一番上を見上げるカルナ。
「ん?まだ飾っていないようだな」
「よく見ろ。何かついている」
「何か?」
アルジュナに促され、目を凝らすカルナ。
すると、カルナも気づいたようだ。
「こより紐か?ちぎられたような痕跡があるが…」
「私の推測だが…」
一呼吸置き、続ける。
「マスターが飾った短冊を何者かが引きちぎり、持ち去った可能性が高い」
「!?」
アルジュナの推測は、合ってはいる。
持ち去ったのは、自身の父インドラなのだが…。
「一体…誰がこのようなことを…」
「わからん。だが、マスターの短冊を見ようと試みる者は少なくない。マスターの願い事を叶えてやりたい善意がほとんどだが、中には悪用しようと考える者もいるだろう」
「悪用する不届き者がいるのは、わかる。だが、わざわざ短冊を引きちぎるような真似をするか?」
「犯人にとって、都合の悪いことが書かれていたのならばそうするかもしれんが、不特定多数に見られる可能性のある短冊に書くとは考えにくい」
「となると、単なる愉快犯か?だとすれば、ある程度は絞れるのだが…」
この時点では、アルジュナもカルナも皆目見当がつかないようだ。
まあ、ある意味当然ではあるが…。
「そもそも、マスターはこのことを知っているのだろうか?」
「知らないはずだ。知っていたら何かしら騒ぎになるからな。その場合、マスターは新しく短冊を飾り直していただろう」
「…あまり、このようなことをお知らせしたくはないのだが」
「遅かれ早かれ…マスターにも知られることにはなるだろう。ならば、今のうちに知らせておくべきだ」
「…そうするしか手はない、か」
「気が進まんのなら、マスターにはオレから知らせておくが」
「…ならば私は、心当たりのある者を洗っていく。マスターへは、言葉はよく選んで伝えろ」
珍しくカルナの意見に反発もせず、アルジュナは容疑者を探しにかかった。
事情を知らないから当然ではあるが、流石にこの嫌がらせのような仕打ちには憤りを感じているのだろう。
マスターの部屋に向かおうとしたカルナは、まだ自分の短冊を飾っていないことに気づき、枝に括り付ける。
「ん?」
と、そばに飾ってあった短冊に目が留まる。
『今年もカルデアで、穏やかに過ごせますように』
いかにもアルジュナらしい願い事だ。
短冊を一瞥したカルナは、事を知らせるためにマスターの部屋へと向かった…。
マスターから真実を知らされ、アルジュナの七夕の願い事が、早くも叶いそうにないことを実感するまで、あと十数分…。
END