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(16)

Forbidden — fujossy.jp · All chapters

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週末が何事もなく過ぎ去り、今年もあと残すところ一週間強となった。 世間はクリスマスだ、年末だと、浮き足立っている。テレビは特番ばかりだし、街に出ればクリスマスツリーとイルミネーションで人があふれかえっている。週明け火曜日がクリスマスイブであるから仕方が無い。 そんなクリスマスイブ前日の月曜日。 みなとみらいの港湾地区も、気温が下がり陽が落ちてからも人出は減ることはなく、賑わいを見せている。 このあたりは絵になる風景が多いためか、そこかしこで夜のイルミネーションが点灯していて、聖夜のひとときを彩っている。また、近隣の商業施設では中庭に見上げるほどに大きなクリスマスツリーが設置され、その周りでクリスマスマーケットが開かれていた。 そんな華やかな雰囲気に、心が躍らないわけがない。 楽しげな雰囲気に呑まれてしまった潤は、帰りがけに少しだけクリスマス気分を味わいたくなった。同行していた江上に対して、少し寄っていかないかと誘った。時間はまだ午後八時。辺りはもっとも賑わっている時刻だ。 社用車は帰してしまっていたが、颯真は仕事が立て込んでいるらしく、今日は先に帰れと言われてしまった。颯真に用事があるという江上が一緒にいたというのもあるようだ。タクシーを呼んで帰りましょうと江上は言ったが、院内の待合ロビーに設置されたクリスマスツリーを見たら先程のイルミネーションが思い出され、潤は少しぶらついて帰らないかと提案したのだ。 江上は不特定多数の人間がいる場所に潤を連れて行くことに抵抗感を見せていた。潤が、外から少し眺めるだけでいいからと強請ると、潤の憂鬱と緊張が入り交じった複雑な気持ちを理解してくれているのだろう、渋々と頷いた。 明日のクリスマスイブには、森生メディカルでは朝から取締役会が開催される。 潤が飯田に託した件は、根回しは済んでいるものの、結論が見えてない部分もある。安堵して明日を迎えるには少し心許ない状態だ。 それでも、わずかの間だけ現実逃避をしたい気分になったのだ。 すでに暗くなった歩道を暫く歩くと、商業施設のエントランスに辿り着く。先日昼間に見たクリスマスツリーは、陽が落ちると幻想的な雰囲気を漂わせる。極限まで落とされた照明に黒い影となる大きなツリー。きらびやかなライトだけが瞬きするようにキラキラと輝いている。 それを僅かの間だけ眺め、二人はもう少し脚を伸ばすことにした。 もう少し歩けば、別の商業施設の中庭でクリスマスマーケットが開催されている。特に何かを求めているわけではないが、その楽しげな雰囲気と柔らかい照明に惹かれるように歩き出した。 明日の取締役会が無事に終わったら、週末には入院。 このみなとみらいに定期的に通う生活もそろそろ終わりだった。 潤はその街並みを見て、先程のやり取りに思いを馳せた。 抑制剤と誘発剤を処方をしてもらうための颯真の診察も、四度目となれば慣れたものだった。 いつものように診察と採血が行われた。検査結果を待つ間に、颯真が身支度を調える潤に話しかける。「入院まであと一回、クリスマスの後に来て貰う必要があるかな。明日の服用分からは誘発剤の量を増やす。誘発剤の方が総量的には多い状態だから、薬が効き始める昼頃には、この間の怠さみたいなものが出てくるかも。我慢できるくらいなら大丈夫。辛いようなら連絡して。それで、二十七日は仕事納めだろ。悪いけど、忘年会はキャンセルな」 明日の昼頃……副作用が出るにしても、ちょうど取締役会は終わっていると計算して安心した。潤はスリーピースのジャケットを羽織ると、颯真の前の椅子に座る。颯真は、備え付けのPCの画面を見ながら言った。「あと、二十八日の話な。朝、入院の準備をして来て貰って、診察。で、そのまま誘発剤を投与しようと思う。これまでの内服薬じゃなくて注射剤。すぐに終わるけど、状況を見て何度か投与するかも。で、ここの処置室で休んでもらって……それでも昼過ぎには発情症状が出てくるから、確定診断がつけば、そのまま特別室に入院な」 颯真は軽く言うが、潤は身体を堅くした。迫り来る憂鬱な出来事が現実感を伴って迫ってくる。それに気がついた颯真が優しく笑んだ。「大丈夫。俺がいるだろ?」 颯真がいることは潤の中の安堵には繋がってはいる。しかし、憂鬱なことには変わりは無いのだ。 その気持ちを隠すように頷く。「ウン……」  多少棒読みになっても仕方なかろう……。「しんどいのは最初の一日くらいだから。でも、特別室だから安心だし、その日は俺も泊まり込むし……」 その潤の様子に違和感を覚えたらしい颯真が、潤に向き直る。「自分で受けるって決めたんだよな?」 そう念を押されて、何も言えなくなった。 潤は俯く。そうなのだ。颯真に半ば強引に連れられてここまで来てしまった感もあるが、それを選んだのは自分だ。颯真に責任転嫁しても始まらない。 それに、と思い浮かぶのは、あの薄暗い談話室で一人膝を抱えて窓の外を眺めていた尚紀の姿。それがすぐに自分が煎れたミルクティを嬉しそうに飲んでいた姿に変わる。 自分などよりずっと彼の方がしんどい状況に違いないと思う。 「うん……。大丈夫」 潤は顔を上げる。すると颯真がいつもの笑顔を見せてくれた。潤の反応を見て、大丈夫だと判断したようだ。「よし」 そう頷いて、潤の頭を撫でた。 潤は意を決して、颯真を見る。「颯真、あのさ」「ん?」 何だと颯真が見返した。「頼みがあるんだ」 実はここしばらく考えていたこと。「あのさ、僕は最初の発情期の記憶が一切ない。多分それが不安なんだと思う。だから、今回の発情期は、ちゃんと記憶に残る程度のものにコントロールしてほしいんだ」 そしたら、もう少し自分の性に向き合える気がする。 なにも知らないのが怖いのかもしれない。 颯真がふっと表情を緩めた。「大丈夫、任せろ」「記憶がないのは怖くて嫌なんだ……」「わかったから」 兄の手が、肩に置かれた。自分の覚悟が、兄に伝わったのであろうと潤は安堵した。「ねえ、颯真」 少し気分が軽くなった潤は、PCに目を向ける颯真を呼びかける。「ん?」「颯真の大事な人って、どんな人?」 先日、颯真は潤に人生をかけて守りたい存在がいると言っていた。詳しいことを一度聞いてみたいと思っていた。「……いきなりだな」 颯真が苦笑した。「だって、颯真の好きな人だよ。気になるよ」「……そうだな。綺麗な人だな。信念があって、弱いのに強い。その強さに俺は惹かれるんだ」 潤は合点した。 綺麗で強い人。やっぱり脳裏に浮かんだのは、力強い視線でこちらを見る、化粧品メーカーの巨大広告のナオキの姿と、治療に独りで耐える尚紀の姿だった。 あの過去を思えば、彼の強さは本物だと思う。 辛い目にあったからこそ、それを克服しつつあるからこそ身に纏えるその強さ。「そっか……。芯が強い人なんだ。颯真にお似合いだね」 颯真の隣に強いオメガが添うというのは必然である気がした。年明け、自分が退院する頃には、颯真の隣にはきっと尚紀がいるような気がする。 二人とも詳細を話してくれないのは水臭いと思うが、こちらも一応、共同研究者のメルト製薬とライバル関係であるわけだから、それは仕方が無いことだ。「うまくいったら紹介してくれるんだよね」 尚紀が義兄か。これまで何度か感じていたが、猛烈な実感を持って、そう思った。 颯真も静かに頷いた。「……そうだな」 診察室を出た潤と入れ替わるように、江上が診察室に入った。颯真に何かしらの用事があるらしい。 潤がアルファ・オメガ科の病棟に言ってくると入れ違いざまに伝えると、彼が頷いた。そのまま潤は十二階に上がる。 もちろん用件は尚紀を見舞うためだ。あれから少し精神的に浮上できたのであろうか。何度かメッセージでやりとりをしたが、尚紀の反応は変わりがなかった。しかし、変わりがないからといって浮上できたとは限らない。 病室に行ってみると、あいにく尚紀はベッドに横になっていた。具合が悪いのだろうかと思ったが、同室の青年が言うには、今日はずっと寝ているとのこと。颯真は何も言っていなかったし、懸念がある状態ではないのだろうが、潤がベッドサイドに寄っても尚紀は気が付かない。仕方ないと、またすぐ来ることになりそうだからとそのまま病室を辞去した。 ロビー階に降りてきたところで、ジャケットのポケットの中にあるスマホが震えた。ホップアップを確認すると、副社長の飯田からの連絡だった。「社長、お忙しいところ申し訳ありません。例の件ですが、今日中に決着を付けるのが少し難しそうです」 それは飯田に一切を任せていた、取締役会への対応策についてだった。 飯田によると、明日の取締役会に提示できる見通しだった、佐賀の東邦製薬への内通の証拠固めが難航しており、明日の朝までかかりそうとのこと。社内のアクセス記録のほか、個人の携帯電話の通話記録の取得まで考えていたが個人情報の壁もあり難しいという。 すでに江上からは反社会勢力との関係を示す証拠を出すのは難しいとの報告を受けているため、潤と飯田は東邦製薬への内通の証拠に賭けていた。「社内のアクセス権限のない端末から機密情報へのアクセスの証拠と防犯カメラの情報、私的なメールアドレスでの接触などの証拠は挙がっています。決めては携帯の通話記録ですが……」 潤は頷いた。「難しいかもね……。出ている証拠を突き付けて直接追求する手に出るしかないかな。ギリギリまで待つとして……」「明日の朝でしょうか」 飯田の返答に潤は頷いた。「議決条件の変更についてはすでに根回しは完了しています。あまり採用はしたくはないですが、組織改正案については佐賀部長の反対があったとしても通る手筈になっています」「了解。明日の朝にはっきりするなら、それまで待つよ。朝の報告でよろしく」「明日朝一で伺います」「わかった」 潤が通話を終了しようとすると、飯田が「社長」と呼びかけてきた。それがどこか緊張感を持っているように潤には思えた。「なに?」 応じると、飯田が「佐賀部長には気をつけてください」と切り出してきた。「どういうこと?」 潤が問うと、飯田は少し躊躇ったあと、こう言ったのだった。「彼は……、オメガレイシストの思想を持っているかもしれません」