氷で奪える熱ではなく
氷で奪える熱ではなく
プシューッ
「マスターさん、いますかー?」
「ん?」
マイルームのドアが開き、カーマちゃんが部屋に入ってきた。
「どうしたの?カーマちゃん」
「…よし、インドラはいませんね」
「あ、うん…今はね」
インドラ様の不在を、念入りに確認しているカーマちゃん。
散々痛い目を見ているから、仕方ない。
「あ、そうそう…食堂のデザート、今日からかき氷が始まるみたいですよ」
「えっ、本当!?」
「はい♡今から一緒に食べに行きませんか?」
にっこりと笑うカーマちゃん。
「あれ?今日からなんだよね?じゃあ、この前かき氷の早食い対決してたアルジュナとカルナさんは何だったんだろ?」
(A:食堂での乱闘を防いだエミヤの強s…提案)
「さあ?アタマ戦闘民族なお馬鹿さんたちのことはよく知りませんけど…そんなことより!早く行きましょうよマスターさん♡」
「あ、そうだね。行こう」
カーマちゃんに催促された私は、一緒にマイルームを出て食堂に向かうことにした…。
〜食堂〜
「エミヤー?かき氷二つくださーい」
「おや、マスターにカーマか。味は何にする?」
「私はマンゴーでお願いします」
「えっと…じゃあイチゴでお願いします」
「了解した。少し時間がかかるから、席で待っていてくれ。出来上がり次第持って行く」
「はーい」
「ありがとう。お願いします」
厨房のエミヤにかき氷を注文した私たちは、言われた通り空いている席に着く。
「かき氷のメニュー、また追加されてたね」
「ですね。チョコ味なんて、確か昨年にはなかった気がします」
「チョコ…食べたことはあるんだけどね」
「どんな味なんですか?」
「普通に美味しいよ?私が食べたのは、チョコソースと削りチョコがかかってて、中にバニラアイスとチョコアイスが入ってた」
「へぇー…美味しそうじゃないですか」
「ただ…あれは、ゆっくり食べるのはお勧め出来ないかもしれない…」
「どういうことです?」
「溶けた氷が水になって、チョコが薄くなってくるんだけど…薄い味のチョコは、ね…」
「あぁ…それは微妙になりそうですね」
「フルーツ味は薄くなっても美味しいのにね」
あの時は、かき氷は急いで食べるのは体によくないけど、時間をかけすぎても美味しくない…と知った瞬間だったな…。
「そんな意見が出ると思ったからな。味が落ちないよう、工夫を凝らしたつもりだ。次の機会にぜひ試してみて欲しい」
「あ、エミヤ」
カーマちゃんと雑談をしていると、二人分のかき氷を持ったエミヤが話に入ってきた。
「待たせたな二人とも。マンゴーとイチゴだ」
「うわぁ…ソースたっぷりだ。ありがとうエミヤ」
「ここのかき氷、やっぱりマンゴーの果肉が大きいですよねぇ…」
「楽しんでくれたまえ」
「「はーい」」
テーブルに二人分のスプーンを置いて、厨房に戻っていくエミヤ。
「じゃあ、早速いただきます」
「いただきまーす」
スプーンを手に取り、崩れないように慎重にかき氷を掬う私たち。
最初の一口を、口に入れる…。
「ん、冷た…でもやっぱり美味しい…」
「ん~…マンゴーが肉々しくてジューシーです♡」
一年ぶりのかき氷を堪能する私たち。
ここのかき氷は、フルーツをじっくり煮詰めて作るとても濃厚なソースがたっぷりかかっている。
私が頼んだイチゴはイチゴのソースをかけ、ホワイトチョコの飾りをてっぺんに乗せたもの。
中にイチゴアイスとバニラアイスが入っていて、味に飽きがこない。
カーマちゃんが頼んだマンゴーは、マンゴーソースと大きなマンゴーの果肉が乗っている。
氷の中には、マンゴーのシャーベットとバニラアイスが入っているらしい。
「マスターさん。一口いかがです?」
「え?いいの?」
「もちろん♡」
「じゃあ私のも一口あげる」
「えっ!?い、いいんですか…?」
「もちろん」
ソースとイチゴアイスが上手い具合に乗るようにスプーンで掬い、カーマちゃんに差し出そうとした時だった…。
「ここにいたか、人間」
聞き覚えのある声と、足音が近づいて来た。
「あ、インドラ様」
「…チッ…何の用ですか」
声の方を向くと、ヴァジュラたちを連れたインドラ様の姿。
その途端、カーマちゃんのテンションが急降下して一気に不機嫌になってしまった。
「部屋に姿がなかったからな。カーマと食堂に向かう姿を見た…と聞いて出向いたまでだ」
「なら邪魔しないでもらえます?今、マスターさんとの貴重なおやつタイムなんですけど」
「インドラさまを邪魔扱いするとは、無礼にも程があるかと」
「不敬だぞー!」
噛みつくカーマちゃんと、それに噛みつき返すヴァジュラたち。
それには目もくれず、私のさらに近くに来るインドラ様。
「ん?何を食っている?」
「あ、これかき氷です」
「かき氷?」
「この前、アルジュナとカルナさんが超特大サイズで早食い対決してたアレです」
するとインドラ様が顔を顰める。
「…我が息子が医務室に運ばれたのは、お前も見ていたはずだが?」
「いや、あれはあのサイズのかき氷を一気に食べ進めたからですよ!?普通はこのサイズなんですよ」
あの謎の対決を観戦していたインドラ様。
どうやらかき氷を知ったのは、その時が初めてだったらしい。
「…確か、夏の暑さを凌ぐための菓子といったか?」
「はい。削った氷に砂糖や蜜をかけて食べたのが始まりで、今はいろんな味がありますよ」
「なるほど。では、今お前が食っているものは?」
「イチゴ味です」
「ふむ…」
私のかき氷をまじまじと見つめるインドラ様。
すると、突然私の手首を掴んだ。
「えっ?」
そして少し身を屈めると、掴んだ私の手が持っている、かき氷が乗ったスプーンを自分の口に入れた。
「ちょっ…!?イ、インドラ様!?」
「は…?ちょっと!それは私が食べるはずの…ッ!」
私やカーマちゃんの声は一切無視して、かき氷を咀嚼するインドラ様。
いやいや…ちょっとインドラ様!?
人前で何てことするんですか!?
手を掴まれていたとはいえ、まるで『あーん』をしてあげたような絵面。
かき氷を食べたはずなのに、顔から火を吹いたように真っ赤になる私。
「…ま、悪くはない」
一口味わったインドラ様は、ペロリと唇を舐めた。
そして、火を吹いている私の顔を覗き込んでニヤリと笑みを浮かべる。
「何をそんなに赤くなる?もしや、この真っ赤な氷菓子を食ったせいか?」
こちらをからかう悪戯な、でも心情を見透かしているような妖艶な笑み。
私はなんとか反論する。
「いや…違います!インドラ様がっ…人前で、あんなことするからですよ!」
「ほう?人前でなければよいのか」
「!?い、いや…そんな話じゃなくて…」
「…さっきから」
「!?」
必死の問答で空回っている私と、反応を楽しんでいるインドラ様。
その様子を見ていたカーマちゃんから、禍々しいオーラが漂ってきた。
「私の前で、よくもマスターさんといちゃついてくれましたね…」
「カ、カーマちゃん…」
「神に構う暇があるのか?氷菓子が溶けるぞ?」
睨みつけるカーマちゃんに対して、どこ吹く風な態度のインドラ様。
まずい…このままじゃ、カーマちゃんが余計に怒って大変なことになる…。
カーマちゃんを落ち着かせる方法がないか、頭を働かせていると…。
「インドラ神」
「ん?」
インドラ様を呼ぶ声。
声のした方を見ると、そこにはエミヤの姿が…。
「かき氷とは少し違うが、よければこちらを」
コトッ…と、テーブルに何かを置くエミヤ。
それは、白いシャーベットが乗ったお皿だった。
「これは?」
置かれたシャーベットを見つめるインドラ様。
「日本酒のシャーベットだ」
「…酒の?」
「ああ。酒も凍らせれば、シャーベットにすることが出来るんだ。アルコール度数が高い酒は、凍りにくくなるから難しいのだが、日本酒くらいなら可能だ。冷酒で飲む日本酒とは、また違った楽しみ方が出来る」
「ふむ…よかろう。神への献上品、今ここで味わってやるとするか」
興味を引かれたらしいインドラ様は、席に着いてシャーベットに手をつけ始めた。
それを確認したエミヤが、私とカーマちゃんの方を向いた。
「君たちも、溶ける前に食べ切ってくれたまえよ?こちらとしては、せっかく作ったデザートを無駄にして欲しくないからな」
「あ、うん…そうだね。食べよ?カーマちゃん」
「…はぁ…マスターさんが言うなら…」
何とか機嫌を戻してくれたカーマちゃん。
私も、目の前のかき氷を食べ進めていく。
「ほう…なかなかだな」
「それは光栄だ」
どうやらインドラ様は、日本酒のシャーベットがお気に召したらしい。
かき氷を完食した私とカーマちゃんは、インドラ様の相手をしてくれているエミヤに声をかけた。
「エミヤ、ごちそうさまでした。美味しかったよ」
「ああ、お粗末様」
いや、本当にありがとうエミヤ…。
神霊同士が食堂でバチバチになってたところを、機転を利かせて止めてくれて…。
本当はマスターの私がするべきことなのに…。
カーマちゃんの怒りを鎮めてくれたエミヤに心の底から感謝し、食器を返却口へと返す。
「はぁ…美味しかった」
「ですね♡次回はチョコにもチャレンジしてみませんか?」
「うん、ぜひ」
食堂を出た私は、すっかりご機嫌になったカーマちゃんと別れ、マイルームへと戻った。
〜その日の夜〜
プシューッ
「いるか?人間」
「インドラ様?」
シャワーを浴び終え、髪に櫛を入れていたところでインドラ様が訪ねてきた。
よく見ると、ヴァジュラたちが何かを持っている。
「それは?」
「昼間、あの弓兵が献上したものだ」
ヴァジュラがテーブルに置いたもの…それは、二つの硝子の器に入ったシャーベットだった。
だが、よく見ると昼間のものと色が違う。
「別の種類の酒でも作れると聞いたものでな。用意させた」
「それを…私の分まで?」
「変わった形ではあるが、これも晩酌と呼べる」
なるほど、晩酌に付き合え…と。
「見たところ、湯浴みの直後のようだからな。体を冷やすにはちょうどよかろう」
「ご厚意に感謝すべきです」
「ありがたく思えよー?キシシッ」
「はい、ありがとうございます」
お言葉に甘えて、いただくことにしよう。
そう思い、椅子に座ろうとすると…。
「何をしている。こっちだ」
「え…」
インドラ様に抱えられ、座らされたのは…
「………何で?」
ベッドに腰掛けたインドラ様の、膝の上…。
「いつもの席では、手が届かんからな」
「手が…届かない?」
状況をよく呑み込めない私をよそに、ヴァジュラがシャーベットの器を私に差し出してきた。
とりあえず受け取った私だが、そこでようやくインドラ様の思惑に気づいた。
ちょっと待て…。
まさか、こんな近い距離にしたのは…。
「何をしている。さっさと『食わせろ』」
「だと思いましたよ…ッ!!」
思ったことをそのまま叫んでしまう私。
「昼間、お前が言ったであろう?人前でこのようなことをするな、と」
「だからって『人前じゃなきゃいい』とも言ってないんですが!?」
「ほう?カーマには人前でも構わずに出来るというのに、神には出来んと?」
「女の子相手とはノリも訳も違うんですよ!」
「あいつは男だぞ。ガワは何故か女だが」
あ、そうだった…。
カーマちゃんって、本来は男なんだった…。
でも依代が女の子だから、インドラ様よりは躊躇いはないんだよなぁ…。
「つべこべ言うな。溶ける前に食わせろ」
「インドラさまからの命令ですよ?」
「従わないわけないよなー?」
ヴァジュラたちからも詰められる。
このまま押し問答してたらシャーベットが溶けちゃうし、そしたら怒らせそうだ。
おとなしく、希望に応えるしかない…。
ない、が…。
「…ヴァジュラたちが見てないなら」
「…お前たち」
「「了解!」」
インドラ様の合図で、姿を消すヴァジュラたち。
誰にも見られてないのなら…まだ何とか…。
催促が来る前に、スプーンでシャーベットを掬う。
こちらを見ているインドラ様の口元に、恐る恐るスプーンを差し出す。
「どう…ぞ」
「ん」
シャーベットを口に入れるインドラ様。
そっとスプーンを引き抜くと、シャーベットを飲み込んだインドラ様が口を開く…。
「何をしている。残りも食わせろ」
「まだやるんですか!?」
「当然だ。なに、心配するな。お前の分は神が食わせてやる」
「結構です!それに、その頃には私のシャーベット溶けてますよ!」
「溶けはせん。見ろ」
インドラ様が指し示す方を見ると、私のシャーベットを何か膜のようなものが覆っている。
多分インドラ様の力を使って、溶けないようにしているのだろう…。
「いやいや、ずるくないですか!?」
「何を言う。そうでもしなければ、お前はいつまでも行動に移さんであろう」
「そんなこと…」
「早くしろ。溶かしたらどうなるのか、わかっているであろう?」
「〜〜〜っ!!」
この神…ことごとく私の逃げ道を…ッ!!
しかし、今の私に出来ることはひとつ。
シャーベットを掬い、インドラ様の口元まで運ぶ…それだけだ。
妙な敗北感を抱えながら、私はひたすら手だけを動かしていく。
そして、最後の一口が終わった。
「ふむ…良い雰囲気作りになるものかと期待していたが、思った程でもないか」
「…強制的にやらせようとするからです。双方の合意なく楽しめるものじゃないんです」
「…ならば仕方ない。お前の分を神の手で食わせてやろうと思ったが、その様子では神が無理に食わせるだけになるであろうな」
『双方の合意なく』って言ったせいなのか…。
私の分は、普通に食べることが出来そうだ…。
「…ならば」
「えっ…」
ドサッ
「…ッ!?」
突然視界が回転し、気づけばベッドの上に押し倒されていた。
そして、仰向けに倒れた私の視界に映るのは…
「『双方の合意』と言ったな?」
「?」
私に覆いかぶさり、見下ろすインドラ様。
「ならば『これ』はいつも、お前からの同意を得た上でしていることになるな?」
「…ッ!?」
「お前から拒絶された試しがないのだからな」
「んっ…!?」
何か答えようと口を開いた瞬間唇を塞がれ、舌が侵入してくる。
「んん…ッ…ふっ…ッ……ん…ッ…」
シャーベットを食べていたからか、口内で暴れ回る舌はひんやりとしている…。
反対にどんどん熱を帯びてくる私の舌を、執拗に犯してくる…。
その熱を奪うように、ねっとりと…。
「っ…はぁ…ッ…」
クチュッ…と音を立てて唇が離れる。
唇同士を結んだ糸が、プツリと切れる。
「…ッ」
「…その沈黙は、肯定ととるぞ?」
「……ッ」
自分の目の前で響く、低く色っぽい声。
その声には答えず、ただ目を逸らす…。
「…よかろう」
ニィッ…と口角を吊り上げ、牙を見せる捕食者。
「惜しみなく与えてやる…が、そう望んだのはお前だ。容易く音を上げてくれるなよ?」
END