犬も食わない◯◯喧嘩
犬も食わない◯◯喧嘩
コンコンッ
「インドラ様、参りました」
インドラ様の部屋のドアをノックする。
だが、いつもはすぐに返ってくる返事がなかなか聞こえてこない。
呼ばれたから来たのに…。
そう思った瞬間、中から声が聞こえてきた。
「入っていいよー!」
「え…ヴァジュラ?」
珍しくヴァジュラから返事が返ってきた。
ということは、中にはいるらしい。
疑問に思いながらも、私は部屋のドアを開けた…。
プシューッ
「失礼…します…」
部屋に入った私は、何故インドラ様から返事が返ってこなかったのか、すぐに状況を理解した。
「…」
インドラ様がタブレットを持ち、どこか真剣な面持ちで画面を見つめている。
もう片方の手には、ペンタブ。
時折、そのペンタブで何かを書き込んでいる。
何してるんだろう?
でも、何となく話しかけたらいけない気がする…。
とりあえずソファに座って、インドラ様から声がかかるのを待つことにした。
〜数十分後〜
「はぁ…」
インドラ様がため息を漏らし、持っていたタブレットとペンタブをヴァジュラに手渡す。
「…ん?何だ来ていたのか、人間」
来ていたのかって…。
まさか集中し過ぎて、私が来たことに気づいていなかったのだろうか?
「…数十分から、いましたよ」
待たされた不満を醸し出しながら、答える私。
すると、不思議そうな顔で尋ねるインドラ様。
「数十分前からだと?ならば、何故神に声をかけなかった?」
はい?何故?
神様が集中している時に声なんかかけたら、機嫌悪くさせるかもしれないっていうのに?
「…集中していらっしゃる様子でしたので、声をかけたらお邪魔かなと思いまして」
「神がお前を呼んだのだぞ?たかがそれごときで機嫌を損ねはせん」
何て理不尽な…。
まあ、神様ならこんなこともある…のかな?
「…何をされていたのか、お伺いしても?」
「構わん。それだ」
ヴァジュラから、先程のタブレットを手渡される。
電源を入れた私は、画面に映し出されたアイコンを見て思わず固まってしまう。
「え…」
嘘…でしょ?
えっ?インドラ様が?これを?
さっきあんなに真剣な顔して…これやってたの?
「インドラ様…ナン◯レやるんですか!?」
「何をそこまで驚く?」
いやいや、そりゃ驚くよ!
しかもこれ、かなり上級者向けのやつ…。
インドラ様って、数字に強いんだ…。
「ガネーシャの奴に、この神の退屈しのぎにふさわしい遊戯を献上させた」
「ガネーシャさん、何教えてんの…」
「だが、奴が持って来たもののことごとくは、時間をかけた育成やら地道な作業やら…挙句、苦行尽くしの筋書きで進めるものやらで話にならんかった」
あー…FPSとかRPGとかかな?
確かにやり込み要素が重要なゲームとか、インドラ様が我慢出来るとは思えないし、RPGってストーリーが結構陰鬱としたやつが多かったりするしね…。
そりゃ苦行嫌いのインドラ様には向いてないよ…。
でもさ…。
「その点そいつは、数字を埋めていくだけだ。仕組みさえ理解すれば容易い」
だからって、ナン◯レに行き着くんだ…。
頭使うのは別にいいんだ…。
「…」
「何だその反応は」
「…ちょっと意外だなと」
「ま、人間どもが黙々と時間を費やす娯楽に触れてみるのも、悪くはなかろう」
「…私、その娯楽に負けた気分なんですが」
「勝ちも負けもあるものか。少々興が乗り過ぎただけだ。というより、お前たちもこいつが来たのならさっさと伝えんか」
「伝えました」
「伝えたけど『ん』しか言わなかったよー?」
「何だその心ここにあらずな返事は。神がそのような生返事をするはずがなかろう」
「していましたが」
「してたよー」
「…」
もはや隠す気もなくなった私は、アイラーヴァタに座るインドラ様をジトッ…とした目で見上げる。
「ああ、わかった…そんな目で見るな。それで?お前は何を望む?」
「いや、インドラ様から呼び出されたので来ただけなんですが」
「………」
「………」
「…」
「…」
「帰りますね」
「待て」
ソファから立ち上がった私の腕を、アイラーヴァタから凄い勢いで飛んできたインドラ様が掴む。
速っ…。
文字通り疾風迅雷の速さだったな…。
いや、そうじゃなくて…。
「御用がないのなら、無理に引き止めなくても…」
「何を言う。たとえ用がなくとも、この神の部屋を訪れる許可はすでに出している。訪れたからには早々に帰しはせん」
とうとう開き直ったよ、この神様…。
でもこうなっちゃったら、こちらの言い分は通用しなくなるんだよなぁ…。
「…わかりました」
めんどくさいけど、何だかんだ憎めないと思ってしまうのは、私が甘いからなんだろうか?
〜別の日〜
プシューッ
「いるか?人間」
「…あ、インドラ様」
部屋でゲームをしていた私は、顔だけをインドラ様の方へ向ける。
「何をしている?」
「…ゲームです」
私が座っているベッドに近づき、タブレットを覗き込むインドラ様。
「何の遊戯だ?」
「…攻略ゲームです」
「攻略?」
まあ、要するに…。
私が今やっているのは、乙女ゲーというやつだ。
昔やったことがある乙女ゲーが、リニューアルされていたことを教えてもらったため、久しぶりにプレイしてみたのだ。
ちなみに昔これをやっていた理由は、当時プレイしていた友達から『限定アイテムが欲しいから、チュートリアルだけでもやってみて欲しい』とリンクを送られたから。
渋々やってみた私だったが、意外にも楽しかったため、気づけば全キャラクターを攻略するまでやり込んでいた。
そしてリニューアルされた今作では、新しいキャラクターも追加されていたため、今はその新キャラを攻略中だ。
「お、よし…上がった」
シナリオの分岐で、キャラクターの好感度が無事に上がり、思わず声に出す私。
「………」
パシッ
「あ、ちょっと!何するんですか!?」
次のシナリオに進もうとした時、突然タブレットを取り上げられた。
誰に?そりゃあもちろん…
「隣に神がいながら、随分と遊戯に夢中になっているようだな?」
不機嫌なオーラが漂っているインドラ様に…。
「インドラ様だって、この前私を数十分放置してゲームに夢中になってたじゃないですか!?」
「あれはお前が来たことに気づかなかったが故だ。お前は、神が来たことを確認しておきながら手を止めなかったではないか」
「私を呼びつけておいて、ゲームしてたインドラ様もインドラ様ですよ…」
「神の暇つぶしに物申すな。しかも何だこれは…」
取り上げたタブレットの画面を見て、さらに顔を顰めるインドラ様。
「画面の中の男を口説き落とす…だと?」
「単なる攻略ゲームですよ?」
「つまりお前は…神がいながら、他の男に粉をかける遊戯をしていた…と?」
「いや、身も蓋もないことを言いますけど、たかだかゲームの中の話ですよ!?」
「現実でないとはいえ、男を喜ばせるようなセリフや行動の選択肢ばかりではないか」
「そういうゲームなんです!」
勘弁して欲しい…。
乙女ゲーに嫉妬する神様なんて…。
めんどくさいけど可愛いとか思っちゃうじゃん…。
いや、めんどくさい8割可愛い2割だけど…。
「つべこべ言うな。神が来たからには、こいつで遊ぶことは禁止とする」
そう言うとインドラ様は、ゲームアプリをアンインストールしてしまった。
えっ!?いやいや、ちょっと!?
何アプリごと消してんの、この神様!?
「ちょっとインドラ様!?なにもアンインストールまでしなくても!」
「お前のことだ…神がいなくなった隙に、攻略を進めるに決まっている」
「インドラ様の前では、自粛すればいい話じゃないんですか!?」
「誰が自粛と言った?神はこの遊戯自体をやめろと言ったのだ。神の目の届かん場所であろうと、お前がこいつを黙々とやり込んでいるというだけで気分が悪くなる」
「…別に、本気にするわけじゃないのに」
「本気であれ遊びであれ、気分が悪いことには変わらん。男を攻略する暇があるのならば、目の前の神に心を傾けるがよい」
「…どんだけ嫉妬深いんですか」
向ける気持ちは別物ですって言っても、理解してくれなさそうだな…。
「インドラさまの御前では、インドラさまを第一に考えることです」
「もう諦めたらー?キシシッ」
インドラ様が取り上げた私のタブレットを、元の位置に戻すヴァジュラたち。
もう…世話が焼けるな、この神様は…。
一体いつから、ゲーム相手に嫉妬するまでになったんだか…。
「…わかりました」
インドラ様の腕の中に潜り込み、胸に顔を埋める。
「!」
私の背中に腕を回して、まるで閉じ込めるように包み込むインドラ様。
「神の意を汲む…ただそれだけのことに、随分と時間を使ったものだな、人間」
(またやってるねー)
(いつものことでしょう)
(こういうの、何て言うんだっけー?)
(痴話喧嘩では?)
(ほらほら、何かが食わないとか何とか)
(ああ、犬も食わない…ですか)
(そう、それそれー!)
(まあ、言い得て妙でしょう)
一部始終を見守っているヴァジュラたち。
インドラ至上主義な彼らだが、思うところはそれなりにある様子。
インドラとマスターには聞こえないよう、こうして霊体化しながら、こっそりと念を送り合っているのである…。
END