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空と契りを交わした日

Fate Grand Order インドラ&女夢主 — www.pixiv.net · All chapters

空と契りを交わした日

「こんにちは、フローラ」

「あ、マスター!」

シミュレーター内の、フローラの花畑にて…。

私は土いじりをしていたフローラに、声をかける。

「また土ついてるよ」

ポケットからハンカチを取り出し、フローラの顔の汚れをそっと拭う。

「えへへ…お恥ずかしい限りです」

照れくさそうに笑うフローラ。

しかし視線を落とすと、表情がさらに明るくなる。

「あら、マスター。またお花の絵を描いてくださるんですか?」

「うん、まあね」

スケッチブックを小脇に挟み、絵の具が入ったバックを肩からかけている私。

フローラの言う通り、花の絵を描きに来たのだ。

「嬉しいです!お花たちもきっと喜びますよ!」

「ありがとう。ただ…」

「どうしたんですか?」

「描きたい花があるんだけど、この花畑に咲いてるかなって…」

「そこはご心配なく!この花の女神フローラにお任せください!」

やる気満々のフローラ。

確かにフローラなら、仮にこの花畑に咲いていない花があったとしても、咲かせられる。

「じゃあ、描きたい花なんだけど…」

私はフローラに、ある花の名前を伝えた…。

「こちらです」

「…あ、本当だ。たくさん咲いてる」

フローラに案内されて、私は目当ての花が咲いている場所へやってきた。

「ありがとう、フローラ」

「どういたしまして。でも、ちょっと意外なチョイスだったので正直驚きましたね。アグロステンマを描きたい、だなんて…まあ、見ての通り可愛らしいお花ですから、その魅力に魅せられて描きたくなっても不思議ではありませんが!」

「確か和名は、ムギセンノウって言うんだよね?」

「はい。麦畑によく咲く、生命力がとても強くて育てやすいお花です。生命力が強いからこそ、雑草と呼ばれてしまってはいるのですが…」

「麦の栄養が吸い取られちゃうって考えると、どうしても抜き取っちゃうのがね…。花は可愛らしいと思うんだけど」

そう。私がフローラに案内してもらったのは、アグロステンマの花が咲くエリア。

鮮やかなピンクと中央の白色が特徴の、小さな花がたくさん咲いている。

「じゃあ、早速描いちゃおうかな」

「はい!あ、私も一段落したので見ていてもよろしいですか?」

「えっ?いいけど…素人の絵だよ?」

「上手い下手は関係ありません。マスターがこのお花を、選んで描いてくださったことが嬉しいんですから」

「…なら、うん…」

ちょうど花が咲いていない場所に腰を下ろすと、フローラも私の隣に座る。

隣から見られていて妙に緊張するが、それでも鉛筆を手に、小さな花の集団を丁寧にスケッチしていった…。

〜数十分後〜

「ふぅ…」

「お疲れ様でした。あとは色塗りですね」

鉛筆での下描きが終わり、一息つく私。

隣で見ていたフローラが労ってくれる。

「ここのアグロステンマたち、意外と色がバラけてるんだね」

「そうですね。鮮やかなピンク色が有名ですが、桜貝と呼ばれる薄いピンクの品種もあるので」

「色…頑張って塗り分けないとなぁ…」

「マスターなら大丈夫ですよ!ファイトです!」

その根拠のない自信はどこから…。

「マスターが描いたネモフィラの花を見せてもらいましたけど、とても素敵な風景画でしたよ?」

「え…待って?あの絵って確かインドラ様に…」

「はい!インドラ様に無理を言って、見せていただいたのです!」

インドラ様相手にそこまで無理強い出来るなんて…。

この女神様、強いな…。

《お前が言うことではなかろう…》

ん?何か今インドラ様の声が聞こえたような?

振り返ってみたが、そこには誰もいない。

「どうしました?マスター」

「あ、何でもない。じゃあ色を塗っていこう」

絵の具セットを開けて、ピンクと紫と白の絵の具を取り出した。

「あら?色、混ぜるんですか?」

「うん…目の前のアグロステンマの色と、少し違っちゃうかもしれないけど、私が見たまま描いていけばいいって、言ってくれた人がいたから」

「ふふっ…それを言ったのがどなたなのかは、敢えて聞かないことにしますね♪」

「………」

にこにこ顔で見つめるフローラには答えず、パレットに出した色を混ぜていった…。

〜さらに数十分後〜

「…どうかな?」

「とても素敵な絵です!」

すべての色を塗り終えた私は、隣で見守っていたフローラに出来栄えを尋ねる。

下描きからずっと褒めてくれていたフローラは、完全に色が乗った絵を見て大絶賛してくれた。

「ひとつひとつのお花が、僅かな違いのある色で塗られていて、とても綺麗です!同じお花でも咲き方には差が出るもの…それをきちんと理解して描いてくださったのが、よくわかります!」

「…確かに意識はしたけど、そこまで褒めてもらえるとは思わなかったよ」

この花畑の花よりも眩しい笑顔のフローラ。

そして私は、褒めてもらえた嬉しさと照れくささとフローラのテンションの上がり具合に若干引いてしまっていた…。

「あ!見つけた!」

「ここにいたのですね」

頭上から聞こえた声に上を見上げると、ヴァジュラたちが浮遊しながらこちらを見ていた。

「おや?絵を描いていたのですね」

「インドラさま呼んで来ないとねー!」

「えっ!?呼ぶの!?」

何でわざわざ…と思ったのだが、少女体ヴァジュラはあっという間に飛び去って行く。

それを見たフローラが、くすりと笑う。

「…すぐにいらっしゃるでしょうね、インドラ様」

「…描いた絵はすべて寄越せって言われてるんだよ」

「そうなんですか!?なら残念…この絵、いいなと思ってたんですけど、私がいただくことは叶いそうにありませんね」

「マスターの目で見て描かれた景色は、インドラさまも見てしかるべき景色です。たとえ同じ絵を描いたとて、それもインドラさまのもとへ献上すべき絵になるかと」

「完全にインドラ様の先約なんですね…残念です」

少年体ヴァジュラの言葉を聞いて、しょんぼりとするフローラ。

「そういえばマスター」

「どうしたの?」

ふと何かを思い出したように、フローラが顔を上げて私に質問する。

「アグロステンマの花言葉…ご存じですか?」

「確か『気持ちが靡く』『育ちのよさ』『自然を好む』って本に載ってた気がするけど…」

「そうです。絵に描けば、インドラ様に捧げることになるのはわかってましたよね?なら、どうしてアグロステンマを選んだのかなと。花言葉からは理由が想像つかなかったんです」

確かに、花言葉だけだと意味がわからないと思う。

でも私がこの花を選んだのは、花言葉じゃない。

「フローラなら知ってるよね?誕生花」

「誕生日ごとに当てられた花ですか?」

「うん、この花は…」

「ここにいたか」

「「!?」」

低く落ち着いた声が割って入ってきた。

声が聞こえた方を見上げると…

「お前もいたのか、花の女神」

「はい。マスターが絵を描いているところを、見学させてもらっていました」

呼びに行った少女体ヴァジュラを連れた、インドラ様の姿があった。

「それで?何を描いていた?」

「…ここに咲いている、アグロステンマの花です」

差し出されたインドラ様の手に、先程書き終えた絵を渡す。

インドラ様は、受け取った絵をじっと見つめる。

「随分小さな花だな」

「小さくても、たくましいお花です!」

インドラ様が洩らした感想に納得いかないのか、抗議するかのように声を上げるフローラ。

「そう噛みつくな。花を侮辱したわけではない」

「でしたらいいのですが…」

「神が気になったのは、どういった意図でこの小さな花を描いたのか…ということだ」

インドラ様からの質問に答えようとした時、フローラが何かに気づいたように、シミュレーターに咲くアグロステンマの花を見つめた。

「もしかして…」

「フローラ?」

「ああ、いえ…すみませんがマスター、私お先に失礼しますね」

「え?うん…」

何かを確信したようにご機嫌な笑みを浮かべ、フローラは去っていった。

そして、残された私…。

「して…この花を描いた意図についてだが…」

「先程マスターが『誕生花』と言っていましたが…」

「誕生花?」

「誕生石みたいな、誕生日の花ってことー?」

「どうやら、そのようです」

ヴァジュラたちからの説明を受け、再度私を見下ろすインドラ様。

「説明せよ」

「…はい」

インドラ様から促され、私は口を開いた。

「アグロステンマは、7月の誕生花です」

「…つまり、その誕生日の者のために花の絵を描いたというわけだな。それで?その相手というのは一体誰のことだ?」

ひとつ息をつき、答えた。

「インドラ様です」

「…神の?」

私の答えを聞き、眉を顰めるインドラ様。

「誕生日というものは、人間が作り出した暦です」

「インドラさまが生まれた日なんて、人間にわかるわけないだろー?キシシッ」

「…お前は何を以て、その日を神の誕生日だと?」

「ヴァジュラが言うように、人間の暦では神様の生まれた日はわかりません。なので、正確には誕生日というよりは…記念日と言った方が…いいのかもしれません」

「記念日?」

「インドラ様が、ここに来てくださった日です」

「!」

7月某日…。

それは、インドラ様がカルデアに来た日…。

私との契約に、応じてくれた日だ。

今年はもう過ぎてしまったし、インドラ様は日付なんていちいち覚えていないはず。

でも、何かしら形には残してみたい…。

そう思って描いたのが、このアグロステンマの花だった。

インドラ様が私の契約に応じてくれた日が、誕生花にこの花が当てられた日だったから。

「…なるほど」

インドラ様は、視線を私から手に持った絵に移す。

「人が作った行事とやらは、細かすぎる。いちいち覚えてはいられん」

「…」

「だが…なるほど、記念日か」

口元を緩め、絵の中の花を見つめる。

「悪くない。いわば、神が人の世に現界した喜びを忘れんための心構えともとれるからな」

「神々の王であるインドラさまが舞い降りた特別な日、というわけですね」

「ちゃんと覚えてたんだー!偉い偉ーい!」

「わっ…ちょっとヴァジュラ…」

満更でもなさそうなインドラ様。

納得した様子の少年体ヴァジュラ。

近くに降りて、私の頭をわしゃわしゃしてくる少女体ヴァジュラ。

あの、嬉しいけど頭わしゃわしゃは…。

髪が絡まるからやめて…。

「この神と契約した…即ち、空と契りを結んだ日を律儀に覚えているとは、お前は何ともいじらしい」

「わっ!?」

ふわりと体が浮いたかと思うと、すぐ目の前には優しい笑みを浮かべたインドラ様が…。

「戻るぞ」

私を抱き上げたまま、シミュレーターを後にしようとするインドラ様。

「あ、待ってください!」

「何だ?部屋まで降ろしてやらんぞ?」

「えっ!?いや、じゃなくて絵の具!絵の具を回収しないと…」

「ヴァジュラ」

「「片付け完了!」」

「あ、ありがとう…ございます…」

ほったらかしだった絵の具は、あっという間にヴァジュラたちによって回収され、上機嫌なインドラ様に部屋まで運ばれていくのだった…。

〜おまけ〜

「お付き合いいただき、ありがとうございます」

「なに、どうってことはないさ。俺も厨房に籠もりっぱなしだったから、ちょうどよかった」

廊下を歩くアルジュナとビーマ。

鍛錬のために、これからシミュレーターへ向かうところだ。

「さて?先約がいなきゃいいんだが…」

「そうですね。私は時間があるのでいいとして、兄様は夕食の下拵えがありますからね」

「ま、そん時は仕方ねえさ」

角をひとつ曲がれば、シミュレーター室。

しかしその手前まで来た時だった…。

『ですから、いい加減降ろして下さい!』

「!」

「この声は…マスター?」

角の向こうから、微かにマスターの声が聞こえた。

誰かと言い争っているような声だ。

「質の悪い輩に迷惑をかけられているのかもしれません。急ぎましょう、兄様!」

「あ、ちょっと待てアルジュナ!」

いち早く駆け出していくアルジュナを、慌てて追いかけるビーマ。

さっきのマスターの声…

『降ろして下さい』ってことは、マスターが普段から敬語を使う相手だろう。

何人か候補はいるが、マスターを抱え上げる程距離が近い相手となると、俺が思いつくのはひとり…。

正確には、一柱…。

「マs…」

「部屋までは降ろさんと言ったであろう?」

「!?」

「ひとりで歩けますから!」

「今神は機嫌が良い。たとえひとりの人間が作り出した記念日といえど、神を敬い讃える姿勢を無下にはせん。ならば、その健気な人間をこのまま帰すわけがなかろう?」

「インドラさまがここまで上機嫌なのは、貴女の心持ちが評価されたからなのですよ?」

「いい加減観念しろー?キシシッ」

角を曲がったアルジュナが見たもの…。

それはこちらに背を向け、マスターを抱えながら歩いているインドラの姿だった。

そばには、ヴァジュラたちが付き添っている。

質の悪い輩…輩とは言えないが、質が悪いのは間違いではないかもしれない。

追いついたビーマもその光景を目にし、思わず頭を抱える。

あー…やっぱりか…。

よりによって二人一緒に、しかもいちゃついてるように見える現場を見ちまうとは…。

インドラが角を曲がって姿を消したところで、ビーマは隣のアルジュナの様子を窺う。

「ーーー」

「アルジュナ?大丈夫か?」

微動だにしないアルジュナの肩を掴み、揺さぶる。

ピシピシッ…

パリィンッ

ん?何か砕けた音が…。

「ーーーぁ」

「お、おいアルジュナ?大丈夫か?」

「ーーー記念、日」

「は?」

壊れた機械のように、口を開くアルジュナ。

「記念、日とは…何なの…でしょうか?」

「え?あ、ああ…さっきインドラ様が言ってたことか?記念日…いや、何だろうな…俺にもよくわからねえが…」

「ーーー」

「よ、よーし!こうなりゃヤケだ!兄ちゃんがいくらでも付き合ってやるから、シミュレーターで思う存分暴れるとするか!なあ!?」

「ーーーはい…感謝致します…」

茫然自失状態のアルジュナを引き摺り、シミュレーター室へ入るビーマ。

幸い中には誰もいなかったため、アルジュナのやり場のない気持ちを発散させるために、そして自分が見たものを出来るだけ忘れられるように、シミュレーターで汗を流すビーマなのであった…。

「いや、タイミングにも程があんだろうが!?」

END