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11.宮廷剣(コートソード)

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11.宮廷剣(コートソード)

「ゼゼゼゼッ、……ゼノス!!!」

金髪碧眼の美青年が、石造りの回廊を歩いている。

着ているのは言うまでもなく貴族科の制服だ。

くゆらせたワインみたいに、光の当たり具合によって深紅~柘榴石~朱色へと色を変える布の上で、きらきらとしたきらめきが瞬いている。

あれは金糸で施された刺繍だ。

襟、袖、裾と刺繍する箇所をきちんと絞っているのもあって、全体的にとても上品にまとまっている。

ゼノスはそんな制服を、その見事なまでのスタイルでもって完璧に着こなしていた。

185センチの九頭身。

肩幅に対して腰は細く、手足はすらりと長い。

最早ここまでくると嫉妬する気も起きないというか、デザイナー冥利に尽きるというか……。

「へへっ」

俺は緩む頬を隠すように、ゴシゴシと鼻の下を擦った。

「何々? お殿下様がどーしたよ?」

「もしかして、ハルもお殿下様のファンなのか?」

「かぁ~! 男まで悩殺しちまうとは、流石だね~」

ピッチを始めとした門弟のみんなが集まって来る。

嬉しい反面、ゼノスを小バカにしたような物言いが気になった。

まさかアイツ嫌われてんのか?

「ゼノス……様は結構強いって聞いたんだけど、実際のところどうなんだ?」

「確かに中等部の頃はメチャメチャ強かったぜ。けど、今は全然だろうな」

「何で?」

「高等部に入った途端、夜な夜な飲み歩くようになっちまったんだよ」

「はぁ!? 何だよそれ!?」

「ははっ! お育ちのいいお殿下様のことだ。大方戦場の過酷さを知って、騎士になるのが嫌になったんだろ」

信じられない。

ピッチ達が語るゼノスと、俺が知るゼノスはまるで違う。

原作のゼノスは、『よく遊びよく学べ』を体現しているようなヤツだった。

風雪の鍛錬に精進を重ねつつ、青春も謳歌する。

騎士にもなりたいし、胸いっぱいの思い出もほしい。

見方によっては欲張りでもあり、健全でもある。そんなヤツだった。

なのに、なのに……一体どうしちまったんだよ……。

「おい! ハル!」

俺は居ても立っても居られず、みんなの制止を振り切ってゼノスのもとに向かった。

ゼノスは変わらず一人で歩いている。

回廊には誰もいない。これがいい方に転んでくれればいいが。

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「ゼノス……様!!」

傍流とはいえ王位継承権を持つ王族だ。

呼び捨てにするのは憚られて、とりあえず様付けにした。

……が、今更ながらに殿下とお呼びした方が良かったのでは? と思い至る。

実際のところどっちが正しいんだろう? なんて頭をグルグルさせていたら、ゼノスがすっと音もなく振り返った。

ゼノスは笑顔だった。

……が、俺はその笑顔を前にして思わず面食らう。

俺が知るゼノスはこんな静かに笑うヤツじゃなかった。

もっと気さくに、豪快に笑うヤツだったから。

「何か?」

「あ……」

ヤベ。どう切り出そう。完全にノープランだ。

何か突破口はないかと探していると、ゼノスの腰にショートソードが差さっていることに気付く。

「あ……剣、ちゃんと差してるんですね」

「……っ」

その瞬間――ゼノスは目を伏せた。

ひどく後ろめたそうな表情で。

「よっ、良かったら、一緒にお稽古しませんか!?」

「えっ……?」

間髪入れずにゼノスを誘う。

俺にはその後ろめたさが、『未練』からくるもののように思えてならなかったから。

「きっと色々とご事情があるんですよね。庶民の俺には想像もつかないようなご事情が。でも……それでも貴方は夢を捨てきれずにいる。騎士になりたいって、そう思ってるんじゃないですか?」

それは質問というよりは、懇願に近かった。

YESと言ってくれ。両手を握り締めてゼノスを見つめる。

だけど、ゼノスは目を伏せて微笑むばかりで。

「お気遣い痛み入ります。ですが、私はもう長らく剣を握っておりませんので――」

「貴方は『女神の使徒』です」

「っ! 僕が……?」

ゼノスの青いビー玉みたいな瞳がキラリと輝く。

喜んでる。直感的にそう思った。

やっぱりコイツは夢を諦めきれずにいる。

騎士になりたいんだ!

「俺は勇者で、だから分かるんです!」

「…………」

「しっ、信じてもらえないかもですが……」

探るような目で見つめてくる。

驚き四割、疑念六割といったところか。

何だかデジャブだ。耐えろ、俺――。

「っ!」

その時、不意にゼノスが微笑んだ。

それもかなり自然な感じで。

やったか!? と思ったが、その笑みはよくよく見てみるとどこか切なげで。

「貴方はお優しい方なのですね」

「ちっ、違う! これは全部本当のことで――」

「ありがとうございます。人を待たせているので、私はこれで」

取り付く島もない。

つーか、今のはどっちだ?

単純に慰めと取られてしまったのか。

あるいは自分が女神の使徒と知ってもなお、踏み出せない理由があるのか。

「殿下が女神の使徒とはな。……いや、やはりと言うべきか」

「っ! バルダス先生……と、エステラ……」

「はぁ~あ~んッッ♡ 超、超、超、ちょーーーーーーーカッコイイ……♡♡♡」

ギャル聖女様はもうすっかりゼノスの虜になってしまったみたいだ。

ケッ、この面食いめ。内心で毒づきつつほっとする。

……はずなのに、イライラして仕方がない。ホント嫌になる。

「やっぱ先生もゼノ……殿下の才能には、一目を置いていらっしゃるんですか?」

「ああ。『百年に一人の逸材』と言っても、過言ではないだろう」

「ふふふっ、流石ね。良い目をしているわ」

「恐れ入ります」

「でも、きっとアンタだけじゃないわよね。あれだけの才能を持っているんですもの。ある程度の腕と見識を持つヤツなら、間違いなく目に留めるはずよ」

「ええ。皆、期待を寄せておりました。殿下はそう遠くない未来、国を背負って立つ騎士になられるのだと」

「本人は?」

「期待を寄せられる度、『私はそのような器ではありません』と謙遜しておいででしたが、その一方で『可能な限り皆の期待に応えたい』とも仰っておりました。そのご様子から拝察するに、おそらくは本心かと」

「なら、どうして修行を辞めちゃったのよ?」

先生の彫りの深い顔に影が伸びる。

どうやら事情を知っているみたいだ。

先生はまるで犯してしまった罪を告白するかのように、徐に口を開く。

「きっかけは鉄壁と名高い城塞都市『ストーンウォール』の陥落でした。王都へと続く防衛ラインが突破されたことで、貴族達の不安は急速に高まり、女王陛下は可及的速やかに、それらを鎮めなければならなくなりました」

「それで、どうしてゼノスが……?」

「陛下は殿下の人気と美しさに活路を見出されたのだ。殿下に贅を尽くした装いを凝らすことで、貴族達に向けてアストリアの盤石ぶりをアピール出来るのではないか、とな」

「……っ」

鼓動が跳ね上がる。

背中全体がぞわぞわして、胃が奇妙な音を立てていく。

「まるで『宮廷剣』ね」

「……ええ」

「女王様のお立場や、お考えは分からなくもないけど……酷い話よね。戦場で輝くことを夢見ていた剣に向かって、『お飾りの剣になれ』だなんて」

「……そうですね」

いや、違う。

女王が悪いんじゃない。

悪いのは俺だ。

――誰をも惹きつけてやまない美貌

そんなものをアイツに与えたりしなければ、こんなことにはならなかった。

ゼノスがかけがえのない時間を失うことも。

女王がゼノスの価値を見誤ることも。

「……っ、………」

息が、苦しい。

あまりの罪の重さに押し潰されてしまいそうだ。

「ねえ? これ、もしかしなくても詰みじゃない? 女王様がゼノス様を手放すとは、到底思えないんだけど」

「いえ。既知の通り魔物の侵攻は年々加速してきており、このままでは人類は滅びを待つのみ。宮廷剣が生むまやかしが効かなくなる日も、そう遠くはないでしょう」

「……そうね」

「このような……言ってしまえば人類の黄昏において、聖女様、勇者様、そして使徒の方々が揃われつつあるのだと陛下がお知りになれば、救国の望みを託されるのは最早必定。殿下は再び剣を取ることを許されるでしょう」

「確かに。自然な流れね」

「……ただ、殿下のお気持ちにも十分配慮しなければなりません。殿下には二年にも及ぶブランクがございます。故にそのご不安を自信に変えるべく、策を講じる必要があるかと」

先生はそう言って、俺に目を向ける。

どこか困ったような、懇願するような眼差しに俺は少々戸惑う。

「陽翔、私から一つ頼みがある。明後日実施する野外演習に参加してもらえないだろうか?」

「勿論です」

即答した。

我ながら必死だな。

赦されたい。この罪から解放されたくて仕方がないんだ。

あまりの浅ましさに言葉もない。

「……すまない」

一方で、先生はまた申し訳なさそうに目を伏せた。

事情を知っていながら、何もしてやることが出来なかった。

そんな自分を責めているのかもしれない。

先生は悪くない。

悪いのは俺なんです。ゼノスをあんなふうにデザインしてしまった俺の……っ。

叶うことなら、全部ぶちまけてしまいたい。

でも、それだけは絶対にダメだ。

ゼノスの命を否定することになる。

アイツはもうキャラじゃない。人間なんだ。

18年前にお母さんに産んでもらって、今日もああして生きてる。

その根底を揺るがすような真似だけは絶対にしちゃいけない。

「……ハル?」

エステラが俺のシャツの裾をつまんでいる。

何だ? 意図が分からず、バカ正直に首を傾げる。

「また隠すの?」

「え? あ、いや……」

「思ったことは全部言うって、約束したわよね?」

「別に。ただ、ちょっと疲れただけだよ」

「……嘘つき」

エステラがむくれる。

怒っている、というよりは寂しがっているような気がした。

……ごめんな。

俺は胸のうちでエステラに詫びつつ空を見上げる。

足元が橙色の藤色の空には、一番星がキラキラと瞬いていた。