想いを刻んで、貴方へ
想いを刻んで、貴方へ
「さて、微小特異点は解決した」
「はい」
「帰還までは、まだかなり時間がある」
「はい」
「じゃあ…行こうか」
「そうですね…」
「インドラ様へのお土産を探しに…ッ!」
「はい…参りましょう…ッ!」
東京に出来た、とある微小特異点。
すでに解決はしたのだが、私とアルジュナにはとある課題が残されていたのだ。
それは何かというと…。
「インドラ様、まさか今回の特異点への適性がなかったせいでお留守番になるとはね…」
「何故かはわかりませんが、このレイシフトを随分と楽しみにしていらっしゃいましたね」
それは君と一緒に気軽に行けるレイシフトのはずだったからだよ、アルジュナ…。
あまり緊急性もなく、危険度も低い微小特異点ということで、いつぞやの旅霊衣に着替えたアルジュナを見たインドラ様は、自分も旅行感覚で着いていくつもりだったらしい。
しかしこんな時に限って、あろうことか神霊の適性がなかったため、あえなくお留守番を強いられることになってしまったインドラ様。
あの時の、ショックを受けたインドラ様の顔…
あまりにも可哀想過ぎて、今でも鮮明に思い出せるくらいだ…。
危うくショックから怒りに発展しそうになったインドラ様に対し、現地でお土産を見繕ってくると約束した私とアルジュナ。
何とかインドラ様に納得してもらい、微小特異点に赴いたというわけだ。
「まあ、仕方ねえさ。帝釈天様の気持ちは、儂にもよーくわかるからな」
今回のレイシフトメンバーの永倉さん。
永倉さん、子どもどころか孫までいるからな…。
「そういや、何を贈るかアテはあるのか?」
「うーん…インドラ様は酒豪だから、お酒関係しか思いつかないんだよね」
「はい…良い酒を贈るつもりでいましたが、よくよく考えれば、父は普段からさまざまな酒を飲んでいるようですから…」
「…」
私も酒を献上する側なので、何だか申し訳ない…。
「はは…ッ!確かにあの大酒飲みの神様にゃ、酒が一番かもしれねえな…だが、たまには形に残るものを贈ってみてもいいんじゃねえか?」
「形に残るもの…ですか?」
「例えば、盃とかだな」
「酒器…しかし、インドラ神が普段から使っているものは、すでに至高の品です。私が贈ったとしてもインドラ神の酒器には劣ってしまうかと…」
「なぁに言ってんだ!いくら高え品を山程持ってようが、実の息子から贈られたものが、それに劣るわけねえだろうが!」
「!?」
アルジュナの杞憂を叱り飛ばす永倉さん。
「うん、そうだね。親からすれば、子どもからの贈り物が嬉しくないはずないよ」
「し、しかし…」
「それにだ…神様の宝に及ばねえとしても、人間にだって至高の品は作れるってもんよ!…あれを見な」
永倉さんが、少し離れた店を指した。
近づいて行ってみると…
「あ!これ…もしかして江戸切子?」
「お!流石、マスターは知ってたか!」
店に並んでいたのは、江戸切子の盃。
差し込んだ日の光により、影にまで綺麗な模様が施されていて、とても美しい。
「マスターの言う通り、こいつは江戸切子っつってな。職人が硝子の表面に彫刻を施した工芸品だ。下絵は一切描かずに、僅かな印を頼りに模様を刻んでいくんだよ」
「硝子に彫刻をしただけで、このような立体感のある装飾が出来るのですか!?」
「それこそ職人技ってやつよ。丈夫な硝子を使ってこそいるが、厚さは見ての通りだ…生半可な技術で出来るものじゃあねえ。日の本は他所様から『職人の国』なんて呼ばれてるらしいが、そいつを見りゃ納得だろ?」
「はい…これは確かに…美しいです」
硝子の器に刻まれた江戸切子の模様に、すっかり見惚れているアルジュナ。
複雑な模様が刻まれた、江戸切子。
赤や青、緑やピンクなど…硝子の色もさまざまだ。
「こんなに綺麗な酒器なら、インドラ様からも合格点をもらえそうだね」
「…確かに、素敵な品ですが」
「何だ?まだ何か心配事があんのか?」
「いえ、その…素敵過ぎて選べないといいますか…」
「カカカッ!気に入ってもらえたなら何よりだ!」
アルジュナの言葉に、爽快に笑う永倉さん。
私はその間に、店の中を少し見渡してみる。
「あっ…」
と、店先にはなかったあるものを見つける。
「ねえアルジュナ、どうせなら別の種類のものをセットにして贈らない?」
「別の種類ですか?」
「これこれ」
下手に触るのは気が引けたため、私はアルジュナと永倉さんを店の中に招く。
そして、見つけたものを指差した。
「これは、形が違いますね」
「タンブラーとグラスだよ。タンブラーはビールとかハイボール、グラスはウイスキーとか焼酎を飲むのに向いてるみたいだよ」
「なるほどな。酒の種類によって、使い分け出来るってわけか。確かにさっきの盃は、どう考えても冷酒向けだからな」
「ちょっと奮発しちゃうけど、酒飲みの人はこれを贈られたら嬉しいんじゃない?」
「ああ、確かに儂も気分がいいかもなぁ…ちなみに言っとくがマスター、間違っても斎藤には贈ってやるなよ?」
「え?はじめちゃん?何で?」
「あいつは酒に酔うと、人斬り上戸になることがあるんだよ。マスターから高い盃なんぞを贈られた暁にゃ、舞い上がった勢いでしこたま酒を飲みまくるのが目に見える」
ピピーッ
『おい、馬鹿八!黙って様子を見てりゃ、てめえ何マスターちゃんに余計なこと吹き込んでんだ!』
「ああ!?誰が馬鹿だ!てめえが人斬りたくなるのは、紛れもねえ事実だろうがよ!?」
『だからって、わざわざマスターちゃんに伝えるなっつってんだよ!確実に土産もらえなくなっちまったじゃねえか!』
「知るか!この酔っぱらいが!」
『てめえもだろうが!』
ギャーギャーと通信越しに喧嘩をする永倉さんとはじめちゃん。
「…で、どうしようか」
「と、とりあえず…この3種類の酒器を包んでもらうことにします…」
どうやらインドラ様へのお土産は、江戸切子の酒器で決まったらしい。
私は、未だに喧嘩している永倉さんとはじめちゃんの声を聞き流しつつ、色の違う江戸切子のタンブラーを6つ注文した。
ビールやハイボールだけでなく、冷たいお茶にも使えるらしいので、永倉さんとはじめちゃん、沖田さんに山南さんに原田さんに藤堂君…うちにいる新選組メンバーへのお土産だ。
6人分のタンブラーを、まだ喧嘩中の永倉さんに押し付けた私は、買い物を済ませたアルジュナの様子を窺う。
「…」
「大丈夫?」
「あ、いえ…インドラ神に、お気に召していただけたらいいのですが…」
「きっと気に入ってくれるよ」
「…だといいのですが」
カルデアに帰還した私はまず、待ち構えていた新選組メンバーにお土産のタンブラーの説明をする。
「…ったく、斎藤の奴を甘やかすんじゃねえよ」
「いやぁ…まさかあんな見苦しいとこ見せちゃったのに、僕のお土産まで買ってくれるなんてねぇ…やっぱ優しいねマスターちゃんは」
「それにしても、綺麗なタンブラーですね!ありがとうございます、マスター!」
「ありがとうございます。これは、大切に使わせてもらいますね」
「あ、ありがとう…僕らの分まで…」
「感謝します。いい茶や酒が飲めそうです」
全員からお礼を言われた私は、間違ってもそれで冷酒を飲むようなことはしないように…と釘を刺しておいた。
「特に、はじめちゃんはね」
「マスターちゃん、僕そんなに信用ない?」
「はじめちゃんの酒癖は、私よりもみんなの方がよく知ってるはずだからさ」
私の言葉に、はじめちゃんを除く全員が深く頷く。
「安心してくださいマスター!この酒器、斎藤さんには冷たいお茶にしか使わせませんから!」
「ま、しょうがないですよね。斎藤さんですし」
「沖田ちゃんさぁ…それ酒器なんだから、せめて酒飲ませてよ…。あと平助、しょうがないってどういう意味だよ」
みんなから酒癖をいじられるはじめちゃんを見守りつつ、私は残りのお土産を持って部屋へと急ぐ。
プシューッ
「あれ?インドラ様…」
マイルームのドアを開けると、そこにはすでにインドラ様の姿があった。
そして、よく見るとその手には見覚えのある箱…。
「…アルジュナ、ちゃんと渡せたんだ」
とりあえず、よかった…。
ただ、箱を開けた形跡がないような…。
「それ、まだ開けてないんですか?」
「勘違いするな。我が息子が厳選したという酒器をその目に焼き付ける機を、お前にも与えてやるために待っていてやったのだぞ?」
「同行していたマスターなら、すでに中身を知っているのでは?」
「黙っていろ、ヴァジュラ」
なるほど。
緊張して開けれないから、私が来るまで待っていたってことだな?
わざわざ私の部屋に来るあたり、妙にこの神様に可愛げを感じるんだよなぁ…。
「……さて、開けるか」
まるで何事もなかったかのように、箱の蓋を開けるインドラ様。
「!」
事前に中身は知らされていたようだが、インパクトのある江戸切子に僅かに目を見開く。
箱の中には、赤青緑…3色の江戸切子が並んでいた。
「江戸切子といって、硝子の表面を削ることでデザインを施す工芸品です。3種類あるのは、飲むお酒によって使い分け出来るようにと、アルジュナが選んだからです」
「…」
「…インドラ様?」
箱の中身を凝視したまま微動だにしない。
瞬きすらしていないように思える。
「……お前は鬼か?」
「はい?」
ようやく口を開いたかと思えば、突然鬼呼ばわりされる私。
理不尽が過ぎる。
「この神に…選べと?」
「そのために3種類選んだんですけど…」
「選べるか…我が息子が…神への贈り物として寄越したものであるぞ?」
「…先に言いますが、ちゃんと使ってあげてくださいね?使わずに飾ったり、しまい込むのだけはダメですよ?」
「…何故だ」
「アルジュナが知ったら、気に入っていただけなかったのだと勘違いして、確実に傷つくからです」
「…ッ!?」
「…一生懸命選んでましたよ?だからこそ、使ってあげてください」
「…ッ」
贈り物をもらって、喜んでるのは確実だ。
でも、もったいなくて使うのに躊躇する気持ちがある…でもせっかくだから使いたい…って感情がごちゃ混ぜになっているらしい。
「…でしたら、インドラ様」
「…何だ」
私はお土産に買ってきた酒を、テーブルに並べた。
「どのお酒にしますか?」
とりあえず酒器の説明は後にして、今夜飲む酒から選ばせることにした。
「………」
そっとウイスキーのボトルを指差すインドラ様。
「じゃあ、緑のグラスですね。ウイスキーや焼酎のような、氷を入れて飲むお酒に向いてるんです」
「ぼく氷取ってくるー!」
「つまみも見繕ってきます」
「ありがとう、ヴァジュラ」
空気を読んだヴァジュラたちが、晩酌の用意のために動いてくれる。
そして戻って来ると、真新しい緑のグラスに氷を入れ始めた。
カランッ…と心地良い音が鳴る。
ウイスキーを開け、中身を注ごうとする…。
「待て」
「インドラさま?」
「どうしたのー?」
突然、声を上げるインドラ様。
まさかここまできて、やっぱり注ぐのは…なんて言い出す気だろうか?
「…お前が注げ」
「え?」
「聞こえなかったか?酌をしろ、と言ったのだ」
「あ、わかりました…」
ヴァジュラからボトルを受け取った私は、ゆっくり丁寧にグラスに酒を注ぐ。
トクトク…と、琥珀色の液体が氷にぶつかりながらグラスを満たしていく。
「…どうぞ」
ボトルの口を離し、インドラ様に合図する。
「…ん」
どこか慎重な手つきでグラスを持ち、外側からグラスを眺めるインドラ様。
「…複雑な模様だな」
「…そうですね」
江戸切子の幾何学模様は、ただ硝子を彫刻しただけとは思えない程精巧な作りだ。
「複雑で精巧な作りの江戸切子は、職人の並々ならぬ想いが刻まれたものです。アルジュナがインドラ様に贈りたかったのも、普段はなかなか口に出来ない、そういった想いなんじゃないでしょうか?」
「…アルジュナの?」
「あくまで私の想像ですけどね。あんなに真剣に江戸切子の模様を選んでたので、私にはそう感じたというだけです」
「………」
グラスを持ったまま、何かを考えるインドラ様。
そして、グラスに口をつけた…。
「……ふむ」
口を離すと、再びグラスの模様を見つめる。
そしてそっと目を伏せる。
今はインドラ様に話しかけない方がよさそうだ。
「…」
無言のまま酒を飲み続けるインドラ様。
グラスの中身が空になると、また先程のようにグラスの模様を見つめる。
そして視線を私に向け、グラスを差し出してきた。
「注げ」
「あ、はい」
私はボトルを傾け、グラスに酒を注ぐ。
お酌はいつもヴァジュラたちにさせているのに。
今日はそういう気分なのだろうか?
注ぎ終えた私は、ボトルの口を離す。
「…よい」
「え?」
不意にインドラ様が呟いた。
「…我が息子の想いが刻まれた盃に、お前が選んだ酒ときたか。これは…実に極上な気分だ」
「!」
目を細め、どこか遠くを見つめるインドラ様。
その表情は柔らかく、とても穏やかだ…。
アルジュナのお土産はともかく…
私のお土産も、勘定に入ってたんだ…。
インドラ様のちょっと予想外な反応に、じんわりと頬が熱くなってしまう私であった…。
〜おまけ〜
インドラに土産を渡したアルジュナは、廊下である人物に会った。
正確には、先程まで一緒にいたので再会した…と言うべきか。
「おう。帝釈天様に渡せたようだな」
レイシフトで一緒だった、永倉だった。
ただし先程とは違い、何故か若い姿になっている。
「はい。何とか」
「喜んでもらえたか?」
「…どうでしょう」
「ん?微妙だったのか?」
永倉の問いに、アルジュナは先程のインドラの様子を思い出しながら答える。
「受け取ってはいただけましたが、反応が固かったような気がしまして…」
「ははっ!なら大丈夫だ、緊張してただけだ」
アルジュナの杞憂を笑い飛ばす永倉。
「神である父が、緊張するのでしょうか?」
「神様のことはよくわかんねえが、父親からすりゃ緊張くらいするだろうよ。成人した息子から贈り物なんざされりゃ、妙に照れ臭くなっちまうモンなんだよ」
「そうでしょうか…」
「本当にいらなかったら、まず受け取らねえと思うぜ?んなことするのは、所謂ロクデナシって奴だが…お前の親父様はそんな奴じゃねえだろ?」
「…はい」
「なら心配すんな。ただ、お前の前じゃ気恥ずかしくて使わねえ…いや、正確には使えねえかもしれねえな。どうしても使ってるか気になるなら、一緒にいるガキの姿した小間使いたちに聞きゃあいい。俺の予想だと、しっかり使ってるとは思うけどな」
妙に説得力のある永倉の言葉に、不思議と不安が薄れていくアルジュナ。
「貴方にも、感謝しなければなりません」
「俺に?」
「父への贈り物に、良い品を選べました」
「そうか?俺はたまたま目についたから教えただけだが…どうも照れるな、真正面から礼を言われちまうと」
頭をポリポリと掻き、照れ臭そうにする永倉。
「帝釈天様の息子は、本当よく出来た息子だよ」
「…それは、この上ないお褒めの言葉です」
永倉からの賛辞に対し、心からの柔らかい笑顔を浮かべるアルジュナなのであった…。
END